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6、今度は僕がヒーローとして
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仕事や勉強だけではなく新しい恋愛もしたい。
そう誓ったのは家族と行った今年の初詣から四か月。
僕は不思議な縁に導かれ、愛しい人の家に招かれていた。
不思議な心地がした。
彼女との出逢った時は意識もしてなくて傍観者だった。
『出逢わせてくれた叔父様』
その言葉に雷を打たれたような心地になる。
人は自分とは違う匂いに惹かれるとどこかで聞いた。
過去に愛した人と近くもなかったし、
見た目も似ていない。
(気づいていないと思っていても、僕は何となく察してる。
君が、きっと違うってこと。
だから好きになったんだ)
初めて恋して惹かれた女性だから距離感を図り損ねて
友達としての関係を提案した。
(理性が耐えられないくらい魅力的だから、
微妙に触れてしまったんだ。
明るく清らかな微笑の中に影を潜ませた君、
これから恋人としてよろしくね?)
「お邪魔します」
「ど、どうぞ」
両親が不在の時に蒼宙くんが遊びにきたときは、
まだ友達の関係だった。
うつむいていると影が差す。
蒼宙くんが顔を覗き込んでいた。
恋人になった途端、距離感がゼロだ。
そっと右手に触れられた。
「大丈夫?」
「恋人を両親に紹介するなんて初めてで緊張してるみたい」
「そっか。愛璃ちゃんの初めてが全部僕なんだね」
「全部?」
聞き返すと彼は意味深に微笑んだ。
ほんの少し距離を取りリビングに入る。
両親の視線がこちらに向けられているが決して、
嫌なものではなくあたたかい光しかない。
「初めまして。篠塚蒼宙と申します。
愛璃さんとお付き合いさせていただくことになりました」
丁寧に頭を下げた後、顔を上げる。
顔を上げた彼は柔らかく微笑んでいて、
その場の空気を和ませる。
「実は付き合い始めたばかりなの」
彼の顔を見ると目を細めた。
栗色の髪と瞳がリビングの下でまぶしく輝いている。
「……もしかして篠塚先生の息子さんかな!」
「うちの父って有名だったんですね……」
「篠塚さん……じゃなくて蒼宙くんでもいいかしら?」
母が笑いかけ、蒼宙くんも微笑み返した。
ソファに向かい合わせに座る。
母がノンカフェインのハーブティーを用意しテーブルに置いた。
勧められ、ティーカップを傾ける。
(洗練した仕草だと思う。彼も育ちいいんだ)
こんなに仕草にさえときめくなんて、やはり
友達から恋人に変わったから?
「初対面でいきなりご家族の話をしてごめんね。
名前をどこかで聞いたなと思って出しただけで他意はないんだ」
「蒼宙くん、パパは天然なのよ」
「ふふっ。うちのパパと似てるかも?
その代わり母が強くて……」
ご両親を思い出したのか、蒼宙は優しい表情になっていた。
「うちもママ、強いわ。そんなものなのかしら」
母は興味津々の様子でこちらを見ているが、何も言わない。
「僕と愛璃さんの出会いについてですが去年の10月です。
彼女の従兄弟と親しくて、パーティーに招かれたんですよね」
「……あの時は愛璃だけの参加だったね」
「兄さんのお屋敷のパーティーも久しぶりというから、
愛璃に行くの勧めたんだけど、結果的によかったんじゃないの」
「そうですね……。
あれからすぐ交流が始まったわけじゃないですが、
再会できてそれから偶然に見かけたり……
そうしたら意識しちゃいまして。
僕もこういうの初めてで舞い上がっちゃいましたよ」
「蒼宙くん、恥ずかしいんですけど」
小声で言っても彼は気にしていない。
とても楽しそうだった。
(こんなキャラだった?)
「愛璃、よくわかったわ。
これから先もお見合い話を持ってきてあなたを困らせたりしない。
彼がいるんだから必要ないものね」
(今、それを言わなくてもいいのに)
母の発言にきょとんとした蒼宙くんだったが、
少し真剣な顔になって口を開いた。
あまり見ていると心臓がうるさくなるので、慌てて顔を正面に向けた。
「付き合い始めたばかりですけど、どうか見守ってください。
僕は愛璃さんを大事にしていきますし、簡単に手を離したりしません」
ぎゅっ、と手のひらを重ね合わせられ私からも指を絡めた。
「蒼宙くんが蒼宙くんだから、好きになったの……。
ほかの何も関係がない」
顔を見合わせると照れてしまう。
蒼宙くんのまなざしはどこまでもまっすぐだった。
「クッキーも美味しいですね。
僕は甘いものが大好きなのでうれしいです」
蒼宙くんはハーブティーのそばに添えられた一枚のクッキーをゆっくり味わっていた。
「こんな時間に食べるのも案外いいでしょう?」
父が片目を伏せる。
仕事の時は厳しい顔をしているのだろうけれど、
家族の前では茶目っ気がある人だ。
おそらく藤城家の……隆叔父様にも
似た空気を持つ人だから母は惹かれたのかもしれない。
そして、蒼宙くんは驚くことを口にした。
「確か愛璃さんのお母様が藤城家の人でしたよね?
お父様も……おじ様に似ているから懐かしくなりました」
「義兄さんに似ているといわれるなんて嬉しいよ」
「パパ、叔父様を尊敬してるもんね」
「ああ……私達二人のキューピッドで恩人だしね」
「そうそう。お兄さまと義姉さまは、私達の恩人だわ」
「若くして亡くなられたとか? あ、親友から聞いたことあって」
「私が1歳の時に鬼籍にはいられたのよね」
「もう20年近く前のことだね」
「やっぱり不思議だなって。
僕は愛璃さんのご両親とお目にかかるのは初めてですけど、
縁の方々とは面識あるから。葛井翠さんもキューピッドなんですよ」
蒼宙くんは私の手を強く握りしめた。
「翠ちゃんにはよくしてもらってるよ。愛璃のお姉さんみたいな人だ」
蒼宙くんはどこか遠い眼差しをした。
「……蒼宙くん?」
「本当に不思議なご縁です」
蒼宙くんは、澄んだ眼差しを私に向けたあと、
両親に向き直った。
「今この話をするのは時期尚早ですし、
変に思われるかもしれないんですが」
前置きして息を飲み込んだ。
「僕は彼女と結婚したいって思ってます」
母は瞬きし、父は顔を両手で覆った。
(パパったら乙女なの?)
驚きすぎて反応もできない。
両親の目の前にも関わらず手を握りしめられる。
「愛璃ちゃんのこの先を予約させて?」
「……えっと……は、はい」
ハーブティーを飲み干して心臓の音をなだめた。
時計の針は午後九時を指している。
さっきの切なそうな顔はなんだったのか。
甘くいたずらな表情を向けてくる。
(かっこいいのに可愛い人だわ。ずるすぎる)
「蒼宙くんをお見送りしてくるわ!」
蒼宙くんのスーツの袖口を掴んだ。
私にだけにしか見えない角度で、
彼は妖しく笑った。
「お部屋に上がっていただかなくていいの?」
「ママ、蒼宙さんが困ること言っては駄目だよ」
(困ってるのは私よ!
恋人になった途端、意識しちゃってるんだもん。
蒼宙くんは余裕なんだからね)
意識しすぎるのがおかしいのか。
両親の言葉に深い意味はない。
「ありがとうございます。でもまた今度に」
蒼宙くんは完璧な所作で会釈した。
「蒼宙さん、また来てくださいね」
「今度はご飯食べていってね」
「はーい!」
明るく返事する蒼宙くんに調子を狂わされる。
手を握って玄関に誘導した。
ジャケットの背中を押す。
彼がドアノブを回し玄関のドアを開けた。
外に出た途端、蒼宙くんは笑いだした。
「そんな追い払わなくても」
「ち、違う」
「恥ずかしかったの?」
「蒼宙くんって、もしかして意地悪な人?」
「好きな子の反応がかわいいから楽しんでるだけだよ」
堂々と言い放ったひとを上目遣いに睨む。
「ごめんね。調子に乗ってた」
「……結婚の話するなんて」
「早いところ予約しとかないと、
ライバルがどこから出てくるか分からないし」
「こないだも縁談はお断りしてほしいって伝えたところよ」
「僕がいるから?」
いつのまにか蒼宙くんが停めた車のそばまで来ていた。
街灯があるから、真っ暗ではないけれど外には私達しかいない。
「……そう」
ぐい、と腕を引かれる。
閉じ込められた腕の中で彼の胸に頬がくっつく。
(こんなに密着したことはなかった)
繊細な指先が私のクセのある髪を梳く。
背を屈め影が近づく。
ゆっくりと唇が重なった。
ほんの刹那のできごとだった。
小さく触れあった唇からはしびれを感じ、
思わず彼の肩に寄りかかっていた。
「……愛璃」
耳元に落ちた声にぞくっとした。
強く抱きしめられ頭を抱え込まれる。
「僕達は離れちゃだめなんだよ。諦めて?」
蠱惑的にささやいてもう一度キスをした。
二度目のキスは1度目より長く、
身体の力が抜けそうだった。
「時間は作るものだから、
これからは今まで会わなかった分会おうね」
「……会いたい」
「子供のキスに騙されないでね」
(ど、どういうこと!?)
クスッと笑い蒼宙くんは運転席のドアを開けた。
窓を半分ほど開けてこちらを手招きする。
「愛璃おやすみ……いい夢見ろよ」
「っ……!?」
低めの声音は艶っぽくて、
無限に放たれる色気に心の中で悲鳴をあげた。
三日後、蒼宙くんは休日、私は午後からの授業と
いうことで少しの時間、会うことになった。
翠ちゃんが今日は在宅ということで
久しぶりに葛井家にお邪魔することにした。
「愛璃ちゃん、いらっしゃい……って、あ、蒼宙くんじゃない」
玄関で出迎えた翠ちゃんはオーバーリアクションなほど喜んで蒼宙くんを歓迎した。
私をハグした後、蒼宙くんもハグしたのだ。
「翠さん……いえ翠お姉さん、ハロウィン以来ですね。お久しぶりです」
翠ちゃんの背中に腕を回しているが、
もちろん嫉妬なんて抱くわけもない。
私の従姉妹を彼はお姉さんと呼んでいる。
「ちょっと雰囲気が変わったかしら。
でも相変わらずかわいいわ!」
翠ちゃんにはかわいいと言われた蒼宙くんは、
軽やかに笑い声を上げた。
「ありがとうございます。翠お姉さんはいつも綺麗ですね」
「恋人のそばでそういうの言っちゃ駄目よ」
翠ちゃんは、笑いながら苦言を呈した。
「翠ちゃんは大丈夫。分かってるから。
蒼宙くんは人タラシだと思うけど女性たらしではないしね」
「あはは! 一緒に会いに来てくれたのには理由があるんでしょ?」
期待に瞳を輝かせた翠ちゃんに照れが襲ってきた。
「こんな所にいつまでもいないでリビングに行きましょう」
リビングに案内され二人がけのソファを勧められた。
向かい合って座る。
翠ちゃんは私には砂糖入りの甘いカフェオレ、蒼宙くんには牛乳を出してきた。
蒼宙くんは大きめのマグカップに注がれた牛乳を美味しそうに口に運ぶ。
「もっと大きくなれると良いな。もう無理か」
「サブレも食べてね」
「私ももうすぐ20歳でそんなの諦めてるのに、四つ上の蒼宙くんが伸びるはずないでしょ」
「やだなぁ。さっきのは冗談だってば」
蒼宙くんは、おかしげに笑いサブレに手を伸ばした。ひと口かじる。
「蒼宙くんが子供の頃、牛乳をあっちで飲んでたの思い出したの。
別に子供扱いじゃないわよ」
藤城家のことか。
翠ちゃんのご実家だから。
「ははっ。覚えててくれてうれしいな」
サブレを一枚食べきり牛乳を飲み干した。
「20センチ差も達成できたわね」
「初めて上からの視界を味わいましたよ。
この年代の男性としては高くもなく低くもない身長ですかね」
「身長がもう少し小さかった時も足は長かったものね。
本当にスタイルいいわあ」
「照れるじゃないですか」
翠ちゃんも168センチあるし、女性では割と背が高い方だ。
私は153センチ。
遺伝が関係あるのなら、私が彼らと同じ血を引いてないから
背が伸びるの無理ってことか。
(母親も特に低くはない。父なんて178センチあるし)
蒼宙くんと翠ちゃんは昔馴染みらしく、昨日彼が言った通り不思議な感じはする。
「って、ちょっと! 人の目の前で何してるのよ」
その時、腰を引き寄せられ距離感がゼロになった。
蒼宙くんは意に介さず私と身を寄せあったままだ。
「らぶらぶを見せてくれてありがとね!
蒼宙くんには恋愛で幸せになってほしかったから、
本当に嬉しい」
翠ちゃんは涙ぐんでいた。
「……私の心臓がいつまでもつかは分からないわ。
恋人として紹介できてよかったけど」
「ふたりは上手くいくって思ってたわ。
でも意外に早かったから驚いてる」
「慎重には動きましたけどね」
「だから、離れてってば。こういうのは……」
「ふたりの時がいい?」
掠れた声で言われ、ドキッとした。
「美味しい! この鳩を食べるのかわいそうで……
でも我慢できなくて頭からいっちゃうんですけどね」
蒼宙くんは、さらっと話題を変えた。
美味しそうにサブレの二枚目を食べ終えた。
ようやく少し身体が離れてほっとする。
「もう一箱あるから、ご家族にお土産を持って帰る?」
「手ぶらで来たのに悪いなぁ。いいんですか?」
「いいのよ! 愛璃ちゃんにもあげるし!」
「それじゃ遠慮なく! ありがとうございます」
二人はがっちり握手した。
翠ちゃんと話している時の蒼宙くんは、
高校生の姿が想像できるような無邪気さだ。
「それにしてもね。私の願いが叶ったからそこもよかったわ。
蒼宙くんが光を見つけないとって思ってたもの」
「ありがとうございます。僕は必ず幸せになってやりますよ? 」
蒼宙くんは、何かに向けて宣言する。
私はその強い表情に魅せられていた。
「独りで人生を終えるつもりはさらさらなかったし。
子供も欲しいですからね」
「……あら。あなたからそんな話が聞けるなんて」
「先日もご両親にお伝えしましたが、昔馴染みの翠お姉さんにも伝えときますね」
チラ、と横目で彼の顔を見た。
「愛璃ちゃんとは同じ未来を歩いていきたいんです」
言い方は変えているが、意味は同じだろう。
繋がれた指先からは仄かな熱が伝わった。
そう誓ったのは家族と行った今年の初詣から四か月。
僕は不思議な縁に導かれ、愛しい人の家に招かれていた。
不思議な心地がした。
彼女との出逢った時は意識もしてなくて傍観者だった。
『出逢わせてくれた叔父様』
その言葉に雷を打たれたような心地になる。
人は自分とは違う匂いに惹かれるとどこかで聞いた。
過去に愛した人と近くもなかったし、
見た目も似ていない。
(気づいていないと思っていても、僕は何となく察してる。
君が、きっと違うってこと。
だから好きになったんだ)
初めて恋して惹かれた女性だから距離感を図り損ねて
友達としての関係を提案した。
(理性が耐えられないくらい魅力的だから、
微妙に触れてしまったんだ。
明るく清らかな微笑の中に影を潜ませた君、
これから恋人としてよろしくね?)
「お邪魔します」
「ど、どうぞ」
両親が不在の時に蒼宙くんが遊びにきたときは、
まだ友達の関係だった。
うつむいていると影が差す。
蒼宙くんが顔を覗き込んでいた。
恋人になった途端、距離感がゼロだ。
そっと右手に触れられた。
「大丈夫?」
「恋人を両親に紹介するなんて初めてで緊張してるみたい」
「そっか。愛璃ちゃんの初めてが全部僕なんだね」
「全部?」
聞き返すと彼は意味深に微笑んだ。
ほんの少し距離を取りリビングに入る。
両親の視線がこちらに向けられているが決して、
嫌なものではなくあたたかい光しかない。
「初めまして。篠塚蒼宙と申します。
愛璃さんとお付き合いさせていただくことになりました」
丁寧に頭を下げた後、顔を上げる。
顔を上げた彼は柔らかく微笑んでいて、
その場の空気を和ませる。
「実は付き合い始めたばかりなの」
彼の顔を見ると目を細めた。
栗色の髪と瞳がリビングの下でまぶしく輝いている。
「……もしかして篠塚先生の息子さんかな!」
「うちの父って有名だったんですね……」
「篠塚さん……じゃなくて蒼宙くんでもいいかしら?」
母が笑いかけ、蒼宙くんも微笑み返した。
ソファに向かい合わせに座る。
母がノンカフェインのハーブティーを用意しテーブルに置いた。
勧められ、ティーカップを傾ける。
(洗練した仕草だと思う。彼も育ちいいんだ)
こんなに仕草にさえときめくなんて、やはり
友達から恋人に変わったから?
「初対面でいきなりご家族の話をしてごめんね。
名前をどこかで聞いたなと思って出しただけで他意はないんだ」
「蒼宙くん、パパは天然なのよ」
「ふふっ。うちのパパと似てるかも?
その代わり母が強くて……」
ご両親を思い出したのか、蒼宙は優しい表情になっていた。
「うちもママ、強いわ。そんなものなのかしら」
母は興味津々の様子でこちらを見ているが、何も言わない。
「僕と愛璃さんの出会いについてですが去年の10月です。
彼女の従兄弟と親しくて、パーティーに招かれたんですよね」
「……あの時は愛璃だけの参加だったね」
「兄さんのお屋敷のパーティーも久しぶりというから、
愛璃に行くの勧めたんだけど、結果的によかったんじゃないの」
「そうですね……。
あれからすぐ交流が始まったわけじゃないですが、
再会できてそれから偶然に見かけたり……
そうしたら意識しちゃいまして。
僕もこういうの初めてで舞い上がっちゃいましたよ」
「蒼宙くん、恥ずかしいんですけど」
小声で言っても彼は気にしていない。
とても楽しそうだった。
(こんなキャラだった?)
「愛璃、よくわかったわ。
これから先もお見合い話を持ってきてあなたを困らせたりしない。
彼がいるんだから必要ないものね」
(今、それを言わなくてもいいのに)
母の発言にきょとんとした蒼宙くんだったが、
少し真剣な顔になって口を開いた。
あまり見ていると心臓がうるさくなるので、慌てて顔を正面に向けた。
「付き合い始めたばかりですけど、どうか見守ってください。
僕は愛璃さんを大事にしていきますし、簡単に手を離したりしません」
ぎゅっ、と手のひらを重ね合わせられ私からも指を絡めた。
「蒼宙くんが蒼宙くんだから、好きになったの……。
ほかの何も関係がない」
顔を見合わせると照れてしまう。
蒼宙くんのまなざしはどこまでもまっすぐだった。
「クッキーも美味しいですね。
僕は甘いものが大好きなのでうれしいです」
蒼宙くんはハーブティーのそばに添えられた一枚のクッキーをゆっくり味わっていた。
「こんな時間に食べるのも案外いいでしょう?」
父が片目を伏せる。
仕事の時は厳しい顔をしているのだろうけれど、
家族の前では茶目っ気がある人だ。
おそらく藤城家の……隆叔父様にも
似た空気を持つ人だから母は惹かれたのかもしれない。
そして、蒼宙くんは驚くことを口にした。
「確か愛璃さんのお母様が藤城家の人でしたよね?
お父様も……おじ様に似ているから懐かしくなりました」
「義兄さんに似ているといわれるなんて嬉しいよ」
「パパ、叔父様を尊敬してるもんね」
「ああ……私達二人のキューピッドで恩人だしね」
「そうそう。お兄さまと義姉さまは、私達の恩人だわ」
「若くして亡くなられたとか? あ、親友から聞いたことあって」
「私が1歳の時に鬼籍にはいられたのよね」
「もう20年近く前のことだね」
「やっぱり不思議だなって。
僕は愛璃さんのご両親とお目にかかるのは初めてですけど、
縁の方々とは面識あるから。葛井翠さんもキューピッドなんですよ」
蒼宙くんは私の手を強く握りしめた。
「翠ちゃんにはよくしてもらってるよ。愛璃のお姉さんみたいな人だ」
蒼宙くんはどこか遠い眼差しをした。
「……蒼宙くん?」
「本当に不思議なご縁です」
蒼宙くんは、澄んだ眼差しを私に向けたあと、
両親に向き直った。
「今この話をするのは時期尚早ですし、
変に思われるかもしれないんですが」
前置きして息を飲み込んだ。
「僕は彼女と結婚したいって思ってます」
母は瞬きし、父は顔を両手で覆った。
(パパったら乙女なの?)
驚きすぎて反応もできない。
両親の目の前にも関わらず手を握りしめられる。
「愛璃ちゃんのこの先を予約させて?」
「……えっと……は、はい」
ハーブティーを飲み干して心臓の音をなだめた。
時計の針は午後九時を指している。
さっきの切なそうな顔はなんだったのか。
甘くいたずらな表情を向けてくる。
(かっこいいのに可愛い人だわ。ずるすぎる)
「蒼宙くんをお見送りしてくるわ!」
蒼宙くんのスーツの袖口を掴んだ。
私にだけにしか見えない角度で、
彼は妖しく笑った。
「お部屋に上がっていただかなくていいの?」
「ママ、蒼宙さんが困ること言っては駄目だよ」
(困ってるのは私よ!
恋人になった途端、意識しちゃってるんだもん。
蒼宙くんは余裕なんだからね)
意識しすぎるのがおかしいのか。
両親の言葉に深い意味はない。
「ありがとうございます。でもまた今度に」
蒼宙くんは完璧な所作で会釈した。
「蒼宙さん、また来てくださいね」
「今度はご飯食べていってね」
「はーい!」
明るく返事する蒼宙くんに調子を狂わされる。
手を握って玄関に誘導した。
ジャケットの背中を押す。
彼がドアノブを回し玄関のドアを開けた。
外に出た途端、蒼宙くんは笑いだした。
「そんな追い払わなくても」
「ち、違う」
「恥ずかしかったの?」
「蒼宙くんって、もしかして意地悪な人?」
「好きな子の反応がかわいいから楽しんでるだけだよ」
堂々と言い放ったひとを上目遣いに睨む。
「ごめんね。調子に乗ってた」
「……結婚の話するなんて」
「早いところ予約しとかないと、
ライバルがどこから出てくるか分からないし」
「こないだも縁談はお断りしてほしいって伝えたところよ」
「僕がいるから?」
いつのまにか蒼宙くんが停めた車のそばまで来ていた。
街灯があるから、真っ暗ではないけれど外には私達しかいない。
「……そう」
ぐい、と腕を引かれる。
閉じ込められた腕の中で彼の胸に頬がくっつく。
(こんなに密着したことはなかった)
繊細な指先が私のクセのある髪を梳く。
背を屈め影が近づく。
ゆっくりと唇が重なった。
ほんの刹那のできごとだった。
小さく触れあった唇からはしびれを感じ、
思わず彼の肩に寄りかかっていた。
「……愛璃」
耳元に落ちた声にぞくっとした。
強く抱きしめられ頭を抱え込まれる。
「僕達は離れちゃだめなんだよ。諦めて?」
蠱惑的にささやいてもう一度キスをした。
二度目のキスは1度目より長く、
身体の力が抜けそうだった。
「時間は作るものだから、
これからは今まで会わなかった分会おうね」
「……会いたい」
「子供のキスに騙されないでね」
(ど、どういうこと!?)
クスッと笑い蒼宙くんは運転席のドアを開けた。
窓を半分ほど開けてこちらを手招きする。
「愛璃おやすみ……いい夢見ろよ」
「っ……!?」
低めの声音は艶っぽくて、
無限に放たれる色気に心の中で悲鳴をあげた。
三日後、蒼宙くんは休日、私は午後からの授業と
いうことで少しの時間、会うことになった。
翠ちゃんが今日は在宅ということで
久しぶりに葛井家にお邪魔することにした。
「愛璃ちゃん、いらっしゃい……って、あ、蒼宙くんじゃない」
玄関で出迎えた翠ちゃんはオーバーリアクションなほど喜んで蒼宙くんを歓迎した。
私をハグした後、蒼宙くんもハグしたのだ。
「翠さん……いえ翠お姉さん、ハロウィン以来ですね。お久しぶりです」
翠ちゃんの背中に腕を回しているが、
もちろん嫉妬なんて抱くわけもない。
私の従姉妹を彼はお姉さんと呼んでいる。
「ちょっと雰囲気が変わったかしら。
でも相変わらずかわいいわ!」
翠ちゃんにはかわいいと言われた蒼宙くんは、
軽やかに笑い声を上げた。
「ありがとうございます。翠お姉さんはいつも綺麗ですね」
「恋人のそばでそういうの言っちゃ駄目よ」
翠ちゃんは、笑いながら苦言を呈した。
「翠ちゃんは大丈夫。分かってるから。
蒼宙くんは人タラシだと思うけど女性たらしではないしね」
「あはは! 一緒に会いに来てくれたのには理由があるんでしょ?」
期待に瞳を輝かせた翠ちゃんに照れが襲ってきた。
「こんな所にいつまでもいないでリビングに行きましょう」
リビングに案内され二人がけのソファを勧められた。
向かい合って座る。
翠ちゃんは私には砂糖入りの甘いカフェオレ、蒼宙くんには牛乳を出してきた。
蒼宙くんは大きめのマグカップに注がれた牛乳を美味しそうに口に運ぶ。
「もっと大きくなれると良いな。もう無理か」
「サブレも食べてね」
「私ももうすぐ20歳でそんなの諦めてるのに、四つ上の蒼宙くんが伸びるはずないでしょ」
「やだなぁ。さっきのは冗談だってば」
蒼宙くんは、おかしげに笑いサブレに手を伸ばした。ひと口かじる。
「蒼宙くんが子供の頃、牛乳をあっちで飲んでたの思い出したの。
別に子供扱いじゃないわよ」
藤城家のことか。
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「ははっ。覚えててくれてうれしいな」
サブレを一枚食べきり牛乳を飲み干した。
「20センチ差も達成できたわね」
「初めて上からの視界を味わいましたよ。
この年代の男性としては高くもなく低くもない身長ですかね」
「身長がもう少し小さかった時も足は長かったものね。
本当にスタイルいいわあ」
「照れるじゃないですか」
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私は153センチ。
遺伝が関係あるのなら、私が彼らと同じ血を引いてないから
背が伸びるの無理ってことか。
(母親も特に低くはない。父なんて178センチあるし)
蒼宙くんと翠ちゃんは昔馴染みらしく、昨日彼が言った通り不思議な感じはする。
「って、ちょっと! 人の目の前で何してるのよ」
その時、腰を引き寄せられ距離感がゼロになった。
蒼宙くんは意に介さず私と身を寄せあったままだ。
「らぶらぶを見せてくれてありがとね!
蒼宙くんには恋愛で幸せになってほしかったから、
本当に嬉しい」
翠ちゃんは涙ぐんでいた。
「……私の心臓がいつまでもつかは分からないわ。
恋人として紹介できてよかったけど」
「ふたりは上手くいくって思ってたわ。
でも意外に早かったから驚いてる」
「慎重には動きましたけどね」
「だから、離れてってば。こういうのは……」
「ふたりの時がいい?」
掠れた声で言われ、ドキッとした。
「美味しい! この鳩を食べるのかわいそうで……
でも我慢できなくて頭からいっちゃうんですけどね」
蒼宙くんは、さらっと話題を変えた。
美味しそうにサブレの二枚目を食べ終えた。
ようやく少し身体が離れてほっとする。
「もう一箱あるから、ご家族にお土産を持って帰る?」
「手ぶらで来たのに悪いなぁ。いいんですか?」
「いいのよ! 愛璃ちゃんにもあげるし!」
「それじゃ遠慮なく! ありがとうございます」
二人はがっちり握手した。
翠ちゃんと話している時の蒼宙くんは、
高校生の姿が想像できるような無邪気さだ。
「それにしてもね。私の願いが叶ったからそこもよかったわ。
蒼宙くんが光を見つけないとって思ってたもの」
「ありがとうございます。僕は必ず幸せになってやりますよ? 」
蒼宙くんは、何かに向けて宣言する。
私はその強い表情に魅せられていた。
「独りで人生を終えるつもりはさらさらなかったし。
子供も欲しいですからね」
「……あら。あなたからそんな話が聞けるなんて」
「先日もご両親にお伝えしましたが、昔馴染みの翠お姉さんにも伝えときますね」
チラ、と横目で彼の顔を見た。
「愛璃ちゃんとは同じ未来を歩いていきたいんです」
言い方は変えているが、意味は同じだろう。
繋がれた指先からは仄かな熱が伝わった。
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「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
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