2 / 20
夢ならば、どれほどよかっただろうか。
しおりを挟む
風に乗り、時折焦げた匂いが鼻腔を掠めていたのは、もしかしてこの建物たちのせいだったのだろうか。
恐怖で紫央は、無意識に後ずさる。
五人の男たちも躊躇うことなく、その分だけ距離をつめてきた。
まるで逃げるものに反応し、追ってくる犬と同じだ。
「え、もしかして俺が狙われてるのか? しかも今、アイドルだのマッドなんとかだの変な言葉が聴こえてきたけれど、正気で言ってるのか?」
たちまち得体の知れない恐怖に足許から襲われ、指先はひんやりと温度を無くし、全身にぞくりと鳥肌が立った。
もしこれが夢だとしたら、五感にわたる感覚がリアル過ぎて不快すぎる。
「いや、鳥肌くらい夢でも立つよな」
乾いた笑みを浮かべながら、万が一の可能性を否定するために無理やり自身へと言い聞かせる。
でないと、高校の屋上にいたはずの紫央がどうしてこんなにも危険な地で、しかも怪しい王子様たちに目をつけられるのかがわからない。
するとすぐ隣で、ぶんと大きく空気の震える音が聴こえた。
「……な、なんだ?」
突然、左隣に黒い人型の残像が現れる。
人知を越えた物体の出現に、紫央の腰が引けた。
同時に、紫央だけをマークしていた五人の男たちもその残像を全身から強く警戒するのがわかる。
「あれぇ、リュウってばまだやってなかったのぉ?」
鼻にかかった甘ったるい男の高い声が、残像から聴こえてきた。
どういうことだ。
わけがわからない。
怪訝そうに、だが紫央は脅えながらその残像を見つめていると、華奢で滑らかな曲線を描き始めたそこから、やがて艶光りしたヒールの高い漆黒のエナメルブーツを履いた右足が、ぬっと出てくるのを目撃する。
信じられない光景に、あ、と紫央は息を呑む。
次いで、毒々しい紫のスカルプネイルを施した白皙の華奢な手もその残像から出てくる。
「あぁ、もう本当にリュウは使えないんだからぁ」
職場でもどこでも、陰で何度も言われたことのあるセリフを見ず知らずの──多分、人間だろう者に言われるのはさすがに初めだった。
たちまち罵倒されたことで、紫央の中に怒りが生まれてきたが、それよりもその残像からすぽんと可愛らしい小さな顔が飛び出してきて目を剥いた。
「人の顔だ……」
明らかにその顔が紫央に向かって頬を膨らませている。
しかも、白皙でわりと中性的な可愛らしい顔だ。
もちろんその顔の下には首と華奢な肩が繋がっていた。
が、体型に自身がないと着ることができないだろう、ボディラインにぴたりと沿った、際どいショートパンツ丈のエナメルボンテージに身を包んでいる。
普通じゃない。
はっきり言っておく。
SMの女王様の店に通う趣味が、紫央にはない。
だからこんな知り合いはいないはずだ。
絶対に。
恐怖で紫央は、無意識に後ずさる。
五人の男たちも躊躇うことなく、その分だけ距離をつめてきた。
まるで逃げるものに反応し、追ってくる犬と同じだ。
「え、もしかして俺が狙われてるのか? しかも今、アイドルだのマッドなんとかだの変な言葉が聴こえてきたけれど、正気で言ってるのか?」
たちまち得体の知れない恐怖に足許から襲われ、指先はひんやりと温度を無くし、全身にぞくりと鳥肌が立った。
もしこれが夢だとしたら、五感にわたる感覚がリアル過ぎて不快すぎる。
「いや、鳥肌くらい夢でも立つよな」
乾いた笑みを浮かべながら、万が一の可能性を否定するために無理やり自身へと言い聞かせる。
でないと、高校の屋上にいたはずの紫央がどうしてこんなにも危険な地で、しかも怪しい王子様たちに目をつけられるのかがわからない。
するとすぐ隣で、ぶんと大きく空気の震える音が聴こえた。
「……な、なんだ?」
突然、左隣に黒い人型の残像が現れる。
人知を越えた物体の出現に、紫央の腰が引けた。
同時に、紫央だけをマークしていた五人の男たちもその残像を全身から強く警戒するのがわかる。
「あれぇ、リュウってばまだやってなかったのぉ?」
鼻にかかった甘ったるい男の高い声が、残像から聴こえてきた。
どういうことだ。
わけがわからない。
怪訝そうに、だが紫央は脅えながらその残像を見つめていると、華奢で滑らかな曲線を描き始めたそこから、やがて艶光りしたヒールの高い漆黒のエナメルブーツを履いた右足が、ぬっと出てくるのを目撃する。
信じられない光景に、あ、と紫央は息を呑む。
次いで、毒々しい紫のスカルプネイルを施した白皙の華奢な手もその残像から出てくる。
「あぁ、もう本当にリュウは使えないんだからぁ」
職場でもどこでも、陰で何度も言われたことのあるセリフを見ず知らずの──多分、人間だろう者に言われるのはさすがに初めだった。
たちまち罵倒されたことで、紫央の中に怒りが生まれてきたが、それよりもその残像からすぽんと可愛らしい小さな顔が飛び出してきて目を剥いた。
「人の顔だ……」
明らかにその顔が紫央に向かって頬を膨らませている。
しかも、白皙でわりと中性的な可愛らしい顔だ。
もちろんその顔の下には首と華奢な肩が繋がっていた。
が、体型に自身がないと着ることができないだろう、ボディラインにぴたりと沿った、際どいショートパンツ丈のエナメルボンテージに身を包んでいる。
普通じゃない。
はっきり言っておく。
SMの女王様の店に通う趣味が、紫央にはない。
だからこんな知り合いはいないはずだ。
絶対に。
10
あなたにおすすめの小説
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる