42歳のしがない教師が戦隊ものの悪役に転生したら、年下イケメンヒーローのレッドから溺愛されてしまいました。

緋芭(あげは)まりあ

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転生前、教師としての竜崎紫央③

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 気づけばフェンス越しに姫川と相対するように立っていた。

 とはいっても、紫央は冴えない見た目に反して同世代の男性よりも背が高いため、必然的に見下ろす格好になっていた。
 その上、アラフォーを迎え痩せにくくなったせいで、全身の肉付きも若い頃より顕著になってきていたため、黙っているだけでも迫力があるだろうことは否めない。
 生徒たちからの日頃の反応を思い出し、紫央は凍りつく。
 

 ──だ、大丈夫だよな。ただ立ってるだけの俺に圧力をかけられたせいで……なんて、最悪な展開にはならないよな?

 もさっとした清潔感のない重たい前髪も、瓶底のような眼鏡も、あまりいい印象を与えてこなかった自覚がある分余計だ。
 加えて、背後に感じる教師たちの無言の圧力が、紫央の不安をさらに助長した。
 いつの間にか掌はひどく湿り、喉はからからに干上がっている。
 今すぐにでも、水で喉を潤したかったがそれは叶わないので、そっと息を吸い込むことで、自身を落ち着かせようとした。
 それから自身を鼓舞するために、湿った掌をぎゅっと握り込む。


「あ、ああ。だ。担任の竜崎だ。姫川が私を呼んでいると聞いたので、急いで来た」
 緊張からなのか、喋り出だしが掠れてしまった。
 けれど姫川は気づいていなかったようだ。
 今にもこと切れそうなほど弱々しい声で紫央を求めてくる。

「……先、せぇ」
 フェンス越しに美貌を歪ませた姫川と視線が合致する。
 目の奥が苦しそうに揺れていた。

 ──俺から見たら、何もかも恵まれた人生だというのに、一体姫川のなにがそんな目をさせているのだろうか。

 二メートル以上はあるだろうフェンスを乗り越えてまで、向こう側へ立ちたかった理由。
 それから担任とはいえ、名指しで紫央を呼んだ理由も。

「差し支えなければ、何があったのか私に教えてくれないだろうか?」
 少し堅苦しい喋り方になってしまった自覚があった。
 だからといって上手に取り繕ろうことができるタイプでもないため、結局いつも通り訥々と訊ねる。

 歯痒そうに姫川が唇を噛む。

 ──ああ……。こんな公開処刑のような場で、口なんて割りたくないよな。俺だったら絶対に嫌だし、ムリだ。


 紫央は背を屈ませ、姫川だけに聴こえるよう声を極限まで潜めた。
 遠目で見守っているだろう教師たちの好奇心が、盛大に紫央の背へ集まる。


 ──もっと胃が痛くなってきたじゃねえか。

 
「悪かったな。ここじゃ大勢の先生方に聴こえてしまうから、周りに聴こえないよう小さな声で喋るな。で、何があったんだ?」
 軽く胃の辺りを押さえながらも、紫央は最新の注意を払ったつもりだった。
 が、突然、姫川はがしゃんがしゃんとフェンスを激しく揺らし始める。
 つられて紫央の肩も大きく揺れた。
 
「……姫川?」
 なにごとかと紫央は驚愕する。
 その内、姫川は大仰にめそめそとその場で泣きだす。

「姫川、大丈夫か?」
 今すぐ駆け寄って慰めたかったが、フェンスがそれを邪魔した。
 咄嗟に前へ出した右手がフェンスにぶつかり、虚しく音を立てただけで指先に痛みを伴って跳ね返ってくる。

「ひどいよぉ、竜崎先生ってばあ」
 まるで姫川は紫央が不当でも働いたかのように、大仰な身振りで手振りで非難してくる。
「え?」
 突然の姫川の代わり映えに、紫央は言葉を失った。
「……私が今、なにか気に障るようなことでも?」
 途端、紫央は姫川への配慮など忘れ、普通に喋ってしまう。

 すると姫川はさらに声を荒げて泣き出した。

「えっと……」
 途方に暮れた紫央に、ずしりと重たい視線が突き刺さる。
 紫尾は背後を向き、ジェスチャーで「違う、俺が泣かせたんじゃない」と手をひらひらさせて周りに告げた。

「だって竜崎先生、僕に言いましたよね? 教師は生徒の味方だって」
 一瞬、姫川の目がぎらりと黒光りしたように見えた。
 けれどすぐさま、目の前の姫川は弱々しく、さめざめと泣きはじめる。

「……ぅ、うん?」
 見間違いだったのだろうか。
 姫川はそのまま悲劇のヒーローのような人物を仰々しく演じ続けた。

紅虎くにとら先生のこと、僕が好きだって相談したら、まさか僕に内緒で紅虎先生に迫るなんてありえないですっ」
 ルール違反です、と次いで叫ぶ姫川の言葉に、紫央の思考は完全に止まってしまった。
 同時に、周囲も戸惑いが隠せないらしい。
 思うがままの疑問をそれぞれ口に出し、事実を確認し合っていた。

「え、竜崎先生が紅虎先生のことを?」
「……二人とも、男、ですよね?」
「だから竜崎先生は女性に興味がなかったんですね」
「でもまだ、紅虎先生って二十代で、たしかつき合っている人がいるとか言ってなかったか?」
「巻き込まれた紅虎先生、可哀そう」
「紅虎先生のようにイケメンに生まれると、性別関係なく好かれるから大変だな」
 言われようのない外野の言葉に、紫央は唖然とさせられる。

 ──いや、いや、いや。俺、まだなにも言ってないだろう。ていうか俺、そもそも女に興味がないとかじゃなくて、人と接すること自体があまり好きじゃないんだって。だったらどうして教師してるんだ、って言われるが、本当は家の事情がなければ大学院に残って研究職を続けたかったんだ。

 次から次へと聴こえてくる心ない詮索に、紫央は独り心の中で御託を並べていく。

 ちなみに「紅虎先生」いう人物は、古風な名前とは裏腹に、帰国子女の若手英語教師だ。
 紫央と同じ、前年度からの持ち上がりで初めて三年生の担任を紅受け持っていた。
 人好きのする甘いマスクと(教師としてはどうかと思うが)器量のよさから、生徒受けはもちろん、上司やPTA受けも勤務態度も良好だったため、早期に受験生の担任に抜擢されるという、異例の人事だった。
 実際、今の時期──十二月まで過不足なく紅虎は担任を務めている。
 どころか、紅虎を頼る生徒はあとを絶たず、ひっきりなしに職員室へ生徒がやってくるのを紫央は目にしていた。
 年数だけはベテランの域に入りつつある紫央よりも、生徒から十二分に慕われているイメージだ。

 しかも海外に住んでいた頃はモデルの経験もあったそうで、女生徒たちからはもちろん、女性教師から保護者までありとあらゆる年代の女性を虜にしてしまうほど燦然と輝くオーラを放ち、ファンクラブが発足されたとかされないとか……という噂がある。
 紫央自身、紅虎はたしかにモテそうだなという印象があった。

 どう考えても、紫央よりも顔ひとつ分以上背の高い男に、四十過ぎのおっさんが迫るなんて、現実的じゃないことくらい誰だってわかるはずだ。
 と、思っていたが、どうやらそれは紫央の考え違いだったらしい。

 ──誰かおかしいと言い出すものはいないのか。

 そういえばこの場に、件の男が不在であることに紫央は気がつく。

 
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