上 下
1 / 4

しおりを挟む
 朝からからっと晴れた、五月の大型連休後のとある平日の昼下がり。

莉宇りう、ここって立ち入り禁止なんじゃないの?」
  漆黒の学ランに身を纏った瑠輝るきは、唯一の親友である木崎莉宇が深紅の蔓薔薇の壁面をかき分けて不法侵入する姿を、背後から心配そうに見守る。

「大丈夫。前から度々、こうして侵入してるから見つからねぇよ」
  少し長めの髪を金色に染めている莉宇は、にかっと瑠輝へ笑いかけると、さらにその先へと迷いなく進んでいく。まるで、そこに隠し通路でもあるのではないかと思わせるほどに。

「不法侵入の前科持ちなんてマジか……」
  蔓薔薇の外へ置いてけぼりにされた瑠輝は、親友が消えた場所を見つめ、軽くため息をつく。
  莉宇は、第二次性がオメガのみのシェルターで暮らす瑠輝が、高校生になって外で初めてできた友達だ。

  一般家庭で暮らす第二次性がベータとオメガの学生のみが通うその高校は公立とはいえ、シェルター暮らしの瑠輝に向けられた視線は、瑠輝が思っていた以上に差別的で冷ややかで、決して気持ちの良いものではなかった。

  シェルターに住むオメガたちが外部の高校には進学せず、内部進学で留まる意味を、浅はかな瑠輝はその時ようやく身を持って知ったのである。

  だが、莉宇はそんな瑠輝を差別することなく、他者と分け隔てなく接してくれた人物であった。なんでも、この蔓薔薇の先で暮らす初恋のアルファ様が、平凡なベータである莉宇を差別することなく優しく接してくれた為、自分も同じように誰にでも優しくありたいと思ったのがきっかけだという。

 アルファというのは、第二次性のヒエラルキーのなかで頂点に立つエリート性のことだ。

  莉宇は今時めずらしいヤンキーと呼ばれるアウトローの類に属してはいたが、心根は誰よりも優しく、実際にそのお陰で瑠輝の心が救われたことは違いなかった。
  だからと言って、アルファの子どもを産むことができない男性ベータの莉宇が未だに初恋を引きずり、侵入禁止エリアへ危険を冒してまで突入するのは、正直首を捻るところだ。
  しかも、莉宇の想い人はただのアルファではないらしい。
 アルファの中のアルファ。
 つまり超がつくほどのエリートアルファらしく、平凡な一般人であるベータとは絶対に叶わぬ恋どころか、口を聞くことすらままならない、雲の上のような存在の相手らしい。


「それって明らかにいばらの道だよな。そうまでして愛とか恋とか、楽しいものかなあ」
  ポツリと瑠輝が呟いたところで、蔓薔薇の繁みの中からぬっと莉宇の手が現れ、同罪とばかりに強引に腕を掴まれる。

「ちょ、ちょっと僕まで巻き込むなってば!」
  予期せぬ展開に、瑠輝はつい大声を出してしまう。

「しっ、それこそ大きな声出したら不法侵入がバレちゃうって。せっかくなんだから瑠輝も来いよ」
  口の前に莉宇はそっと人差し指を立てると、瑠輝も共犯者にさせるべく、そのまま繁みのなかへ莉宇は引きずり込んだ。


しおりを挟む

処理中です...