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日本の主要機関が集まるその一角に、それはあった。
まるで、そこだけが中世のヨーロッパへタイムスリップしたような、四方すべてを広大な深紅の蔓薔薇で張り巡らされたそれは、美しいを通り過ぎて、異質な要塞のように見える。
決して外からは中を覗くことができない蔓薔薇の要塞を、世間では“秘密の薔薇園”と呼んでいた。
噂によると蔓薔薇のそのなかには、地図にもネットにも記載のない巨大な白亜の洋館があり、アルファの中のアルファ、つまり将来の超エリートと呼ばれる選ばれしアルファのみが通うことを許された育成機関が存在しているという。
あくまで噂の域での話しだったが、こうして莉宇が初恋のアルファ様に逢いにここへ来たということは、蔓薔薇の囲いのなかには、本当に超エリートアルファを育成する機関があるのかもしれない。自身が暮らすオメガのみのシェルターと、まるで正反対の施設みたいだと思った。
オメガのシェルター、その人権を自由奪う未来のない施設からだ。
考えてみると、ある程度世間から遮断された環境に置かれている点については、アルファもオメガと似ている。
もしかすると、なかには生きづらさを感じている人物もいるのかもしれない。そう想像を巡らせると、少しだけ同族意識を持ち、エリート連中であるアルファにも同情できる。
だがしかし、超エリートアルファたちは瑠輝たちのような親から忌み嫌われて捨てられたオメガとは、生まれながらにしてその扱いが違うことを思い出す。
第二次性をアルファとしてこの世に性を受けた時点で、超エリートでなくとも最終的には社会的に地位のある組織のトップへ君臨し、華やかな将来が約束されているのだから。
誰からも必要とされずに、シェルターへ連れて来られた瑠輝たちオメガとは違うのだ。
得も言えぬ複雑な感情が胸に溢れ、瑠輝はそれを何とかやり過ごす為にきゅっと唇を強く噛む。
同時に、アルファから項を噛まれることを防ぐ為に首へ付けられた頑丈なネックプロテクター、否、首輪が付けられた辺りを、心の安寧のためにそっと学ランの詰め襟の上から掴んだ。
何が、性差別のない社会を作ろう、だよ。
倫理の授業で習ったいかにもお決まりの文言を詰り、瑠輝は心の中で嘲笑った。
男でも生殖に特化したオメガがアルファに捕食され続ける限り、瑠輝は本当の意味での性差別はなくならないと感じている。
アルファもオメガも平凡なベータに比べて希少種とは言われているが、少なくとも互いに育成機関だの、シェルターだの作っている限りは、それらすべての種がこの世から絶えることはまずないだろう。イコール、瑠輝みたいな誰にも望まれずシェルター行きのオメガが産まれる可能性だって、ゼロにはならない。
親に捨てられた生い立ちを持つ瑠輝は、将来絶対にアルファとは番たくないし、少子化とはいえど無責任に子どもも産みたくないと強い意志で決意していた。
「――アルファなんて嫌いだ。行きたくない」
莉宇に引きずり込まれた瑠輝は、思わず本音が口をついて出る。
「瑠輝?」
聞き取れないほど小さな声だったのか、莉宇が怪訝そうに隣を歩く瑠輝を見つめる。
途端、瑠輝は胸の辺りに痛みを覚え、この感じはまずいと思った。
しばらく忘れていたが、瑠輝は薔薇の香りを嗅ぐと、なぜかいつも体調を崩すのだ。
胸の奥がツンとして、やがてズキと重苦しい鈍い痛みへと変化していくのである。
過去、シェルター内の花瓶飾られたそれほど多くもない薔薇の香りですら、気分が悪くなって倒れたことがあるくらいだ。
過去、倒れるたびに医療機関で調べてもらったが、とくに内臓的な問題はなく、おそらくなにかしらの心理的要因がそうさせているのではないかと結論づけられていた。
思い当たる節はないので、おそらく幼少期に瑠輝と薔薇の間になにかしらのトラブルがあったのだろう。そういうことで、今日まで瑠輝のこの体質は経過観察となっていたのだが……。
まるで、そこだけが中世のヨーロッパへタイムスリップしたような、四方すべてを広大な深紅の蔓薔薇で張り巡らされたそれは、美しいを通り過ぎて、異質な要塞のように見える。
決して外からは中を覗くことができない蔓薔薇の要塞を、世間では“秘密の薔薇園”と呼んでいた。
噂によると蔓薔薇のそのなかには、地図にもネットにも記載のない巨大な白亜の洋館があり、アルファの中のアルファ、つまり将来の超エリートと呼ばれる選ばれしアルファのみが通うことを許された育成機関が存在しているという。
あくまで噂の域での話しだったが、こうして莉宇が初恋のアルファ様に逢いにここへ来たということは、蔓薔薇の囲いのなかには、本当に超エリートアルファを育成する機関があるのかもしれない。自身が暮らすオメガのみのシェルターと、まるで正反対の施設みたいだと思った。
オメガのシェルター、その人権を自由奪う未来のない施設からだ。
考えてみると、ある程度世間から遮断された環境に置かれている点については、アルファもオメガと似ている。
もしかすると、なかには生きづらさを感じている人物もいるのかもしれない。そう想像を巡らせると、少しだけ同族意識を持ち、エリート連中であるアルファにも同情できる。
だがしかし、超エリートアルファたちは瑠輝たちのような親から忌み嫌われて捨てられたオメガとは、生まれながらにしてその扱いが違うことを思い出す。
第二次性をアルファとしてこの世に性を受けた時点で、超エリートでなくとも最終的には社会的に地位のある組織のトップへ君臨し、華やかな将来が約束されているのだから。
誰からも必要とされずに、シェルターへ連れて来られた瑠輝たちオメガとは違うのだ。
得も言えぬ複雑な感情が胸に溢れ、瑠輝はそれを何とかやり過ごす為にきゅっと唇を強く噛む。
同時に、アルファから項を噛まれることを防ぐ為に首へ付けられた頑丈なネックプロテクター、否、首輪が付けられた辺りを、心の安寧のためにそっと学ランの詰め襟の上から掴んだ。
何が、性差別のない社会を作ろう、だよ。
倫理の授業で習ったいかにもお決まりの文言を詰り、瑠輝は心の中で嘲笑った。
男でも生殖に特化したオメガがアルファに捕食され続ける限り、瑠輝は本当の意味での性差別はなくならないと感じている。
アルファもオメガも平凡なベータに比べて希少種とは言われているが、少なくとも互いに育成機関だの、シェルターだの作っている限りは、それらすべての種がこの世から絶えることはまずないだろう。イコール、瑠輝みたいな誰にも望まれずシェルター行きのオメガが産まれる可能性だって、ゼロにはならない。
親に捨てられた生い立ちを持つ瑠輝は、将来絶対にアルファとは番たくないし、少子化とはいえど無責任に子どもも産みたくないと強い意志で決意していた。
「――アルファなんて嫌いだ。行きたくない」
莉宇に引きずり込まれた瑠輝は、思わず本音が口をついて出る。
「瑠輝?」
聞き取れないほど小さな声だったのか、莉宇が怪訝そうに隣を歩く瑠輝を見つめる。
途端、瑠輝は胸の辺りに痛みを覚え、この感じはまずいと思った。
しばらく忘れていたが、瑠輝は薔薇の香りを嗅ぐと、なぜかいつも体調を崩すのだ。
胸の奥がツンとして、やがてズキと重苦しい鈍い痛みへと変化していくのである。
過去、シェルター内の花瓶飾られたそれほど多くもない薔薇の香りですら、気分が悪くなって倒れたことがあるくらいだ。
過去、倒れるたびに医療機関で調べてもらったが、とくに内臓的な問題はなく、おそらくなにかしらの心理的要因がそうさせているのではないかと結論づけられていた。
思い当たる節はないので、おそらく幼少期に瑠輝と薔薇の間になにかしらのトラブルがあったのだろう。そういうことで、今日まで瑠輝のこの体質は経過観察となっていたのだが……。
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