隣に住む先輩の愛が重いです。

陽七 葵

文字の大きさ
24 / 31
第二章

第24話 勧誘

しおりを挟む
 講義の時間が一番落ち着くのは何故だろう。

 普段なら子守唄にしか聞こえない講師の声も、その分かりにくい解説にも、ずっと耳を傾けたいと思ってしまう。

 決して琥太郎と一緒にいる時間が苦とかではない。ただ、立花先輩が絡んでくると多少面倒臭……オホンッ。
 まあ、たまに、そう、たまに一人になりたい時もあるのだ。

 だって、この講義が終われば——。

 講義終了のチャイムが鳴る。

「はぁ……今日の講義終わっちゃったなぁ」

 僕が立花先輩に抱きつくといった失態を犯したこともあり、琥太郎の機嫌は悪い。それはつまり、束縛が酷くなるのと同義。
 今日の琥太郎は、数分でも暇を見つけては僕の元までやってくるのだ。不機嫌そうに。

 今日は、後二時間くらい講義を受けたい……そんなことを考え、人影に隠れながら教室を出る。隣を歩く同級生らに怪訝な顔で見られるが、そこは気にしない。
 
 放課後は一緒に帰宅するので隠れる必要もないのだが、琥太郎がいるだけで周りがざわつく。もう少し人目が少ないところで合流したい。

「桐原君」

 背後から声がした。

 人目が少ないところは、やはり難しかったようだ。僕は振り返って苦笑を浮かべる。

「こ、琥太郎さん。早いですね……ん?」

 琥太郎の姿がない。

 それに、良く考えてみたら、琥太郎は僕のことを『桐原君』なんて苗字で呼ばない。

「桐原君……だよね?」
「あ、はい」

 僕を呼んだのは、知らない男子生徒だった。おそらく上級生。雰囲気で何となく分かる。

「桐原君。サークル、まだ決めてないんでしょ?」
「何で知ってるんですか?」
 
 ストーカーですか? と言いたいところだが、喉のところで留めておく。

 彼は、僕の質問をスルーして言った。

「良かったらさ、うちのサークル覗いて帰らない?」
「あー、僕は結構です」

 サークルには憧れるが、琥太郎が多分嫌がる。それに、バイトをしながらだと、確実に琥太郎との時間は減る。僕だって、二人の時間が減るのは惜しい。

 断れば、『ピロン♪』とスマホが鳴った。
 メッセージの相手は琥太郎。

【智、ごめん。ゼミの先生に呼ばれた。安全なところで待ってて】

 安全なところとは何処か。
 そして、見学くらいなら良いかなと心が揺らぐ。

 僕は、目の前の彼に言った。

「サークルの見学行きます」
「本当に!? 良かったぁ。じゃ、こっち来て」

 そんなにホッとして。何かノルマでもあるのだろうか。
 不思議に思いながら付いていく。

 長い廊下を通り、突き当たりの階段を上へとあがる。三階に上がれば、同じような部屋が何個もあった。
 その一室の扉を彼が開けようとして、僕は思い出したように聞いた。

「そういえば、どんなサークルなんですか?」
「ボランティアサークルだよ」
「え……やっぱ止め……」

 遅かった。
 扉を開けた瞬間に目が合った。

「た、立花先輩……あー、奇遇ですね」
「待ってたよ」

 優しく微笑む立花先輩が眩しく見える。
 そして、逃げなければ。本能がそう言っている。

 しかし、勧誘してきた彼に背中を押された。

「さぁ、入って。立花先輩、連れて来たんですから、先月休んだ時のはチャラですよ」
「ああ、約束は守る」
「じゃ、オレ帰るんで」

 彼は、立花先輩と何やら取引していたようだ。まんまと引っかかってしまった。
 そして、僕と立花先輩の二人きり。

「あ、僕、帰らないと……」
「せっかく来たんだ。どんなことをしているかだけでも見ていかないか?」
「まぁ、少し見るくらいなら……」

 早く他のサークルメンバーが来ることを願いながら、僕は椅子に座った。そして、立花先輩が、大きな見開きの資料を二冊、机の上に置いた。

「これが去年の活動で、こっちが一昨年のだ」
「へぇ」

 ページをめくっていけば、写真付きで分かりやすくまとめられていた。
 河川敷の掃除から、マラソン大会の救護活動。災害ボランティアや、高齢者施設でのボランティア。他にも様々なことに取り組んでいる。

「やりがいありそうですね」
 
 『ボランティアサークルは、就活のポイント稼ぎ』と琥太郎は言っていた。
 そういう目的もあるだろうけれど、皆の活き活きとした写真を見れば、それだけじゃないのが一目で分かる。

「どうだ? 桐原君も入ってみないか?」
「入りたいのは山々なんですけど……時間が」
「ボランティアサークルは、毎日活動している訳ではないし、都合に合わせることは可能だ」
「でも……」
「三笠のことが気がかりか?」
「え、ええ……まぁ」

 それも勿論あるが、立花先輩がいることが一番の気がかりだ。
 今だって、自意識過剰かもしれないが、距離が近いような気がする。

「では、体験をしてみるのはどうだ?」
「体験?」
「一日体験すれば、やりがいも分かるはずだ」
「そうですけど……あの……どうして、そんなに僕を誘うんですか? 他にもいますよね?」

 申し訳なさそうに聞けば、立花先輩は真剣な顔で黙った。

「えっと……」

 自分で言って恥ずかしいが、僕を狙っているとか、そういうのかと思っていた。違うのだろうか。違ったら申し訳ないと思いながら、立花先輩の次の言葉を待った。

「君と仲良くなりたいから。仲良くなれば、君もあんな奴ではなく、ボクを選ぶはずだ」
「はは……」

 さっきの間はなんだったのか。予想通りの、下心ありありな勧誘だった。
 それにしても、その潔さが気持ち良い。

「どうだ? 次の予定は、明後日の木曜の十六時。子供達に絵本の読み聞かせだ」
「絵本の読み聞かせかぁ」

 それなら僕にも出来そうな気がする。木曜はバイトも休みで、ちょうど良い。
 ただ、琥太郎の許可はおりないだろう。

「せっかくですけど……」
「良いよ。行って来なよ」
「え?」

 いつの間にやら、琥太郎が扉の枠に背を預けて立っていた。
 背を預けて立っているだけなのに、まるで何かのヒーローのように格好良い。
 そして、そんなヒーローは今、何と言った?

『良いよ。行って来なよ』

 これは幻聴か?

 耳を疑うが、琥太郎がもう一度言った。

「行って来なよ。行きたいんでしょ?」
「でも、琥太郎さん」
「俺なら大丈夫。それに、智は俺以外の男に靡かないから。でしょ?」

 ニコリと笑う琥太郎は、無理をしているように見える。

「さ、もう良いでしょ。智、帰ろう」
「は、はい。失礼します」

 立花先輩へと一礼し、僕は琥太郎の元へと駆け寄った。
 

 



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

殿堂入りした愛なのに

たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける) 今日からはれて高等部に進学する。 入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。 一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。 両片思いの一途すぎる話。BLです。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

処理中です...