隣に住む先輩の愛が重いです。

陽七 葵

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第二章

第24話 勧誘

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 講義の時間が一番落ち着くのは何故だろう。

 普段なら子守唄にしか聞こえない講師の声も、その分かりにくい解説にも、ずっと耳を傾けたいと思ってしまう。

 決して琥太郎と一緒にいる時間が苦とかではない。ただ、立花先輩が絡んでくると多少面倒臭……オホンッ。
 まあ、たまに、そう、たまに一人になりたい時もあるのだ。

 だって、この講義が終われば——。

 講義終了のチャイムが鳴る。

「はぁ……今日の講義終わっちゃったなぁ」

 僕が立花先輩に抱きつくといった失態を犯したこともあり、琥太郎の機嫌は悪い。それはつまり、束縛が酷くなるのと同義。
 今日の琥太郎は、数分でも暇を見つけては僕の元までやってくるのだ。不機嫌そうに。

 今日は、後二時間くらい講義を受けたい……そんなことを考え、人影に隠れながら教室を出る。隣を歩く同級生らに怪訝な顔で見られるが、そこは気にしない。
 
 放課後は一緒に帰宅するので隠れる必要もないのだが、琥太郎がいるだけで周りがざわつく。もう少し人目が少ないところで合流したい。

「桐原君」

 背後から声がした。

 人目が少ないところは、やはり難しかったようだ。僕は振り返って苦笑を浮かべる。

「こ、琥太郎さん。早いですね……ん?」

 琥太郎の姿がない。

 それに、良く考えてみたら、琥太郎は僕のことを『桐原君』なんて苗字で呼ばない。

「桐原君……だよね?」
「あ、はい」

 僕を呼んだのは、知らない男子生徒だった。おそらく上級生。雰囲気で何となく分かる。

「桐原君。サークル、まだ決めてないんでしょ?」
「何で知ってるんですか?」
 
 ストーカーですか? と言いたいところだが、喉のところで留めておく。

 彼は、僕の質問をスルーして言った。

「良かったらさ、うちのサークル覗いて帰らない?」
「あー、僕は結構です」

 サークルには憧れるが、琥太郎が多分嫌がる。それに、バイトをしながらだと、確実に琥太郎との時間は減る。僕だって、二人の時間が減るのは惜しい。

 断れば、『ピロン♪』とスマホが鳴った。
 メッセージの相手は琥太郎。

【智、ごめん。ゼミの先生に呼ばれた。安全なところで待ってて】

 安全なところとは何処か。
 そして、見学くらいなら良いかなと心が揺らぐ。

 僕は、目の前の彼に言った。

「サークルの見学行きます」
「本当に!? 良かったぁ。じゃ、こっち来て」

 そんなにホッとして。何かノルマでもあるのだろうか。
 不思議に思いながら付いていく。

 長い廊下を通り、突き当たりの階段を上へとあがる。三階に上がれば、同じような部屋が何個もあった。
 その一室の扉を彼が開けようとして、僕は思い出したように聞いた。

「そういえば、どんなサークルなんですか?」
「ボランティアサークルだよ」
「え……やっぱ止め……」

 遅かった。
 扉を開けた瞬間に目が合った。

「た、立花先輩……あー、奇遇ですね」
「待ってたよ」

 優しく微笑む立花先輩が眩しく見える。
 そして、逃げなければ。本能がそう言っている。

 しかし、勧誘してきた彼に背中を押された。

「さぁ、入って。立花先輩、連れて来たんですから、先月休んだ時のはチャラですよ」
「ああ、約束は守る」
「じゃ、オレ帰るんで」

 彼は、立花先輩と何やら取引していたようだ。まんまと引っかかってしまった。
 そして、僕と立花先輩の二人きり。

「あ、僕、帰らないと……」
「せっかく来たんだ。どんなことをしているかだけでも見ていかないか?」
「まぁ、少し見るくらいなら……」

 早く他のサークルメンバーが来ることを願いながら、僕は椅子に座った。そして、立花先輩が、大きな見開きの資料を二冊、机の上に置いた。

「これが去年の活動で、こっちが一昨年のだ」
「へぇ」

 ページをめくっていけば、写真付きで分かりやすくまとめられていた。
 河川敷の掃除から、マラソン大会の救護活動。災害ボランティアや、高齢者施設でのボランティア。他にも様々なことに取り組んでいる。

「やりがいありそうですね」
 
 『ボランティアサークルは、就活のポイント稼ぎ』と琥太郎は言っていた。
 そういう目的もあるだろうけれど、皆の活き活きとした写真を見れば、それだけじゃないのが一目で分かる。

「どうだ? 桐原君も入ってみないか?」
「入りたいのは山々なんですけど……時間が」
「ボランティアサークルは、毎日活動している訳ではないし、都合に合わせることは可能だ」
「でも……」
「三笠のことが気がかりか?」
「え、ええ……まぁ」

 それも勿論あるが、立花先輩がいることが一番の気がかりだ。
 今だって、自意識過剰かもしれないが、距離が近いような気がする。

「では、体験をしてみるのはどうだ?」
「体験?」
「一日体験すれば、やりがいも分かるはずだ」
「そうですけど……あの……どうして、そんなに僕を誘うんですか? 他にもいますよね?」

 申し訳なさそうに聞けば、立花先輩は真剣な顔で黙った。

「えっと……」

 自分で言って恥ずかしいが、僕を狙っているとか、そういうのかと思っていた。違うのだろうか。違ったら申し訳ないと思いながら、立花先輩の次の言葉を待った。

「君と仲良くなりたいから。仲良くなれば、君もあんな奴ではなく、ボクを選ぶはずだ」
「はは……」

 さっきの間はなんだったのか。予想通りの、下心ありありな勧誘だった。
 それにしても、その潔さが気持ち良い。

「どうだ? 次の予定は、明後日の木曜の十六時。子供達に絵本の読み聞かせだ」
「絵本の読み聞かせかぁ」

 それなら僕にも出来そうな気がする。木曜はバイトも休みで、ちょうど良い。
 ただ、琥太郎の許可はおりないだろう。

「せっかくですけど……」
「良いよ。行って来なよ」
「え?」

 いつの間にやら、琥太郎が扉の枠に背を預けて立っていた。
 背を預けて立っているだけなのに、まるで何かのヒーローのように格好良い。
 そして、そんなヒーローは今、何と言った?

『良いよ。行って来なよ』

 これは幻聴か?

 耳を疑うが、琥太郎がもう一度言った。

「行って来なよ。行きたいんでしょ?」
「でも、琥太郎さん」
「俺なら大丈夫。それに、智は俺以外の男に靡かないから。でしょ?」

 ニコリと笑う琥太郎は、無理をしているように見える。

「さ、もう良いでしょ。智、帰ろう」
「は、はい。失礼します」

 立花先輩へと一礼し、僕は琥太郎の元へと駆け寄った。
 

 



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