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1.『また会えたね』
しおりを挟むふと嫌気が指す時がある。別段、何か事情があるわけではない。ただ何となく、そうなってしまった。言うなれば気紛れ。そんな類の何かだ。
普通に朝起きて、学校へ行く。そんな当たり前で誰もが行なっている行動が今日はなんだか霞んで見えた。別に学校が嫌だからとか、ルールを破ってみたかったとか、そんなものではない。ただ何となく。何となく嫌気が指して、見慣れた通学路を外れてみただけ。
きっと後々誰かに叱られるのだろう。罪悪感が無いわけではないけれど、そこまで感情的になってはいない。正直なところ、どうでもよかった。
何かをしたいわけでもないし、何か意図があるわけでもない。だから学校にもう間に合う時間じゃないと分かった時、何をしようか困った。ただ流れるように足を動かしていただけだから見知らぬ所に立っているし。けれど決して遠くへは来ていないのだから容易く戻れてしまう。学校へも遅刻で十分対応出来る。
けれどやはり今日は気が乗らない。春だから五月病のようなものなのか。高二だけれど。
あてもなく彷徨うのも飽きたので今度は明確な目的地を作ることにした。親戚が神主を務めている神社だ。規模は小さく無いので栄えている時もあるけれど、今の時間だとおそらく人はいない。せめて参拝だけでもして帰ろう。ご利益があるかもしれないし。
と、そんな軽率な経緯で鳥居の前までやって来たわけだけれど、残念ながら読みは外れた。人がいる。それも一人。
だからと言って折角来た道のりを引き返すのも面倒なので参拝はしておく。
拝殿に近づいてみるけれど、拝殿の真ん前であの人はどうして突っ立っているんだろうか。明らかに様子がおかしい。参拝するでも無く、拝殿を前に立ってるだけ。
長く艶のある髪を背に流した女性だが、身につけているのは制服だろうか。どうやら学生らしい。見た事の無い制服だけれど、どこの学校であろうともう既に授業が開始されてしまっているこの時間にこんな人気の無い神社にやって来ているのだからまず間違いなく普通じゃない。しかも拝殿の前で棒立ちときた。不思議の度合いで言えばかなり高い状態だ。
「ねぇ君、お姉さんと一緒に遊ばない?」
「は?」
しまった。あまりに唐突で口から声が漏れてしまった。でも棒立ちかと思えば、突然振り向いて投げられた言葉がそれなら誰でもこうなるはずだ。これは仕方ない。仕方ないということにしておこう。
「見たところ学生ですよね? 学校行かないで何してるんですか?」
我ながら見事に自分にも当てはまるなと思った。けれどそれはそれ、これはこれだ。ここではあくまで一般論を述べることにしよう。
「それを制服の君が言っちゃうの?」
ぐうの音も出ません。
「でも、うん。待ってたんだよ、君を」
「いきなり気持ちの悪いこと言わないでください」
また漏れた。どうやら僕の口は想像以上に軽いらしい。だからといって反省する気は今回に限って全く湧き上がらないんだけど。
「いきなり酷いこと言うなぁ。一応初対面なのに」
「初対面だからこそです」
徐々に距離を詰めてくる彼女に僕は一歩も引かない。向こうが目の前まで辿り着こうとも決して足を引かないのだ。
「折角こんなお姉さんと話せるんだから、そんな硬い事言わなくていいじゃない」
頬を膨らませてそんな言葉を吐く彼女はなんともわざとらしいものだった。まるで台本でもあるみたいで作り物のように思えたけれど、真偽はどうあれ変な人なのは間違い無いだろう。
この感想が顔に出てしまったのだろうか、僕の表情を見た彼女はなんだかバツが悪そうだ。
ふと、彼女の身体の中心にある揺らぎに目が向いた。また見えてしまったようだ。毎度思うが、古代の陰陽師の血は伊達じゃない。子孫の遥かその先にいる僕にも、正直迷惑なほどに生きて受け継がれている。昔の人間の執着心というものは本当に恐ろしいと心の底から実感してしまう。当時の血はほとんど残ってはいないけれど、それでも魂の揺らぎ程度は見えてしまう。血の濃かった先祖達は本当に化け物みたいなものではないのか。結論は当然導けはしないけれど。
揺らぎはみるみる大きくなって僕の目に焼き付く。今まで見たことが無い濃さと大きさだった。そしてそれ以上に重要で、明確な意味を持っている。初めて見た、明確に魂に刻まれたもの。
「嘘だろ……」
こんなことが本当にありえるだろうか。普段はせいぜい人が何らかの感情を大きく抱いた時にその感情が分かる程度のものだ。担任が内心で物凄く怒りを感じていた時には世話になったが、せいぜいその程度。稀に高齢の方を見ると死期が近いかどうかがうっすらだが見て取れることはあっても、それは靄のようなもので今回のように明確に刻まれているわけではない。
今回は全く身に覚えの無い、新しいケースだ。
人として、それを知ってしまっては動揺しないわけにはいかない。目の前にいる人間がまさかそんな。そう思う部分はあるけれど、今まで僕の目が嘘を付いた事なんて一度も無い。真実なのだとしたら、今得た知識は絶対に他人が得て良い物でも無いだろう。他人の未来を覗くなんて禁忌でしか無いのだから。
「もう一度だけ言うね」
そんな僕の思考なんて全く知らない彼女は笑っていた。これから悪戯でもするみたいに。
いくら楽しそうに振る舞っても、今の気持ちは彼女には晴らせない。
だって僕はさっき知ってしまったんだ。
「お姉さんと一緒にどこかへ遊びに行かない?」
──彼女の余命はあと三日だと。
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