トイレの花子さんは悪役令嬢の中の人

赤羽夕夜

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イジメを食い止める方法

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私はイジメの現場となっているトイレの治安をどうにかしようとずっと考えていた――がいい案が思いつかない。

ジョルジュさんもジョルジュさんでこの問題には真剣に考えてくれているようだ。

といっても、私の平和な引きこもりトイレライフを守るためでなく、学校の治安を生徒会長として維持する為だろうけど。

それでも、1人で考えるより、2人で考える方が心強い。

珍しく放課後に時間があったジョルジュさんを連れて学校の食堂でコーヒーを、私は苦いのが苦手なのでオレンジジュースを飲みながら。

「第一回、女子トイレの平和を守ろう作戦会議を始めます」

「なんだその間抜けな作戦名は。俺がここにいる趣旨とまったく違う。イジメをひとつでもなくす方法を考えるためにここにいるんだ、俺は」

「目標は違いますが、目的は同じだからいいじゃないですか。私は居心地の良い場所を守れればそれでいいので」

「イジメを失くしたいとは思わないんだな」

「え、無理でしょ。人は劣等感と優越感を感じられる唯一の生き物。イジメって狭い世界の中で人が優越感を覚えられる手っ取り早い手段なんですよ。やめれるわけがありません」

「核心を突くな……」

「伊達に何十年も学校のトイレを住処にしている怪異じゃないので」

子供は無邪気で正直で残酷な生き物だ。単純に不快な人間がいるというだけで同じ仲間を集い、1つの不快を徹底的に排除し、愉悦に浸る。

「何度もそういった場面に遭遇したことはありますけど。その場で止めることはできても、失くすことはできません」

「お前は何度もイジメを見て来たというが、思うところはないのか?」

「ないといったら嘘になりますけど、そういった悪感情は皮肉にも私たち怪異が生きるための糧にもなるので一概に否定はしません。例えると、人間が肉を食べるとき、食肉となる為に殺されて捌かれた動物のことを思って食べますか?」

「――ないな」

「目の前で裁かれたら肉を食べたくなくなる――私にとっては人間同士のトラブルってこんな感じにしか、思えないんですよね。だから、今回のイジメ問題は私にとっては目の前で食肉解体を見せられて不愉快だから対処をする、ってのもあります」

あ、オレンジジュースがなくなっちゃった。手持ちのお金がないし、じっとジョルジュさんにおねだりをしてみる。空のコップと私を見比べて、凄く長い溜息を吐かれた。

「オレンジジュースでいいか」

「は、はい。ありがとうございます」

「そのつもりで物欲しそうに見ていたのだろう。……奢ってやるが、この件は最後まで付き合って貰うからな。一応、お前もイジメの目撃者だし」

私はこくりと頷いた。この問題はもう少し長く続きそうだ。

もっと手っ取り早い方法はないだろうか。私が怪異だった時、何度か私が住んでいるトイレで今回みたいなイジメが行われていたことがあったが、いつの間にか、その人間たちの姿はなくなっていた。

別に私が祟ったわけでも、他の怪異が手出ししたわけじゃないのに。

考えていると、ジョルジュさんはおかわりのジュースを持ってきてくれた。

「ありがとうございます。本当、いい方法がないんですかね?……この間みたいに、私がギッて睨んだらイジメを辞めて逃げ出した時のように、イジメを簡単に止められたらいいんですけどね」

「――」

私が呟くと、ジョルジュさんの珈琲を飲む手が止まる。私、なにか拙いことををいっただろうか。

固まってしまったので、目の前でフリフリ、と手を振るとコバエを叩くように私の手を叩いた。

「それだ」

「え」

ガタリ、とジョルジュさんは立ち上がると満面の笑みを浮かべてジョルジュさんは私の両手を握った。

端正な顔が近づく。ドキドキ、バクバクと心臓が高鳴る。

これは、子供たちが騒いでいた、青春の一ページというやつなのだろうか。しかし、それは私の妄想で終わることになる。

「花子、お前の存在が鍵だ。お前を――「トイレの花子さん」とやらの怪談を始めとした怖い話を広めて、イジメの温床となっている場所に必要以上に近寄らせないようにしよう。失くすことはできないが、イジメは確実に減るはずだ」

「――なるほど、怖い話を広めるのは名案かもしれません」


人は恐怖を感じた場所には不必要に近づかなくなる。

例えば私の「トイレの花子さん」としての話は2階の女子トイレの手前から3番目だったり、階数は関係なく、女子トイレの3番目のトイレだったり。それぞれの所説には違いがあるが、共通して有名な話は3番目のトイレで手順を踏むと私が現れる、という点だ。

つまり、怪談話と怪異をとくに恐れる人間は、3番目のトイレは絶対に入りたがらないし、私が出るトイレに近づかない子供が多いらしい。

というのも、いつの日か、子供たちがトイレで話しているときに小耳にはさんだのだ。「トイレの花子さんが出て呪われるからここのトイレを使いたくない」と泣き叫ぶ子供だっていた。

場所に得体の知れない恐怖を与えれば、半端な人間は近寄らなくなるだろう。

なるほど、ジョルジュさんはやはり賢い。

「でも、なんで私なんですか?怖い話ならジョルジュさんが新しく作ればいいと思うのですが」

いい案だと思うが、わざわざ私の怪談を広めなくてもいいと思うのだけど。

「俺には物語を作る才能がない。新しく作った話よりも、元々怖がられていたのなら怪談を語り継いだ方がより人々の記憶に残るだろう。実際、お前は人々に怖がられていたのだろう。なら、怖がられるという点ではお墨付きではないか」

「たしかに一理あるとは思うのですが……、自分の話を意図的に広められるというのは、なんとも、こう、恥ずかしいというか」

自分のあずかり知らぬところで広められるのはともかく、私の許可を持って広められるというのはなんともむず痒い気分になる。

嫌な気分ではないけど、これでいいよといったらまるで自分大好きなナルシスト女のような感じがする。

「いいじゃないか。元々、人々が語り継いでお前は生まれたのだろう?その語り継がれた物語が世界を渡って拡散されるにすぎない。それに、俺はお前の話、結構好きだぞ」

「――は、え……えぇ?」

トイレの花子さんの話が好きって人初めて見た。

トイレの花子さんという話は諸説あるが、私は日本の江戸時代から昭和初期にかけて信仰が盛んだった厠神の話から派生した怪異だ。人は用を足す時が一番無防備で、その無防備な状態を守ってもらうために、赤や白などの女の子の人形、花を飾って厄を退けた。

しかし、時は経ち、人々は信仰を失っていき、トイレに飾られている花や人形はこれらの信仰の名残とされていた――が。存在を忘れられた神様は寂しさと悲しみを募らせた。花子さんとなった神様は人々に忘れ去られないように、寂しさを埋めるように、おかっぱ姿のYシャツと赤いスカートの身なりで学校の女子トイレの3番目に現れては、子供たちと「おままごと」をしたがり、子供を惨殺する――という話だ。

子供が聞いたら一発で震えあがるし、怖い物知らずの子供は好奇心をむき出しにする。その度に舐め腐った人間を怪談の通りに殺してきた。

それが私が生きる為の狩りだ。

だから、怖がらせることはあっても、好きだという人間は初めてだった。胸の中がムズムズする。

むずむずして、喉から声がでない。

それを悪い意味でとらえたのだろうか、ジョルジュさんはしゅんとした様子で肩を落とした。

「すまない。自ら怖がられる話を好きだといわれても困るよな。ただ、なんだか寂しがり屋な女の子がただ遊び相手を求めているような切ない話に感じて、人間味があって好きだなって思ったんだ。決してお前を貶す為にいったのではないということは理解して欲しい」

ぐ、うぅぅうぅ……。こんなイケメンに好きって言われるのがこんなにも苦しくて嬉しいことなのか。喉奥がなんだか締め付けられるように嬉しい。

子供を惨殺する話なんて、普通は怖いと思うでしょ。ジョルジュさん、ちょっと、いやかなり価値観おかしいんじゃない?

でも、私の話を好きだっていってくれるのは、本当に嬉しい。

「ありがとう。私の話、好きだっていってくれる人はじめてです」

「変な意味ではないからな!……それで、お前がいやなら別の話を考えるが、どうする?」

好きで広めてくれるなら悪い気はしない。それなら、好きにしてくれていいと思う。自分の話を耳にするのなんて慣れているし。

また多くの人に語り継がれるのであればそれはそれで嬉しい事ではないのだろうか。

「はい、是非、より恐ろしく、「トイレの花子さん」の話を広めてください」

だって、私は人々に忘れ去られて、無価値に死んでいったのだから。


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