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3番目のトイレでの出来事①
しおりを挟む――最近、王立学園にはある噂が広まっていた。
それは夕方から深夜にかけて校舎2階の右端の女子トイレの3番目のトイレを3回ノックするとおかっぱ姿の赤いスカートを履いた少女が現れるという、所謂オカルト話であった。
現れては問いかけた生徒に対し、遊んでと持ち掛ける。「おままごと」を選択すれば、包丁を刺され、「かけっこ」を選べば足を切り落とされる。遊ぶと選択すると女の子に殺されてしまうのだ。その女の子は学園に住まう神様の一柱。イジメで自殺した哀れな魂を愁い、恐怖に片足を突っ込む愚か者たちに神罰を下しているという話だった。
かなりこの世界風なアレンジを加えられているが、原型のトイレの花子さんはとどめている。
この世界では神の信仰もありふれたものらしいから、組み込むことでより民衆の心を掴むのだとか。
ジョルジュさんは生徒会長で王子ということもあり、噂を広めれば伝わり、浸透していくのが早かった。
すっかり、学園の怪談として異世界の「トイレの花子さん」は流行ったのだとださ。
…………。
「って、なんで私まで怖がられてるんですか」
「まさかトイレの花子さんと同じ髪型というだけで、おかっぱ頭のお前が怖がられるなんてな。おまけに根暗だから、雰囲気もでるんだろう」
放課後の二階右端の女子トイレ。
噂が広まり始めてから、私はますます気味悪がられ、みんなから距離を取られていた。
嫌がらせとかはされてはいないけど、元々のアリスのきつめな顔立ちと私の元来の性格の暗さがさらに怖さを増したのだろう。
実は私が花子さんの正体ではないのか、呪い殺されるのではないかと噂されてしまうくらいだ。
「酷い。私、まだこの世界で1人も殺してないのに。せめて殺してから言って欲しい……」
「やめろ。俺の婚約者を殺人犯に仕立てるな」
「そっか、私、ジョルジュさんの婚約者でした。形だけだけど」
元々アリスが凶暴だったために、私まで別の意味で凶暴にみられるなんて、なんてことなのだろう。
「私、そんなにおっかなくみえますか?」
「便座の蓋の上に膝を丸めて座り、陰気な表情でぶつぶつと呟くお前は、おっかないというよりは不気味だな」
「不気味……、へへ、それは怪異冥利に尽きますね」
今の私人間なのに。肉体を得たところで私の印象なんてどこへ行っても結局は変わらないのか。
「ま、こう噂が広まっちゃえば最後まで協力します。精々この学園の生徒全員ビビらせてこのトイレでイジメなんかさせないようにしてやりますよ」
「自信があるのか?ちなみに、人に危害を加えるのはなしだぞ」
「ええ、人に危害を加えてナンボの怖い話なのに」
「それでもお前がアリスとして生きている以上、この世界の人間の常識、ルールを守ってもらう。守れないなら……」
「なら?」
ジョルジュさんはそれはもうあくどい笑みを浮かべた。
「生徒会権限でこの女子トイレを永久的に封鎖する。しかも、3番目のトイレだけだ」
「ひ、卑怯です!トイレを封鎖するなんて、なんて、あくどいことを――!」
トイレを封鎖されたら、私は一体どこで休息を取ればいいんだろうか。
家のベッドは落ち着かないし、クローゼットの中もなんか違うし。家のトイレもトイレではあるけど、やはり違和感。
私にもよくわからないけど、やはり人気のない3番目のトイレというのが落ち着くのだ。
「わかりました。人には人のルールがありますし、従いますよぉ。でも、人に危害を加えない方法で怖い話なんてこれ以上に広められるんですかね」
「広められるはずだったのにな……」
「せめて怪我をさせる程度でも、人に危害を加える方向での目論見だと思ってましたし……」
「お前はそういった方向のプロだろう」
「無茶言わんでください!」
いくら人が未知の物に恐怖を覚えるとしても、都市伝説のような作り話を意図的に広めるのは難しい。多くの怪談はほとんどがルーツがあり、そのルーツから発生した怪異が本当にその通りに行動するからこそ根強く恐怖として語り継がれているのだ。
もちろん、第三者からすれば身の毛がよだつ作り話と思えるだろうが、その話が広まる過程には怪異の並々ならぬ努力があってこそだ。
とにかく、人の記憶に強く根強く怪談が残らないと、恐怖は伝線していかない。逆に恐怖を1人にでも伝線させれば、それは強い感染症のように広まっていく。
ああだ、こうだ、と作戦会議をしていると、廊下から複数の足音が聞こえてくる。
「――人が来たな」
「ジョルジュさん、一旦ここを出た方がいいですよ。普通に女子トイレに侵入してますけど。誰かから見たらただの変態です」
「お前がここに引きこもってるから忘れていたが、よく考えればそうだな。じゃあ、おれは――」
ここを出る。と扉に向かったけど、思ったより、近づく足音は近かったようで、トイレの入り口に人影が。
ジョルジュさんも流石に開ける手を止め、舌打ちをすると、私が入っている個室へと入ってきた。
「は?あ、ちょっと、せまいです」
「仕方ないだろうが。人が来てしまったんだ。出て行ったらここを出ていくから、しばらくここにいさせろ」
ぎゅうぎゅうとジョルジュさんは私の膝に跨り、顔に胸元があたる。なにか香水を使っているのだろうか、甘くてスパイシーな臭いがする。
しかもとても熱いし、ジョルジュさんに密着している状態を意識するとなぜか、異様に心臓がバクバクする。
「…………ちょっと、離れてください」
「無理だ。お前こそもうちょっと奥へ詰めろ」
「無理です。これ以上後ろにいけません。というか……ジョルジュさんのおっぱいと大事なところが当たって恥ずかしいんですけど」
膝にもにゅっとした感触と、平だがよく鍛えられた胸筋が頬に当たっているので、本当に恥ずかしい。
ジョルジュさんも流石に意識すると恥ずかしかった様子で。
「口に出すな、馬鹿。後、静かにしろ。気づかれてしまう」
「す、すみません……」
早くトイレに来た生徒が外に出ていかないか、今か今かと待っていると、扉が開く音がして、3人分の声が聞こえてくる。
聞き耳を立てていると、どうやらまたまた物騒な状況に遭遇したようだった。
2人のいじめっ子と1人のいじめられっ子が、いじめっ子に「トイレの花子さん」が実際にここにいるかどうかを確かめろという内容だった。
自分の手は汚さず、弱い人間を生贄にして噂を検証するとは太てぇ野郎――いや、アマだ。
「さぁ。さっさと花子さんとやらがいるか確認しましょう」
「噂話だって。こんなの真剣にやっても無駄じゃない」
「でも、いたらいたで明日の学園内の話題は私たちで持ちきりよ。失敗したところで、痛手を負うのはエルナだけだし。試すくらいいいじゃない」
「ま、そうね。エルナ、さっさとやりなさいよ」
ドン、と何かを押すような声と「きゃあ!」という悲鳴が聞こえる。これから本当にトイレの花子さんがいるか検証するつもりだろう。
こういう輩は珍しいがいないというわけではない。大体が友達同士、仲間内で一緒に肝試し感覚で怪談話を試すことが多い。
呪われたり、殺されたりするのは勝手だが、自分の好奇心に他人を巻き込むとはいい度胸だ。
「醜いな。卑劣で卑怯な行為を日常的に行っているなど、反吐がでる」
イジメに遭遇するのは珍しいのか、ジョルジュさんの歯ぎしりが頭上から聞こえてきた。
見慣れない人、正義感の強い人が遭遇するとまぁ、そうなるよね。
私も見捨てるところは見捨ててはしまうけど、ちょっと今のは胸糞が悪い。
「ジョルジュさん、なんか鋏とか、ナイフとか、刃物系ありませんか?最悪針とかでもいいです」
「我慢しろ。気持ちはわかるが刃傷沙汰は学校の評判にも、お前の今後にも関わる」
こんな時に私の心配してくれるのは嬉しいけど、誤解している。
「誰かを傷つける目的で使いません。約束します。それと、ジョルジュさんにも少し協力して欲しいです」
「お前なにを考えて――いや。その眼は本気だな。……わかった」
ジョルジュさんはごくり、と喉を鳴らして懐から短剣を取り出した。鞘になんか豪華そうな紋章が掛かれている。
「俺の護身用だ。絶対に人を傷つけるなよ」
「わかりました。その代わり、私の言う通りに行動してくれませんか?」
「……わかった」
ジョルジュさんの返事と同時に「ドンドンドン」とノックが3回叩かれ、「花子さん、遊びませんか」と震えた、怯えた女の子の声が聞こえた。
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