トイレの花子さんは悪役令嬢の中の人

赤羽夕夜

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様子がおかしい花子(王子視点)

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――最近、花子の様子がおかしい。

俺の顔を見るや否や挨拶だけを済まして去っていくし、様子を見に教室に行けばいない。たまにいつもの女子トイレに行けばいるか――と思いきや、ここ3日は寄り付いていない様子だ。

こうもあからさまに距離を取られると俺としても、なにか花子に悪いことをしたのだろうかと思い悩んでしまうではないか。

思い出そうとしても……身に覚えがあり過ぎる。

彼女を使って生徒たちを怖がらせる怪談を広めたこととか、傷を負わせる結果になったこととか、よく考えれば女性として接する態度ではなかったような気がする。

そんなのを気にするやつではないだろうが、見えないところで傷つけていたかもしれない。

あいつが手を傷つけた日からなにやら様子がおかしくなったように思えるし……非があるなら、一国の王子として、一人の男としても謝らなければいけない。

これからも婚約関係で居続けるためにも、円満な方がなにかと都合がいいしな。

まぁ、それとは別に、あいつああやって逃げ続けているよりも不気味に笑ったり、たどたどしくも必死に話している表情の方が人らしくて似合っているし、俺もそっちの方が安心する。

――そもそも、好きな女の悩んでいる顔が好きな男などいないだろう。

…………。

昼休み。鐘が鳴ってすぐにらしくなる廊下を早歩きして花子の教室に向かった。

「アリス!」

それが功を奏したのか、丁度花子が教室から出てくるところで、俺は大きな声で呼び止める。

こちらに気づいたアリスは目を丸くさせて俺に背を向けて走った。

――この俺を無視するなんていい度胸じゃないか。

そっちがその気なら、こっちだって。生徒会長として廊下を走ることができないので、なるべく大股で、早歩きで花子を追いかける。

だが、運動の授業をいつも仮病を使って見学している癖して逃げ足だけは速い。角を曲がり、階段の方へ向かう頃には花子の姿はなかった。

だが、足跡が上から聞こえるということは、ここは2階だから3階に上ったということだろう。俺は階段を上がろうとしたとき。

後ろから腕を掴まれて上ることは叶わなかった。

誰だ、声もかけずに、俺の行く手を阻むのは。

後ろを振り返ると、ピンクでウェーブがかかったセミロングを持ち、花子と比べると親指1本分ほど低い身長……赤いたれ目で俺を見上げる女が目の前にいた。

彼女はミルカ・ミルナー。ミルナー男爵のところの次女で成績優秀な生徒会のメンバーだ。

「ジョルジュ様、どうしたんですか?そんなに急いでらしくないです」

俺はコイツが苦手だ。礼儀はわきまえないし、婚約者がいる男にベタベタと引っ付くし、こいつが引っ付いてくるせいでアリスにどれだけ迷惑をかけられたことか。

あからさまに距離を取っているはずなのに、馬鹿なのか、気づかないフリをしているのか、こうして親しげに俺の腕を掴んでくることはよくあった。

折角目の前にチャンスはあったのに。今はコイツに構っている暇はないのに。

しかし、俺は王子だ。腹立たしいからと言って突き飛ばすわけにもいかず、引きつりそうな表情を抑えて、なるべく優しい口調で彼女に言った。

「すまない。今は急いでいるんだ。用事なら後にしてくれないか?」

「でも、ジョルジュ様がとても困っていらしたので……。放っておけないです。どなたか探しているんですか?私も手伝います!人探し、得意なんですよ!」

ガッツポーズをして俺にアピールしてくるが知るか。探しているやつはもう上の階にいるんだよ。

「婚約者と話したいことがあるんだ。席を外してくれないか」

「アリス様と……?ジョルジュ様、最近アリス様のことを気にかけてらっしゃいますものね」

「婚約者なのだから、気にかけて当然だろう」

ミルカはうーんと首を傾げた。俺の発言におかしなところはないはずだ。

「でも、ジョルジュ様、ずっとアリス様を避けてらしたではないですか?アリス様って、気性が激しい方だから、いつも困ってらしてましたよね?最近はめっきり大人しくなりましたけれど……。それでも、誰かと一緒にいた方がアリス様も少しは周りを気にして態度も和らぐのではないでしょうか?」

今のアリスは花子であり、あいつは理不尽な理由で怒る人間じゃない。それに、あいつは人見知りだ。自分から滅多に他人に声を掛けることはないし、ミルカがいたところで余計に逃げられてしまう。

ミルカを同伴させるなんてありえない。なのに、コイツはどうして自分が同伴するのが当たり前に話しているのだろうか。

顔は良いし、人慣れした性格で男子生徒の友人が多く、成績もそれなりに優秀だ。だから生徒会に引き入れたというのに、ここ最近はこういう無神経さが少し苛立ちの原因になりつつある。

「生徒会にまだ処理してない案件の資料があるだろ。ここで油を売ってないで、仕事をしてきて欲しいんだが」

次は強めに。ミルカはびくりと肩を震わせて、怯えたように上目遣いで俺を見つめた。

花子ならともかく、コイツが涙を浮かべようが、哀しもうがどうでもいい。

――ん?

「なんで、俺、今花子のことを思い浮かべたんだ?」

「え?ハナ……?」

「なんでもない。早く生徒会室へ戻れ」

――まったく、手間がかかる女だ。

ミルカを振りほどいて早く階段を駆け上った。3階には人の気配がなかったが、さらに上の屋上から足音が響いている。

きっとこの上に花子はいる。そう確信して俺は屋上へと向かった。


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