トイレの花子さんは悪役令嬢の中の人

赤羽夕夜

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しつこい女

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ミルカ・ミルナーという少女はアリスの記憶の中にだが、ぼんやりと記憶があった。

アリスの記憶の中だと、いつも生徒会に所属している高位貴族の男性に好かれていて、お姫様のように守ってもらっている少女。

その中にはジョルジュさんも含まれていた。

アリスは、ミルカのあざとい一面が気に食わなくて、感情的にいつもミルカに突っかかっていた。

ミルカは悪女アリスにイジメられている可哀相で哀れな可愛い男爵令嬢というブランドは、さらに男性の庇護欲を掻き立てた。

というのが、アリスの記憶の中を覗いた私の意見も交えて評価している。

それはいいのだが、上の階から覗いていたから会話の内容までは聞こえなかったけど、親し気にジョルジュさんの腕を掴んでいた。

多分甘えていたのか、ジョルジュさんもジョルジュさんで腕を掴まれたまま会話していたし、まんざらでもないのだろう。

そう思うと、胸にナイフを突き立てられたようにじくじくと痛んだ。まるで、この前掌を傷つけたときのような痛みのようだ。

「ジョルジュさんは、ミルカのことをどう思っているの?」

生徒会のメンバーだし、男性ウケする性格で、甘えるのも上手で可愛げがある。きっとジョルジュさんもああいう女が好きなのだ。

「人間にとって人を好きになるのは当たり前のことだもの。だから、別にジョルジュさんがミルカのことを好きだっていうのは構わない。――構わないのだけど、なんだか、胃がムカムカするのよ」

心臓の鼓動早くなると同時に、胃にも症状が出始めている。精神的にもずっと興奮状態だし、時間が経つごとに呪いが強くなってる。

……私、どうしたらいいんだろう。死ぬの?

屋上の扉を開けて外の風にあたると、少しだけ頬の熱と胃のムカつきが収まる。

ほっと一息ついていると屋上の扉が開いて、後ろを振り向いたらジョルジュさんが息を切らして現れた。

ずんずんとこちらに大股で近づいてくる。顔が怖すぎて後ずさりをして距離を取ると、すぐに距離を詰められ、手を掴まれる。

「――な、なんですか!」

「なんですかじゃないだろう!あからさまに俺を避けて……、俺がお前になにをしたというんだ」

貴方を見ると体調が悪くなるだなんていったらきっとジョルジュさんは気を悪くする。ごくり、と生唾と出かかった言葉を呑み込む。

すると、今度は次に言おうとした言葉が出てこなくなって、自然と静寂が屋上に訪れるとジョルジュさんは私の肩を掴んだ。

「なにかいいたいことや、嫌なことがあったのなら俺に直接言え。こうしてあからさまに避けられる方が困るではないか。俺はお前と秘密を共有しているのだから、こういう時こそ頼ってくれ」

「ジョルジュさん……」

でも、きっと呪いにかかったなんていったらジョルジュさんに迷惑をかけてしまう。

心配で、恐る恐る顔をあげてジョルジュさんを見ると、真っすぐと私を見ていた。

吸い込まれそうな青い瞳。そこに私を陥れようだとか、冗談で言っているのではなく、真剣に見えた。

いったら、笑われないかな?

もしかしたら真剣に聞いてくれるかもしれない。

「実は……、ずっと体調が悪くて……。でも、お医者さんに見せても体には異常がないと言われるし……」

「そうだったのか?どう体調が悪いんだ?」

「気分悪くしないでくださいね。これは、ジョルジュさんのことを思ったり、こうして話したりしていると起こるんです」

「俺と――?」

ジョルジュさんは目を丸くして固まった。

「だから、もしかしたら誰かに呪いをかけられたんじゃないかな、と。ずっと距離を取っていたんです。だって、おかしくないですか?――ジョルジュさんと話すと、急に胸がドキドキしたり、他の女の子に優しくしていることを思うと胃がムカムカしたり。一人になると、きまってジョルジュさんのことを思い出すし。……ジョルジュさん?どうしたんですか?私のスカートみたいに顔を赤くして」

症状を詳しく説明すると、ジョルジュさんは顔を覆い、耳の裏まで顔を赤くさせていた。

もしかして、症状を話すと、人に伝染する呪いの類なの?

もしそうなら、私、なんてことをしちゃったんだろう!?

「ジョルジュさん?大丈夫ですか?」

「――おまえ、それ、わざとしているのか?」

「わざととは……?」

「いや、すまない。こんなあからさまにアピールする女じゃないよな。それにしても、それは……俺の自意識過剰でなければ病ではなければ、呪いでもない」

「人面犬にも、呪いじゃないって言われました……。じゃあ、なんで私、こんなにジョルジュさんのことを思うと体調が悪くなるの?」

「……体調が悪いのではない。それはきっと人間であれば正常な感情だ」

ジョルジュさんが掴んでいる手の力が少しだけ強くなる。汗ばんでいるのか、ちょっとだけ肩が湿っぽい。

「いいか。お前は、俺のことをその……好き、なんだと思う。異性として意識ているといっていいのかもしれない」

「――は、えぇ?」

思いがけない単刀直入な回答に私は自分の気持ちなのに驚きを隠せない。だって、異性って……、その、子孫を残したいとか、この人の物になりたいとか、そういう感情をひっくるめた好きということでしょう?

あり得ない。怪異の私が。化け物の私が。人間を好きになるなんて。

でも、改めてそう意識すると、全然嫌じゃないというか、しっくりくるというか。――全然嫌な気持ちじゃなかった。

「で、でも!ジョルジュさんは、アリスの婚約者じゃないですか。その相手を好きになるとか……、化け物なのに、私、感性がおかしいの?」

「誰かの物であることと、人を好きになる気持ちは関係ないだろう。恋をするのに理由なんてない。誰かを思い、時間を浪費するというのは恋をする者が得られる特権だ」

「……恥ずかしい。私、そんなことにも気づかなかったの?じゃあ、これがいわゆる好きだったり、嫉妬するって気持ちなのか。……それを呪いと勘違いしてジョルジュさんに告白してしまったということでしょう?」

なんだ、それ、最悪すぎる。じゃあ、私は間抜けにもジョルジュさんに告白をしてしまったということ?

「そうか、俺はお前に嫌われてるとばかり思っていたから、少し安心した。お前、俺のことが好きだったのか」

理由がわかると、ジョルジュさんはふぅん、と唸り、私の顎を持ち上げる。整った鼻先が私の鼻先に触れるか触れないかくらいに近づいてくる。

まずい、心臓が口から飛び出そうだ。

「か、からかうのはやめてください。あなたの婚約者はアリスであって、私ではない。だから、あまり近づかないでください。……こう、勘違いしてしまいますから」

「だが、今のお前はアリスだ。婚約者同士こうして触れ合うのも外部的から見ても問題あるまい」

「いや、ですから……」

ジョルジュさんはどこかホッとした様子で眦を細める。唇が艶っぽくて、顔はどことなく熱っぽくて、甘い吐息が耳を撫でる。

これは、あれ、してしまうのか。私は大人の階段を上ってしまうのか。

意を決して目をぎゅっと瞑ると、遅れて唇に生温かくて、柔らかい物が触れた。

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