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半歩分、縮まる距離
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「お前は、一体何をしているんだ?」
その日、私の前にシュルピス様が訪れたのは昼食後すぐの庭にある私の菜園場。
畑を囲んでいるレンガブロックの外で、私の背後を取る形で腕を組んで仁王立ちをしている。
畑仕事で雇い入れた5人の従業員たちは、シュルピス様の登場にバインダーとペンを片手に硬直した。
「なにって、これから元肥を土に混ぜるので従業員たちにやり方と、ついでに作り方も教えようとしているのです」
シュルピス様が立っているすぐ隣に視線を滑らせると、樽に入った、畑の土に混ぜる予定の元肥がある。
「元肥……?」
聞きなれない単語に首を傾げる。たしかに、土に触れていないとあまり聞きなれない単語かもしれない。
「そうですね。これからそれを説明するところなので、もしよければ一緒に聞いてみませんか?」
「えッ……、奥様、それはちょっと……公子様にとってはつまらない話かと存じます」
身を固くした従業員の一人、中肉中背で気弱そうな中年男性の風貌のトーマが手をあげる。
「公子様と一緒に講義だなんて、恐れ多いことですわ」
未亡人で力仕事に自慢があるシュリが首を振る。
他の3人に至っても同様の反応。たしかに、元肥の作り方とか聞いても、シュルピス様にとっては役に立たない知識かもしれない。
貴族にとっては退屈な話かもしれないわよね。
そう思うと、一緒に聞きませんかなんて、自分勝手な提案だったかもしれない。
「そうよね。シュルピス様には退屈な話だったかも――」
「いや、せっかくだから聞いてみよう」
以外にも。シュルピス様の返事は色よいものだった。
あのシュルピス様が。目を丸くさせて、もう一度聞くと、うんざりした顔で答える。
「お前から提案してきたのだろう。……それに、作物が育ちにくい、このベニシュでも活用できる知識や技術なら、家督を継ぐものとして取り入れるのは無駄なことじゃない。決して、お前に興味があるだとかではないので、勘違いしないように」
最後のは余計だったけれど、責任者としての向上心のある回答に、これ以上茶々を入れるのは野暮というもの。
顔色が悪い従業員たちを説得して、勉強会が始まった。
――。
それから陽が落ちる頃。
無事、元肥を土に混ぜる作業を終えて、従業員たちを解散させる。
シュルピス様にもせっかくなので、額に布を巻いて、農作業用の衣装に着替えてもらい、元肥を混ぜる作業を行ってもらった。
足腰の力を使うので、慣れていないと腰に来る。
いくら、シュルピス様が男性で、剣術を学んでいるとは言え、畑仕事は堪えるだろう。
レンガブロックの上に腰を落とし、疲労で項垂れているシュルピス様に冷たい麦茶を渡した。
「本日はありがとうございました。まさか、ここまでしてくれるだなんて。以外と頼んでみるものですね」
「……農作業を侮っていたが、意外と体力を使う仕事でびっくりした。お前、毎朝早く起きてこんなことをしているのか?」
受け取った麦茶を嚥下するシュルピス様は言った。
「昼からだと時間がかかっちゃいますし、暗いと周りが見えなくなっちゃいます。なので、日が上ると同時に朝早く起きてからの方が都合がいいんですよ。まぁ、野菜の収穫作業とかは、場合によっては夕方行うときもありますけどね」
「ただ種を撒いて、適当に実った野菜を収穫するだけだと舐めていた。ちゃんと決められたスケジュールがあって、作業があって、苦労があって、やっと俺たちの口の中に入るんだな。……こんなに労力をかけているのに、野菜一つ、一つの値段って安くないか?」
「そうかもしれません。でも、高すぎても誰にも手に取ってもらえないじゃないですか。それは、少し悲しくないですか?」
「そうだな。……せっかく育てたのなら、手元に残って枯れて、腐るよりも、手に取ってもらえた方が嬉しいかもな」
もちろん、お金も大事だけど、作物というのは需要と供給で成り立っている。高すぎても、消費者の手に届かなくなるし、低く見積もりすぎても供給が追い付かなくなる。
特に、毎日口に入るものは、ある程度安く、手が届く価格設定が適正価格なのだ。
それを込みで、野菜を育てて、それを誰かの手元にわたって、必死に育てた物を美味しいと言ってもらえるのが、野菜を育ててよかったと思える……そう、幸せだと、幸福感が得られる事柄のひとつなのだ。
「元肥を土に混ぜただけですけど、シュルピス様も、農業の楽しさ、少しわかってきましたか?」
ごくり、と麦茶を飲む口が止まる。
シュルピス様は顔を真っ赤にさせて、「そうではない!」とあたふたと否定しているけれど。本音は私の心の中に保存させてもらいました。
上から目線で、満面の笑みでシュルピス様の想いに頷いた。
その日、私の前にシュルピス様が訪れたのは昼食後すぐの庭にある私の菜園場。
畑を囲んでいるレンガブロックの外で、私の背後を取る形で腕を組んで仁王立ちをしている。
畑仕事で雇い入れた5人の従業員たちは、シュルピス様の登場にバインダーとペンを片手に硬直した。
「なにって、これから元肥を土に混ぜるので従業員たちにやり方と、ついでに作り方も教えようとしているのです」
シュルピス様が立っているすぐ隣に視線を滑らせると、樽に入った、畑の土に混ぜる予定の元肥がある。
「元肥……?」
聞きなれない単語に首を傾げる。たしかに、土に触れていないとあまり聞きなれない単語かもしれない。
「そうですね。これからそれを説明するところなので、もしよければ一緒に聞いてみませんか?」
「えッ……、奥様、それはちょっと……公子様にとってはつまらない話かと存じます」
身を固くした従業員の一人、中肉中背で気弱そうな中年男性の風貌のトーマが手をあげる。
「公子様と一緒に講義だなんて、恐れ多いことですわ」
未亡人で力仕事に自慢があるシュリが首を振る。
他の3人に至っても同様の反応。たしかに、元肥の作り方とか聞いても、シュルピス様にとっては役に立たない知識かもしれない。
貴族にとっては退屈な話かもしれないわよね。
そう思うと、一緒に聞きませんかなんて、自分勝手な提案だったかもしれない。
「そうよね。シュルピス様には退屈な話だったかも――」
「いや、せっかくだから聞いてみよう」
以外にも。シュルピス様の返事は色よいものだった。
あのシュルピス様が。目を丸くさせて、もう一度聞くと、うんざりした顔で答える。
「お前から提案してきたのだろう。……それに、作物が育ちにくい、このベニシュでも活用できる知識や技術なら、家督を継ぐものとして取り入れるのは無駄なことじゃない。決して、お前に興味があるだとかではないので、勘違いしないように」
最後のは余計だったけれど、責任者としての向上心のある回答に、これ以上茶々を入れるのは野暮というもの。
顔色が悪い従業員たちを説得して、勉強会が始まった。
――。
それから陽が落ちる頃。
無事、元肥を土に混ぜる作業を終えて、従業員たちを解散させる。
シュルピス様にもせっかくなので、額に布を巻いて、農作業用の衣装に着替えてもらい、元肥を混ぜる作業を行ってもらった。
足腰の力を使うので、慣れていないと腰に来る。
いくら、シュルピス様が男性で、剣術を学んでいるとは言え、畑仕事は堪えるだろう。
レンガブロックの上に腰を落とし、疲労で項垂れているシュルピス様に冷たい麦茶を渡した。
「本日はありがとうございました。まさか、ここまでしてくれるだなんて。以外と頼んでみるものですね」
「……農作業を侮っていたが、意外と体力を使う仕事でびっくりした。お前、毎朝早く起きてこんなことをしているのか?」
受け取った麦茶を嚥下するシュルピス様は言った。
「昼からだと時間がかかっちゃいますし、暗いと周りが見えなくなっちゃいます。なので、日が上ると同時に朝早く起きてからの方が都合がいいんですよ。まぁ、野菜の収穫作業とかは、場合によっては夕方行うときもありますけどね」
「ただ種を撒いて、適当に実った野菜を収穫するだけだと舐めていた。ちゃんと決められたスケジュールがあって、作業があって、苦労があって、やっと俺たちの口の中に入るんだな。……こんなに労力をかけているのに、野菜一つ、一つの値段って安くないか?」
「そうかもしれません。でも、高すぎても誰にも手に取ってもらえないじゃないですか。それは、少し悲しくないですか?」
「そうだな。……せっかく育てたのなら、手元に残って枯れて、腐るよりも、手に取ってもらえた方が嬉しいかもな」
もちろん、お金も大事だけど、作物というのは需要と供給で成り立っている。高すぎても、消費者の手に届かなくなるし、低く見積もりすぎても供給が追い付かなくなる。
特に、毎日口に入るものは、ある程度安く、手が届く価格設定が適正価格なのだ。
それを込みで、野菜を育てて、それを誰かの手元にわたって、必死に育てた物を美味しいと言ってもらえるのが、野菜を育ててよかったと思える……そう、幸せだと、幸福感が得られる事柄のひとつなのだ。
「元肥を土に混ぜただけですけど、シュルピス様も、農業の楽しさ、少しわかってきましたか?」
ごくり、と麦茶を飲む口が止まる。
シュルピス様は顔を真っ赤にさせて、「そうではない!」とあたふたと否定しているけれど。本音は私の心の中に保存させてもらいました。
上から目線で、満面の笑みでシュルピス様の想いに頷いた。
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