虐待されていた私ですが、夫たちと幸せに暮らすために頑張ります

赤羽夕夜

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――アレーナ邸、玄関ホール。

戦支度で忙しい中、来客が訪れた。王国の一大勢力のひとつ、神殿に努めるマルタ祭司長とお付きの神殿騎士2人だった。

今回の戦で神殿騎士を派遣を神殿してくれた1人で、妙齢の優しそうな顔立ちをしている女性ではあるものの、男性社会の神殿で唯一祭司長に上り詰めた実力者だ。

信心深く、物腰は柔らかいが狡猾で守銭奴だ。失礼があってはならない。

「遠路はるばるようこそおいで下さいました。マルタ祭司長。貴女様との再会に太陽神様に感謝いたします」

「マルタ祭司長、お久しぶりです。太陽神様のお導きに感謝いたします」

私はアリスタウと共に彼女たちを労いの言葉をかける。

「太陽神様のお導きに感謝いたします。……伯爵、アリスタウ殿、お久しぶりですね。伯爵の孤児院改革のおかげで、神殿に入信する子供たちも増え、その子供たちも太陽神様の加護の元、すくすくと成長しておりますわ」

「まぁ、それは良いことですね。しかし、私が打ち出した施策はいずれ太陽神様のお導きの元に行われていたはず。太陽神様の「世界平和」の教えを私なりに解釈し、国王陛下に進言したに過ぎません」

神殿は太陽神と呼ばれる神様を崇拝し、信仰している。太陽神の真名は別にあるが、口にできるのは神殿を管理する神殿長以上のクラスにしか許されていない。

とにかく、太陽神の信仰を集める彼らにとっては、太陽神の導きによって世界は守られていると信じている。

だからこそ、彼らの機嫌を取るためには「太陽神」への敬意を見せなければいけない。

私たちが発展してきたことも、彼らの前では「太陽神の慈悲と意思」を強調しなければ。

「そのお心はきっと太陽神様にも届いておりますよ。さて、ここへ来た本題はですね。アリスタウ殿、貴女が今開発している鎮痛剤についてです」

笑顔を崩さなかった表情は一転して、闇を孕むように瞼を開く。

神殿は信仰を集めるためならなんでもする。アリスタウがまだ10代だった時、レトゲン家は神殿の息がかかった祈祷師の家系だった。神に祈りを捧げ、その祈りによって目に見えない病気を治すことを生業としている。

しかし、実際にしているのは麻薬を含んだ香を焚いて、病気による痛みを和らげているだけ。それに嫌気が差してアリスタウは実家と縁を切った。

神殿としてはレトゲンは大事な金のなる木のひとつ。清廉潔白で商売をさせている以上、汚点がひとつもあってはならない。

私が、アリスタウとレトゲン家と縁を切らせ、婿として迎える際に取引を持ち掛けた。

それは「レトゲン家以上に神殿にメリットをもたらすこと」。要するにレトゲン家を切り捨てても良いと思えるほどのメリットを提供した。

それが、薬剤事業と医療技術の発展の提案だった。

元々は、ほぼ詐欺の医療行為に加担していた神殿。そして実際にそれを提案し、長年蜜を啜ってきたレトゲン家。

しかし、実際はただ祈るだけでは、痛みを緩和するだけで病や怪我は治るわけではない。

アリスタウは元々薬草や薬学の知識に明るく、薬を作ることができた。世界的に見てもこの国は鎖国時代もあったことから医療技術も遅れていた。

だから、アリスタウの薬学の才能を神殿に提供し、さらには意欲のあるものを医療技術が発展した国に派遣し、医療を学ばせることで「祈祷師」に代わる医療の技術を持った神官を輩出する機会を与えた。

人が生きている限り、「医療」というものは廃れることはない。医療事業を加担させることで、神殿は祈祷師という詐欺師の輩と縁を切ってくれたのだ。

今や、神殿は王国随一の医療技術を持っており、入信者や利用者も後を絶たない。守銭奴のマルタ祭司長もニッコリだ。

きっとこの提案ができなくて、アリスタウに薬学の知識がなければこうして夫婦になることもなかっただろう。

それだけは神様の巡りあわせに感謝している。

――話は逸れたが、マルタ祭司長がここに現れたということは、医療事業に関するアリスタウの知識の提供を求めている。

そして、神殿の医療班と騎士班の派遣についての打ち合わせの目的も兼ねているのだろう。

「なるほど。それでしたら、王都に用向きがあった際にお伺いしたのに」

「うふふ、まぁ、私がアレーナ領と領地に派遣している神殿の神官の様子を見に来た、とうのもありますが。……それで、今回の戦はどうです?」

マルタ祭司長の「どうです?」という質問は言葉通りにとらえてはいけない。要するに「儲かるか否か」だ。戦を金勘定や損益で判断されるのは気分が悪い。

が、ここは祭司長に合わせて置く方が得策だ。

「きっとマルタ祭司長がお気に召す結果になるかと。ファムファタール家は神殿が権力を持つことに反対している一派で相当財をため込んでいますから。長年の目の上にできた膿を切開すれば、黄金の膿が排出されることでしょう」

アリスタウは隣で緊張で生唾を呑み込んだ。彼はマルタ祭司長が特に苦手だから。

マルタ祭司長は機嫌よさそうに笑い皺を一層深めた。
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