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171 エスコートと暗黒物質
しおりを挟むミルキーに滅茶苦茶怒られた。
原因は、俺が採ってきた食材だ。
その食材――微妙に動くクワガタムシやカブトムシとその幼虫――を見たミゼルが、驚いて気を失ってしまった。
椅子から床へ落ちるのはタマがキャッチして防いでくれた。
怪我は無かったけど確かに悪いことをしてしまった気がする。
「ミゼル様をお客さん用の個室に運んであげてください」
と言われて、ミゼルを空き部屋のベッドに寝かせた。
ここは一階の個室で、誰かが泊まりに来た時に使えるようベッドが置いてある。
以前宴会をした時もマッスル☆タケダ達が泊まる予定だったりした。
彼らは床で力尽きてたから、結局使ってないけど。
「う、うぅん……」
しばらく見守っていると、ミゼルがうめき声と同時にもぞもぞと身を捩っている。
目を覚ますようだ。
「ん……おはようございます」
「おはようございます」
「申し訳ありません……お恥ずかしいところを見せてしまいました」
「いえ、そんなことないですよ。驚かせてしまった俺が悪いので」
目を覚ましたミゼルは、言葉通り恥ずかしそうだ。
謝られてもむしろ困る。
びっくりさせると思わなかったなんて、気が利いてないだけだ。
言い訳にもならない。
「そんなことはありません。冒険者の方ですから、虫くらい平気で食べるものなんでしょう?」
「どうなんでしょう」
少なくとも、ストーレの街ではあの食材は見たことがない。
酒場や食堂みたいなお店も何件か入ったことはあるが、メニューにも載ってなかったと思う。
料理どころか素材すら売ってないってことは、ほとんど流通してないんじゃないのか?
あの素材を得るには、包丁系の武器で≪ソードビートル≫や≪武者クワガタ≫を狩らないといけない。
多分普通の武器よりも性能は落ちる場合がほとんどだろう。
冒険者の場合なら、普段使い込んでる武器とは使い勝手も違う筈だ。
それなら態々虫を狩るよりも、みんな美味しそうな動物を狩るのかもしれない。
多分――いや絶対試したことがある人はいるだろうけど。
ミルキーやミゼルの反応を見る限り、誰も買ってくれなさそうだ。
普通に美味しそうだけどなぁ。
「ミゼル様は虫は苦手なんですか?」
「あまり得意ではありませんわね。普通に動いているのや素材の状態ならそんなに気にならないのですが、ひっくり返ってピクピクしているのはどうしても苦手で……」
なんとなく分かる。
虫の裏側ってグロテスクだよね。
ということは、さっきのは思い切りアウトだ。
やっぱり俺が悪い。
「すみませんでした」
「気になさらないでください。さぁ、ミルキー様のところへ戻りましょう」
「大丈夫ですか?」
「王族たるもの、これしきのことでへこたれたりしませんわ」
この国の王族は、有事の際には最前線で戦う程の剛の血族らしい。
ミゼルも例外ではなく、その覚悟をもってつい先日成人を迎えたばかりだ。
実際、そのタイミングで襲撃してきた魔王っぽいやつに、一人でも剣を捨てずに立ち向かっていた。
勇敢な女性であるのは間違いない。
ミゼルはベッドから身体を起こして縁に腰掛けた。
手を差し出されたのは、これはエスコートするのが礼儀なのか?
貴族階級のルールはよく分からないけどとりあえず跪いて手を取ってみた。
「ふふっ」
機嫌が良さそうに立ち上がってくれたから、多分合ってたんだろう。
そのままリビングへと向かう。
ミゼルの服装は、ゆったりとしたドレス。
いつだったか私室で見たのと似た格好だ。
それに俺が誕生日プレゼントで贈った、黄色い石のついたネックレスをつけている。
この国では、相手の髪の色と同じ色の石をあしらった首飾りを贈ることが、プロポーズになるらしい。
ミゼルは綺麗な金髪だ。
透き通るような色で、疎い俺でも分かるくらい美しい。
パシオン曰く、
『太陽の光を具現化したようなものだ。ミゼルはまさに太陽のような輝かしさを持つわけだからそれは至極当然の――』
長い。
脳内で喋り続けるパシオンを消し去る。
つまり、以前何も知らずに渡したプレゼントがプロポーズの意味を持っていて、迷惑をかけてしまった。
それ依頼、王様がミゼルと俺の政略結婚を企んでいるらしい。
ミゼルも政略的に賛成らしいから、俺も前向きに検討中だ。
あくまでも、ミルキーがいる上で更に結婚したくなるくらいミゼルに魅力を感じたら、という話ではあるけど。
隣に越してきたのも政略結婚の為だろうし、ミゼルはすごい。
ほんとにこの王族の皆さんは行動力がある。
「ミゼル様、お体は大丈夫ですか?」
「はい、ご心配をおかけしてすみません」
「ナガマサさんがあんなものを突然出したからなので、ミゼル様は悪くないですよ」
「はい、ごめんなさい」
「ミルキー様もそんなに責めないで上げてください。ナガマサ様も悪気があったわけではないのですから」
「そうですね。あれはナガマサさんのお弁当にします」
「ほんと? ありがとう」
ミルキーにお礼を言うと、何故か変なものを見るような顔をされてしまった。
何故だろうか。
それにしても、次のお弁当が楽しみになったな。
一体どんな味がするんだろうか。
それにしてもさっきからタマの姿が見えない。
と思ったら、テーブルの下に寝ころんでいた。
「タマ、そんなところで寝てると間違えて蹴っちゃうぞ」
「タマはもうだめモジャ……」
タマの声がいつになく弱々しい。
一体どうしたんだろう。
ん? テーブルの上に置いてあるこれは何だ?
タマの手元にも同じものが一つ転がっている。
それよりも、太い鉛筆で書いたような、『ミルキー』の字は何だろう。
箱に入れておいてある黒い塊を手に持ってみる。
感触はザラザラしてて固い。
でも少し力を入れると、パキッと表面が割れた。
脆いようだ。
「ミルキー、これはどうしたの?」
「あ、それはマフィンを焼こうと思ったら少し失敗しちゃって……」
「なるほど?」
これはマフィンだったのか。
真っ黒いから分からなかった。
一体何味なんだろう。
少し失敗ってことは、焼きすぎ?
茶色いしチョコレート味?
ミルキーお手製のマフィンを食べようとしたところで、勢いよく玄関の扉が開いた。
それはもう思い切りだ。
外開きだから、外の壁に思い切りぶつかった音がしたな。
「ミゼル!!」
そこには、ミゼルの兄パシオンが立っていた。
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