273 / 338
260 土 当日と畑仕事
しおりを挟む……朝か。
時間は6時。いつも起きてる時間だ。
窓からの日差しで部屋の中はすっかり明るくなっている。
「おはよう! 朝だモジャ!」
「おはよう。朝だね」
既に元気いっぱいなタマに挨拶を返して、ベッドを降りる。
昨日は部屋に戻ろうと思ったら、ミゼルが一緒に寝ると言い出して大変だった。
気恥ずかしくて逃げたけどな。
仕方ない。
女の子と一緒に寝るなんて今まで経験が無さ過ぎて、考えただけで目の前が真っ暗になってしまう。
いつもの服を装備して、準備完了。
現実と違って歯磨きや顔を洗ったりしなくていいのは嬉しい。
いい思い出が無いからな。
必要な事だと分かっていても、出来ないという事はやっぱりストレスが溜まってしまう。
今日はいよいよ正式リリースの日だ。
この世界、≪カスタムパートナーオンライン≫というゲームが、ゲームとして世に出る。
一万人の一般プレイヤーが増えるらしい。
俺達は最近までそれを知らなかった。
多分、運営は俺達のことを尊重するつもりはないんだろう。
元々目的もよく知らないまま、自分の望みを叶える為に実験に参加したんだ。
どういう風に扱われても、殺されるんじゃなければ文句はない。
言いたくても言えないしな。
それなら不安になったって仕方がない。
俺に出来るのは、何かがあっても皆で幸せに暮らせるよう、備えておくことだけだ。
それに、今日は葵を預かる最後の日だ。
すっかり馴染んでたからほとんど忘れかけてたが、葵は預かっているだけだ。
親を失って無力な葵は、形見の剣がレアだったこともあって、PKからは良いカモだった。
親代わりのモグラがPK達への対応で追われていたから、護衛も兼ねて預かってくれと頼まれた。
モグラの手が空けば、この家を出る。
そもそも、もうネギを背負ったカモじゃない。
強力な武器とスキルを携えた冒険者だ。
俺が守ってあげる必要ももうない。
ちょっと寂しいけど、一生会えなくなるわけでもない。
一緒に狩りをしたり、ご飯に招待すればいい。
だから、今夜はパーティーだ。
葵が立派になったことを祝う。
転職もしたし、盛大に祝うつもりだ。
プレゼントも今日完成の予定だし、受け取るのが楽しみだな。
「モジャマサ、畑行かないの?」
「ああ、行くよ。準備はいい?」
「ばっちりモジャ! しゅっぱーっつ!!」
タマが部屋を飛び出していった。
続いて階段を下りる。
目の前にはリビングが広がっていて、奥にはキッチンがある。
そこには、珍しい格好をしたミゼルがいた。
ミゼルはいつもドレスのような服を着ていた。
王女様らしい、可愛いくてふわふわな、アニメやゲームで見たやつだ。
しかし、目の前のミゼルは、普通だ。
普通の村娘みたいな、ワンピースを着ている。
長い金髪は後ろで一つに纏めて、エプロンまでしている。
これが、奥さん……!?
「おっはよー!」
「おはようございます」
「あら、おはようございます。ミルキー様に聞いた通りこの時間に起きていらっしゃったのですね」
「畑仕事があるからね。ミルキーは?」
「先に葵ちゃんと畑の方に出掛けられましたわ」
「そっか。それじゃあ俺も行ってくるよ」
「はい、私は朝食を用意して待っていますわね。いってらっしゃいませ」
ミゼルが微笑んでくれる。
なんだろう。これが幸せか。
畑では、葵がムッキーと激しい訓練を行っていた。
すごく上達したな。
初めて来た頃は、剣をまともに持ち上げることすら出来なかったのに。
ミルキーは少し離れた場所で、葵を見守っていた。
「おっはよー!」
「おはよう」
「あ、おはようタマちゃん。ナガマサさんもおはようございます」
今日が最終日ということで、葵も気合いが入っているそうだ。
日課の畑仕事をしようとすると、ミルキーもお手伝いを申し出てくれた。
ミゼルが朝食の準備をしてくれているから、時間が余っているそうだ。
それだけじゃなく、前々から植えたりしたいとも思っていたらしく、準備もしていたんだとか。
それは良い機会だということで、一緒に作業をした。
まずは畑に好き勝手に生える結晶体を抜く。
これが大小様々、色んな所に生えている。
その名も雑草ならぬ雑晶。
使い道はほとんどないが、武器を作る練習台にはなる。
手分けして抜いたものはストレージに放り込んでおく。
次は宝石系のドロップアイテムを細かく粉砕して畑に撒く。
これが畑を管理してくれている巨大なイカ、≪ピンポン玉≫の栄養分になる。
ピンポン玉のお陰で常に土はフカフカ栄養満点。水分も適度に保たれて、雑晶やイカの足、細マッチョなフルーツの成る木が生えた魔境と化している。
すごくいい畑なんだけど、絵面だけで言えばカオス以外の何物でもない。
宝石を粉砕する方法は簡単だ。
日向ぼっこをしていたおろし金にドラゴンモードになってもらう。
口の中にありったけのアイテムを詰める。
噛み砕いてもらう。
完成。
タマに頼めば一瞬で撒き終わる。
葵とムッキーはよくあの粉末が舞う中で訓練を続けられるな。
俺だったら怯みそうだ。
……この世界に目潰しはあるんだろうか。
それが終われば、収穫作業。
画面を見れば収穫できるものは一目で分かる。
お、一昨日植えておいたハーブも宝石化してる。しかも収穫出来る。
これで新しいポーションが作れるな。
問題なく育てられたし、株をもっと増やすのもいいな。
大体ここまでが、一連の流れだ。
いつもは細マッチョ達が手伝ってくれるが、今日はムッキーも忙しそうだし自分でやることにしたんだ。
あんまり任せるのも味気ないからな。
タマとおろし金、ミルキーの協力のお陰ですぐに終わった。
「それじゃあナガマサさん、私も色々植えてみていいですか?」
「いいよ。場所も、空いてるとこ好きに使っていいからね」
「ありがとうございます」
ミルキーはお礼を言ってウインドウをいじり始めた。
家や畑は二人のお金で買った。
だから二人の物だ。
お礼を言ったり俺の許可を得たりする必要も、本来はない。
律儀だなぁ。
ミルキーはすごい真面目な子だ。
間違いない。
恥じないように、俺も真面目に楽しく生きていきたい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,179
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる