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第1話:彼女が死んだ日
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彼女がいなくなるなんて、思いもしなかった。
――その日、空はやけに青く、まるで何もかもが穏やかに続いていくように思えた。
「相沢くん、今日も映画のあと寄り道しよ?」
「……いいけど、あんまり遅くなると親がうるさい。」
「え~、じゃあパン屋だけ寄って帰ろ! ね?」
彼女は、いつものように笑っていた。高校二年の春、付き合い始めてからちょうど1ヶ月。まだ“彼氏”という言葉には慣れないけど、彼女――天野ユイの隣にいると、不思議と世界が少しだけ明るく感じられた。
彼女は誰にでも優しくて、誰にでも笑顔を見せて、でも自分には少しだけ特別な声をくれた。それが、どこかくすぐったくて嬉しくて、たまに胸が痛くなった。
映画を見て、パン屋でミルクフランスを二つ買って、公園のベンチで食べた。
ユイは笑いながら、「これ、絶対バター多めだよね」って言って、口の端についたクリームを指で拭ってた。
それが、僕が見た最後の彼女の笑顔だった。
帰り道、ふとしたことで僕たちは別々の歩道を歩くことになった。
交差点の信号が点滅し、僕が先に渡って、彼女が後から来る。
そのわずかなタイミングの差で――トラックが、歩道に突っ込んできた。
「――ユイ!!」
叫んだ。走った。世界がぐにゃりと歪んだような気がした。
彼女は、僕に向かって笑っていた。信号を渡る直前、ミルクフランスを両手で抱えながら。
まるで、「ちゃんと半分残してるよ」って言いたそうに。
ブレーキ音。人々の悲鳴。ミルクフランスが、道に転がって潰れていた。
彼女は、その横で、何も言わずに倒れていた。
目は閉じて、口は少しだけ開いていて――その顔は、眠っているようだった。
その瞬間、世界から音が消えた。
風の音も、車の音も、誰かの叫び声も、何一つ届かない。
ただ、彼女が動かないことだけが、はっきりと伝わってきた。
救急車、パトカー、野次馬、誰かが僕を抱きしめて泣いていた。
でも、全部、遠くで起きてるようだった。
「助けてください。彼女を、助けてください。」
僕は、繰り返し言っていたらしい。でも、声は誰にも届かなかった。
その夜、家に戻っても現実感はなかった。
布団の中で、ずっと目を閉じていた。
思い出すのは、最後の彼女の笑顔ばかりだった。
ああ、なんで別々に歩いたんだろう。
なんで、手を繋いでなかったんだろう。
なんで、あの時「好きだ」って、言えなかったんだろう。
泣いて、泣いて、泣いて、気づいたら朝が来ていた。
……目が覚めたとき、僕は自分の部屋にいた。
でも、何かがおかしかった。見慣れた天井なのに、ポスターがない。
机の上にある参考書が、違う。
スマホを探しても、ない。
代わりに、見覚えのある古いガラケーが机の上に置いてあった。
「……まさか。」
鏡の前に立った自分は、少し幼く見えた。声も、わずかに高かった。
制服を着替えて、外に出る。時計は――午前7時10分。
通学路には、中学生の制服を着た僕と同じくらいの子どもたちが並んでいた。
胸がざわついた。理解が追いつかない。
でも、わかってしまった。
僕は――中学三年の春に戻っていた。
世界は、何かをやり直させようとしている。
それが、どれほど残酷なことかも知らずに――
――その日、空はやけに青く、まるで何もかもが穏やかに続いていくように思えた。
「相沢くん、今日も映画のあと寄り道しよ?」
「……いいけど、あんまり遅くなると親がうるさい。」
「え~、じゃあパン屋だけ寄って帰ろ! ね?」
彼女は、いつものように笑っていた。高校二年の春、付き合い始めてからちょうど1ヶ月。まだ“彼氏”という言葉には慣れないけど、彼女――天野ユイの隣にいると、不思議と世界が少しだけ明るく感じられた。
彼女は誰にでも優しくて、誰にでも笑顔を見せて、でも自分には少しだけ特別な声をくれた。それが、どこかくすぐったくて嬉しくて、たまに胸が痛くなった。
映画を見て、パン屋でミルクフランスを二つ買って、公園のベンチで食べた。
ユイは笑いながら、「これ、絶対バター多めだよね」って言って、口の端についたクリームを指で拭ってた。
それが、僕が見た最後の彼女の笑顔だった。
帰り道、ふとしたことで僕たちは別々の歩道を歩くことになった。
交差点の信号が点滅し、僕が先に渡って、彼女が後から来る。
そのわずかなタイミングの差で――トラックが、歩道に突っ込んできた。
「――ユイ!!」
叫んだ。走った。世界がぐにゃりと歪んだような気がした。
彼女は、僕に向かって笑っていた。信号を渡る直前、ミルクフランスを両手で抱えながら。
まるで、「ちゃんと半分残してるよ」って言いたそうに。
ブレーキ音。人々の悲鳴。ミルクフランスが、道に転がって潰れていた。
彼女は、その横で、何も言わずに倒れていた。
目は閉じて、口は少しだけ開いていて――その顔は、眠っているようだった。
その瞬間、世界から音が消えた。
風の音も、車の音も、誰かの叫び声も、何一つ届かない。
ただ、彼女が動かないことだけが、はっきりと伝わってきた。
救急車、パトカー、野次馬、誰かが僕を抱きしめて泣いていた。
でも、全部、遠くで起きてるようだった。
「助けてください。彼女を、助けてください。」
僕は、繰り返し言っていたらしい。でも、声は誰にも届かなかった。
その夜、家に戻っても現実感はなかった。
布団の中で、ずっと目を閉じていた。
思い出すのは、最後の彼女の笑顔ばかりだった。
ああ、なんで別々に歩いたんだろう。
なんで、手を繋いでなかったんだろう。
なんで、あの時「好きだ」って、言えなかったんだろう。
泣いて、泣いて、泣いて、気づいたら朝が来ていた。
……目が覚めたとき、僕は自分の部屋にいた。
でも、何かがおかしかった。見慣れた天井なのに、ポスターがない。
机の上にある参考書が、違う。
スマホを探しても、ない。
代わりに、見覚えのある古いガラケーが机の上に置いてあった。
「……まさか。」
鏡の前に立った自分は、少し幼く見えた。声も、わずかに高かった。
制服を着替えて、外に出る。時計は――午前7時10分。
通学路には、中学生の制服を着た僕と同じくらいの子どもたちが並んでいた。
胸がざわついた。理解が追いつかない。
でも、わかってしまった。
僕は――中学三年の春に戻っていた。
世界は、何かをやり直させようとしている。
それが、どれほど残酷なことかも知らずに――
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