また、君を好きになるなんて。

永文

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第5話:最後の選択

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 運命を変えるには、何かを差し出さなければならない――
 そんな当たり前の理屈が、ようやく現実味を帯びてきた。
 
 5度目の世界。
 僕はあらゆる手段を使って、ユイを生かす道を探してきた。
 でも、どんなにタイミングをずらしても、ルートを変えても、彼女の死は何らかの形でやってきた。
 「運命」と呼ぶには、あまりに残酷で、あまりに精密だった。
 
 彼女をこの世界に“残す”には、何かが必要だ。
 僕という存在を、引き換えにしてでも。
 
 
________________________________________
 
 転生の仕組みは、明確にはわからない。
 だけど、幾度かの死と目覚めを繰り返す中で、僕は薄々気づいていた。
 
 「この転生は、無限ではない。」
 
 回数を重ねるごとに、目覚めた直後の頭痛は強くなった。
 映像のようだった記憶が、だんだんノイズ交じりになり、
 思い出せない細部が増えていった。
 
 まるで、命が磨り減っていくように。
 精神も、記憶も、少しずつ削られていくように。
 
 図書館で古文書を読み漁ったり、神社の古い巫女に会いに行ったこともあった。
 突拍子もない行動だけど、もう理屈では動けなかった。
 何かがあるなら、それに賭けたかった。
 
 あるとき、偶然立ち寄った古本屋で、古い本に書かれた短い文が目に入った。
 
 『魂の運び人は、命と引き換えに一人だけを残す』
 『選ばれし者が“自分を消す”ことで、他者の運命をねじ曲げる』
 『――だがその時、残される者は“全てを忘れる”ことになる』
 
 ページの隅、走り書きのようなその言葉を見たとき、背筋が凍った。
 僕の命と引き換えに、ユイをこの世界に留められる。
 その可能性が、本当にあるのなら――
 
 彼女が生きてくれるのなら、それでいい。
 
 
________________________________________
 
 春の終わり、少し汗ばむ陽気の日。
 ユイと並んで歩いていた。
 公園のベンチで、彼女はふと問いかけた。
 「ねえ、相沢くん。もし、世界を変えられる力があったら、使う?」
 
 僕は少し笑って答えた。
 「誰かを守れるなら、たぶん迷わず使うと思う」
 
 ユイは小さく頷いて、遠くを見つめた。
 「……私さ、小さい頃から、どうして生きてるのか考えちゃうんだよね。
 誰かが助けてくれて、今ここにいるんじゃないかなって。そんな気がするの」
 
 僕の手のひらが、静かに震えた。
 まるで、彼女の心の奥底で、何かが確信に変わりかけているように感じた。
 
 「大切な人ってさ、気づいたときには、隣にいてくれるものなんだと思う。
 でもその人に、もし恩返しできないとしたら……ちゃんと“ありがとう”って、言いたいな」
 
 その言葉が、胸に深く突き刺さった。
 僕はきっと、君に忘れられる。
 でも、君が生きてくれるなら、それでいい。
 それが、この命の価値なんだ。
 
 
________________________________________
 
 ――その夜。
 僕は、ひとりで神社に向かった。
 何の根拠もない。ただ、本の中にあった一節を信じた。
 
 境内の奥、古びた祠の前に立ち、両手を合わせる。
 「……この命を引き換えにします。
  だから、どうか……彼女を、彼女だけは――」
 
 祈るように、呟いた。
 声は小さく震えていたけど、心は確かだった。
 その瞬間、風が止まり、森のざわめきが静かになった気がした。
 何かが“契約”された。
 
 命の終わりが、近づいていた。
 
 
________________________________________
 
 翌日、いつも通りの教室。
 ユイは、僕の隣で、何気なく「明日も一緒に帰ろうね」と言った。
 その言葉が、どれだけ僕を救ったか。
 どれだけ、最後の勇気になったか。
 「……うん。絶対に」
 僕はそう答えて、もう一度、彼女の笑顔を焼き付けた。
 
 “最後の1周目”。
 この世界で、彼女が生き延びる道はただ一つ。
 僕が、消えること。
 
 その夜、眠りにつくとき、胸の奥で不思議な静けさを感じた。
 もう、転生はしない。
 次に目覚めることは、二度とない。
 でも不思議と、怖くはなかった。
 
 
________________________________________
 
 「さよなら、ユイ。
  君が生きてくれるなら、それでいい。
  次に出会えたら、そのときは……また、好きになってもいいかな」
 
 まぶたを閉じると、温かい光が視界に満ちた。
 彼女の笑顔が、ゆっくりと遠ざかっていく。
 でも、笑っていた。
 
 それだけで――もう、十分だった。
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