また、君を好きになるなんて。

永文

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第4話:彼女の秘密

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 5周目の時間軸は、奇妙なほど静かだった。
 事故も事件も起こらない。
 ユイは毎日元気で、笑っていた。
 でも僕の中にある“不安”だけは、日ごとに濃くなっていった。

 この平穏は、嵐の前の静けさじゃないか――そんな気がしてならなかった。

________________________________________


 図書館で隣に座っていたユイが、不意に僕を見つめた。

 「ねえ、相沢くんって……なんか、不思議な人だよね」
 「どうして」
 「前に言った“夢”の話、覚えてる?」

 僕は頷いた。忘れるはずがなかった。

 「最近ね、その夢がはっきりしてきたの。名前はわからない。でも、誰かがずっとそばにいてくれる夢」

 彼女は、そう言って少し笑った。

 「その人は、すっごく静かで、でもあったかい感じがするの。
  怒ったり泣いたりしないんだけど、私が泣きそうなとき、そっと手を握ってくれるの。……不思議でしょ?」

 僕は何も言えなかった。
 それは、まさに僕が過ごしてきた彼女との日々だった。

 彼女の中にも、わずかでも“記憶の残滓”がある。
 そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。

 「……それって、いい夢?」

 そう尋ねると、彼女は少し黙って、目を伏せた。

 「うん。……でも、最後はいつも、すごく苦しくて、悲しくなるんだ。
  目が覚めると、涙が出てるの。なんで泣いてるのかもわかんないのに、胸がぎゅうって締め付けられる感じ」

 ――やっぱり、彼女も何かを知っている。

 いや、覚えてしまいそうになっているのかもしれない。

 記憶を持ち越していないにしても、魂のどこかに、何かが刻まれている。
 それが、彼女の夢として現れている。

 僕は、彼女に打ち明けたくなった。
 「実は、僕は君を何度も失っている」
 「今も、君を救うためにここにいる」
 でも、言葉が喉に詰まる。

 もしその真実を話してしまったら――
 彼女の笑顔が、消えてしまいそうで。

 だから、僕は違うことを言った。

 「その夢の人って……もしかして、未来の恋人だったりして」

 「えっ、なにそれ……」

 ユイは肩をすくめて笑ったけれど、少しだけ顔を赤らめた。

 「……だったらいいな。あの人、優しいもん」

 その言葉が、僕の胸に深く刺さる。

 僕のことを、知らない彼女。
 でも僕は、彼女のすべてを知っている。

 この距離の不均衡が、痛いくらいだった。

________________________________________


 それから数日後。
 僕たちは駅前の小さなカフェにいた。

 ユイはチーズケーキを食べながら、また“夢”の話をした。

 「ねえ……私、この世界に“間違えて”生まれてきたのかなって、たまに思うの」

 「……間違えて?」

 「うまく言えないけど……時々、周りの風景が“前と違う”ような気がして。
  でもそれが“いつの前”かもわかんなくて……すっごく怖くなるの。
  頭では普通ってわかってるのに、心がざわざわするの」

 彼女はカップを持つ手をぎゅっと握った。

 「今日も、ここのカフェ……初めて来たはずなのに、デジャヴみたいな感覚があったの。
  『この席で、同じケーキ食べたことある』って。……ねえ、私、変かな?」

 僕は首を振った。

 「変なんかじゃない。……それは、君が誰かを忘れてないってことだよ」

 「……誰かを?」

 「うん。もしかしたら、君はもう一度、同じ人に出会うために、ここにいるのかもしれない」

 ユイは、その言葉をしばらく噛みしめるように黙っていた。

 そして、ぽつりと言った。

 「……だったらいいな。
  その人に、ちゃんとまた会えるなら……今度は、ちゃんと名前、聞きたいな」

 胸が詰まった。
 今すぐ「僕だよ」って言いたくて、喉が震えた。

 でも、言えなかった。

 この静かな時間を壊すには、僕はまだ臆病すぎた。

________________________________________

 その夜、夢を見た。

 ユイが遠くに立っている夢。
 霧の中で、こちらに手を伸ばしているのに、何度手を伸ばしても届かない。

 目が覚めると、涙が頬を伝っていた。

 こんな夢は、もう何度目だろう。

 彼女は少しずつ、何かに近づいている。
 でもそれは同時に、危険に近づいているようにも思えた。

 彼女が“思い出してしまう”ことが、逆に運命を狂わせてしまうんじゃないか。

 それでも、もう僕は止まれない。

 
 ――ユイの運命の源に、たどり着く。

 それが、今の僕のすべてだった。
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