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第3話:支配者の目は濁っている
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ヴィゴ=グランスは、静かな男だった。
この世界の支配者の一人であり、私たち奴隷を管理する上位存在。
だが、彼の統治に怒声も暴力もなかった。
あるのは、ただ“無関心”の圧力だった。
命令は一切ない。すべては手元の魔導端末によって管理され、命令は音ではなく、光の点滅や拘束具の振動で伝えられた。
まるで、私たちが生き物であるという前提さえ、彼の世界には存在しないようだった。
それでも、彼の視線は忘れがたかった。
黒曜石のように曇りないが、そこには人間的な温もりも冷たさもなかった。
何かを「見ている」というより、「測っている」感覚に近い。
私は、彼に観察されていると直感した。
________________________________________
ある日、私は呼び出された。
小さな不自然な振動が足枷に走り、番号とともに「管理塔」へ行けと示された。
そこは、灰色の塔だった。
外壁は無機質で、金属でも石でもない奇妙な質感。
中には音がなかった。空気がどこか緩慢に流れ、天井の灯りさえ呼吸しているように感じた。
ヴィゴは、机の前に立っていた。
腰掛けるでもなく、私を迎えるでもなく、ただこちらを見ていた。
指先で触れていた魔導板から、光が走る。
「君は興味深い」
最初の言葉が、それだった。
「何度も逃げようとし、何度も失敗し、それでも心が砕けない」
彼の声は淡々としていた。
音としては静かでも、その言葉は刃のように鋭かった。
「壊れる者は多い。けれど君は、削れていく。
それは、破壊ではなく、浸食だ。
君は、自分の意志で自分を研いでいる」
私は黙っていた。反論も、肯定もできなかった。
その通りだと感じた自分が、悔しかった。
ヴィゴは続けた。
「かつて、私も君のような者だった」
その言葉に、私は初めて彼を見た気がした。
表情は相変わらず無だ。
だが、声の底に、確かに何かがあった。
「私は元々、塩の谷で働いていた。
“自由になりたい”という衝動だけを頼りに、生きていた。
だが、自由など幻想だった。
結局、人はまた別の枠を作って、その中に逃げ込むだけだ」
彼の目が、ほんの少しだけ揺れた。
「だから私は、今度は自分が枠を作る側になった。
君が脱走するたび、私はかつての自分を思い出す。
──そして、それを押し潰す」
静かな怒りだった。
だが、その怒りは自分ではなく、かつての自分自身に向けられていると、私はすぐに察した。
「私は、過去の自分に“終わり”を与えたい。
君がその役を担うかどうか、それを確かめる」
私は問うた。
「……それは、“自由”の代わりになりますか?」
ヴィゴは、初めて口角を動かした。
それが笑みだったのか、嘲りだったのか、判別できなかった。
「自由を選ぶ者は、たいてい孤独になる。
けれど君は、孤独の中でも“誰かの目”を求めている」
その一言が、何よりも痛かった。
________________________________________
帰り道、ルーファスが待っていた。
あの灰色の塔の影の中で、壁にもたれて座っていた。
「話は、したのか?」
「……一方的だったけどね」
「君は、観察されている。そう感じたことはあるだろ?」
「ずっと、感じてる」
ルーファスは頷いた。
「ヴィゴは、“再生”を信じていない。壊れてしまったものは壊れたままであるべきだと考えている」
「でも君は、“繋ぎ直そう”としてる。だから彼は、君を嫌う。いや──君を、知りたがってる」
私は座り込んだ。
夜の風が肌を冷やす。
空を見上げると、星がなかった。光のない夜だった。
「君はどうして逃げるの?」
ルーファスは少し間を置いてから、答えた。
「……それは、僕自身が“人間だった証”だからさ」
________________________________________
その夜、私はもう一度、決意した。
逃げること。
そして、逃げようとする自分を、誰かに委ねないこと。
自由は幻想かもしれない。
でも、選ぶという行為は、現実だ。
ならば私は、選び続けよう。
たとえ、それがまた“敗北”で終わるとしても。
私は、私の足で立つ。
私の手で掴む。
それが、鎖の重さを知っている者だけに許される、本当の意味での「自由」なのだと、
この世界でようやく理解したから。
この世界の支配者の一人であり、私たち奴隷を管理する上位存在。
だが、彼の統治に怒声も暴力もなかった。
あるのは、ただ“無関心”の圧力だった。
命令は一切ない。すべては手元の魔導端末によって管理され、命令は音ではなく、光の点滅や拘束具の振動で伝えられた。
まるで、私たちが生き物であるという前提さえ、彼の世界には存在しないようだった。
それでも、彼の視線は忘れがたかった。
黒曜石のように曇りないが、そこには人間的な温もりも冷たさもなかった。
何かを「見ている」というより、「測っている」感覚に近い。
私は、彼に観察されていると直感した。
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ある日、私は呼び出された。
小さな不自然な振動が足枷に走り、番号とともに「管理塔」へ行けと示された。
そこは、灰色の塔だった。
外壁は無機質で、金属でも石でもない奇妙な質感。
中には音がなかった。空気がどこか緩慢に流れ、天井の灯りさえ呼吸しているように感じた。
ヴィゴは、机の前に立っていた。
腰掛けるでもなく、私を迎えるでもなく、ただこちらを見ていた。
指先で触れていた魔導板から、光が走る。
「君は興味深い」
最初の言葉が、それだった。
「何度も逃げようとし、何度も失敗し、それでも心が砕けない」
彼の声は淡々としていた。
音としては静かでも、その言葉は刃のように鋭かった。
「壊れる者は多い。けれど君は、削れていく。
それは、破壊ではなく、浸食だ。
君は、自分の意志で自分を研いでいる」
私は黙っていた。反論も、肯定もできなかった。
その通りだと感じた自分が、悔しかった。
ヴィゴは続けた。
「かつて、私も君のような者だった」
その言葉に、私は初めて彼を見た気がした。
表情は相変わらず無だ。
だが、声の底に、確かに何かがあった。
「私は元々、塩の谷で働いていた。
“自由になりたい”という衝動だけを頼りに、生きていた。
だが、自由など幻想だった。
結局、人はまた別の枠を作って、その中に逃げ込むだけだ」
彼の目が、ほんの少しだけ揺れた。
「だから私は、今度は自分が枠を作る側になった。
君が脱走するたび、私はかつての自分を思い出す。
──そして、それを押し潰す」
静かな怒りだった。
だが、その怒りは自分ではなく、かつての自分自身に向けられていると、私はすぐに察した。
「私は、過去の自分に“終わり”を与えたい。
君がその役を担うかどうか、それを確かめる」
私は問うた。
「……それは、“自由”の代わりになりますか?」
ヴィゴは、初めて口角を動かした。
それが笑みだったのか、嘲りだったのか、判別できなかった。
「自由を選ぶ者は、たいてい孤独になる。
けれど君は、孤独の中でも“誰かの目”を求めている」
その一言が、何よりも痛かった。
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帰り道、ルーファスが待っていた。
あの灰色の塔の影の中で、壁にもたれて座っていた。
「話は、したのか?」
「……一方的だったけどね」
「君は、観察されている。そう感じたことはあるだろ?」
「ずっと、感じてる」
ルーファスは頷いた。
「ヴィゴは、“再生”を信じていない。壊れてしまったものは壊れたままであるべきだと考えている」
「でも君は、“繋ぎ直そう”としてる。だから彼は、君を嫌う。いや──君を、知りたがってる」
私は座り込んだ。
夜の風が肌を冷やす。
空を見上げると、星がなかった。光のない夜だった。
「君はどうして逃げるの?」
ルーファスは少し間を置いてから、答えた。
「……それは、僕自身が“人間だった証”だからさ」
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その夜、私はもう一度、決意した。
逃げること。
そして、逃げようとする自分を、誰かに委ねないこと。
自由は幻想かもしれない。
でも、選ぶという行為は、現実だ。
ならば私は、選び続けよう。
たとえ、それがまた“敗北”で終わるとしても。
私は、私の足で立つ。
私の手で掴む。
それが、鎖の重さを知っている者だけに許される、本当の意味での「自由」なのだと、
この世界でようやく理解したから。
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