88 / 121
二学期 二章 妹の体育祭
008 偉大なる母の血は確かに娘たちへ受け継がれている
しおりを挟む
礼儀正しくぺこりと頭を下げて、校舎側へと駆けていくちろるの背中を見送る。
藤棚の下で再び本を読もうとした瞬間、突然背後から声が聞こえてきた。
「ふーん、なかなか礼儀正しい子ね。あんたの彼女?」
いつも聞き慣れた女性の声、姉貴よりもさらに時の重みが乗った母の声である。
「おぉ、母さん!? ……何で姉貴にしかり母さんにしかり、青葉家の女性は俺の背後に立ちたがるんだよ。」
「あんたの背中が隙だらけでがら空きだからよ。少しはゴルゴを見習いなさい。」
「闇社会の一流の狙撃手と比べられても困る。」
母はサングラスにつばの広い白い帽子、腕には日焼け対策の黒い籠手みたいなのを付けており、完全なまでの紫外線対策をしていた。
日も高く昇っていき、入場門の傍には芋臭い水色のジャージに身を包んだ中学生たちが集まり始めた。
全員がきちっと並び終えたところで、頭から足先まで真っ白な運動服に包まれた男性教諭が指揮台に上がる。右腕を高く上げ、耳を塞ぎながら空砲を空に放った。
「入場しますっ!」
ワシントン・ポストのBGMに合わせて、中学生たちは軍隊のようにきびきびとトラックの周りを行進した。
その中に一人、気だるそうに歩く女子生徒がいる――うちの妹である風花だった。その隣には、風花の親友である絵梨ちゃんもいる。
「風ちゃん……、もっと足あげないと先生に怒られるよ……?」
黒瀬絵梨は、隣りで気だるそうに歩く風花に話しかけた。
「えりりん、私は軍隊に所属してなければ、マーチングバンドに入った覚えもないよ。それなのに行進をしないと怒られるって、私には理解ができないんだけど?」
「うん……そうだね……。でも、みんなに合わせるのも、時には大事……かもしれないよ……」
「いやいや、これは同調圧力というものだよ。行進するのが普通だと思い込まされているんだ。一人が二人になると同調圧力は一気に減少するんだよ。えりりんも普通に歩こうよー。」
「えぇ……、もう……仕方ないなぁ……。」
風花だけでなく、隣りにいた絵梨ちゃんも行進の足取りを緩め、普通に近い歩き方になった。きっと風花に言いくるめられたのだろう。
それにつられて、風花たち周辺の生徒たちも先ほどまでのきびきびとした行進が、少しまろやかな行進へと変わっていった。
「風花は相変わらずだなぁ。母さんはあれでいいの?」
俺は風花の反骨精神あふれる入場を眺めながら、隣りで扇子を仰ぐ母に尋ねた。
「まぁそれがあの子の良い所よ。別にあの子一人が行進しなかったところで、誰かが死ぬわけでもないでしょ。」
全く寛容的というか、適当というか、この偉大なる母の血は確かに娘たちへと受け継がれている。しかし、どうも俺には引き継がれなかったようだ。
たまに本当に俺は、ここの家の子供なのだろうかと思わなくもない。どっかの馬小屋にでも捨てられていたところを、拾ってもらったのではなかろうか。
「俺って、青葉家の長男だよな。」
「当たり前じゃないの。」
「どっかから拾ってきた子とかではなくて?」
母はサングラス越しでも分かるほどに、きょとんとした表情を見せた。
「何言ってんのあんた? 私がお腹をいためて産んだ子に決まってるでしょ。」
「そっか。よかった。」
「あんたの性格は父さん似、見た目は私に似てるわよ。まぁ、もしあんたと血が繋がってなくとも、私たちは家族だし、あんたにも十分な愛情をかけてきたはずよ?」
血は水より濃いなんてそんな言葉がある。血縁者同士の絆は、血の繋がっていない者同士のどんな深い間柄よりも勝るなんて言葉だ。
俺自身その言葉には懐疑的である。血の繋がりがなくとも、心の繋がっている親子はいる。そしてまた血が繋がっていても、心が繋がっていない親子もいるのだ。
母は難しそうな顔をする俺を見て、呆れたような笑みをみせた。
「……あんたは昔から色々と考えるのが好きねぇ。それとも年頃の男の子ってのは、哲学とかに嵌るものなのかしら。」
母の言う通り、俺は昔からあれこれと考えるのは好きだ。
「なぁ母さん、他に俺が子供の頃に好きだったものとかある?」
「子供の頃……?」
母は思案に耽るように、人差し指を唇のしたの窪みにあてた。膨大な過去の記憶を遡ってくれているようだ。
「そうねぇ、今あんたが首にかけているそれ。」
「……カメラ?」
「あんたが子供の頃、旅行や遊園地やらに行った時は、いつも父さんのカメラを貸してほしいって言ってたわね。」
「そうだったかな。」
「そうよ。だからあんたの子供の頃の写真少ないでしょ?」
「まじで? 俺の写真が少ないのは、二人目の子供だし、男だからあまり写真撮る気にならなかったからだと思ってた。」
「違うわよ。あんたにカメラ持たせてあげてたからよ。」
「そうなん? あんまり記憶ないけど。」
「あんたが小学校入ってからは、カメラよりも風花のお世話をするのに夢中になってたからね。あまりカメラを撮りたがる事も少なくなったかしら。」
そうだったのか。言われてみれば、うっすらとそんな記憶も残っている気もする。しかし、カメラやビデオなど、見慣れない機械に興味を持つのは子供なら誰しもだろう。
「あんたが最近カメラ買ったのも、写真に興味があるからじゃないの?」
「うーん、何となくだけど、写真に残したいと思う機会が増えたからだよ。カメラそのものに興味があるのかはまだわからない。」
「ふーん。まぁせっかく新しいカメラ買ったのなら、写真撮影は任せたわよ。」
そう言って母は、藤棚の日陰へと戻っていった。
藤棚の下で再び本を読もうとした瞬間、突然背後から声が聞こえてきた。
「ふーん、なかなか礼儀正しい子ね。あんたの彼女?」
いつも聞き慣れた女性の声、姉貴よりもさらに時の重みが乗った母の声である。
「おぉ、母さん!? ……何で姉貴にしかり母さんにしかり、青葉家の女性は俺の背後に立ちたがるんだよ。」
「あんたの背中が隙だらけでがら空きだからよ。少しはゴルゴを見習いなさい。」
「闇社会の一流の狙撃手と比べられても困る。」
母はサングラスにつばの広い白い帽子、腕には日焼け対策の黒い籠手みたいなのを付けており、完全なまでの紫外線対策をしていた。
日も高く昇っていき、入場門の傍には芋臭い水色のジャージに身を包んだ中学生たちが集まり始めた。
全員がきちっと並び終えたところで、頭から足先まで真っ白な運動服に包まれた男性教諭が指揮台に上がる。右腕を高く上げ、耳を塞ぎながら空砲を空に放った。
「入場しますっ!」
ワシントン・ポストのBGMに合わせて、中学生たちは軍隊のようにきびきびとトラックの周りを行進した。
その中に一人、気だるそうに歩く女子生徒がいる――うちの妹である風花だった。その隣には、風花の親友である絵梨ちゃんもいる。
「風ちゃん……、もっと足あげないと先生に怒られるよ……?」
黒瀬絵梨は、隣りで気だるそうに歩く風花に話しかけた。
「えりりん、私は軍隊に所属してなければ、マーチングバンドに入った覚えもないよ。それなのに行進をしないと怒られるって、私には理解ができないんだけど?」
「うん……そうだね……。でも、みんなに合わせるのも、時には大事……かもしれないよ……」
「いやいや、これは同調圧力というものだよ。行進するのが普通だと思い込まされているんだ。一人が二人になると同調圧力は一気に減少するんだよ。えりりんも普通に歩こうよー。」
「えぇ……、もう……仕方ないなぁ……。」
風花だけでなく、隣りにいた絵梨ちゃんも行進の足取りを緩め、普通に近い歩き方になった。きっと風花に言いくるめられたのだろう。
それにつられて、風花たち周辺の生徒たちも先ほどまでのきびきびとした行進が、少しまろやかな行進へと変わっていった。
「風花は相変わらずだなぁ。母さんはあれでいいの?」
俺は風花の反骨精神あふれる入場を眺めながら、隣りで扇子を仰ぐ母に尋ねた。
「まぁそれがあの子の良い所よ。別にあの子一人が行進しなかったところで、誰かが死ぬわけでもないでしょ。」
全く寛容的というか、適当というか、この偉大なる母の血は確かに娘たちへと受け継がれている。しかし、どうも俺には引き継がれなかったようだ。
たまに本当に俺は、ここの家の子供なのだろうかと思わなくもない。どっかの馬小屋にでも捨てられていたところを、拾ってもらったのではなかろうか。
「俺って、青葉家の長男だよな。」
「当たり前じゃないの。」
「どっかから拾ってきた子とかではなくて?」
母はサングラス越しでも分かるほどに、きょとんとした表情を見せた。
「何言ってんのあんた? 私がお腹をいためて産んだ子に決まってるでしょ。」
「そっか。よかった。」
「あんたの性格は父さん似、見た目は私に似てるわよ。まぁ、もしあんたと血が繋がってなくとも、私たちは家族だし、あんたにも十分な愛情をかけてきたはずよ?」
血は水より濃いなんてそんな言葉がある。血縁者同士の絆は、血の繋がっていない者同士のどんな深い間柄よりも勝るなんて言葉だ。
俺自身その言葉には懐疑的である。血の繋がりがなくとも、心の繋がっている親子はいる。そしてまた血が繋がっていても、心が繋がっていない親子もいるのだ。
母は難しそうな顔をする俺を見て、呆れたような笑みをみせた。
「……あんたは昔から色々と考えるのが好きねぇ。それとも年頃の男の子ってのは、哲学とかに嵌るものなのかしら。」
母の言う通り、俺は昔からあれこれと考えるのは好きだ。
「なぁ母さん、他に俺が子供の頃に好きだったものとかある?」
「子供の頃……?」
母は思案に耽るように、人差し指を唇のしたの窪みにあてた。膨大な過去の記憶を遡ってくれているようだ。
「そうねぇ、今あんたが首にかけているそれ。」
「……カメラ?」
「あんたが子供の頃、旅行や遊園地やらに行った時は、いつも父さんのカメラを貸してほしいって言ってたわね。」
「そうだったかな。」
「そうよ。だからあんたの子供の頃の写真少ないでしょ?」
「まじで? 俺の写真が少ないのは、二人目の子供だし、男だからあまり写真撮る気にならなかったからだと思ってた。」
「違うわよ。あんたにカメラ持たせてあげてたからよ。」
「そうなん? あんまり記憶ないけど。」
「あんたが小学校入ってからは、カメラよりも風花のお世話をするのに夢中になってたからね。あまりカメラを撮りたがる事も少なくなったかしら。」
そうだったのか。言われてみれば、うっすらとそんな記憶も残っている気もする。しかし、カメラやビデオなど、見慣れない機械に興味を持つのは子供なら誰しもだろう。
「あんたが最近カメラ買ったのも、写真に興味があるからじゃないの?」
「うーん、何となくだけど、写真に残したいと思う機会が増えたからだよ。カメラそのものに興味があるのかはまだわからない。」
「ふーん。まぁせっかく新しいカメラ買ったのなら、写真撮影は任せたわよ。」
そう言って母は、藤棚の日陰へと戻っていった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん
菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった!
……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。
なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ!
秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。
「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」
クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない!
秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!
貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら
普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。
そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる