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二学期 四章 生徒会選挙

023 生徒会長選挙――投票結果

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 生徒会長選挙――投票結果の発表日。

 壇上に上がるは、現生徒会長である青葉吹雪。全校生徒の前で、次期生徒会長の名が記された紙を持ち、マイクの前に立つ。

「次期生徒会長候補の二人、壇上にあがりたまえ。」

 姉貴の言葉に、永森氷菓と伊達丸尾の両者は緊張した面持ちで壇上に上がった。

「二人とも、長期に渡る選挙活動ご苦労だった。また選挙委員の者たちもご苦労さま。残すは生徒会長の結果発表だが、その前に現生徒会長である私から講評を兼ねて、少しだけ言葉を送らせて頂きたいのだが、いいだろうか?」

 姉貴は会場を見渡したが、もちろんそれに異議を唱える者はいなかった。

「では、まず伊達丸尾――君の全校生徒を前にしたスピーチは見事だった。もちろん緊張はあっただろうが、それを決して見せない堂々とした演説。またそれ以前の選挙活動でのシュプレヒコールを唱え、一人で過ごすことは素晴らしいとするプロパガンダ。とても見事だった。提案した一人で過ごせるスペースの設置も面白い。」

「はっ、有り難きお言葉です。」

「そして、永森氷菓――君は現生徒会の副会長として、いつも私の無茶な要望にも全力で応えてついてきてくれた。その一生懸命な働きぶりは、私だけでなく全校生徒の目にもしっかり映っているものだと思う。そして生徒たちが夢を見つけ、応援する場としての学校というのは凄く魅力的だと思う。」

「は……はい……っ。ありがとうっ……ございます!」

「どちらの候補が生徒会長になっても、我が校をよりよくするために尽力してくれるだろう。では、生徒会長選挙の結果を発表する。」

 会場は水を打った静けさとなり、ドラムロールが鳴り響いた。生徒会長の発表にドラムロールって……。

「次期生徒会長は――」

 全員の視線が姉貴の口元に集まる。

「――永森氷菓だ。」

「「おぉぉぉぉぉぉ―――!!!」」

 会場から大きな拍手と歓声が上がった。

 氷菓ははっと息を飲み、そして全校生徒に向かって深々とお辞儀をした。

「あっ、ありがとうっ……ございますっ!」

 顔をあげた永森氷菓の瞳からは、きらりと光る涙が一筋流れた。

「……ぐすっ。……うぐぅっ。」

 涙を流したのは氷菓だけでなく、男の声の嗚咽が聞こえてきた。声の主は顔をくしゃくしゃに歪め、男泣きする伊達丸尾だった。

 伊達丸尾は肩を落とし、力なく壇上を降りていった。

「ずまんっ……! 同志たちよっ……!」 

 今にも崩れ落ちそうな彼の身体を、彼の支援団体のメンバーたちは抱きかかえるように受け止めた。

「何言ってんだ! よく頑張った。」

「そうだ。非リア充の気持ちをよく伝えてくれた!」

 伊達丸尾――今回の選挙のために周到な準備をしていた彼の志は、間違いなく熱い情熱の籠った本物だった。

 彼の努力は決して無駄にはならなかった。それは努力した行為にそのものに価値があるという意味ではない。

 姉貴は壇上から、よく響く声で選挙の終焉を告げた。

「それでは、これにて生徒会長選挙を終了する。なお、次期生徒会長になった永森氷菓には、次期生徒会のメンバーを推薦することができる。特に候補がなければ公募で募集することもできるが……。」

 その言葉に、氷菓は最初から心を決めていたように声を上げた。

「あの……推薦したい人物が二人いるのですが、この場で発表してもよろしいでしょうか。」

「うむ、いいだろう。」

 姉貴の許可を得て、氷菓は壇上に堂々した表情で立った。

「私――永森氷菓は、次期生徒会長の名において――副会長に伊達丸尾を推薦します。」

 その言葉に、全校生徒の視線が伊達丸尾に注がれた。想定外の出来事に、まのぬけた顔で伊達丸尾は口を開いた。

「えっ……どうして……?」

「この度の選挙において、一人で過ごす生徒を軽蔑する風潮をなくすこと、一人で過ごす時間の大切さ、彼の思想は多くの人に受け入れられるものだった。また選挙において周到に準備し、志を高く持って取り組む姿を見て、ぜひ新生徒会の副会長として力をかしてほしいと思ったの。」

 氷菓は壇上から降り、丸尾に手を差し伸べた。

「あなたの案も取り入れて、私の理想とする学校を作りたい。それを一緒に実現できるように、力を貸してもらえないかな?」

「……ありがとうっ」

 丸尾が氷菓の手を取った瞬間、会場からは大きな拍手が起こった。

 敵対候補だった者同士が、最後は手を取り合ってハッピーエンドな選挙となった。俺はのんびりとその様子を眺めていた。

「そしてもう一人、選挙活動で支えてくれた人物を推薦したいと思います。」

 そう言って氷菓は、とことこと歩を進めて俺の前で停止した。

「おい……まさか……」

「新しい役職として庶務を設立し、青葉雪くんを新生徒会の庶務として推薦します。」

「「おおぉぉぉぉぉ――!!!」」

 なん……だと……。

「おい、聞いていないぞ!」

「そりゃそうよ、言ってないもの。」

「俺はサッカー部主将として忙しいんだけど……」

「基本雑用だから、空いている時間だけでいいのよ。さぁ、この手をとってくれるかしら?」

 それならまぁ……姉貴に雑用としてこき使われていた今までと大差ないか。

 それに全校生徒の視線にさらされ、次期生徒会長に手を差し伸べられ、ここで拒否できる肝っ玉は俺にはなかった。

 彼女の小さな手に、俺は渋々と右手を伸ばした。

「ふふっ、ありがとう!」

 再び拍手と歓声が起こり、俺は次期生徒会のメンバー入りを約束されてしまった。

 賑わう会場を、現生徒会長である姉貴の声が遮った。

「さて――次期生徒会長及び、副会長、そして雑用係が決定した。」

 おい、雑用係じゃねぇだろ。せめてちゃんと役職で呼べや。

「しかし、この二学期が終了するまではもちろん、我々現行の生徒会が全ての行事を仕切る。そして君たち次期生徒会メンバーには、引き継ぎを兼ねて協力してもらう。」

「はい!」
「はい!」

 はつらつと返事をする氷菓と丸尾。そして俺は困り顔で「……はい。」と彼らに続いた。

 姉貴は全校生徒に向かって、高らかに宣言した。

「次の行事は――『生徒の、生徒による、生徒のための――文化祭』だっ!!」

「「おおおおぉぉぉぉぉ!!!!」」

 生徒会長選挙は終わりをつげ、一大行事――文化祭が始まる。
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