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二学期 六章 文化祭
039 三つの選択肢
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しばらくの間、丸尾と共に俺は火の安全管理をしていた。激しく燃え上がるキャンプファイヤーの傍は、自分が火で燻されているかのように熱い。
シャツの首元を掴んでをぱたぱたと仰ぎ、額の汗を拭う。
火を見ていること自体は飽きないが、火に正面から向き合っていると顔が焼けそうに熱い。
火から顔をそらし、賑わう生徒たちの姿をぼんやりと眺めていると、石段の端の桜の下に神崎さんの姿が見えた。俺の神崎さんセンサーは未だ健在のようだ。
「あっ、神崎さん……あれ?」
何やら神崎さんの様子がおかしい。先ほどから非常に困ったような表情を浮かべている。
「どうしたんだろ。」
汗を拭って立ち上がり、神崎さんの姿がよく見える位置にずれた。すると、神崎さんの傍に長身の男が何やら頭を下げているのが見えた。
文化祭の後夜祭、美少女の神崎さんと、彼女に頭をさげる謎の男子生徒。
これから状況から導き出される結論は、おそらく一つだけだろう。
脳が理解して焦燥を感じるよりも早く、反射的に心臓がぎゅっと鷲掴みされる感覚が走った。
不規則に鼓動する心臓と流れる冷や汗。息が詰まる感覚と共に、先ほどまで大火の前で火照った身体が、一瞬にして冷たく冷え切っていく。
「何さぼっているんだね?」
丸尾は眼鏡を外してタオルで顔を拭いながら、俺の横に並び立った。
「丸尾……。あれ見てみろ。多分男が告白してるんじゃないか。」
「なんだとっ!?」
丸尾は丸眼鏡を慌てて付け直し、まじまじと神崎さんとその傍にいる男子生徒の姿を眺めた。
「ちょっと火を見ていてくれるか。邪魔してくる。」
「お、おう……。」
丸尾はすがすがしいクズだが、それを利用する俺はそれ以上のクズだといえる。
勢いよく勇んで行った丸尾だったが、すぐさまUターンして引き返してきた。
「どうしたんだ?」
「いや、様子を見る限り、男が振られたらしい。だから邪魔するまでもなかった。」
「そうだったのか……。」
思わず、ホッと安堵の息を漏らしてしまった。
「……。」
そこから嫌でも付きつけられる真実
――俺は神崎さんのことが、好きだということ。
同時に、心底自分のクズさに嫌になる。
俺は神崎さんのことを諦めようと、忘れようとしてきた。それなのに、神崎さんが男に告白されるのを見て、酷く嫌な気分になって、彼女が男を振ったことに安堵している自分がいる。
もし自分が告白し、この長年ずっと思い続けた気持ちを、神崎さんへ言葉にすればあるいは――などと考えている自分もいる。
そんな自分が浅ましく、卑しく、汚らわしく、不愉快で、そして――人間らしい。
言葉にして想いを伝えること、それ自体に意味があるかもしれない。神崎さんに告白しなければ、俺の大事にしてきたこの気持ちは、発散することなく溜めこまれ、ヘドロのようなものになって沈殿するかもしれない。
告白する事に意味がある。
結果ではなく、過程に――思い続けた想いに。
「ふっ……ははっ……。」
「な、なんだ急に笑い出して……。」
丸尾は突然笑い出した俺に対して、ぎょっとした表情を浮かべた。
「……考えるべきは――大事にしたいもの」
今まで大事に抱き続けた想いと、新しく芽生えた大事にしたい想い。
俺がちろるに対して抱いた想い。その想いはもう完全に本物であり、決して揺るがない……そのはずだ。
しかし、神崎さんへの想いが捨てられない俺に、その資格があるのかどうか。全ての心を捧げてくれる彼女に、自分は見合う男なのか。
そんな事を考える自分は全く救いのない男だろう。だからこんな自分は救われなくてもいい。
それでもやはり――彼女は救われるべきだと思う。
こんな俺を、好きでいてくれて、ずっと言葉と行動に示してくれた。自分の想いよりも俺の想いを優先するような、それでいて俺を惚れさせようと懸命だった桜木ちろる。
努力は報われるとは限らない。それでも救いはあってほしい。
「……。」
――どうする?
「おい、大丈夫か?」
心配そうに、そして訝し気に丸尾が声をかけてきた。
「あぁ……。ちょっと自己嫌悪とかで潰されそうになった。」
丸尾はしばらくの間、怪訝そうな顔で俺を眺め、「自分を卑下するような男は、女にモテないぞ。」と呟いた。
「……そういうもんか。」
「そうだ。だから、私も君もモテないのだよ。」
丸尾はそう言って俺の肩を叩き、熱気で失われた水分補給に向かった。
「全く、自分を卑下したり、自己嫌悪したりくらいはさせてほしいもんだなぁ。」
自分は不幸だと口にすることは見るに堪えないけれど。
少なくとも、今の自分が不幸だと言ったら、そんな度し難いやつはもう死んだほうがましだと思う。
俺は不幸じゃない――幸せだ。
あんな可愛い同級生を好きでいられて、あんな一途な後輩に好かれていて。
俺は幸せすぎる。
「まぁ――くよくよ考えるのも、いい加減に終わりにする時かもしれない。」
ここで俺の脳内には、三つの選択肢が現れた。
1、本命――、神崎若葉に告白しに行く。
2、対抗馬――、桜木ちろるに告白しに行く。
3、穴馬――、約束の時クリスマスまで保留を続ける。
心は決まったか。
正しい選択――
後悔のない選択――
自分が心から望む選択――
いや、違うな――後悔してもいい選択か。
揺るがない選択――俺が選んだ選択は――
シャツの首元を掴んでをぱたぱたと仰ぎ、額の汗を拭う。
火を見ていること自体は飽きないが、火に正面から向き合っていると顔が焼けそうに熱い。
火から顔をそらし、賑わう生徒たちの姿をぼんやりと眺めていると、石段の端の桜の下に神崎さんの姿が見えた。俺の神崎さんセンサーは未だ健在のようだ。
「あっ、神崎さん……あれ?」
何やら神崎さんの様子がおかしい。先ほどから非常に困ったような表情を浮かべている。
「どうしたんだろ。」
汗を拭って立ち上がり、神崎さんの姿がよく見える位置にずれた。すると、神崎さんの傍に長身の男が何やら頭を下げているのが見えた。
文化祭の後夜祭、美少女の神崎さんと、彼女に頭をさげる謎の男子生徒。
これから状況から導き出される結論は、おそらく一つだけだろう。
脳が理解して焦燥を感じるよりも早く、反射的に心臓がぎゅっと鷲掴みされる感覚が走った。
不規則に鼓動する心臓と流れる冷や汗。息が詰まる感覚と共に、先ほどまで大火の前で火照った身体が、一瞬にして冷たく冷え切っていく。
「何さぼっているんだね?」
丸尾は眼鏡を外してタオルで顔を拭いながら、俺の横に並び立った。
「丸尾……。あれ見てみろ。多分男が告白してるんじゃないか。」
「なんだとっ!?」
丸尾は丸眼鏡を慌てて付け直し、まじまじと神崎さんとその傍にいる男子生徒の姿を眺めた。
「ちょっと火を見ていてくれるか。邪魔してくる。」
「お、おう……。」
丸尾はすがすがしいクズだが、それを利用する俺はそれ以上のクズだといえる。
勢いよく勇んで行った丸尾だったが、すぐさまUターンして引き返してきた。
「どうしたんだ?」
「いや、様子を見る限り、男が振られたらしい。だから邪魔するまでもなかった。」
「そうだったのか……。」
思わず、ホッと安堵の息を漏らしてしまった。
「……。」
そこから嫌でも付きつけられる真実
――俺は神崎さんのことが、好きだということ。
同時に、心底自分のクズさに嫌になる。
俺は神崎さんのことを諦めようと、忘れようとしてきた。それなのに、神崎さんが男に告白されるのを見て、酷く嫌な気分になって、彼女が男を振ったことに安堵している自分がいる。
もし自分が告白し、この長年ずっと思い続けた気持ちを、神崎さんへ言葉にすればあるいは――などと考えている自分もいる。
そんな自分が浅ましく、卑しく、汚らわしく、不愉快で、そして――人間らしい。
言葉にして想いを伝えること、それ自体に意味があるかもしれない。神崎さんに告白しなければ、俺の大事にしてきたこの気持ちは、発散することなく溜めこまれ、ヘドロのようなものになって沈殿するかもしれない。
告白する事に意味がある。
結果ではなく、過程に――思い続けた想いに。
「ふっ……ははっ……。」
「な、なんだ急に笑い出して……。」
丸尾は突然笑い出した俺に対して、ぎょっとした表情を浮かべた。
「……考えるべきは――大事にしたいもの」
今まで大事に抱き続けた想いと、新しく芽生えた大事にしたい想い。
俺がちろるに対して抱いた想い。その想いはもう完全に本物であり、決して揺るがない……そのはずだ。
しかし、神崎さんへの想いが捨てられない俺に、その資格があるのかどうか。全ての心を捧げてくれる彼女に、自分は見合う男なのか。
そんな事を考える自分は全く救いのない男だろう。だからこんな自分は救われなくてもいい。
それでもやはり――彼女は救われるべきだと思う。
こんな俺を、好きでいてくれて、ずっと言葉と行動に示してくれた。自分の想いよりも俺の想いを優先するような、それでいて俺を惚れさせようと懸命だった桜木ちろる。
努力は報われるとは限らない。それでも救いはあってほしい。
「……。」
――どうする?
「おい、大丈夫か?」
心配そうに、そして訝し気に丸尾が声をかけてきた。
「あぁ……。ちょっと自己嫌悪とかで潰されそうになった。」
丸尾はしばらくの間、怪訝そうな顔で俺を眺め、「自分を卑下するような男は、女にモテないぞ。」と呟いた。
「……そういうもんか。」
「そうだ。だから、私も君もモテないのだよ。」
丸尾はそう言って俺の肩を叩き、熱気で失われた水分補給に向かった。
「全く、自分を卑下したり、自己嫌悪したりくらいはさせてほしいもんだなぁ。」
自分は不幸だと口にすることは見るに堪えないけれど。
少なくとも、今の自分が不幸だと言ったら、そんな度し難いやつはもう死んだほうがましだと思う。
俺は不幸じゃない――幸せだ。
あんな可愛い同級生を好きでいられて、あんな一途な後輩に好かれていて。
俺は幸せすぎる。
「まぁ――くよくよ考えるのも、いい加減に終わりにする時かもしれない。」
ここで俺の脳内には、三つの選択肢が現れた。
1、本命――、神崎若葉に告白しに行く。
2、対抗馬――、桜木ちろるに告白しに行く。
3、穴馬――、約束の時クリスマスまで保留を続ける。
心は決まったか。
正しい選択――
後悔のない選択――
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いや、違うな――後悔してもいい選択か。
揺るがない選択――俺が選んだ選択は――
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