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004 隣りのJKによる料理下手男子学生のための手料理教室
しおりを挟む二人の初めての料理教室は、翔のバイトが無い金曜日の夕方に開催された。
「最初に言っておくけれど…僕は本当にどうしようもなく、料理が苦手だよ。」
少し申し訳なさそうに告げる翔の姿に、桃花はくすっと笑った。
「そうなんですか。なんか…意外です。」
「一度、大学の後輩が遊びに来て、僕が手料理を振る舞ったんだけど、そしたらそいつ何て言ったと思う?」
「うーん、不味い!とかですか?」
「いや、そいつは僕の料理に対して、これはブタの餌ですか?って言いやがった。」
「それはっ…、酷い後輩ですねっ!」
そういいながら、思わず桃花は笑みを零した。
「先輩が作ってくれたものに対して、その言い方はないよな。」
笑うのをなんとか堪え、少し涙目になりながら桃花は、「でも、きっと。それは後輩さんが、翔さんは簡単に怒るような人じゃないって信頼してるからじゃないですか?」と翔を慰めるように告げた。
「そうかなぁ。まぁ本当に食べれない程度にはまずかったからね。僕も怒るに怒れなかったのだけれども…。」
「食べれない程不味いって、なかなかですね…。」
桃花は少し驚いた表情で翔を見た。
「サークルの集まりで、そばを湯がいたときも非難の嵐だったよ。」
「そばってあの蕎麦ですよね。何したら失敗できるんですか!?」
「うーん。鍋の水の量に対して、そばを入れすぎちゃったんだよね。あと火が強かったのもあるんだけど、そばがどろどろになって固まっちゃったんだ…。」
「分量をちゃんと見ないから、失敗するんじゃないでしょうか…。」
「…だって、人がいっぱいいたから。一回でいっぱいそばを湯がきたかったのだもの。」
子どもが言い訳するように小声で言う翔に、桃花はまた笑いが込み上げてきた。
「わかりました!私の目の黒いうちは、翔さんに失敗料理は作らせませんよ!」
そう言うと、桃花はスーパーの袋に彼女の華奢な色白の手を突っ込み、翔が買ってきた材料を次々と取り出して机に広げた。
牛肉の細切れ、玉ねぎ、じゃがいも、にんじん、チョコレート、次にカレー粉が出てきた瞬間、桃花は安堵の息を吐いた。
「今日のメニューはカレーですか。カレーならどんな人でも、きっと美味しく作れますよ。チョコレートもあるあたり、隠し味まで考えていい感じですね。」
「おっと、僕が作るカレーをただのカレーだと思ってはいけないよ。」
カレー粉がとり出され、すっかり小さくなった袋にはまだ何かごつごつした物が入っていた。
「何ですか…?これは…?」
怪訝な顔で桃花はスーパー袋に手を突っ込んだ。スーパー袋から取り出されたのは、ヤシの木にそのまま成っていそうな青いココナッツの実と、ピーナッツパターだった。
「何でこんなもの買ってきたんですか!?」
「タイ料理で有名な、マッサマンカレーを作ろうと思ってね。」
「なんでいきなり、異国の手の込んだ料理作ろうと思ったんですかっ!」
「だって、昔レストランで食べた時…、すごく美味しかったのだもの…。」
呆れたように桃花はため息をついた。
「とりあえず、この二つは没収します!」
「え~っ、なんで!」
子どものように不満をもらす翔を、窘めるように桃花は告げた。
「そもそも、マッサマンカレーに必要なのは、熟成したココナッツの実から作られるココナッツミルクとピーナッツです。まだ青いヤシの実とピーナッツバター買ってきてどうするんですか!?」
「…ごめんなさい。」
「それに、本当に美味しく作ろうと思ったら、それ以外にも色々と材料は必要です。ちゃんとレシピ見ないで、感覚で作ろうとするから失敗するんです!」
いつもおどおどしていた桃花が、料理のことになるとこうもよく喋るとは…、それが可笑しくて、怒られている最中なのだが、翔はつい笑みが漏れてしまった。
「もう、怒ってる最中なのに、何がおかしいんですか?」
「いや、いつもすごく大人しいのに…。料理のことになると、すごく雰囲気が変わるからさ。それがちょっとおかしくて。」
「それは…だって、私の将来の夢は、料理人になることですから。だから田舎の実家を出て、神戸の調理科がある高校に通うために、私は今月からここで一人暮らしをしてるんですよ。」
「えっ、そうだったんだ。」
桃花がお裾分けを持ってきていた頃、多少の雑談を交わすこともあったが、彼女の将来の夢や通っている高校についてはこれが初耳であった。
同じ部屋で一緒に料理を作っているのに、今考えれば翔も桃花もお互いのことを、まだ余り知らない。
「翔さんは大学生さんですよね。何の勉強をしてるんですか?」
「僕は文学部に入っているんだけど、将来は小学校の先生になりたいと思って、教員免許取得のためのカリキュラムを取ってるよ。」
翔は玉ねぎの皮をむき、少し涙目になりながら応えた。
「そうだったんですね!小学校の先生ですか。」
桃花は、翔が学校の先生となって、子どもたちと笑顔で過ごしてる様子を想像した。
子ども達から人気のある、優しい先生になるだろうなと容易にイメージできた。きっと、翔の人柄のためだろう。
そんな彼なら、もし世帯を持って、子どもが生まれても、きっと子供の面倒をよく見る優しいお父さんになるだろうな。
「先生、玉ねぎが目に染みて辛いんですが、どうしたらいいですか?」
翔の問いに、ふと妄想の世界から桃花は我に返った。
「えっ、何ですか?」
「玉ねぎだよ。目がしみるのなんとかならないのかな。」
皮をむき終えた玉ねぎを、翔は包丁で薄切りにしようと試みていた。
「玉ねぎを加熱料理に使うなら、熱で型崩れしないように、玉ねぎの繊維に沿って切るのが基本ですよ。」
「えっ、そうなんだ。」
「それに、包丁を持つときはもっと力をぬいて。親指と人差し指は添えるように、滑らせるような感覚で。繊維に沿って、玉ねぎの細胞を壊さないようにさっと切れば、あまり涙も出ないですよ。」
包丁の使い方を説明しながら、桃花は翔の後ろにまわり、包丁を持つ彼の手を上から支えるように持って玉ねぎを切った。
「なんか…、小学生の頃に、初めてお手伝いをしたときを思い出すな。包丁はまだ危ないっていう母さんに、どうしても切ってみたいって駄々をこねて、こんな感じで母さんに支えてもらいながら切らせてもらったよ。」
「ふふっ。私も子どもの頃は同じようにしてもらってました。懐かしいな…。」
桃花はそっと翔の手を握り、彼の背中にもたれかかる様な姿勢のまま、物思いにふけっていた。そのまま桃花が思い出の世界から帰ってこないので、翔は背中にくっ付いている彼女に声をかけた。
「あの…、このままだと動きづらいのだけど。」
「えっ?あっ…すみません!」
包丁の使い方を教えるために、桃花は彼の背中にぴったりくっついていた。とても至近距離でお互いの身体を密着させていたことに、桃花は頬を紅潮させたまま距離をとった。
その後は、桃花が妙に恥ずかしがる様子だったので、少し気まずいような雰囲気が流れたが、なんとか具材を全て切り終えた。
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