6 / 38
005 美味しいカレーを作るには
しおりを挟む鍋に水を張り、そこに切った具材をまとめて突っ込もうとする翔を、慌てて桃花が制止した。
「ちょっと待って!何してるんですかっ!」
「えっ、何って…、カレーだから煮込もうとしてるんだけど?」
「カレーを作るときは、具材を炒めてから煮込むのが常識でしょう!?」
「うん…?でも、どうせ煮込んだら具材に火が通るだろ?なんで煮込む前にわざわざ炒めたりするんだ?」
「なんでって、それは…。」
カレーを作るときは、具材を炒めてから煮込む。そんなの当り前だし、今までだって何度も作ってきたが、そのことに疑問を感じたことはなかった。
「わざわざ炒めるからには、何か理由があるんだろ?」
「ちょっと…待ってください。すぐ戻ります。」
桃花はキッチンから出ていくと、一分もかからずに戻ってきた。
「確かに、ちゃんと煮込めば火は通るから食べれますけど、野菜の煮崩れを防いだり、油で炒めることで、表面がコーティングされて旨みがにげないとか、焼き目をつけることで風味がついたり、色々理由はあるんですよ。」
「わざわざネット検索してくれたんだね。すぐスマホで調べるあたり、現代っ子だね。」
「…まだ高校一年生なんだから、知らないことだっていっぱいありますよ!」
開き直ったように言うと、桃花はサラダ油で具材を炒め始めた。牛肉は香ばしい焼き目がつき、玉ねぎの色は透きとおり、ニンジンも艶が出ている。
「あとは煮込むだけですね。」
鍋に水を加え、具材がやわらかくなるまで煮込む。桃花は時折、お玉で表面に出てくるあくを掬いとった。
「ふと思ったんだが、なんであくを掬う必要があるんだ?」
「へっ?」
意表を突かれたような表情で振り向くと、桃花は少し考える素振りをし、「少し鍋を見ててください。」と言い残して、またリビングの方へかけていった。
「あくは旨みの一つなのですが、取り除いた方が見た目も、香りも、舌触りもよくなるんです。多少は残っていても別に問題はないですよ。」
「…うん、もうスマホこっちに置いといたら?」
「何言ってるんですか。ちょっとトイレに行ってただけです。もちろん最初から知ってましたよ。」
桃花は料理のことになると、ついむきになってしまうようだ。頬を膨らましている姿は、まだついこの間まで、中学生だったというあどけなさを色濃く感じさせる。
初めての一人暮らし、見知らぬ環境で、桃花はとても気を張って緊張していたのだろう。
彼女と会うたびに、だんだんと緊張がほどけ、色んな表情を見られることが増えてきたことに嬉しく思う…、そう思う自分がいることに翔は気が付いた。
桃花はおたまでニンジンを掬うと、箸でその柔らかさを確認した。
「具材に箸がすっと通れば、一度火を止めて、カレーのルウを割り入れます。」
「なんで、一旦火を止めるの?」
「……。」
無言でリビングに行こうとする彼女を制止し、「またっ、思い出したら教えて!」と翔は少しご機嫌斜めになりかけた桃花をなだめた。
ルウを投入し、溶けたところで再び加熱する。
底のほうが焦げないように、時折かき混ぜると、カレーの甘美でありながら、スパイシーな香りに食欲が湧きたった。弱火でとろみがつくまで煮込み、美味しそうなカレーが完成した。
平皿にほかほかのご飯をよそい、その上に肉と野菜のいっぱい入った、とろみのついたカレーをかける。
「いただきまーす!!」
二人の声が重なり、同時に最初の一口目を頬張る。
舌の上にとろけるルーが触れた瞬間に、カレーのスパイスが口内に広がり、炒めた肉の香ばしい風味、飴色になるまで炒めた玉ねぎの甘みを感じる。
丁度よい大きさに切られたニンジン、じゃがいもを噛むと、中に閉じ込められた素材のうまみを感じられ、柔らかい牛肉が口内を這う感触もまた心地よい。
「うわっ、上手い。」
「美味しいですね。」
「やっぱり、ちゃんと教わって作ると味が違うな。いつもは水でしゃばしゃばになったり、ニンジンが固いままだったりするんだけどね。」
「まぁ、普通に作っただけなんですけどね。」
「いや、やっぱり炒めたから風味も格段に増してるし、すごいうまいよ。」
ぱくぱくと美味しそうに笑顔で食べる翔の姿に、思わず桃花はスプーンを動かす手を止めて見惚れていた。
「うん?どうした。食べないのか?」
「えっ、いや。すごい素敵な食べっぷりだなって思って。」
「まぁ男の一人暮らしなんて、ろくなもの食べてないからね。」
「そうなんですか。」
「インスタントやレトルト、冷凍食品が僕の血肉を作っていると言っても過言じゃないだろう。」
「まぁ確かに、最近のものはどれも全て美味しいですけど…。やっぱり、手料理の味が恋しくなりませんか?」
「そりゃなるよ。おふくろの味とかなんだそれ?って最初は思ってたけどね。一人暮らしすると、やっぱり温かいごはんを作ってくれる人の有り難さとか、家族と一緒に話しながら団らんするよさを痛感するね。」
「そうですよね。私もこっちに来てから、一人でご飯を食べてると、なんか少しさみしくなっちゃうときがあるんです。」
伏し目がちになった桃花は、少し緊張した声音で「あの…」と小さい声で切り出した。翔は彼女のそのおどおどとした様子を、久しぶりに見た気がした。
0
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
還暦妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる