7 / 38
006 第二回料理教室の約束
しおりを挟む伏し目がちになった桃花は、少し緊張した声音で「あの…」と小さい声で切り出した。翔は彼女のそのおどおどとした様子を、久しぶりに見た気がした。
「…よかったら、これからも…、翔さんのバイトがお休みの時とか、時間のある日は、一緒に料理したり、それ以外でも、一緒にご飯を食べたりしませんか。」
すごく勇気を振り絞るようにして、桃花は翔に尋ねた。
「うん…?そんなの、もちろんオーケーさ。僕としても美味しい手料理が食べれるし、とっても可愛らしい話相手もいるなんて、願ったり叶ったりだよ。」
翔は特に深い意味なく使った“可愛らしい”という言葉だったが、田舎から出てきたばかりの純情乙女である桃花には強く響いたらしかった。顔まで真っ赤になりながら、桃花は無言でカレーを載せたスプーンを口に運ぶ。
「なんか桃花ちゃん顔少し紅くないか…?中辛にしたんだけど、カレーちょっと辛かったかな?」
「いえいえっ!そんなことないですよ!とっても美味しいです。」
桃花は最初の一杯でお腹いっぱいになり、翔はもう一杯おかわりをした。
翔の部屋は窓側にベッドが置いてあり、冬に出したままのこたつが置いてある。その丸いこたつに座って、二人は仲良くきれいにカレーをたいらげた。
「ごちそう様でした。次のバイトのお休みは…いつですか?」
「次は三日後が空いてるかな。大学の授業も午前までだし、昼からゆっくりできるよ。」
「そっ、そうなんですね…!実は私もっ、その日はテスト前で、午前中で学校が終わるんですよ!よっ、よかったらっ、今度は一緒に、買い物に行きませんかっ!?」
何度か噛みながら、最後まできちんと桃花は提案することができた。
「うーん、そうだね。また僕が変な物を買ってきても、桃花ちゃんを困らせちゃうし、あまり何買えばいいかわからないからな…。ぜひともそうしよう。」
翔の返答に、桃花は嬉しさと安堵の気持ちが込み上げてきた。人と話すときは、緊張してしまうことが多い彼女だったが、翔と話すときはまた別の種類の緊張を感じていた。ドキドキと鼓動が速くなるのは同じはずなのに、こんなに幸せな高揚感を伴う緊張は、桃花にとって初めての経験だった。
「そうですね!もうヤシの実買ってきたら駄目ですよ!」
嬉しそうに念を押してくる桃花に、翔は恥ずかしそうに笑った。
神戸に来てからというもの、桃花がこれほど素直に楽しいと感じながら会話をできるのは翔だけであった。いや、実家の田舎でさも、彼女にとってこんなに笑顔で話せる相手は稀有な存在である。
「午前で終わるなら、お昼は食べてないよね。よかったら、ついでにお昼一緒に食べようか。」
「えっ、いいんですか?」
「僕の講義が終わったあと、桃花ちゃんの学校の傍まで迎えに行くよ。ハーバーランドの近くだったら、色々お店もあるからね。」
思いがけない翔からの提案に、桃花は驚きと嬉しさが心に溢れた。
「うれしいです!ありがとうございます!」
「待ち合わせするなら、連絡先交換した方がいいよね。」
「はい!そうですね。」
お互いのスマホを重ね合い、ラインのIDを交換した。その時、お互いのスマホの待ち受け画面が見えた。
「うわー、可愛い!トイプードルですか?」
「うん。実家で飼ってる犬だよ。もう本当に可愛くてね。話すと長くなるから今はやめとくけど、とにかく可愛い。桃花ちゃんの待ち受けは、これは…何かの料理?」
彼女の待ち受け画面には、白い皿の上に色鮮やかに盛られたフランス料理らしいものが映っていた。
「そうです。有名なフレンチのお店に、一度親が連れて行ってくれたことがあって、その時の写真を待ち受けにしちゃいました。」
「そうなんだ。桃花ちゃんらしくていいね!」
「ありがとうございます。」
連絡先を交換し、桃花はお隣の自室へと帰っていった。
“ピローン”
桃花が帰ってから1時間ほど経った頃、翔のスマホが何かの通知を受けた音が聞こえた。ラインの通知がポップアップし表示される。
“今日はありがとうございました。カレー美味しかったですね(*’▽’) 三日後、とても楽しみにしています。では、おやすみなさい(^^)/”
桃花からのメッセージだった。彼女の行儀がいいのも、こういった律儀なところも、田舎の家族がきちっと教育してきたんだろうなと、親の教育に感心しながら、翔は返信を返した。
0
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
還暦妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
【完結】一番腹黒いのはだあれ?
やまぐちこはる
恋愛
■□■
貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。
三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。
しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。
ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる