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024 とりあえず可哀そうな食材たちに謝れ

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隣の部屋から“バタンッ”と玄関の戸が閉められたような音が聞こえ、桃花の部屋でくつろいでいた栞が反応した。

「あっ、翔さん帰ってきたみたいだね。」

「ちゃんと料理できるんやろうか。」

沙織はポテトチップを齧りながら、桃花に疑問を呈した。

「う~ん、どうだろう…。正直かなり心配だけど、ちょっと様子見てこようかな。」

不安げな桃花を、栞は押しとどめた。

「まぁここは、翔さんに任せようよ。サプライズしようとしてくれてるみたいだしさ。」

そのサプライズが桃花は不安だった。翔はいつも、つい手の込んだことをしようとして、その結果だいたいいつも失敗している。

「なんか隣の部屋のほうから“ガンッ、ガンッ、ガンッ”って工事音みたいな音聞こえてるけど、本当に大丈夫やろか…。」

沙織が翔の部屋との間の壁に耳をあてて聞いている。

「あ…多分、翔さんが調理を始めたんじゃないかな…。」

「えっ、まじか…。」

それまで楽観視していた栞だったが、隣から聞こえる工事音のような音に、彼女の顔も少し青ざめた。

それから30分ほど後、桃花の部屋のインターホンが鳴った。嬉しそうに白い平皿を抱えた翔が桃花の部屋へやってきた。

「こちら、“シャコとカッペリーニの白みそ風味”です。」

イタリアン料理店でウェイターが食事をサーブするように、翔は仰々しく女子高生三人に自身の腕を振るった一皿をそれぞれの前に置いた。

「えっと…、カッペリーニといえば、天使の髪と称されるような細いパスタですよね…。」

「おっ、さすが。桃花ちゃんは良く知ってるね。」

「なんか…麺がくっ付きまくって、ごくぶと麺みたいになってるんですけど?」

栞は悲しそうな表情に変わり、変わり果てたカッペリーニを箸で持ち上げた。

「まぁまぁ問題は味やろ?食べてみないとわからへんて。」

「おっ、たまには沙織もいいこというね!」

沙織は勢いよく、白みそで汚されたシャコとカッペリーニを箸で持ち上げ、一気に咀嚼した。

最初はもぐもぐとテンポよく噛んでいた沙織は、だんだん噛むスピードが遅くなり、最後は口に含んでしまったそれを、どう処分しようかといった表情で「ゴクンッ」と無理やり飲み込んだ。

「どうだ、沙織?おいしいか?」

翔の問いかけに、沙織はさきほどと打って変わって、テンションだだ下がりの淀んだ目をして答えた。

「そうですね…。作ったやつに…、かーっ、ぺっ!て唾を吐きつけたくなるような…酷い味でございました。」
「おいおい、カッペリーニだけにってか?丁寧語でそんなつまらないおやじギャグまでついて、どこか具合でも悪いのか?」

「あんたの作った料理のせいだ!バカやろーっ!」

沙織は麦茶の入ったコップを一気に口に含み、口の中をすすいだ。

翔の作った“シャコとカッペリーニの白みそ風味”は、風味というよりも、白みそをそのまま練り合わせたものに近かった。えづくほどに胸をつくような白みその濃い味がするだけである。

「まぁまぁ栞も食ってみろよ。」

翔に誘導され、栞は控えめな一口サイズを口に放り込んだ。
三回ほど噛んだとき、「ぼりっぼりっ」と固い異物の混じったものを噛んだ時の音が聞こえた。

栞は“おいっ、何か入ってんぞっ!”と訴えるような表情でこちらを見ている。

「もしかして…翔さん、ちゃんとシャコの皮とか足とか取りましたか…?」

桃花が不安そう翔に尋ねる。

「あぁとったよ、大体はね。でも、何匹かは見栄えがいいように、殻も足も取らずにそのまま混ぜたけど。」

翔が箸でだまだまになった麺を探ると、どろどろの麺の下に埋もれるように、無残な姿のシャコが発見された。

なんとか引っ張り出すと、シャコの顔の部分が外れ、どす黒い色の体液を出しながら現れた。

灰色の筋が入った身体から、謎の体液と無数の脚がだらしなく垂れているそれは、どう見ても人に不快感を与える種類の虫に見えた。それを見た瞬間に、栞はバスルームへと駆けて行った。

三人ともなかなか翔の作った料理に箸が進まず、一人ずつ皿に取り分けられたカッペリーニを、沙織は気合で飲み込み、栞は少し手をつけては吐きそうとトイレに駆け込んだ。

桃花は最後まで食べきろうと努力したが、「もう…無理です。」と目に涙を浮かべながら、何度も「ごめんなさい!」と謝った。

それは作ってくれた翔に対してか、それとも、哀れな食材たちに謝ったのだろうか。

どちらにしても、翔は申し訳ない気持ちになった。食べきれなかった残りは、翔が責任をもって持って自室で一人寂しく食べた。

そのあとお詫びにと、「お泊り会の夜食にでもしてください」と告げ、翔はケンタッキーのパーティーボックスを桃花の部屋に届けて自室に帰っていった。
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