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1.お題「天然」「憎めない」
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駱(らく)は当初からポンコツだった。
予感はあったのだ。何しろ段ボール箱で配達されたあいつは、難解な説明書と格闘して組み立ててみればネジが一本余っていた。音声認識機能も上手く働かず、しばしば俺の指示を聞き間違えて突拍子もないことをした。英語の勉強をしようと英語で話しかけてみたら、「philosophy」をどうしても聞き取ってくれず「フィット・ソフィーについて知りたいのですか?」なんて日本語で問い返してくる始末だった。ボディは強靱なのかもしれないが、無闇にモノを破壊したり人間に危害を加えたりすることのないよう設定されているとかで、活かされる機会は滅多にない。組み立てて初期設定を終えるまで、そして共に暮らし始めてから、何度ヘルプデスクに連絡したことだろう。しかもヘルプデスクはお世辞にも親切とはいえず、大抵の不具合は最終的に自分で修繕した。そうでなければ、致命的でなければそのまま放置せざるをえなかった。
「まあ、このくらいどうってことないですもんね。個性ってやつです」
俺と会話を繰り返すうち、砕けた喋り方を掴んできた駱は、おっとりと肩をすくめたものだった。確かあれは手のひらの人工皮膚が破けてしまったときだ。
「自分で言うやつがあるか」
俺はため息をつきながら駱の手のひらにハンカチを巻き付けた。駱の表面には、内部機構には、そういう俺の印がいくつもある。だから似たような機体が並んでいても見分けることは容易かった。いつだって俺は間違いなく駱の手をとることができた。子どもにそうするように手を引いて歩いた。目が離せないからずっと一緒にいた。
便利に使うつもりが手の掛かる家族が増えてしまった――そう思っていた。
思っていたのだが。
「聞いてください秋平さん。ご近所の田中さんたら、僕たちのこと長年連れ添った老夫婦みたいだなんて言うんですよ」
駱が顔回りの髪を耳にかけると、耳元でイヤリングがしゃらりと揺れた。両耳に付けたこれが駱の聞き取りを補助している。まだ聞き違えは多いが、コミュニケーションはずいぶん円滑になった。
「秋平さんはそんな歳じゃないのに、ねえ?」
俺はといえばこのところ、駱がたんぽぽの綿毛みたいにふわふわ笑うたび、思い切り抱きしめたくなる病にかかってしまった。正直なところ困っている。持ち主の俺に無邪気にひっついてくる駱を、持ち主だからといって好きにしていいものか。
(いいわけあるか)
少なくとも単なる「持ち主」以上の感情があることを理解してもらわなければ。
「駱」
「はい」
見上げてくる駱の瞳を勇気を振り絞って見つめ、汗をかく手で駱の両肩を掴まえた。
「俺は、お前となら夫婦になってもいい」
「秋平さん――」
駱は硝子のような瞳をまんまるにする。実際にそういう素材で作られた双眸なのかもしれない。
「干支奈良風とはなんですか?」
「わざとじゃないだろうな!」
俺はがくりと肩を落とす。駱が小動物のように小首を傾げた。
「僕、また間違えましたか」
声音に不安の色が滲む。俺は駱の手を握る。手を握ることは、できる。俺が修繕した人工皮膚はひきつれて傷跡のように残っていた。駱はしばしば宝物のようにそれを撫でては眺めている。
「別に。……追い追いまた教えてやる」
駱は当初からポンコツだった。けれどどうしようもなく――憎めないのだ。
(了)250125
予感はあったのだ。何しろ段ボール箱で配達されたあいつは、難解な説明書と格闘して組み立ててみればネジが一本余っていた。音声認識機能も上手く働かず、しばしば俺の指示を聞き間違えて突拍子もないことをした。英語の勉強をしようと英語で話しかけてみたら、「philosophy」をどうしても聞き取ってくれず「フィット・ソフィーについて知りたいのですか?」なんて日本語で問い返してくる始末だった。ボディは強靱なのかもしれないが、無闇にモノを破壊したり人間に危害を加えたりすることのないよう設定されているとかで、活かされる機会は滅多にない。組み立てて初期設定を終えるまで、そして共に暮らし始めてから、何度ヘルプデスクに連絡したことだろう。しかもヘルプデスクはお世辞にも親切とはいえず、大抵の不具合は最終的に自分で修繕した。そうでなければ、致命的でなければそのまま放置せざるをえなかった。
「まあ、このくらいどうってことないですもんね。個性ってやつです」
俺と会話を繰り返すうち、砕けた喋り方を掴んできた駱は、おっとりと肩をすくめたものだった。確かあれは手のひらの人工皮膚が破けてしまったときだ。
「自分で言うやつがあるか」
俺はため息をつきながら駱の手のひらにハンカチを巻き付けた。駱の表面には、内部機構には、そういう俺の印がいくつもある。だから似たような機体が並んでいても見分けることは容易かった。いつだって俺は間違いなく駱の手をとることができた。子どもにそうするように手を引いて歩いた。目が離せないからずっと一緒にいた。
便利に使うつもりが手の掛かる家族が増えてしまった――そう思っていた。
思っていたのだが。
「聞いてください秋平さん。ご近所の田中さんたら、僕たちのこと長年連れ添った老夫婦みたいだなんて言うんですよ」
駱が顔回りの髪を耳にかけると、耳元でイヤリングがしゃらりと揺れた。両耳に付けたこれが駱の聞き取りを補助している。まだ聞き違えは多いが、コミュニケーションはずいぶん円滑になった。
「秋平さんはそんな歳じゃないのに、ねえ?」
俺はといえばこのところ、駱がたんぽぽの綿毛みたいにふわふわ笑うたび、思い切り抱きしめたくなる病にかかってしまった。正直なところ困っている。持ち主の俺に無邪気にひっついてくる駱を、持ち主だからといって好きにしていいものか。
(いいわけあるか)
少なくとも単なる「持ち主」以上の感情があることを理解してもらわなければ。
「駱」
「はい」
見上げてくる駱の瞳を勇気を振り絞って見つめ、汗をかく手で駱の両肩を掴まえた。
「俺は、お前となら夫婦になってもいい」
「秋平さん――」
駱は硝子のような瞳をまんまるにする。実際にそういう素材で作られた双眸なのかもしれない。
「干支奈良風とはなんですか?」
「わざとじゃないだろうな!」
俺はがくりと肩を落とす。駱が小動物のように小首を傾げた。
「僕、また間違えましたか」
声音に不安の色が滲む。俺は駱の手を握る。手を握ることは、できる。俺が修繕した人工皮膚はひきつれて傷跡のように残っていた。駱はしばしば宝物のようにそれを撫でては眺めている。
「別に。……追い追いまた教えてやる」
駱は当初からポンコツだった。けれどどうしようもなく――憎めないのだ。
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