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初めまして、さようなら
しおりを挟む「トルシエ・ビランコ公爵令嬢との婚約は破棄となった!
他の令嬢へ対する嫌がらせなども、もう目を瞑る訳にはいかなくなった!
よって、辺境の修道院へ送致することが決まった!」
舞踏会の真っただ中しかも皆が注目するオペラ座の様なバルコニー大階段で、王太子殿下が婚約破棄を言い渡し、それを冷静に見つめる気の強そうな令嬢がトルシエ・ビランコだった。
そして王太子殿下の後ろには、さっきぶつかってきた令嬢がチラチラと見ながら隠れていた。
「殿下、聊か場違いな発言でございましょう。
貴族会で周知されれば宜しいものを……、愚かな妹がしでかした事ではありますが、ここは舞踏会。
皆が貴族として交流する社交の場でございます。
時と場所を弁えて頂けないでしょうか?」
なぜか悪役令嬢トルシエのお兄様であらせられる、小公爵様サイアス・ビランコにエスコートされて、先ほどの『バカだろ、お前』を暗に含んだ発言をしながら会場の中心辺りに連れて行かれた。
王太子殿下にこんな口を聞こうものなら、不敬罪、侮辱罪、その他もろもろ王族へのなんちゃらで処刑って事になってもおかしくないだろうよ。
エスコトートと言う名の拘束で、ガクブルする足を止められず付き従うしかなかった。
「サイアス!貴様」
「はいはい、妹は破棄されても仕方ないほど、愚かではあります。
ですがね、こんな公の場で辱められるほどの罪では無いと思うんですよ」
王太子殿下は小公爵様のひと睨みでその口をへの字にしながら黙り、件のトルシエ・ビランコ令嬢は自分の兄を扇越しに見据えていた。
既にこの国の宰相補佐を担っている小公爵様だから、こんな無礼な発言が許されていることは推察できだが、それにしても辱めるって部分ではこの発言も大差ない気がした。
「殿下は妹の悪行の真偽を確かめてからの発言でございますか?」
「そうだ! そこの令嬢も先ほど被害を受けていたのをこの目で見たのだから、言い逃れは出来まい!
サイアスも同じく目撃したではないか!」
僕の事を指して、ドヤ顔で言っていた。
王太子っていくつだっけ?
確か僕の四つ上だから、二十一歳じゃん。
サイアスは王太子より三歳上の二十四歳だから大人っぽいけど、国を代表する人がこんなので大丈夫なのか?
そう、被害者って言われてる僕は、その『被害をうけた令嬢』って事で今猛烈にヤバい状況なんだった。
だって、ねぇ、僕なんだから。
慣れないドレスを捌きながら、これまた慣れないハイヒールを履いて、目的の人達の所へ近づこうとした時、どこかのご令嬢がふいにぶつかって来て、盛大に転んでしまった。
「い、ったー」
ぶつかって来た令嬢は謝罪もなく、僕が向かおうとしていた人の側へ擦り寄って行った。
「貴方、早く医務室へお行きなさい。
そのままではせっかくのドレスがダメになるわよ」
頭上から声がしたけど、転んだ拍子に頭を打ったわけでも無いのに、急に頭痛がして今の自分が誰なのかさえあやふやな感じになっていた。
「貴方、這いつくばるのがお好きなのかしら?」
そう言われて顔を上げると、どこかで見たことあるような、いかにもヒステリックな美人がいた。
「……」
誰だろう、この人。
思い出せそうで思い出せない。
四つん這い状態で膝は痛むし、手は若干皮が剥けて血が滲んでるし、これはどう考えても転んだんだ、と再認識しながらあやふやな感じを拭おうとしていた。
磨き抜かれた床は、相手と自分の姿をうっすらと映し出していた。
「何とかおっしゃい!」
口元に扇を当ててイライラと声を荒げている姿に、あ! と思い出した。
「悪役令嬢のトルシエ・ビランコ!」
「はぁ?!」
バシッて頬を叩かれた。
「あ」
「え、なんで?」
叩かれた勢いで乱れた髪色は、見たこともないピンクの髪が目に入り、そして良く見知った顔が床に映っていた。
「あれ、え?」
その時、走馬灯のように見覚えのある場面とか、自分が乙女ゲームをしてどのキャラを攻略するだとか、ゲームに夢中になりすぎて歩きスマホの末、駅のホームから落ちて頭を打ち付けた瞬間が蘇って来た。
「あ、あぁ、うそだろ」
思い出した。僕は結構な数のフォロワーを持つ、メイクで別人のようになる男で、イケメンにも不細工にも、そして女の子にもなるコスプレイヤーだった。
そして、この悪役令嬢はホームから落ちる直前までやっていたスマホゲームの登場人物、だからその中のキャラなのかと思い出してはみたものの、どのキャラでもない僕は僕だった。
つまり、これって、登場人物の誰かに憑依とかじゃなくて、僕自身がここにいるって事だった。
コスプレはよくしてたけど、登場人物的な感じでいきなり叩かれるとか勘弁してほしい。
「ちょっと! 聞いてますの? そのケガ」
「あ、はい、頑張ってください!」
かみ合ってないけど、この場は逃げるに限る。
呼び止めるのと同時に、何か言ってたけど僕にはこの場から離れて、現状確認をする必要があった。
ここが乙女ゲームの世界で、いわゆる異世界転移ってやつなのか、それともただの夢か何かのオチなのか。
なぜ女装して、いやコスプレしてるのか。
だって、中身はキッチリ男だったからだ。
走りづらいけど、この中世ヨーロッパの舞踏会でしか着ないようなドレスをたくし上げて、その場からハイヒールで全力疾走をした。
走ってるときに、きゃ、とか、うわ、って声が聞こえてきたけど、知りませーん。
明日には違う顔してますー、って思いながら走り抜けた。
建物の外へ出ると、どっかの国立公園みたいに整えられた庭に、お行儀よく植えられた花々と、程よく隠れるように作られた生垣が、ゲームの中のスチルを思い出させた。
それどころじゃないのに!
その中をハイヒールで走ったら、ボツボツと指で円を作ったくらいの穴を掘り起こし点々と跡を残していた。
取り敢えず乙女ゲーに有りがちな花が咲き乱れている場所を回避して、建物の裏側の物置みたいな場所の陰に落ち着いた。
「待って待って、この状況って何?」
思わず声を出してしまったけど、すぐに声を潜めた。
どんなに整理してみても、この世界の記憶は乙女ゲームのそれだし、自分の立ち位置は役名も無いような平民に近い子爵家の三男でごく潰しと言われる立場の令息、という記憶が残っていた。
しかも色々とメンドクサイ事情を抱えた、所謂、いじめられっ子で家督を継ぐわけでも無いから貴族としても微妙な存在だった。
「僕なんで女装なんかしてんの?
なんでトルシエに叩かれてんの?」
よくよく思い出すと、この格好で貴族のパーティに行ったら一生暮らすのに困らないお金をくれるって父親が言ってたんだ。
「なんでだっけ、えーっと、あ、公爵、そうだ! 公爵家! そこの誰でも良いから繋がりを持てたらって話だ!
それってビランコ家じゃん! 悪役令嬢トルシエに次期宰相サイアス、それに……確か下の弟は騎士団に入ってヒロインの為にたくさんの令嬢を排除したんだよな。
ヒロイン補正って言うのかなんか分からないけど」
こんな事、自分たちでやれよって言いたかったけど、三男と言う立場は将来の見通しも無くてお金だって何かしらの手段で稼がないと食べて行けないから、言われた通り女装をして舞踏会に行ったんだった。
バレたって勘当したとか、こういう趣味なんだって言われてしまえばそれで終わる程度の立場だった。
女装して近づける相手は、やっぱり当主か令息だろって思って歩き出した途端、なんでかぶつかって来られて転がされたんだった。
昔いたよな、タックル男。でも、あの時のは女だった。
その衝撃でなんか記憶が? いや、憑依した? 現実世界じゃないから憑依もなんか違う気が……、表現が難しいけど精巧なVRゲームに入った攻〇機〇隊みたいな気分だった。
「えーっと、結局のところ公爵家に近づく事は出来なくて、どっかの令嬢にぶつかられて転んだからどうにも出来なかったし。
さて、どうしよう。
これってゲームのエピソードでもないし、ゲーム知識でどうにか出来る話じゃなかったわ」
一人でブツブツ言いながら、頭を抱えた。
一応貴族だけど、大事な事だからもう一度確認するけど、三男という家名があるだけの平民と変わらないし、向こうで流行ってた異世界転生とか悪役令嬢がざまぁするやつとか、チートでどうにかするって選択肢もない。
登場人物ですらない。
詰んだ。
このままじゃ家にも帰れない。
いっそ、女装したまま生きて行く? 何を収入に? と自問自答をしてみたが、画期的な案は全くなかった。
「おい、お前」
「うーん、うーん、どうしよっかなぁ。
困ったなぁ」
「おい、そこの令嬢」
「あ、令嬢なら居ませんよ」
所謂ヤンキー座りの状態で地面に向かって唸っていると、令嬢に声を掛けるナンパヤローが建物の裏に来たみたいだった。
ヤリタイ年ごろだもんな。
でもいまここは僕が考え事するために見つけた場所だから、向こうでやってくれないかな。
鬱陶しくて見上げれば、コスプレでやりそうな銀色に紫が入ったような髪色に、ビー玉みたいに角度によって見え方が変わる色合いの瞳の美形が僕を覗き込んでいた。
「令嬢、お前だ、お前」
なに、この美形なのに口も性格も悪そうなやつ。
「……、令嬢はいませんよ」
「お前が令嬢じゃなければ、この城にどうやって潜り込んだんだ?]
「あ、僕か……、え?」
一応招待状はあるけど、あくまで三男である僕への物だ。
それを明かせば、この女装についても言及されるし、大体この人、いやこの方は小公爵様じゃないか。
なんでここに来てんだよ。
「トルシエから怪我人がいると言われて来たのだが、お前の様な令嬢は見た事が無い。
どこの家門の者だ?」
「あ、えっと、その、ですね。
実は、令嬢じゃなくて僕なんですよ」
誤魔化しきれなくて、とうとう白状した。
髪は地毛だしここでメイクを落とすわけにはいかないから、ガバッとスカートをめくって中の下着を大胆に見せると、小公爵様は真っ赤になって目を背けた。
「同じ男ですから、ほら、ね」
修学旅行の時なんか、毛が生えたの薄いだの濃いだのと見せっこするから、その現代っ子のノリでパンツまで下げて見せた。
「お、お前、は!」
真っ赤になりながら小公爵様は僕の手をスカートから外させると、言葉にならないくらいの勢いで怒鳴られた。
「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」
これがふじこるってやつかぁ。
次期宰相と言われてる小公爵様でもこんなに焦るんだ。
「まぁまぁ、落ち着きましょうよ」
「お、お前が言うな!」
肩でぜいぜいと息をする小公爵に、肺活量少ないんだな、とか思ってしまっていた。
「僕、もう帰りますから、また今度、どこかでお会いしましょう」
にっこり笑ってカーテシーをして立ち去ろうとすると、その手を掴まれた。
「何故女装してるかは聞かない、ちょっと来てくれないか?」
目は笑ってない。怖い。
「え、急いで」
「女装してるお前の家門、子爵家のザンダースだろ?
確か三男がいたよな」
っげ! 何で分かった?
「その髪色、歳、そして男である事、更にその顔立ちは、視察で行った学園祭で見た記憶がある」
あーこのピンクの髪って、そうなんだぁ。
って事は最初から追い出すのが目的だったって事か、と合点がいった。
「どうした?」
「あ、いえ、ちょっと事情を鑑みてまして……」
子爵家なんてカツカツだろうけどさ、これはないんじゃないかな。
「まぁいい、とにかくそのケガの手当をしたら、一緒に会場へ戻って貰おうか」
「え、やだ」
「その事情は私が何とかしてやる。
せっかくなんだから、エスコートをして会場に戻ろうか、なぁ、ザンダース家のご令嬢?」
怖い怖い怖い! その事情ってどんな事情か分かってんのかよ!
「え、いやぁ、事情なんかナイデスヨ。
お家に帰るだけですから」
「帰る家ねぇ?」
あ、察し。
「わっかりました!!」
「では行こうか、令嬢」
そう言うと僕を軽々とお姫様抱っこをして、医務室へ連れて行った。
そして、イマココ。
医務室には退屈そうにしたデス◯ートの登場人物みたいな隈作ってる人がいて、手をかざしただけで傷が治ってしまった。
え、これって魔法?
このゲーム魔法があったっけ?
そして治療を受けた後、ご丁寧にお着替えまで用意されてた。
もちろん、ドレス。
洗練された感じのレースがメインで、ブルーホワイトの光沢のある生地で作られていた。
いつの間に準備されていたんだよ?
しかもサイズピッタリだし!
取り敢えず着替えて乱れた髪のセットをするために侍女を呼んでくれて、着て来たゴテゴテのドレスは廃棄になった。
ドレスの流行りなんか分からなかったけど、かなりダサい。
頭の弱い子みたいなデカいピンクのリボンがあらゆるところに付いていて、まるでピンクのお化けだった。
こんなの着て来るなんて凄い勇気だな。
それなのに、トルシエは『せっかくのドレス』と言ってくれたんだ。
いい子じゃん。
「サイアス様、ご準備が整いました」
侍女が扉を開けて小公爵様を部屋へ招き入れると、少し顔を赤くした。
「お前って、ほんと」
「なんですかぁ? ちゃんと着替えましたけど」
少しからかい気味に聞いても答えは返って来なかった。
気を取り直した小公爵が肘を軽く僕の方に突き出したので、そこに手を添えて一緒に会場へ向かう事にした。
で、最初に戻る、だ。
「目撃したのは、こちらの令嬢に殿下の後ろにいる令嬢がぶつかりに行った所からですが?」
ぶつかりに行ったと、ぶつかったでは大違いだ。
「あ、いや、そんな事はない!
そこの令嬢が倒れたにも関わらず、頬を打っていたではないか!」
あの距離じゃ僕たちのやり取りは聞こえてるはずがない、それなのに決めつけてるのに不信感が生まれた。
もしや殿下、それは捏造と言うのでは?
「あの、発言をお許しいただけますか?」
僕はゲームで鍛えたマナーと会話で切り込んだ。
会話は選択肢だから、その一文を思い出しながら、色々と繋ぎ合わせてみた。
「許そう、申してみよ」
「トルシエ嬢は私を介抱しようと言葉をかけて下さいました。
ただ、私が驚いてしまい、トルシエ嬢にとても失礼な言葉を言ってしまって、それを諌められたのです。
決して意地悪でも嫌がらせでもありませんわ」
小公爵様の思惑を汲み取ったのと、やっぱり悪役令嬢からのざまあが無いとね。
それに本当にトルシエは僕を気遣ってくれたし、小公爵様まで駆り出してくれたくらいだしね。
ツンデレなんだって分かっちゃったし。
悪役令嬢なんて面と向かって言われたら、誰だって嫌な気持ちになるだろ、彼女はそれが平手打ちだっただけだ。
やらないに越した事はないけど、そこはまあ、これまでの我儘からかな。
でもちゃんと後悔した顔を覗かせたから、僕はゲーマーとして許す!
「寧ろ、そちらの令嬢が私に、……とても痛くて、血が出るくらいでしたわ」
タックル女、許さねー。
「私もそこから見ておりました。
謝罪もないとは、しかも助け起こしもせず、私たちビランコ家と殿下の間に割り入って来るとは」
そこまで小公爵様が言うと、さすがに、殿下もあれ? って顔をした。
「酷い、トルシエ様ったらこんなお芝居をさせる方を雇ってまで、私を陥れようとしてるんですか?
リチェルカは、リチェは、悪くないもん!
アリステリア様だってそう言ってくれました!」
殿下の腕にしがみついて、その後ろからウルウルした目でそう言うと、一瞬だけどなんかクラッと来た。
「う、」
その場にいた他の男性たちから、何となく彼女が可哀想だと言う声が出始めた。
関わりがない男性が? なぜ? おかしくね?
「は?」
あ、これざまあ系にある魅了魔法だ。
エスコートしてる小公爵様を見やると、口を引き結び唇から血を流していた。
「え、おい、じゃなくて、サイアス様?」
「ふぅ、大丈夫だ、これではっきりしたな。
あの準男爵令嬢を禁止魔法を使った罪で拘束しろ!」
サイアスが声を上げると、医務室にいたあの人が現れて、パチンと指を鳴らすとリチェルカだかリュウチェルだかは拘束された。
「やだ、やだ! なにこれ!」
殿下の後ろから引き摺り出されるように出て来た女は、正直、それほどでもなかった。
つまり、普通。
良くも悪くもなく普通。
十人並とか平凡と言われるタイプだった。
「恐るべし、魅了魔法」
思わず出た言葉に、小公爵様は肩を振るわせた。
「笑わせるな、口の中が対魔法アイテムで切れて痛むんだから」
これまでと違って、柔らかい口調で口角をあげるサイアスに、心臓が跳ねた。
「さて、殿下にもコレを使いましょうか」
エスコートした腕を下ろし、バルコニー大階段の所に行く小公爵を見ると、その手には小さな針のようなものが見えた。
魅了魔法でぼんやりしてる殿下の口を開けさせると、舌の上に置いて口を閉じさせ、思いっきり平手打ちをした。
当然ながら会場はざわついた。
えー!!
ヤバくない? ヤンキーの喧嘩じゃないんだから!
「っだー!! クソッ! サイアス!」
ベッと血を吐いた殿下に小公爵様は、目は覚めましたか? と聞いた。
「ああ、覚めた、しっかり覚めた!
もっと他に方法はなかったのか?」
「殿下が可愛い妹を辱めるからですよ。
いくら分かっていた事とは言え、この場は無いでしょう」
想定内の婚約破棄?
「いや、すまない。
あの時はそうしなきゃいけないと、あの女に言われたんだ」
「わざわざ、舞踏会でですか」
「皆の者、犯罪者の捕縛は完了した!
引き続き楽しんでくれ、そして、先程のトルシエ嬢との破棄はこの為の演技だ!」
なんだこの茶番は。
ゲームの内容と違うし、いくら演技とか繕っても、どうかと思う内容だろ。
「あの、」
「ああ、君がサイアスの婚約者か!
驚かせてすまない。
準男爵令嬢の行動が目に余るとトルシエ嬢から苦言を貰っていたのだが、おかしな事にそれがなぜ悪いのか、と理解できない感情に支配されがちで、サイアスが策を巡らせたのだ」
そこへ距離を置いていたトルシエ嬢が近づいて来て、手に持った扇で殿下の横っ面を殴り飛ばした。
バッチーン!!
「ぐっ!」
彼女の扇は少し反るだけだってたけど、殿下の頬はかなり腫れ上がった。
ナニソレ、鉄扇か何か?
「私、破棄でお願いしますわ。
愚かな妹で申し訳ありません、お兄様」
「それで良いのか?」
「はい、こんな愚か者の私より、お似合いの素晴らしい方がたくさんいらっしゃいますわ、ねぇ? 殿下。
準男爵令嬢だけではございませんでしたもの。
お取り巻きの方々からお選びになって下さいな」
あー、殿下、魅了魔法の前にクズじゃん。
「分かった、あとの事はこの兄に任せなさい」
「よしなにお願いいたしますわ」
トルシエ嬢は僕をチラリと見て、扇の向こうでふふっと笑いながら会場から出て行ってしまった。
「さて、殿下。
先程の宣言通り、婚約も破棄されました。
次の候補の方が、政務も熟ると宜しいですね」
「ま、まて、待ってくれ!
こんな事は話してなかったではないか、それにトルシエ嬢が決裁を」
「ええ、ですから私が宰相補佐をしていたんですよ。
妹が政務をし、貴方が複数の令嬢と関係を持って遊んでいるから、国民のために支えて来たんです。
今をもって、婚約破棄、宰相補佐辞任、そしてビランコ家は隣国へ移住いたします。
既に手続きは終えておりますので、悪しからず」
腫れ上がった頬を押さえながら、目を剥く殿下に、更にもう一言小公爵様が付け加えた。
「破棄になった暁には、隣国の王妃にとトルシエは決まっております。
努努、引き留めもしくは邪魔だてしようなんてお考えなさりませぬよう、お願いいたします」
隣国の王妃かぁ、それじゃ殿下より格上だもんな。
「では、お暇させていただきます」
「あ、では、初めましてでしたが、さようなら」
小公爵様のエスコートで再び歩き出すと、人々が自然と割れて道が出来た。
「さて、隣国で私たちの婚約式をしようか」
「は? 何言ってんの?」
僕より頭半分程高い小公爵様の顔を見上げると、顔を赤くしながらも柔らかい笑顔で見つめられていた。
事情を解決ってこれかよー!?
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