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本編
0.プロローグ
しおりを挟む「なぜこれが必要なのか、理由を言え。
この家の中なら他の誰に聞かれるわけでもなく、遠慮なく言えるだろう」
シリウスは、手の中の深紫色に美しく輝く滴型の石を黒い箱に納めて、テーブルの上に置いた。
……その石は『夕闇鳥の涙』と呼ばれる、非常に希少価値の高い魔法石だった。
その、重く響く低い声。
見上げるような高い背に、濃い褐色の肌、漆黒の髪、そして全身黒づくめのその服装は、見慣れない者ならばきっと怖気付いてしまう事だろう。
でもエリンは、シリウスを怖がりなどはしないし、したくもない。
……エリンを見つめるシリウスの深紫色の瞳は、とても真剣なものだった。
確かに、全額が返ってくる確証もないのに、夕闇鳥の涙というこんな高価なものを、さして親しくもない自分になんか譲ってくれる訳がない。
観念したようにエリンは大きく深呼吸をして、シリウスを、その大きな緑色の瞳で見つめ返した。
「……実は、知り合いの冒険者の人が、実家の家業がうまく行ってなくて今すぐお金がいるみたいで。
でもまとまったお金なんて私も持ってなくて、すごく困ってるんだ」
心底困った様子で、エリンは長い睫毛を伏せて溜息をついた。
シリウスなんかに弱みなど見せたくはないが……。
ありのままを話さないと納得してもらえない事とは分かっていた。
しかし当のシリウスはと言うと。
いつも通りの無表情で、エリンを真っ直ぐに見て来る。
(反応無さすぎて辛い……。
でも、こいつに頼まないと何も進まない)
不意にシリウスから、少し前に言われた言葉を思い出した。
『それが人にものを頼む態度か』
ーー確かにそうだ。
エリンが困ってようと、シリウスには何の関係もない事で。
ましてやエリンは、今まで散々シリウスに悪態とも言える行動を取ってきた。
シリウスに頼み事なんてひどく屈辱的だが……ここまで来て帰るのも、自分の矜恃に反する。
やがて決心をして、シリウスにも聞こえるような大きな溜息をついた後、エリンはようやく口を開いた。
「お……お願い。
お金は後から、少しずつになるけどきちんと返すから、夕闇鳥の涙を譲って」
まっすぐ射抜くような瞳で見上げて、シリウスに対し、屈辱的ながらもーー初めての『お願い』をした。
シリウスの目を、改めてじっと覗き込む。
深い紫の瞳はエリンを映しているが、その感情は何も読み取れない。
しばらく2人は見つめ合ったが……。
シリウスからの反応は何も無いので、エリンは肩を落とすと俯いてしまった。
自分の足元を見つめながら考える。
(お願いしても全然ダメじゃん、このまま諦めるしか……。
ううん。
約束の時間までもう少しあるから、ギルドで借りられるだけ借りたあと、お金の工面に他の冒険者さんを何人か当たれるかな)
このまま気落ちしていても時間は経つばかりだ。
シリウスに頼むのはもう諦めて、一刻も早く他を当たる事に決めた。
そして自分を納得させるように大きく頷くと、一つに高く結んだ金の長い髪が、さらりと揺れた。
やっぱり諦める、と言いかけた途端。
「その知り合いとは、男か?」
呟くような密かな声が、シリウスから聞こえた。
思わず。
ーーえ!?と大声をあげて聞き返しそうになるが、聞き返すことで気が変わられても困る。
エリンは無意識に……縋るようにシリウスの逞しい両腕をそっと掴んだ。
「そう男の人、その人私の恩人なの。
冒険者になって初めてパーティ組んだ人で、色々と助けてくれて、お返ししたくて。
だから譲って……お願い」
そう言って、期待に満ち溢れた潤んだ瞳で、小首を傾げながらシリウスをじっと見つめた。
とにかく、必死だった。
羞恥心もまだ僅かにあるが、もう一度真剣な目でシリウスの顔を見つめた。
「このまま何も出来なかったら、ずっと後悔しそうで。
お願い、します……助けてシリウス」
ーーついに自分から助けを求めてしまった。
最後の、お願いします、という言葉は少し震えてしまった。
これからシリウスとは対等な関係で居られるのだろうか?
そんな懸念もあるが、自分のプライドを捨てて必死に頼み込んだ。
相変わらず、シリウスは無言でじっとエリンの様子を伺っている。
……その視線の先は。
エリンの瞳からだんだんと下がり、今は何故かじっと唇を見つめているようだ。
もっとエリンがお願いの言葉を続けるのを待っているのだろうか?
(これ以上言えることが、何もない……)
シリウスに、あまりにもじっと唇を見つめられ、顔も気持ち自分の方に近づいてきたような気がして、エリンはたじろいだ。
本能的に逃げようとして無意識に一歩足を後ろに引くと、それに気付いたシリウスは、はっと我に返ったような様子を見せた。
「金は、払わなくて良い」
低く響く声は、何故かエリンをぞくりと身震いさせて来る。
顔をゆっくりとエリンの方へと近付けて……シリウスは、こう言った。
「お前の身体を差し出せば、くれてやる」
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