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本編
1.夕闇鳥の涙
しおりを挟む「はあぁ……」
エリンは、いつもの快活な雰囲気には似合わない、重い溜息をついた。
いつもは爛々と輝いているその大きな緑の瞳は、今日は珍しく物憂げだった。
一つに高く結んだ長い毛の先をくるくると指で絡めながら、濃い睫毛を伏せてそれをぼんやりと見つめている。
「エリンが溜息つくなんて珍しいね。
今回の討伐早く終わったみたいだけど、何かあったの?」
向かいに座るミーナが、暖かな茜色の瞳で、目の前のエリンを心配そうに伺っていた。
冒険者ギルドのカウンター脇にある休憩所で、2人の少女達が向かい合って腰掛けている。
遠目からも見を引く可愛らしい2人にチラチラと視線を寄越してくる男性は多いのだが、本人達は全く気付く様子も無い。
討伐を終えて報酬を受け取って帰ろうとしたエリンは、これから討伐を行う予定でギルドに来たミーナから声を掛けられた。
仲の良い2人は、ミーナのパーティのメンバーが揃うまで、カウンター脇の休憩所で少し話して行く事にしたのだった。
「ミーナがせっかく声かけてくれたのに、暗くてごめんね。
討伐自体は順調に終わったんだ……あのさ、ちょっとの時間でいいから、今聞いてくれる?」
エリンは澄んだ大きな緑の瞳で、無意識に上目使いでミーナを見つめる。
「もちろんだよ。
早く来すぎちゃってまだまだ時間があるから、他のメンバーが集まるまでで良ければ聞くよ」
親友の優しい言葉を聞くと、エリンはホッと一安心した。
一緒に楽しくおしゃべりをするだけでは無く、困っているときや落ち込んでいる時にもそっと寄り添ってくれるミーナを、エリンは内心尊敬しつつ頼りにしていた。
エリンが右手を軽く上げると。
2人の周囲は、透明に近い淡い乳白色の壁で円形に覆われる。それと同時に、周辺からのざわめきが完全に遮断された。
「エリンの防音壁の精度上がったね、すごいなぁ。だいぶ透明に近くなってる」
周囲を覆う防音壁を見回しながら、ミーナは心から感嘆の声をあげる。
2人の魔力は同じくらいの高さなので、ミーナはこの防音壁を感知は出来るのだが、自分で張ることはできなかった。
「ありがとう、でも自分なんかまだまだだよ……」
そう呟いた後にエリンは、とある人物の姿を思い出して忌々しげな表情をするが、ミーナはあえて見ないフリをした。
エリンは相変わらず毛先を人差し指でくるくると弄もてあそんでは、溜息をついている。悩んでいる時の無意識の癖だ。
「……もしかして、誰かに何か嫌なことでも言われた?」
再び心配そうな声で気遣うミーナに、否定の意味で首を左右に大きく振った。それに合わせて、癖のない真っ直ぐな金髪もサラサラと揺れて舞う。
その仕草が、エリンの童顔とも言える顔に相まって、自分よりも一つ年下なだけなのにまるで子供のように愛らしく感じて、ミーナは思わず微笑みを浮かべてしまいそうになる。
……しかし溜息をつくほど思い悩んでる親友の前で失礼かと思い、口元を引き締めた。
「今日の討伐ね、久しぶりに……キラさんと一緒のパーティだったんだ」
エリンの言葉にミーナは、茶髪に茶色の瞳、中肉中背の青年の姿を思い浮かべた。
キラ本人には大変失礼だが、これと言った特徴が無く印象が薄いため、最近会ってなかったせいもあるが、ミーナはキラの顔をぼんやりとしか思い出せなかった。
***
キラは、エリンが2年前の15歳に冒険者になって初めて組んだパーティのうちの1人で、それ以来エリンを気にかけては優しく声をかけてくれた。
キラの優しい性格のゆえか、討伐で一度も駄目出しをされたことがない。
内心不出来だと自覚した戦闘の後に出来を尋ねても、エリンちゃんの魔法上手だったよ、と言った感じで毎回褒めてくれるのだ。
その度に周りからは、優しい兄から溺愛されてる妹みたいと良くからかわれていた。
キラはエリンの長兄と同じ6歳年上で、確かに兄のような存在とも言えた。
連絡は、表紙に魔法石がついた『手帳』と呼ばれる魔道具で、専用のペンを使用して一定の範囲内の相手と文字で取る事ができる。
冒険者になりたての頃は知り合いがいなくて心細く、時には優しいキラに手帳で弱音を吐いたりした事もあった。
『エリンちゃんなら、大丈夫だよ』
その言葉に何度励まされたか分からない。
しかしここ半年くらいは、キラと一緒に討伐を行うどころか、ギルドでもその姿を全く見なくなってしまった。
固定のパーティでなければ、それ自体は珍しいことではない。
冒険者の中には、他の職と掛け持ちしている者もいるので、もしかしてギルド以外の仕事が忙しいのかも知れない。
ギルドに所属する冒険者は訳ありの者も多くいて、お互いの過去や身辺を探るのはあまり良くない事とされている。
キラはとても優しく穏やかなのだが、どこか人を踏み込ませない壁があった。
エリンは自分の事は話しても、キラの私生活について全く知らない。
顔を合わせなくなってしばらくして、手帳で近況をそれとなく尋ねたところ。
『最近忙しくて。心配かけてごめんね』
と、詳細以外の返答しか返ってこなかった。
今日久しぶりに会ったキラは少しやつれた様子で、目の下には隈もでき、戦闘の動きも前より鈍くキレが無いように感じた。
討伐の帰り道にエリンが心配で声をかけると……。
冒険者を辞める事を考えている、とキラに思いつめたような口調で知らされた。
***
そこまで一気に話終えると、憔悴したようなキラの表情を思い出し、エリンはまた溜息をついてしまう。
「そっか、キラさん辞めちゃうかも知れないんだね……。
理由って何か言ってたの?」
「うん、それが……。
実家の家業の商売が上手く行ってないみたいで。
まとまったお金が早急に必要なんだってさ」
キラが実家を手伝っていて、その業績が思わしくないことは今日初めて知った。
エリンの故郷の実家も雑貨屋を営んでいて、小さい頃からその手伝いをしてきたエリンとしては、キラの話が他人事のように感じられなかった。
エリンの実家の商売についても知っている優しいキラは、きっとエリンが心配をすると思って今まで話さなかったのだろう。
キラについての立ち入った話は、親友でお互いのことを良く分かり合っているミーナだけにしか言えない事だった。
「最後の方はちょっと冗談ぽく、夕闇鳥の涙でも手に入ればなぁっ、て言ってたけど。
もしかしたらキラさん、冒険者辞めてハンター目指すのかな……?」
夕闇鳥は深紫色をした巨大な魔獣で、倒すと、その鳥と同じ色をした非常に美しい雫型の魔法石を落とす。
それは『夕闇鳥の涙』と呼ばれ、富裕層の装飾品の需要を中心に、以前から高値で取引されていた。
ある時、非常に高い致死率の熱病の薬に、特殊な魔道具で加工した夕闇鳥の涙の粉を加えると、大幅に致死率が下がる特効薬となる事が判明してから、その価値は一気に高騰した。
猛毒の魔法を口から吐き、稀に人を喰らう事もある凶悪な夕闇鳥の討伐依頼は、昔はギルドの掲示板にごくたまにだが貼られていたらしい。
しかし、夕闇鳥の涙が高騰してからは、一攫千金を狙って夕闇鳥だけを狙う専門のハンターの組織が出来たためか、ここ最近ギルドへの依頼は全く無くなってしまった。
討伐で魔獣が落とした素材は、倒した冒険者の物になる。
夕闇鳥の涙が欲しければハンターに転職するか、運良くたまたま討伐の時に遭遇して倒すくらいだ。
しかし夕闇鳥は、単独で倒すには最高難易度と、Sランクの実力があっても確実に達成出来る保証は無い。SランクやAランクの者達でパーティを組んでも超高難易度と、非常に難関な討伐に位置付けられている。
もし今回組んだエリン達のパーティで遭遇したとしても、4人全員がBランクなので間違い無く達成不可能だったに違いない。
ハンターの組織に入るにはAランク相当の腕前でないと厳しく、今の疲れ切った様子のキラでは、言っては悪いが正直無理だろう。
「何か、役に立てないかなぁ……」
エリンにとってキラは、冒険者になった時から気にかけてもらった、恩人と言っていい存在である。
その恩人が初めて漏らした弱音のような言葉を聞いてしまい、エリンは何とかしたいとお節介ながらも考えてしまったのだ。
ミーナは「うーん」と唸って、言いにくそうに答えた。
「役に立ちたいって思っても実際問題、お金を貸すか、それこそあげるくらいしかできないかなぁ。
でも夕闇鳥の涙が手に入ればってことは、間違いなく私たちのランクの年収以上の金額だから、かなり厳しいよね……」
お金を渡すことは、エリンも考えていた。
だが、Bランクになりたての17歳の小娘の貯金など、たかが知れてる。
お金をギルドから借りる事も考えたが、高価な担保がなければ、まとまった金額は難しいだろう。
ーーその時。
エリンの背後に見えるカウンターのいつもと違う様子に、咄嗟にミーナは目を凝らした。
エリンもミーナの視線に気付き、周りを覆っていた防音壁を瞬時に消して、自身もカウンターの方へ振り返った。
するとそこには人だかりが出来ていて、その中心には……。
全身黒づくめの服を着た、とても背の高い男がいるのを確認できた。
「……何だ、あいつか」
エリンは拗ねたようにボソリとそう言い捨てて、ミーナの方へと向き直ろうとしたーーが。
聞こえてきた会話に、驚きの余り目を見開いて固まった。
「これが噂の夕闇鳥の涙かぁ、初めて見た!」
「流石だ……まさか一人で狩るなんて……」
「すげぇ、これ売ったら一体幾らになるんだ?」
多くの感嘆と興奮が入り混じり、カウンター周りは異様な熱気に包まれている。
……しかしその中でただ1人。
騒ぎの中心にいる黒づくめの男は、いつもの無表情で平然とした様子だった。
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