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ペットへの執着とその結末に、淫魔王は忠告を受ける。

1 アルカシス、古参王と過去を語る。

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 淫魔界の空は雷雲が拡がり、雲間で稲妻が走っている。数時間もすれば雨が降り出すだろう。
 自室で愛用のスーツに着替えているアルカシスは、自分が首輪を装着させた人間のペットがぼんやりと窓を見ているのを不思議に思った。他国王が城に滞在している関係上、窓を含めて無闇に顔を出さないよう伝えていたが、ペットはそれよりも空が気になるのかずっと視線を上に向けて雲間が拡がる空を見つめていた。

「空が気になるのかい?ショウ」

 ペット・彰を呼ぶとゆっくりとこちらに振り返り、彼は口を開いた。

「なんだが珍しいなって。雨なんて見るの、俺は久しぶりだったから、そろそろ降るかなって見てしまって」
「そうか」
「申し訳ありません。すぐに離れます」
「待ちなさい」

 そう言うと、アルカシスは窓に近づいて手を置いた。ゆっくりと目を閉じて小声で呪文を唱えると、そのまま窓から手を離した。

「これでいいだろう。好きなだけ見ていなさい」
「アルカシス様、今のは」

 アルカシスが窓に手を置いて呪文を唱えた時、彰は身体に違和感を感じた。今はもう無くなったが、アルカシスはおそらく窓に何か細工をしたのだろう。

「この部屋全体に結界を張った。窓の外から君の姿が見えるのを防ぐためだ。好きなだけ外を見ても構わないが、窓を開けたり扉を開けてはいけないよ。結界が解けてしまう」
「分かりました。ありがとうございます」

 恭しく頭を下げる彰をアルカシスは一瞥すると、赤いマントを羽織りそのまま部屋を後にした。



*   *   *

 自室の廊下を歩いていると、グレゴリー、アレクセイ、イヴァン、ユリアン、ニカライの5人がアルカシスを待っていた。主の姿を確認したグレゴリーは、アルカシスに言った。

「カラマーゾフ王は王の間でお待ちでございます。ご案内申し上げた時、やはりショウの事を聞いておられました」
「気にするな。あの王が欲しがっているのはせいぜい従順なペットだ。ショウの事を聞かれても、知らぬ存ぜぬを通しておけ」

 先日のエリザベータの話では、カラマーゾフ王はアルカシスのペットとなった彰に興味を持ったという。北国に到着早々、彼の部下が滞在期間延長を申請してきた。恐らく機会を見て、彰と接触を図る気だろう。
 現状向こうのペットは不在なのは把握している。無理な対面を図ろうとするなら追い返せばいい。危惧の必要はない。

「ショウは今は?」

 歩を止めたユリアンはアルカシスを真っ直ぐに見つめた。尋ねるユリアンの表情が硬い。彼は彰に一番感情移入する体質から、彼の事が心配なのがすぐに分かった。

「私の部屋で空を見ている。雨が見たいと言っていたから、部屋に結界を張っている。君達はカラマーゾフ王の言動に警戒しておきなさい」
「御意に。我が主」



*   *   *

 王の間には、豪奢な両肘掛けの椅子に腰掛け余裕の笑みを浮かべるカラマーゾフ王がいた。金色の肩である癖のある髪に褐色な肌色に顎のみに伸びる髭と精悍な顔立ちは壮年男性を想像し、大人の色気を感じさせる。カラマーゾフは部下を引き連れたアルカシスを見つけると、椅子から立ち上がり黒いマントから手を胸に置きお辞儀をした。

「やあ、アルカシス。久しぶりだな。君が最近手に入れたというペットも見に来たのだが、連れて来てはくれないのかい?」
「お久しぶりです。カラマーゾフ王。遠路はるばるご足労感謝致しますが、あれは今回の会談には不要故、鳥籠に入っています」
「鳥籠、ねぇ・・・。以外と甲斐甲斐しく面倒をみているじゃないか」

 二人は互いに握手を交わすと、それぞれ会談のために整えた豪奢な椅子に座った。アルカシスの背後には、グレゴリー以下5人の淫魔が控え、カラマーゾフにも部下の5人が背後で控えている。彰の不参加を知ったカラマーゾフは、それではと提案した。

「ならばこの会談が終わったら私にも見せてくれないか?君の始めてのペットを見てみたい」
「考えておきましょう。まずは会談から。これからの私達にも左右されますし」
「相変わらず付き合いが悪くてつれないなぁ。昔私の下に就いていた時と君は変わっていない。そんな君がペットを手に入れたと聞いた時は驚きはしたが興味も湧いたよ。・・・日本人のペットは、そんなに精気は美味いのかと、ね」

 カラマーゾフの目に狂気のような禍々しさが宿っているのを感じたアルカシスは剣呑に目を細めた。

「それこそ嗜好の問題でしょう?今回は100年前にも行った人間達の採集地域の確認では?私達は地域を決めて人間を狩っている。こうして定期的に私達が確認する事で争いを回避できるなら安い話」
「かつての師の食事に付き合う気はないのか、我が弟子は」

 冷たい奴だ、とカラマーゾフは嘆息した。
 淫魔達にも人間界で、人間を狩る上でのルールが存在する。彼等は人間の精気を糧として生きており、得る精気の匂いでペットとしての相性の良し悪しを決めている。すなわち性奴隷ペットというのは、彼等にとっては家畜そのものなのだ。
 淫魔達は人間の住む大陸を5人の淫魔王が管理できるように、支配地域を五つにカテゴリーしている。南国を治めるエリザベータはヨーロッパ地域、西国の淫魔王はアフリカ大陸、東国の淫魔王はアメリカ大陸地域、中央国のカラマーゾフ王は中東地域、インド地域、東南アジア地域、北国のアルカシスはロシア大陸と東アジア地域の人間をそれぞれ管理している。
 エリザベータが所用と言ってカラマーゾフ王を訪れた理由もこれだ。陸続きのユーラシア大陸をそれぞれ3人の淫魔王が管理するのは境界線上で揉める事もあるため、この3人は100年ごとに支配地域に変更がない事を確認し合っているのだ。

「今回も、貴方が中東、インド地域、東南アジア地域。私がロシア大陸、東アジア地域でよろしいですね?」

 アルカシスがカラマーゾフ王に支配地域を確認する。彼の了解を得ればこの会談は終了となる。しかしカラマーゾフ王はどこか納得がいかず、うーむと思案している。

「どうだ?アルカシス。この機会に支配地域を交換しないか?」

 カラマーゾフの提案に、アルカシスは怪訝そうに眉を顰めた。長く支配地域を変更していないのに、なぜ唐突に変更を提案してきたのか。

「理由を聞きたい、カラマーゾフ王」

 怪訝そうに理由を尋ねるアルカシスを、カラマーゾフはハハハと笑いながら答えた。

「大した理由はないさ。たまにはアジアの人間の精気を味わってみたくてね。君もたまには褐色人種の精気を味わってみるといい。特に中東の若い男は美味いぞ?」

 カラマーゾフは支配地域の人間の味を自慢するが、よくペットを取っ替え引っ替えしている身分でよく言えたものだとアルカシスは内心突っ込み、そんな彼の言葉に皮肉を込めて言った。

「そんなに精気が美味なら今度貴方が新しいペットを迎えた時に連れて来られては?それなら、私もペットを連れて来ましょう」
「ハハハ、私が最近ペットを手放したのを、もう知っているのか。情報が早い」

 スッと、カラマーゾフは目を細めた。

「かつて弟子だった君やあの子が私から離れてしまってからは、相性のいい子に巡り会うなんて全くなくなってしまったよ。精気が口に合わなけば、どんなに見目麗しい子でも摂取しても意味がない」

 カラマーゾフの言葉に、アルカシスはスッと目を閉じた。自分が知るかつての彼は一人の人間の男に愛を注いでいた。だが真っ当な愛だったのかと問われれば、そうではなかったかもしれない。彼はカラマーゾフとの閨の後には、ずっと怯えていたのをアルカシスは知っていた。
 回想したアルカシスは目を開けると、カラマーゾフを見据えた。

「噂は聞いておりましたが、貴方は変わりましたね。昔の貴方は、あんなに一人の人間を溺愛していらしたでしょう」

 かつてアルカシスは、カラマーゾフの弟子として中央国に滞在していた時期がある。その頃に一人だけ、彼が愛情を注いで止まないペットがおり、弟子だった自分はそのペットの飼育を任されていた。毎日愛情をかけて抱き続けた彼はそのペットと命の契約を結ぶつもりだった。
 しかし契約日にそのペットは自死してしまった。自死を知ったカラマーゾフは悲しみに暮れ、その悲しみは飼育を任されていたアルカシスへの怒りに変わり、しばらく彼の怒りを受け入れなければならなかった。死にかけたところを姉のエリザベータに助けられたことをきっかけに彼から距離を取っていたが、以降彼はペットを取っ替え引っ換えする日々を送っていると聞いていた。
 カラマーゾフは、昔溺愛していたペットの姿を思い出すと、遠い昔を思い出すように明後日の方を向いた。

「ああ、そんな時代もあった。未だに私は、あの子に変わる子を見つけることができないでいる。あの子が死んで年月が経っているのに、未だに私はあの子に囚われたままだ」

 カラマーゾフの言葉にはそのペットの死を未だ受け入れられない彼の心情が伝わってきた。それと同時にアルカシスは、目の前の古参王がどことなく老いたのではと思った。

「昔話は今は不要でしょう。それより、採集地域を本当に変更なさりたいとおっしゃるのですか?」
「というより、少し君のペットを味見したい。味見程度なら許されるはずだ。君から掻っ攫うわけでもあるまいし。君がそれでも拒否するなら、後ろの配下誰か一人からでもいい」
 
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