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彰、三神の目的を知る。
1 カラマーゾフ、ルシフェルと謁見する。
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「ルシフェル殿への謁見を申請したい」
氷に覆われた大地・コキュートスへ降下したカラマーゾフは、巨大な城門の前で訴えた。
北国で異変があったと部下から報告が上がったのは、カラマーゾフが帰城してすぐの事だった。彼のペットと部下一人が行方不明になり、アルカシスは姉のエリザベータとコキュートスに降りたという。
カラマーゾフは報告を受けて冷や汗を流した。
彼は、慎重に見えて実は闘神の血が通っている弟子が激情的な性格であり、狂人のように振る舞う事を知っている。前回降下した時コキュートスの最大統治者のルシフェルが仲介した事で、三神との争いは喧嘩両成敗で落ち着いたというのも彼が三神にキレたからだ。
そのため、今回はまずい。
彰と共に行方不明になったあの部下を、アルカシスは許さない筈だ。彼等との繋がりは不明だが、コキュートスに向かったのならば確実に命を奪う。あの人間は彼のペットだ。それも手塩にかけて世話と調教を直接施したと聞いている。彼にとって大切な存在を掠め取られたのだ。今回は死人が出るかもしれない。
コキュートスは三神の巣窟だが、闘神の血を引くアルカシスやエリザベータも血縁者がこの土地にいるだけに二人も力を解放して大暴れするだろう。あそこは人間界への影響がダイレクトに反映される地でもある。向こうへの影響を考慮すると、すぐにこの地の最大統治者へ謁見を申請して仲介してもらわなければならない。
カラマーゾフの声に応えるように、両開きの城の門はゆっくりと開く。その奥から、異様なオーラを放ちながら此方に向かう一人の男が現れた。
「よぉ、久しぶりだな」
男は門を出て、カラマーゾフと対峙する。見た目は壮年の姿だが、短い黒髪をオールバックに撫で付けた男は、黒いスーツに身を包み、タバコを咥えながらこちらに近づいて来る。
カラマーゾフの中で、この男と対峙することに全身に緊張が走った事を感じた。王である彼と敵対するのは自分には不利だ。しかし、今は彼に頼むしか、人間界への影響を避ける方法はない。
エリザベータではアルカシスを止めるどころか一緒に暴走する可能性が高いからだ。
「ルシフェル殿、用件を聞き入れたい」
「知っている。あの闘神の息子と娘だろ?」
やはり知っていたか。
彼等の情報は早い。目の前の男ルシフェルは、氷上の大地コキュートスを統べる王にして、邪神たちの中で一番神力が強い。既に把握しているならば話は早い。
だがルシフェルは、吸い切ったタバコをエチケット袋にしまうと、カラマーゾフに向き合った。
「残念だが、今回は諦めてもらう」
「ーー何だと?」
予想に反した回答に、カラマーゾフは目を見開いた。彼の反応を見ながら、ルシフェルは言った。
「今回はロキに譲って欲しい。俺からお前に伝えるのは、それだけだ」
「なぜだ。理由を聞かせ願いたい」
「お前ら・・・前回の時あの三人と派手に喧嘩しただろ?」
カラマーゾフとアルカシスは、彼等に騙され今回のようにユダを連れ去られた事があった。その後二人は、この地に降下し三人からユダを取り戻し淫魔界へ戻ったのだ。その後ルシフェルは、あの三人から仲介した事に抗議を受けたという。
「あの三人に人間を娶って子どもを作れと命令したのは俺だ。前回はお前の顔を立ててお前のペットは渡してやったが、今回はそういう訳にはいかん。お前たちばかり優遇するわけにはいかないし、三人は命令された役割を果たしているだけだ。あのペットをロキに渡す代わりに、俺が人間界で『魅惑の人』を見つけてアルカシスに差し出してやろう。今回お前には奴の仲介をやって欲しい」
「何だと・・・」
ルシフェルの言葉にカラマーゾフは呆然とする。慌てたようにルシフェルに詰め寄る。
「待ってくれルシフェル殿。それではアルカシスは精気を得ることができん。アルカシスも半分貴方がたに属する血があるのだ。彼を助けてくれ」
「だから『魅惑の人』を見つけてくると言っているじゃないか。『魅惑の人』ならアルカシスも精気を取り込んで問題はない筈だ」
「だが『魅惑の人』など、人間の中でそう何人もいない。数百年に一度しか現れない彼等を見つけるのは、我々淫魔族でも困難だ。そんな彼等を、貴方は一体どうやって」
「何もすぐとは言っていない。『魅惑の人』はその辺にある石ころから希少な宝石を見つけるように探すのが難しい事も承知している。その間、アルカシスにはその『魅惑の人』の精気を得ることも許可してやる。俺が見つけるまではな」
つまり、ルシフェルが見つけるまでは彰はロキとアルカシスのどちらのものでもないという事か?
冗談ではない。
それでは北国の治安に関わる話だ。自分もそうだが長く人間の伴侶がいない淫魔王は、魔力が強くても王としての資質を問われてしまう。過去、伴侶を見つける事ができなかった淫魔王は力を付けた他の淫魔に引き摺り降ろされ退位した記録も残っている。長く在位している自分も他の王が下剋上に遭った事も見知っている。自分の国も他人事じゃない。ユダを喪い最近まで死期が迫っていた自分も、他の淫魔から狙われていた。マナイアは人間界で治療中のため、まだ公表していないが、一段落したら『命の契約』を結ぶつもりだ。それまでに反乱の芽は摘んでおきたい。
カラマーゾフは悠長な提案をするルシフェルを見据える。淫魔族の特性を、知らない筈はない。しかし、なぜ三神に人間を娶れと命令したのか。
「ルシフェル殿、理由を聞きたい。なぜ貴方が、彼等に人間を娶るよう命令されたのか」
カラマーゾフの問いに、ルシフェルはタバコを一本取り出してゆっくり煙を吐き出すと言った。
「悪いがカラマーゾフ。それはお前が知らなくていい話だ」
「だが貴方の提案も、私が呑めるものでもない。理由を教え願いたい」
やれやれと、ルシフェルは内心溜め息をついた。最近まで餓死寸前の話があったのに、その当人は今息を吹き返したように突っ込んで来る。あの人間に代わるペットでも見つけたのだろう。
カラマーゾフは利己主義の淫魔族には珍しく、誰に対しても面倒見が良い一面がある。だがその面倒見の良さとは反対に、彼には驕りがあった。その驕りが、以前彼に譲った人間の自死に繋がったのだ。
ルシフェルはタバコを指に持ち換え、カラマーゾフを見据えて言った。
「前回はお前が『魅惑の人』を得ただろう?俺はいつまでも温情があるわけじゃない。判断は曲げん」
「だがアルカシスには、あの青年が必要だ」
提案を受け入れるつもりがないカラマーゾフの頑固さに、ルシフェルは呆れてしまう。
「逆に聞くがお前はなぜそこまであの人間をアルカシスに当てがうんだ?あれは確かにアルカシスに見初められて淫魔界に来たのは知っている。だがアルカシスはまだ『命の契約』を結んでいない。ならロキと夫婦になっても問題はないだろ」
その言葉に、カラマーゾフは何も言えなかった。
ルシフェルの言っている事は自分たちと彼等を仲介した上での判断だろう。現状彼の立場は中立だ。彼の立場からすれば、確かにそうだと納得せざるを得ない。
だが、アルカシスはどうする?
ロキとあのペットを共有するのは納得しないし、ルシフェルが『魅惑の人』を見つけたら弟子は諦めなければならない。この条件は明らかにアルカシスに不利だ。こんな事彼に伝えたら、闘神の血を暴走させて三神どころか彼等の伴侶や自らが大切にしてきたペットを傷つけてしまう程、理性を保てないだろう。
淫魔は気に入った人間から精気を取り込まなければ、魔力が落ちて最終的には餓死してしまう。ユダの代わりを見つけるように、人間を物のように取っ替え引っ換えしてきたが安定した精気を得られず、見た目も歳を取り死期を悟る愚かな淫魔王に成り下がってしまった。
自分の弟子も同じ末路を辿らせるわけにはいかない。
それに、先日の会談時のアルカシスを見てカラマーゾフには思うところがあった。
地域交換に彼が素直に応じなかった事だ。
彼は、人間界の地域支配には無関心だった方だ。例え支配地域の弱小淫魔が暴れても部下に全て任せていて、我関せずが彼の基本姿勢だったと記憶している。彼は支配に興味がないからだ。
また、こちらの事情を打ち明けた事で彼が部下を寄越して捜索する協力体制を敷いた事や彼のペットを当てがってまで自分を長生きさせようなんて思った事もなかった筈だ。
これも全て、あのペットが彼をそうさせたのだろうか?
アルカシスが未だ『命の契約』を結ばないのか理由は分からないが、このままロキにあのペットを差し出すわけにはいかない。
背に腹は変えられないと判断したカラマーゾフはルシフェルに尋ねた。
「ルシフェル殿、闘神の籍は未だに空席か?」
氷に覆われた大地・コキュートスへ降下したカラマーゾフは、巨大な城門の前で訴えた。
北国で異変があったと部下から報告が上がったのは、カラマーゾフが帰城してすぐの事だった。彼のペットと部下一人が行方不明になり、アルカシスは姉のエリザベータとコキュートスに降りたという。
カラマーゾフは報告を受けて冷や汗を流した。
彼は、慎重に見えて実は闘神の血が通っている弟子が激情的な性格であり、狂人のように振る舞う事を知っている。前回降下した時コキュートスの最大統治者のルシフェルが仲介した事で、三神との争いは喧嘩両成敗で落ち着いたというのも彼が三神にキレたからだ。
そのため、今回はまずい。
彰と共に行方不明になったあの部下を、アルカシスは許さない筈だ。彼等との繋がりは不明だが、コキュートスに向かったのならば確実に命を奪う。あの人間は彼のペットだ。それも手塩にかけて世話と調教を直接施したと聞いている。彼にとって大切な存在を掠め取られたのだ。今回は死人が出るかもしれない。
コキュートスは三神の巣窟だが、闘神の血を引くアルカシスやエリザベータも血縁者がこの土地にいるだけに二人も力を解放して大暴れするだろう。あそこは人間界への影響がダイレクトに反映される地でもある。向こうへの影響を考慮すると、すぐにこの地の最大統治者へ謁見を申請して仲介してもらわなければならない。
カラマーゾフの声に応えるように、両開きの城の門はゆっくりと開く。その奥から、異様なオーラを放ちながら此方に向かう一人の男が現れた。
「よぉ、久しぶりだな」
男は門を出て、カラマーゾフと対峙する。見た目は壮年の姿だが、短い黒髪をオールバックに撫で付けた男は、黒いスーツに身を包み、タバコを咥えながらこちらに近づいて来る。
カラマーゾフの中で、この男と対峙することに全身に緊張が走った事を感じた。王である彼と敵対するのは自分には不利だ。しかし、今は彼に頼むしか、人間界への影響を避ける方法はない。
エリザベータではアルカシスを止めるどころか一緒に暴走する可能性が高いからだ。
「ルシフェル殿、用件を聞き入れたい」
「知っている。あの闘神の息子と娘だろ?」
やはり知っていたか。
彼等の情報は早い。目の前の男ルシフェルは、氷上の大地コキュートスを統べる王にして、邪神たちの中で一番神力が強い。既に把握しているならば話は早い。
だがルシフェルは、吸い切ったタバコをエチケット袋にしまうと、カラマーゾフに向き合った。
「残念だが、今回は諦めてもらう」
「ーー何だと?」
予想に反した回答に、カラマーゾフは目を見開いた。彼の反応を見ながら、ルシフェルは言った。
「今回はロキに譲って欲しい。俺からお前に伝えるのは、それだけだ」
「なぜだ。理由を聞かせ願いたい」
「お前ら・・・前回の時あの三人と派手に喧嘩しただろ?」
カラマーゾフとアルカシスは、彼等に騙され今回のようにユダを連れ去られた事があった。その後二人は、この地に降下し三人からユダを取り戻し淫魔界へ戻ったのだ。その後ルシフェルは、あの三人から仲介した事に抗議を受けたという。
「あの三人に人間を娶って子どもを作れと命令したのは俺だ。前回はお前の顔を立ててお前のペットは渡してやったが、今回はそういう訳にはいかん。お前たちばかり優遇するわけにはいかないし、三人は命令された役割を果たしているだけだ。あのペットをロキに渡す代わりに、俺が人間界で『魅惑の人』を見つけてアルカシスに差し出してやろう。今回お前には奴の仲介をやって欲しい」
「何だと・・・」
ルシフェルの言葉にカラマーゾフは呆然とする。慌てたようにルシフェルに詰め寄る。
「待ってくれルシフェル殿。それではアルカシスは精気を得ることができん。アルカシスも半分貴方がたに属する血があるのだ。彼を助けてくれ」
「だから『魅惑の人』を見つけてくると言っているじゃないか。『魅惑の人』ならアルカシスも精気を取り込んで問題はない筈だ」
「だが『魅惑の人』など、人間の中でそう何人もいない。数百年に一度しか現れない彼等を見つけるのは、我々淫魔族でも困難だ。そんな彼等を、貴方は一体どうやって」
「何もすぐとは言っていない。『魅惑の人』はその辺にある石ころから希少な宝石を見つけるように探すのが難しい事も承知している。その間、アルカシスにはその『魅惑の人』の精気を得ることも許可してやる。俺が見つけるまではな」
つまり、ルシフェルが見つけるまでは彰はロキとアルカシスのどちらのものでもないという事か?
冗談ではない。
それでは北国の治安に関わる話だ。自分もそうだが長く人間の伴侶がいない淫魔王は、魔力が強くても王としての資質を問われてしまう。過去、伴侶を見つける事ができなかった淫魔王は力を付けた他の淫魔に引き摺り降ろされ退位した記録も残っている。長く在位している自分も他の王が下剋上に遭った事も見知っている。自分の国も他人事じゃない。ユダを喪い最近まで死期が迫っていた自分も、他の淫魔から狙われていた。マナイアは人間界で治療中のため、まだ公表していないが、一段落したら『命の契約』を結ぶつもりだ。それまでに反乱の芽は摘んでおきたい。
カラマーゾフは悠長な提案をするルシフェルを見据える。淫魔族の特性を、知らない筈はない。しかし、なぜ三神に人間を娶れと命令したのか。
「ルシフェル殿、理由を聞きたい。なぜ貴方が、彼等に人間を娶るよう命令されたのか」
カラマーゾフの問いに、ルシフェルはタバコを一本取り出してゆっくり煙を吐き出すと言った。
「悪いがカラマーゾフ。それはお前が知らなくていい話だ」
「だが貴方の提案も、私が呑めるものでもない。理由を教え願いたい」
やれやれと、ルシフェルは内心溜め息をついた。最近まで餓死寸前の話があったのに、その当人は今息を吹き返したように突っ込んで来る。あの人間に代わるペットでも見つけたのだろう。
カラマーゾフは利己主義の淫魔族には珍しく、誰に対しても面倒見が良い一面がある。だがその面倒見の良さとは反対に、彼には驕りがあった。その驕りが、以前彼に譲った人間の自死に繋がったのだ。
ルシフェルはタバコを指に持ち換え、カラマーゾフを見据えて言った。
「前回はお前が『魅惑の人』を得ただろう?俺はいつまでも温情があるわけじゃない。判断は曲げん」
「だがアルカシスには、あの青年が必要だ」
提案を受け入れるつもりがないカラマーゾフの頑固さに、ルシフェルは呆れてしまう。
「逆に聞くがお前はなぜそこまであの人間をアルカシスに当てがうんだ?あれは確かにアルカシスに見初められて淫魔界に来たのは知っている。だがアルカシスはまだ『命の契約』を結んでいない。ならロキと夫婦になっても問題はないだろ」
その言葉に、カラマーゾフは何も言えなかった。
ルシフェルの言っている事は自分たちと彼等を仲介した上での判断だろう。現状彼の立場は中立だ。彼の立場からすれば、確かにそうだと納得せざるを得ない。
だが、アルカシスはどうする?
ロキとあのペットを共有するのは納得しないし、ルシフェルが『魅惑の人』を見つけたら弟子は諦めなければならない。この条件は明らかにアルカシスに不利だ。こんな事彼に伝えたら、闘神の血を暴走させて三神どころか彼等の伴侶や自らが大切にしてきたペットを傷つけてしまう程、理性を保てないだろう。
淫魔は気に入った人間から精気を取り込まなければ、魔力が落ちて最終的には餓死してしまう。ユダの代わりを見つけるように、人間を物のように取っ替え引っ換えしてきたが安定した精気を得られず、見た目も歳を取り死期を悟る愚かな淫魔王に成り下がってしまった。
自分の弟子も同じ末路を辿らせるわけにはいかない。
それに、先日の会談時のアルカシスを見てカラマーゾフには思うところがあった。
地域交換に彼が素直に応じなかった事だ。
彼は、人間界の地域支配には無関心だった方だ。例え支配地域の弱小淫魔が暴れても部下に全て任せていて、我関せずが彼の基本姿勢だったと記憶している。彼は支配に興味がないからだ。
また、こちらの事情を打ち明けた事で彼が部下を寄越して捜索する協力体制を敷いた事や彼のペットを当てがってまで自分を長生きさせようなんて思った事もなかった筈だ。
これも全て、あのペットが彼をそうさせたのだろうか?
アルカシスが未だ『命の契約』を結ばないのか理由は分からないが、このままロキにあのペットを差し出すわけにはいかない。
背に腹は変えられないと判断したカラマーゾフはルシフェルに尋ねた。
「ルシフェル殿、闘神の籍は未だに空席か?」
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