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ペットの真意を知った時、淫魔王は決断する。
5 【支配】を受け入れる
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ルシフェル達がアルカシスを連れて彰から姿を消して4日目になる。
彰は、城から見える氷上の大地コキュートスの厚い氷に覆われた景色を城の窓を通してぼんやりと見ていた。
ルシフェル達が立ち去った後、彰はすぐに意識が朦朧とし、高熱にうなされた。
その場で倒れた彰にロキは駆け寄る。すぐにロキは介抱するが目覚める様子はなく、三日三晩彰は部屋のベッドで過ごした事を目を覚まして心配した彼から聞かされた。
高熱でうなされた身体はまだ倦怠感が残っていて、心配するロキが何かと世話を焼いてくれるが、彰は今一人になりたくて窓から見える大地を見ていた。
『お前がやったんだ。目を背けるな』
そう厳しい目つきで目の前の男に現実を突きつけられた時、始めてこの殻に篭ってしまう自分の性格を内心叱咤した。
アルカシスは、どうしているのだろう。
今まで霞がかかっていて、意識がクリアになった途端、血塗れで事切れた彼が目に飛び込んだ。次に自分の手を見ると、彼と同じように血塗れでこれを見て自分が何をしたのか悟った。
泣いて叫びたかった。
目の前の現実は『違う』と否定したかった。
でも、あの人の死んだ事は、現実だった。
自分が彼を殺した。
現実に目を背き、この現実を受け入れたくなかった。
『馬鹿野郎が。そもそもお前がこいつに早くに言えば良かった話だろうが。『命の契約を結んでください』ってな。そうすれば、お前もここに来る事もなかっただろうし、こいつも自分のペットに刺されるなんてなかったはずだ。お前がアルカシスを殺したんだよ、秋山 彰』
あの男の言葉は、自分には重過ぎた。
しかし『待っていろ』とも、彼は言った。
彼は、必ずアルカシスを蘇生させると約束した。
それを聞いて、自分は決意をした。
彼が生きてくれたら、今度こそ必ず聞くんだ。それがどんな結果であれ、自分は受け入れると。
なぜなら彼は祖母以外に、自分に始めて目を向けてくれた人だから。
「大丈夫?ショウ」
彰が解熱してからずっと上の空である事を心配したロキが彼に尋ねる。
部屋に入って来た彼が手にしている盆には温かい和食があった。
「食事を持って来たよ。少しでもいいから食べて。三日間ずっと熱があったんだよ」
カチャン、とロキは彰の目の前のテーブルに食事の乗った盆を置く。
湯気が立ち昇る食事は、焼き鯖にだし巻き卵、おろし大根、味噌汁に粥、ほうれん草のごま和えと消化に良いメニューばかりで、焼き鯖特有の匂いが食欲をそそり、唾液が口腔内で増えているのが分かる。
いかにも典型的な日本食に、彰は驚いた。
「これ」
「僕が作ったんだ。ずっと熱でうなされていたし、解熱したとはいえまだ本調子じゃないでしょう?何か食べたいものはある?良かったら作って来るよ」
「大丈夫。鯖は好きだから」
彰は箸を掴むと鯖の身ををほぐして一口口に入れた。焼けた魚の油が口腔内に染み渡る。本来なら美味しいと感じるが、まだ彼には口腔内に血の味が残り魚の味が分からなかった。
だが一口一口口に運ぶ度、鯖の味が口腔内に染み込んで少しずつ食欲が戻って来るのが分かった。
「ご馳走様」
素直に鯖の味を感じられて嬉しかった。
満腹感を得られたのは数日ぶりで、身体が喜んでいる気がした。
ロキは作ったと言っていたが、この鯖はかなり脂が乗っていた。どこで仕入れたんだろう。
全て食べ終えた彰に、ロキは安心したように微笑むと綺麗に食べ尽くした膳を下ろす。
「綺麗に食べたね。彰は魚は好き?骨まで食べるなんて正直びっくりだよ」
「魚は好きだよ。子どもの頃からよく魚は食べていたから」
「へぇ、珍しい。今時魚が好きな子そうはいないよ。また鯖出してあげる。今度は白身魚がいい?」
『今度は』
彼のこの言葉に、彰はふと思った。
ロキは、この城に自分と夫婦になって永遠にいてくれるものだと思っているのだろうか。
あの時、ルシフェル達が姿を消し、倒れた自分に血相を変えて駆け寄った彼もボロボロの状態だった。にも関わらず、熱を出した自分をつきっきりで介抱してくれた。そこには思惑や打算は無く、純粋に自分を心配してくれての行為なのが分かると、彰は複雑な気持ちになった。
ロキも、アルカシス以外だと自分に目を向けてくれたうちの一人だ。
でも彼の部下のユリアンという淫魔として振舞っていた頃の過剰な触れ合いに自分は身構えていた。
今まで人との繋がりが薄く、自分に近づく人間は打算的な者達が多かったため、彼の行動には生理的に受け入れる事ができなかった。
だから自分は、どんなに世話してもらっていても彼に情を向ける事ができない。
「ねぇ、ショウ。やっぱり、君は僕の妻になってはくれないかな?」
膳を下げたロキは、彰の隣に座ると言った。
彼の表情には諦めも見えているものの、どこか期待している節があるように感じる。
しかし、彰は既に答えは決めていた。
「ごめん」
「そうか・・・」
彰の答えを聞いたロキは、諦めたように小さく笑った。
「僕達は今まで、人間を支配下に置く事で夫婦になった。トール兄さんやオーディン兄さんだってそうだ。それが僕達の本能だから。僕も、君の意思を無視して無理矢理にでも夫婦になるつもりだった」
「でも確かあの男の人に言われたよね?人間の意思を無視するなって」
彰の言葉に、ロキは言葉を呑んで目を見開いた。ロキは言った。
「確かに。ルシフェルからは、ショウ達人間の意思を無視して夫婦になるなとは忠告されてはいた。なぜなら、他の神々が人間を無理矢理伴侶にした結果、彼等はみんな精神が崩壊し子どもを産むどころではなくなってしまったんだ」
「なっ・・・何だよ、それ」
淡々と話すロキに彰は驚きを隠せなかった。そんな彼を見て、ロキは目を伏せて言った。
「大丈夫。僕はそんな事はもうしない。僕も結果がどうなったのかなんて、この数百年嫌という程見てきたからね」
ロキは彰の肩に両手を置くと、自分と向き合うように彼の姿勢を変える。
やはり、彰は美しい。そして、その美しくも繊細なところが可愛い。
アルカシスと主従契約を結んだあの頃、始めて見た彼はどこかやつれていて、憐れに見えた。しかし、しばらく彼に手塩にかけてもらった事で本来の美しさが表に出された。
この美しさが『魅惑の人』と云われる所以なのだろう。これに、人間だけでなく自分達神も、アルカシスのような淫魔も彼を欲した。ある意味彰は、魔性の美しさを発揮しているのだ。
こんなに美しくなるのなら、いっそあの主従契約を結ぶ時か彰が人間界にいた頃にアルカシスよりも先にコキュートスへ連れてくれば良かった。
「ショウ。一つ聞いてもいい?もし人間界で君を迎えに来たのがアルカシスではなく、僕だったら、僕の妻になってくれた?」
ロキの言葉に彰は即座に首を振った。
「それは、ないよ。だって俺、ロキがユリアンだった頃から、アルカシス様と同じ気持ちになった事一度もないから」
彰の言葉に、ロキは驚いて目を見開いた。そう言われると、逆に知りたくなる。
「じゃあ、アルカシスにはどうして?」
アルカシスは良くて、自分はダメ。
そう聞かれると、彰は恥ずかしそうにぼそっと言った。
「・・・だった、から」
「え?」
驚いて聞き返したロキに、彰はもう一度言った。
「アルカシス様が、綺麗だったから」
* * *
彰の言葉に、ロキは唖然として口を開いた。彰は続けて言う。
「最初は、確かに怖かった。いきなり現れて無理矢理、ペットにされて、首輪も付けられて」
当初は彰も自分を無理矢理ペットにした彼に恐怖を感じていた。だが彼と淫魔城で過ごしたこの数年、彼がただの傲慢な主ではない事が分かったという。
自分を世話してくれる彼はいつも優しかった。
自分のはっきりした黒い髪を気に入って手入れしてくれたあの感覚は温かく気持ち良かった。彼が手入れしてくれる度、幸せな気持ちになるのを感じた。
ペットとして、彼に抱かれる度、彼から与えられる快楽に浸りたい。そう思うようになり次第に彼に身体が支配されていく事に快感を覚えるようになった。
自分は、完全にアルカシスの性奴隷として支配されていたのだという事を、彼の死を目の当たりにしてはっきり自覚したという。
話を聞いたロキは唖然とした表情から、徐々に悲しみを感じたように顔を俯かせた。
「君は、既に彼に支配されていたんだね。そして、その支配の中で、君は彼に【愛】を見出した・・・」
「【愛】?」
俯いた表情のロキは、コクっと頷いた。
「トール兄さんは、相手を洗脳下に置く時、相手の記憶と感情を視る事ができるんだ。兄さんは、君が自分からアルカシスに【愛】を向けていたと言っていた。つまり、君は自分から彼の【支配】を受け入れたんだ」
「ーーえっ!?」
彰は驚くと、頬を赤く染める。
まさか。
確かに怖かった当初から随分アルカシスの印象は変わったと思う。
彼を好きか嫌いかと聞かれたら、好きと答えるだろう。
でもそれ以上に、自分は自覚がないまま彼を受け入れていたとは。
「僕もびっくりだよ。今までショウみたいに【支配】を受け入れた人間なんて、見た事なかったよ。羨ましい・・・」
「ロキ・・・」
ロキの最後の言葉は彼の本音なのだろう。
彼はこの現実を受け止めようとしているのか、目頭に涙を溜めている。彰は、彼の涙を見て戸惑う。それを見て、さらにロキは言った。
「僕は、君を可愛いと思った。一目君を見てね。だから、君をコキュートスへ連れて来て僕の妻にするつもりだった・・・。でも、それはもうできないのが、今分かった」
「ねぇ、ロキ」
戸惑いながらも、彰は彼の名前を呼ぶ。
呼ばれたロキは、涙を溜めながら彰を見た。
「俺も、【愛】なんて分からない。ばあちゃん以外からは無視されて来たし、一人暮らしを始めて仕事していた頃は、誰も俺を気にかける人はいなかった。・・・俺はアルカシス様を、綺麗だと思った。だから、俺はあの人に聞かないといけないと思ったんだ。あの人が、俺と『命の契約』を結んでくれるのかを」
「それで、いいんだよ。ショウ・・・」
アルカシスが、羨ましい。
彰の言う『綺麗』という意味は、彼の見た目だけでなく、今まで彰に施してきた彼の支配下を例えたのだろう。
彼の【支配】を受け入れた。
これが、彰の意思。
そうならば、自分は目の前の『魅惑の人』の意思を受け入れるしかない。
ロキは、彰の隣でただただ泣き続けた。
彰は、城から見える氷上の大地コキュートスの厚い氷に覆われた景色を城の窓を通してぼんやりと見ていた。
ルシフェル達が立ち去った後、彰はすぐに意識が朦朧とし、高熱にうなされた。
その場で倒れた彰にロキは駆け寄る。すぐにロキは介抱するが目覚める様子はなく、三日三晩彰は部屋のベッドで過ごした事を目を覚まして心配した彼から聞かされた。
高熱でうなされた身体はまだ倦怠感が残っていて、心配するロキが何かと世話を焼いてくれるが、彰は今一人になりたくて窓から見える大地を見ていた。
『お前がやったんだ。目を背けるな』
そう厳しい目つきで目の前の男に現実を突きつけられた時、始めてこの殻に篭ってしまう自分の性格を内心叱咤した。
アルカシスは、どうしているのだろう。
今まで霞がかかっていて、意識がクリアになった途端、血塗れで事切れた彼が目に飛び込んだ。次に自分の手を見ると、彼と同じように血塗れでこれを見て自分が何をしたのか悟った。
泣いて叫びたかった。
目の前の現実は『違う』と否定したかった。
でも、あの人の死んだ事は、現実だった。
自分が彼を殺した。
現実に目を背き、この現実を受け入れたくなかった。
『馬鹿野郎が。そもそもお前がこいつに早くに言えば良かった話だろうが。『命の契約を結んでください』ってな。そうすれば、お前もここに来る事もなかっただろうし、こいつも自分のペットに刺されるなんてなかったはずだ。お前がアルカシスを殺したんだよ、秋山 彰』
あの男の言葉は、自分には重過ぎた。
しかし『待っていろ』とも、彼は言った。
彼は、必ずアルカシスを蘇生させると約束した。
それを聞いて、自分は決意をした。
彼が生きてくれたら、今度こそ必ず聞くんだ。それがどんな結果であれ、自分は受け入れると。
なぜなら彼は祖母以外に、自分に始めて目を向けてくれた人だから。
「大丈夫?ショウ」
彰が解熱してからずっと上の空である事を心配したロキが彼に尋ねる。
部屋に入って来た彼が手にしている盆には温かい和食があった。
「食事を持って来たよ。少しでもいいから食べて。三日間ずっと熱があったんだよ」
カチャン、とロキは彰の目の前のテーブルに食事の乗った盆を置く。
湯気が立ち昇る食事は、焼き鯖にだし巻き卵、おろし大根、味噌汁に粥、ほうれん草のごま和えと消化に良いメニューばかりで、焼き鯖特有の匂いが食欲をそそり、唾液が口腔内で増えているのが分かる。
いかにも典型的な日本食に、彰は驚いた。
「これ」
「僕が作ったんだ。ずっと熱でうなされていたし、解熱したとはいえまだ本調子じゃないでしょう?何か食べたいものはある?良かったら作って来るよ」
「大丈夫。鯖は好きだから」
彰は箸を掴むと鯖の身ををほぐして一口口に入れた。焼けた魚の油が口腔内に染み渡る。本来なら美味しいと感じるが、まだ彼には口腔内に血の味が残り魚の味が分からなかった。
だが一口一口口に運ぶ度、鯖の味が口腔内に染み込んで少しずつ食欲が戻って来るのが分かった。
「ご馳走様」
素直に鯖の味を感じられて嬉しかった。
満腹感を得られたのは数日ぶりで、身体が喜んでいる気がした。
ロキは作ったと言っていたが、この鯖はかなり脂が乗っていた。どこで仕入れたんだろう。
全て食べ終えた彰に、ロキは安心したように微笑むと綺麗に食べ尽くした膳を下ろす。
「綺麗に食べたね。彰は魚は好き?骨まで食べるなんて正直びっくりだよ」
「魚は好きだよ。子どもの頃からよく魚は食べていたから」
「へぇ、珍しい。今時魚が好きな子そうはいないよ。また鯖出してあげる。今度は白身魚がいい?」
『今度は』
彼のこの言葉に、彰はふと思った。
ロキは、この城に自分と夫婦になって永遠にいてくれるものだと思っているのだろうか。
あの時、ルシフェル達が姿を消し、倒れた自分に血相を変えて駆け寄った彼もボロボロの状態だった。にも関わらず、熱を出した自分をつきっきりで介抱してくれた。そこには思惑や打算は無く、純粋に自分を心配してくれての行為なのが分かると、彰は複雑な気持ちになった。
ロキも、アルカシス以外だと自分に目を向けてくれたうちの一人だ。
でも彼の部下のユリアンという淫魔として振舞っていた頃の過剰な触れ合いに自分は身構えていた。
今まで人との繋がりが薄く、自分に近づく人間は打算的な者達が多かったため、彼の行動には生理的に受け入れる事ができなかった。
だから自分は、どんなに世話してもらっていても彼に情を向ける事ができない。
「ねぇ、ショウ。やっぱり、君は僕の妻になってはくれないかな?」
膳を下げたロキは、彰の隣に座ると言った。
彼の表情には諦めも見えているものの、どこか期待している節があるように感じる。
しかし、彰は既に答えは決めていた。
「ごめん」
「そうか・・・」
彰の答えを聞いたロキは、諦めたように小さく笑った。
「僕達は今まで、人間を支配下に置く事で夫婦になった。トール兄さんやオーディン兄さんだってそうだ。それが僕達の本能だから。僕も、君の意思を無視して無理矢理にでも夫婦になるつもりだった」
「でも確かあの男の人に言われたよね?人間の意思を無視するなって」
彰の言葉に、ロキは言葉を呑んで目を見開いた。ロキは言った。
「確かに。ルシフェルからは、ショウ達人間の意思を無視して夫婦になるなとは忠告されてはいた。なぜなら、他の神々が人間を無理矢理伴侶にした結果、彼等はみんな精神が崩壊し子どもを産むどころではなくなってしまったんだ」
「なっ・・・何だよ、それ」
淡々と話すロキに彰は驚きを隠せなかった。そんな彼を見て、ロキは目を伏せて言った。
「大丈夫。僕はそんな事はもうしない。僕も結果がどうなったのかなんて、この数百年嫌という程見てきたからね」
ロキは彰の肩に両手を置くと、自分と向き合うように彼の姿勢を変える。
やはり、彰は美しい。そして、その美しくも繊細なところが可愛い。
アルカシスと主従契約を結んだあの頃、始めて見た彼はどこかやつれていて、憐れに見えた。しかし、しばらく彼に手塩にかけてもらった事で本来の美しさが表に出された。
この美しさが『魅惑の人』と云われる所以なのだろう。これに、人間だけでなく自分達神も、アルカシスのような淫魔も彼を欲した。ある意味彰は、魔性の美しさを発揮しているのだ。
こんなに美しくなるのなら、いっそあの主従契約を結ぶ時か彰が人間界にいた頃にアルカシスよりも先にコキュートスへ連れてくれば良かった。
「ショウ。一つ聞いてもいい?もし人間界で君を迎えに来たのがアルカシスではなく、僕だったら、僕の妻になってくれた?」
ロキの言葉に彰は即座に首を振った。
「それは、ないよ。だって俺、ロキがユリアンだった頃から、アルカシス様と同じ気持ちになった事一度もないから」
彰の言葉に、ロキは驚いて目を見開いた。そう言われると、逆に知りたくなる。
「じゃあ、アルカシスにはどうして?」
アルカシスは良くて、自分はダメ。
そう聞かれると、彰は恥ずかしそうにぼそっと言った。
「・・・だった、から」
「え?」
驚いて聞き返したロキに、彰はもう一度言った。
「アルカシス様が、綺麗だったから」
* * *
彰の言葉に、ロキは唖然として口を開いた。彰は続けて言う。
「最初は、確かに怖かった。いきなり現れて無理矢理、ペットにされて、首輪も付けられて」
当初は彰も自分を無理矢理ペットにした彼に恐怖を感じていた。だが彼と淫魔城で過ごしたこの数年、彼がただの傲慢な主ではない事が分かったという。
自分を世話してくれる彼はいつも優しかった。
自分のはっきりした黒い髪を気に入って手入れしてくれたあの感覚は温かく気持ち良かった。彼が手入れしてくれる度、幸せな気持ちになるのを感じた。
ペットとして、彼に抱かれる度、彼から与えられる快楽に浸りたい。そう思うようになり次第に彼に身体が支配されていく事に快感を覚えるようになった。
自分は、完全にアルカシスの性奴隷として支配されていたのだという事を、彼の死を目の当たりにしてはっきり自覚したという。
話を聞いたロキは唖然とした表情から、徐々に悲しみを感じたように顔を俯かせた。
「君は、既に彼に支配されていたんだね。そして、その支配の中で、君は彼に【愛】を見出した・・・」
「【愛】?」
俯いた表情のロキは、コクっと頷いた。
「トール兄さんは、相手を洗脳下に置く時、相手の記憶と感情を視る事ができるんだ。兄さんは、君が自分からアルカシスに【愛】を向けていたと言っていた。つまり、君は自分から彼の【支配】を受け入れたんだ」
「ーーえっ!?」
彰は驚くと、頬を赤く染める。
まさか。
確かに怖かった当初から随分アルカシスの印象は変わったと思う。
彼を好きか嫌いかと聞かれたら、好きと答えるだろう。
でもそれ以上に、自分は自覚がないまま彼を受け入れていたとは。
「僕もびっくりだよ。今までショウみたいに【支配】を受け入れた人間なんて、見た事なかったよ。羨ましい・・・」
「ロキ・・・」
ロキの最後の言葉は彼の本音なのだろう。
彼はこの現実を受け止めようとしているのか、目頭に涙を溜めている。彰は、彼の涙を見て戸惑う。それを見て、さらにロキは言った。
「僕は、君を可愛いと思った。一目君を見てね。だから、君をコキュートスへ連れて来て僕の妻にするつもりだった・・・。でも、それはもうできないのが、今分かった」
「ねぇ、ロキ」
戸惑いながらも、彰は彼の名前を呼ぶ。
呼ばれたロキは、涙を溜めながら彰を見た。
「俺も、【愛】なんて分からない。ばあちゃん以外からは無視されて来たし、一人暮らしを始めて仕事していた頃は、誰も俺を気にかける人はいなかった。・・・俺はアルカシス様を、綺麗だと思った。だから、俺はあの人に聞かないといけないと思ったんだ。あの人が、俺と『命の契約』を結んでくれるのかを」
「それで、いいんだよ。ショウ・・・」
アルカシスが、羨ましい。
彰の言う『綺麗』という意味は、彼の見た目だけでなく、今まで彰に施してきた彼の支配下を例えたのだろう。
彼の【支配】を受け入れた。
これが、彰の意思。
そうならば、自分は目の前の『魅惑の人』の意思を受け入れるしかない。
ロキは、彰の隣でただただ泣き続けた。
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