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【完】淫魔王の性奴隷(ペット)は伴侶(パートナー)となる。

1 エリザベータの伴侶(パートナー)高野 凪子

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「ナギコ?」

 彰は、アルカシスにナギコと呼ばれた女性に目を向けた。

 白衣を着ているところから、彼女は医師なのだろうか。
 白衣の下に着ているピンクのVネックとパンツスタイルのスクラブウェアが彼女の雰囲気と良く似合っている。年齢は、自分と同じくらいか。柔和な微笑みが知性を感じさせる。

 でも・・・と、彰は自分の手足に巻かれている包帯と点滴を見た。
 肘の屈曲の邪魔にならないよう、肘下で点滴ルートが確保され『生理食塩水500ml』『ヘパリン5ml』と点滴袋には書いてある。血管にも痛みは無く、腕を動かすにも不便はない。

 もう一つ。
 彰は両腕に巻かれた包帯を見た。

 彼女が巻いてくれたのだろうか。
 巻き方が上手い。
 包帯は巻き方次第では神経を圧迫させてしまうのに、これは圧迫感を感じず外傷部分は止血のためピンポイントで巻かれている。
 これは自分でも分かる。
 この人、かなり腕が立つ。

 自分に巻かれた包帯をジロジロ見る彰を見て、ナギコは声をかけた。

「あれ?きつい?水疱(すいほう)をいくつか破って浸出液(しんしゅつえき)を出したから巻いていたけど、取った方がいい?」
「水疱?」
「そう。エリー達に呼び出されてこちらに来た時には、貴方全身凍傷だったの」

 ナギコが言うには、彰を抱えたアルカシスとエリザベータ、カラマーゾフが淫魔界へ帰還後、彰のみ全身凍傷しており、意識がなかったという。すぐにエリザベータは勤務中のナギコを呼び出し、彰の手当をさせた。凍死は免れたが凍傷した身体を急速融解した後、身体に水疱が確認されたため、浸出液流出と凍傷で凝固した血液をサラサラにするため点滴を開始したのだという。

 事情を聞いた彰は、驚きながらも仰向けになったままナギコに一礼する。

「ありがとうございます。本当に助かりました」

 彼女がすぐに駆けつけなければ、自分は死んでいただろう。死にかけた自分を助けてくれたことに、彰は素直に感謝した。
 するとナギコは、クスクスと笑う。

「いいわよ。仕事上、凍傷患者は診ていたし、エリーが泣きながら緊急連絡なんて珍しいのを見せてもらったしね」
「ナギコさんは、医師ですか?」

 気になった彰は、ナギコに尋ねた。
 包帯を巻いて、しかも点滴もしてもらった。
 こんなに手際が良いのに、自分と同い年はすごい。それに、アルカシスとの関係も気になる。
 聞かれたナギコはふふんと鼻を鳴らした。

「もっちろん。これでも医師を30年近くやってるのよ。こーんな見た目だけど、もうすぐアラ還よぉん♡びっくりした?」
「姉さんと口癖が似てきたね、ナギコ」

 隣で聞いていたアルカシスは呆れているが、彰は彼女の言葉に耳を疑った。

 え?もうすぐアラ還?明らかに同い年にしか見えないんですけど。
 
 目を点にして状況が飲み込めない彰に、ナギコはニシシ、と歯を見せながらにっこり笑った。

「私はアルカシスの姉エリザベータのペット・高野 凪子(こうの なぎこ)。今は日本を離れてるけど、ちゃんと医師やってるのよぉん♡すごいでしょう?彰ちゃん♡」




*    *    *


 彰は固まった。
 状況が飲み込めないせいもある。医師なのは分かる。それはいい。だが還暦が近いというわりに自分と変わらない若さと、アルカシスの姉のペットとは一体どういう事だ。それにアルカシスとどういう関係があるのか。

 固まった彰を見て、凪子は不思議そうにアルカシスに尋ねた。

「アルカシス、貴方のペットちゃん固まったわよ。どうするのこれ?」
「後でショウには説明するさ。君も向こう(人間界)で仕事が残っているだろ?部下に送らせよう」
「いいわよー。3週間休暇貰ったから、しばらくここでお世話になるわ。ヘパリンの量も多いから経過観察は必要だしね」
「そう言ってくれると助かるよ。後で部屋にワインを用意させよう。後から姉さんも来るだろ?」
「あら、やっさしい♡闘神になってますます男前になった?淫魔の頃より今の方がタイプだわ」
「それは世辞として受け取っておくよ」
「やだぁ♡軽くスルーされちゃった」

 なんだか凪子の方が楽しそうに会話している。
 アルカシスは彼女の言葉をそれとなく受け流している。彼にしては珍しく煩わしそうにしているところを見れば、特に彼女と何かあるわけではないらしい。
 
 凪子は楽しそうな気分のまま彰に言った。

「エリーが泣きながら連絡して来た理由が分かったわ。一度こちらに来た事あったけど、あの時は見れなくて残念だったから、直に見られて嬉しいわ。貴方、確かに可愛い。彰だったら、毎日見に来てたのに」

 彼女の言葉に彰は疑うように目を細めた。
 なんか釈然としない。何が可愛いか。第一、俺は男だ。
 ムッとした彰は食ってかかるよう凪子に言った。

「これでも俺は男ですよ?もう23だし、可愛いなんて歳でもないです。後俺は九州男児です。何で可愛いなんて言われなきゃいけないんですか?」
 
 すると凪子は意味ありげにふふんと鼻で笑うと、寝ている彰の目線に合わせて彼の耳元で囁いた。
 
「へえ。見栄っ張りの九州男児君は、美形の王様に散々鳴かされて素直に悦んじゃうのにぃ?」
「ーーッ!(え、何で知ってるのこの人!?)」

 コソッと凪子に耳打ちで指摘され、彰は目を見開いたと同時、頬を赤く染めて彼女を見た。勝ち誇ったようにVサインしている彼女はウフフと目を細めて怪しい笑みを浮かべている。
 
「ぜーんぶ知ってるのよ?私。アルカシスって、背高いでしょ?しかもドSで紳士。さらには美形。貴方、そんなタイプに弱いでしょ?特に美形には」
「、っつう・・・!」

 凪子の指摘に彰はやましい事がバレた時のように心臓の鼓動が速くなるのが分かった。
 頬を染める彰は、彼女の的確な指摘に羞恥心を感じて困惑する。

 恥ずかしい。
 初対面で誰にも知られたくない部分を言い当てられるなんて!

「なっ、何で分かったんですっ」
「あれー、図星ぃ?当てずっぽうで言ったんだけどなぁ」
「ーーッ!!」

 やばい自分から地雷を踏んでしまった・・・!

 アタフタと戸惑って表情が変わる彰に、凪子は味を占めたように楽しそうな表情を浮かべてさらに突っ込む。

「そんな男に迫られたら、そりゃ堕ちるしかないわよねー?ほーら見て見て~、貴方のだーい好きなアルカシス様が目の前で見てるわよぉ」

 凪子に誘導される形でアルカシスと目が合った彰は、彼女に指摘された羞恥心も相まって恥ずかしさが最高潮に達し、彼を自分の視界から外そうと目を泳がせる。なのに、彼の笑顔が気になってチラチラと視界に入ってしまう。

 アルカシス様、すごく優しい笑顔でこっちを見ないで。

 彰の恥ずかしい表情を見たアルカシスは、調子に乗って彼を弄る凪子の肩に手を置くと彼女を諌める。

「そのくらいで勘弁してあげてくれ、ナギコ」
「なーんだ。折角面白いところだったのにぃ」

 スルッと凪子は彰とアルカシスから離れると、部屋の扉へ向かう。
 部屋を出ようとした時、凪子の足が止まった。

「そうそう、アルカシス。今はヘパリン投与してるから遠慮して欲しいけど、治療が終了したらガッツリ頂いていいからねー。いいリハビリになるし」
「ーーッ!!」

 じゃあね~。

 間延びした言葉を残して、凪子は部屋を退室した。
 凪子が退室すると、アルカシスと自分だけの空間が彰には恥ずかしかった。恥ずかしさの余り、彰は去った凪子に心の中で毒突く。
 
 いいリハビリって言うな。

 退室した凪子に若干呆れた様子を見せながら、アルカシスは椅子をベッドの隣に持って来るとその長い足を組んで座った。

「身体はどうだい?」

 アルカシスは彰に尋ねた。
 
「大丈夫です。あの凪子って人は?」

 彼女から言わなければ分からなかった。
 同い年だと思っていたが、40近い歳の差があるとは思わなかった。だが見た目は若い。20代前半と言われても違和感はない。
 
「彼女はれっきとした医師だ。腕は確かだから心配ない。姉さんのペットも本当だ。主従契約を結ぶ時、私が立ち合った。彼女とはそれだけだ。他意はない」

 アルカシスの話だと、凪子は30年前姉に見初められてペットを受け入れたという。現在はパートナーとして、彼女の隣にいる事を許されている。
 でも、なぜ彼女は若いままなのだろうか。
 彰は不思議そうにアルカシスに尋ねる。

「凪子さんの見た目が俺と同い年くらいの理由って」
「姉さんの伴侶(パートナー)になったからだ。『命の契約』を受け入れた人間は本来の寿命を無くす代わりに、私達と同等の寿命を手にする事ができる。人間と淫魔、互いが対等である証だからだ。姉さんも凪子も、それを受け入れて伴侶になった」

 アルカシスの言葉に、彰はふと思った。

 アルカシスと『命の契約』を結べば、自分も彼と同等の命を得る事ができる。
 つまり、この先彼と共に生きる事ができるという事だ。
 だが、と彰は考えを逡巡する。
 彼が自分と結んでくれるのか。『命の契約』を。
 自分が殺してしまった事を、彼はどう思っているのか。

 アルカシスは臥床して自分と視線を合わせないの彰を自分へ引き寄せると、自らの胸に密着させた。

 彼の心臓の鼓動が耳に入ると、生きているのが分かってホッとする。
 でも彼の胸は、とても冷たい。

 彰は彼に密着して、規則的な心臓の鼓動を聞きながら彼を上目遣いで見つめた。
 
「アルカシス様、身体冷たいです・・・」

 引き寄せた彰が安心したように自分に密着する姿に、アルカシスは優しい眼差しを浮かべる。

「ルシフェルの城に七日七晩氷漬けにされていたからね。復活したはいいが、私もまだ完全じゃない。トールとの闘いが長引けば、不利だったのは私だったろう」

 それを聞いて彰は胸が痛み、表情が固まった。

 やはり、彼を殺めてしまった自分は、彼の隣にいるべきではない。

 彰は、自らアルカシスから離れた。
 彼の行動に訝しんだアルカシスは自分から離れた彰にムスッとした気持ちを感じ、目を細める。

「ショウ、どういうつもりだい?」
「ごめんなさい・・・。俺があの時・・・っ」

 貴方を、殺してしまった。

 その言葉が、自分の声として発する事ができず、彰は喉がつっかえているのが分かった。
 アルカシスは自分から離れる彰をもう一度引き寄せると自らの胸に取り込んだ。
 
「なぜ私から離れる?」
「でもっ」
「私が、君に刺されたからといって君を突き放すと思っていたのかい?」
「え?」

 違う?

 彰は驚いてアルカシスに視線を向けた。自分と視線が合うと、彼は優しく微笑んで言った。

「むしろ君には感謝したい。大事な存在である君が、淫魔の私を神に格上げしてくれたのだから」
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