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【完】淫魔王の性奴隷(ペット)は伴侶(パートナー)となる。

2 彰、アルカシスの【支配】に下る。

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 アルカシスは彰の額に、ゆっくりとキスを落とした。

「あっ・・・アルカシス様?」

 彼の『感謝』という言葉の意味が分からない彰は、彼が額にキスするのを見て戸惑うものの、彼の唇が触れると柔らかいそれが、もっと欲しいと思ってしまう。

 アルカシスは、キスした額に舌先を伸ばすと、優しく一舐めした。

「んっ」

 額を舐める優しい刺激で、彰は目を閉じて背筋をビクッと仰反る。
 敏感に反応する彰の姿に、アルカシスは苦笑した。

「無理させてしまうと、凪子に怒られてしまうからね」

 アルカシスはそう言うと、彰の頬に手を置いた。そのまま優しく指の腹で彼の頬を撫でる。それが心地良くて、彰は目を細めて恍惚な表情で蕩けてしまう。

「気持ち良いです、アルカシス様・・・」

 指の腹に撫でられると、彰は冷たくなって引き攣っていた自分の頬筋(きょうきん)が、少しずつ緩んでいくのが分かった。
 彼の蕩けた表情を見たまま、アルカシスは憂い気に眉をひそめて言った。

「ショウも冷たい。死人を抱き上げているようだ」

 闘神として蘇生した自分の身体を、この子は冷たいと言った。
 だがこの子も、同じように冷たい。
 自分の中で、沸々と怒りが煮え滾る。
 あの三神の一人がコキュートスに連れて行かなければ、この子がこんな状態になる事もなかったというのに。

 彰の頬を指の腹で撫でるのと裏腹に、アルカシスは低い声音を発した。

「君をコキュートスへ連れ去ったロキを・・・
ーー今すぐにでも消しに行きたい」

 彼の言葉から強い怒りを感じ取った彰は、恍惚とした表情を一変させ驚いたままアルカシスを見る。

「アルカシス様っ」

 見ると彼の緋色の瞳が爛々と輝いている。
 密着している自分も彼が怒りに震えているのが分かる。

 本当に、殺しに行くーー!

 彼の並々ならぬ殺気を感じた彰は、彼の胸に自らの頬を擦り付けて切羽詰まったように言った。
 
「アルカシス様っ、止めてください・・・!」
「ーーッ!(これは・・・!?)」

 彰の言葉に、アルカシスは沸々と沸き上がった殺気が一気に沈静化しているのが分かり驚いた。
 自分の感情が、怒りが沈んでいく。
 緋色の瞳も爛々とした輝きが消えて、本来の緋色の瞳に戻ったのを彰は見逃さなかった。

「アルカシス様・・・?」

 自分を心配そうに見つめる彰に、アルカシスもどうしたのか理解できなかった。

 今の感覚は何だ。
 彰の声を聞いた途端、『ダメだ』と自分の中の全ての理性が働き沸々と煮え滾った殺気が消えていったのが分かった。

 驚いたアルカシスは、自分を見つめる彰に尋ねる。

「ショウ、一体何をした?」
「何って・・・」
「私の殺気が、急速に沈静化した。闘神は戦神だ。一度殺気が沸き上がると、抑える事はあっても沈静化はできない。殺気は闘神としての原動力だ。なのに、君は・・・」

 アルカシスは驚いた表情のまま、彰を見つめる。彼も、自分に何が起こったのか理解が追いついていないのが分かる。
 でも彼に尋ねられても、自分でも分からない。あの爛々と輝く緋色の瞳を見て、自分は恐怖を感じたのだ。

 彼が、得体の知れない何かに変わっていく。そんな恐怖を。

 アルカシスに尋ねられた彰は、首を横に振って自分でも分からないと言った。

「分からないです。でも貴方の瞳の色が、前よりも怖い。それは確かです」

 瞳の色が怖いと言われたアルカシスは、驚いた表情で彰を見つめる。
 そこに、彰もアルカシスも聞いた事のある、ある人物の声を聞き取った。

「よく分かったな、アキヤマ ショウ。お前のそれは、正解だ」



*   *   *

 彰とアルカシスは、声がした方へ視線を向けた。そこには、短髪の黒い髪をオールバックに撫で付け黒いスーツを着た壮年の男性ルシフェルがいた。

「何の用ですか?ルシフェル」

 アルカシスは部屋の入り口の壁で背中を預けているルシフェルを睨み付けながら言った。彼の中で自分への殺気が沸き上がっているのが分かったルシフェルは眉間に皺を寄せてアルカシスへ忠告する。

「殺気を鎮めろアルカシス。闘神として蘇生して日が浅いお前が、これ以上俺にそれを向けるなら直に身体に教えてやる。殺気の鎮め方をな」

 彼の言葉から本気である事を感じ取ったアルカシスは、目を閉じて理性を総動員させ、自分の中の沸々と沸いていく感情を沈静していく。その姿に、彰は心配そうに彼を見つめた。
 殺気が鎮まったのを確認したルシフェルは、二人に近づいていく。

「手荒い事をするつもりはない。ショウが凍傷になったって聞いてな。あの3人の上司である俺が詫びとして見舞いと、お前に話しておく事があったから来ただけだ」
「話しておく事?」

 彰は訝しげにルシフェルを見て言った。
 七日七晩かけてアルカシスを蘇生してくれた事は感謝している。トールは、ルシフェルは約束を違えた事はないから信用していいと言っていた。あの3人を従わせる貫禄さはあるが、完全に信用してはいけないと彰の中では警鐘を鳴らしていたのだ。

 訝しげに自分を見る彰に、ルシフェルは呆れたように溜め息をついた。

「そう警戒するな。手荒い事はしない。お前を連れ戻しに来たわけじゃない。それは本当だ。それよりもショウ、お前俺に言った事はもうやったのか?」

 ルシフェルに尋ねられ、彰はドキッと思い出して顔を真っ赤にさせた。

 そういえば、アルカシスが蘇生した暁には彼に自分の気持ちを伝えようとしたのだ。
 でも、まだ言ってないと言ったらどうしよう・・・。

 その様子を見てルシフェルは面倒くさそうに再び溜め息を付いた。

「お前は俺に言っただろうが。アルカシスが蘇生したら今度こそ『命の契約』を結んでくださいと。お前は一体何をやっているんだ」
「・・・ごめんなさい。というか・・・」

 こんな形で、言わなきゃいけないのか。

 コキュートスに帰還した自分は全身凍傷で療養中だ。中々伝えられる状況ではなかった。もう少し回復してから伝えようと思っていたが、呆れているルシフェルの視線に説教されている気がして居心地が悪かった。

 彼と目を合わせたくない彰はアルカシスに目をやると、彼はどう思っているのか分からない表情のまま自分を見ていた。アルカシスは彰を抱き上げたまま言った。

「ショウ。前にも言ったが私には人間である君のように恋愛感情はない。従って君から契約の話が出ても、それはできないと断るつもりだった」
「ーーっ」

 確かに、アルカシスは以前自分にそんな話をした事があった。

『君は私の大事なペットだからね。ペットの管理は主の務め。そもそも私に、君達人間のような恋愛感情はないよ』

 確かに、彼は自分にそう言っていた。
 では自分をどうして性奴隷(ペット)として傍に置いているのか。

 彼から断られる事も、ルシフェルに契約の話をすると言った時点で覚悟はしていた。
 やはり直接彼に言われると諦めと悲しみが混在して、どうしようもない感情が渦巻いていて胸がつっかえていて正直苦しい。

 彰は、自分の目頭に涙が溜まっていくのが分かった。

 ああ、駄目だ。
 彼の目の前で泣くのが一番恥ずかしい。
 惨め過ぎる。

 手で拭いたいのに包帯で巻かれ思い通りに動かせないのがもどかしい。我慢できなくて、涙が溢れてしまう。

 目頭から涙が頬に伝え落ちるところを誰かが脱ぐってくれた。

 見ると、アルカシスの指が涙を脱ぐってくれている。
 指で掬った彰の涙を、アルカシスは口に含んだ。

「しょっぱい。だが、美味い」

 その姿は美しく、妖艶。
 闘神に変わっても、この人は自分が綺麗だと思った主人そのものだと彰は悟った。
 彼の美しさに、自分は完全に囚われていたのだ。

 彼からはできないと言われたが、気持ちに諦めがつかなかった彰は意を決して彼に尋ねた。

「どうして、契約を結んでくれないんですか?」

 その直後、彰の目頭に溜まった涙が溢れて頬に伝う。それを合図に堰を切ったように彰はアルカシスに言った。

「俺は・・・、人間界でばあちゃんが死んでから、ずっと一人だった。でも、俺の髪を丁寧に整えてくれる、貴方が触ってくれるだけで幸せだった。貴方の調教が、とても居心地良かった。だから俺はっ・・・貴方を綺麗だと思った。ずっと貴方に囚われていたいと思った・・・、なのに・・・どうして、『命の契約』を結んでくれないんですか!?」

 始めて彼に気持ちを伝える事ができた。
 彼は驚いている。口を噤んで一切言葉を発しないが、内心本当に驚いているのが分かった。

 言い切った彰は両肩で荒い呼吸を繰り返す。無理に胸筋を使ったせいだろう、鎖骨辺りが痛い。
 でももういい。自分の気持ちは伝えた。
 後はこの人から去るだけだ。

 彰の言葉を聞いたアルカシスは驚いた表情から穏やかな笑みを浮かべて言った。

「私を刺した君の気持ちを、君が洗脳を受けている間、トールから聞いた。奴は洗脳する対象者の記憶と感情を視る事ができる。奴は、君が私に【怖さ】という感情ともう一つ【ある感情】が芽生えていたと言っていた。それが何か分かった時、私は君に殺され闘神の神力を得る事を決めた。何だと思う?」

 語りかけるように自分に話すアルカシスに、両肩を上下に動かして呼吸を整えながら彰は考えた。

 自分が、彼に対して持っていたもう一つの感情。

 ハッと、彰は目を見開いた。
 まさか、彼はその事を知って闘神の籍に就く事を決断したのか。

 彰の表情を見て、何なのか分かったのだと確信したアルカシスは、荒く呼吸する彰に優しく囁いた。

「ーーそれは【愛】だ。君は【愛】を知らない私に【愛】を向けてくれた」

 そう語る、彼の顔は今まで一度綺麗だと彰は思った。
 涙が次々に溢れ出る彰に、アルカシスは続けて言った。その表情は、先程の何を考えているのか分からなかった表情と全く違う。素直に喜んでいる。
 
「だから、私は闘神の籍に就く事を決めたんだ。君からの【愛】を得る為に」
「アルカシス様・・・っ!」

 彼の真意は、自分の思っていたものとは全く違っていた。ではなぜアルカシスは自分に恋愛感情はないと言ったのか。

 彰は泣きながらアルカシスに尋ねた。

「どうじで・・・アルカシス様は、恋愛、感情は、ない、で・・・」

 泣き続ける彰の頭を撫でながらアルカシスは言った。撫でてくれるその手が、彰には心地良かった。

「闘神と淫魔との間に生まれた混血には、一つだけ欠落した感情があるんだ」
「えっ・・・?」

 話を聞き、涙が溢れ出ていた彰は驚きのあまり、涙が止まった。

「淫魔には生来『共感能力』がある。これがあるから淫魔は恋がどんなものか言葉にしなくても分かる。だが反対に神には備わっていない。私は生まれた時から、この共感能力がない。だから今まで恋も愛も知らなかったし、別に不便もなかった」

 だが。
 
「君は私に愛を向けてくれた事を知った時、君の愛が欲しくなった。君から愛を得る為なら、闘神の籍に座する事も厭わなかった。むしろそうしなければならないとさえ思った」

 彰は、どうしてアルカシスが自分に感謝したいと言ったのか分かった気がした。同時に、混血だから共感能力がないと言っていた彼が自分を欲していた事に無性に嬉しさを感じて仕方なかった。
 アルカシスはさらに続ける。

「君は、混血だった私に愛を向けてくれた。だが、契約は結べない。本来『命の契約』は双方の感情が成立しなければ結べないからだ。私には共感能力がないから君の望む『命の契約』を結ぶ事はできない。
ーーだから、私の【支配】を受け入れて欲しい」

 アルカシスの提案に、彰は顔を歪めて再び目頭から涙を浮かべた。
 泣き続ける彰を見ながら、アルカシスは続けて言った。

「神にも『命の契約』は存在する。だかそれは淫魔のように対等ではなく従僕だ。君を永遠に私の支配下に置く事。これが神の『命の契約』なんだ」

 その言葉を聞いた彰は、アルカシスの胸に顔を埋めると声を上げて泣いた。

「うっ・・・うわぁああ・・・」

 諦めていた。
 彼を殺した自分を、受け入れてくれるなんてないと思っていたから。

 でも言える。
 今なら、はっきりと言える。

「アルカシス様っ、俺を、っ、俺を支配してっ、下さいっ!ずっと貴方と・・・貴方に・
・・っ、支配されだいっ!」
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