願わぬ天使の成れの果て。

あわつき

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あの日 ~Darkness~

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ランティス達は和室で寛いでいた。掃除は綺麗に仕上がっており、文句なしの手入れだった。一度の説明で完璧にやるとは流石だとイリアは感激した。


「カレー作るの?」
「うん。人数多いからね」


イリアは先程出会った親友と仲睦まじく夕飯の支度を始めていた。
同じ施設で育った彼・夜永 太一はイリアの事情を知るただ一人の親友。幼い頃から他人の事には深く干渉せず、何でもすんなり受け入れる性格だった。其はイリアにとっても助かり、説明する手間が省けた。イリアが天界で女神の代理をする事になったと聞いた時も、何も問わずに「行ってらっしゃい」と笑顔で見送ってくれた。今も、ランティス達が天使である事を受け入れている。事ある毎に助けて貰い、イリアには感謝しかなかった。


「暫く煮込むの?」
「うん。ありがと、太一」


料理が一段落し、二人は和室へと腰を下ろした。ナギは疲れたのか、レフィに膝枕してもらいながら気持ち良さそうに眠っていた。


「さっきも紹介したけど、改めてちゃんと紹介するね。彼は、夜永太一。同じ施設で育ったあたしの親友なんだ。あたしがこの家を留守にしてた時も手入れしてくれてたの。色々支えて貰ってる」


太一はランティス達にぺこっと頭を下げた。特に自分から話すような紹介はない。


「太一。さっきも教えたけど、順番に紹介するね」
「あぁ、大丈夫。覚えたから」
「えっ、もう?」
「顔と名前覚えるのは容易いよ。確めてみる?」
「じゃあ……どうぞ」
「ランティス、カサンドラ、レフィ、ナギ。イリアがお世話になってる天使達だから、間違えたりしないよ」


太一は天使達を見渡しながら左に座っているランティスから順に名前を呼んでいった。


「流石、太一」


イリアと同様にランティス達も物覚えの早い彼に感心した。


「イリア。具合の方はもういいの?」
「あ、うん……。療養は出来てるから……」
「そっか」
「太一、学校は?今、試験中だよね?」
「今日からね。午前中で終わるから楽」
「じゃあ、勉強するよね?ごめんね、呼び止めて」
「いや。教科書読めば大体点取れるし、気抜いても成績には響かないから」
「あぁ、そう……」


太一は飲み込みが早く、要領も良い。何でもスマートにこなす彼をイリアは羨ましいと感じていた。


「……ん……」
「ナギ、起きましたか?」
「……あれ?ここ……」


大分良く寝たらしく、ナギは一瞬何処にいるのか解らなかった。


「イリアの家ですよ」
「あぁ……そっか。イリア様の……」


ナギは身体を起こし、まだ眠たげな眼を擦りながら呟く。


「まだ寝てていいんだよ、ナギ」
「いえ……大丈夫です」


そう言いながら欠伸をしているナギを見て皆はクスッと笑った。


「じゃあ、ナギ。ちょっと散歩しに行く?」
「はい!行きたいです」


イリアに誘われ、ナギは嬉しそうに答えた。


「太一、夕飯食べていくでしょ?まだゆっくりしてるよね」
「あぁ。留守番してるから行っておいで」
「ありがと。じゃあ、皆行ってくるね」


二人は楽しそうに出掛けていった。イリアの足音が聞こえなくなったのを確認し、太一はランティス達に向き直る。


「……あの子の事、何処まで知ってるの?」


先程とは違い、静かなトーンで切り出す太一。ランティスがすぐに気づいた。


「何か事情があるんでしょ?其も、時間を掛けないと癒されないような」
「――あんたは知ってるんだ。イリアが天界に行く前にね、酷い事件が起きたんだ」


まだ話の流れを解っていないカサンドラとレフィも質問は挟まず、彼の話に耳を傾けた――。



「最初に異変があったのは、此処に越してきて1週間位経った頃だった。ドアのポストに手紙が入ってたんだ。短い文章で『ずっと見ている』って書かれてた。俺も見せて貰ったんだけど、殴り書きで手紙の端には血みたいのが付いてた。其で気持ち悪いってなって、暫くは警戒する様にイリアに言ったんだ。其から半年位は何も無かっただけど、そういうのって忘れた頃にやってくるんだ。警戒も薄れてた頃、イリアは襲われたんだ」
「襲われた……?」


ゾクッと背中に悪寒が走り、レフィは身体を擦った。


「病院に呼ばれたんだ。急いで駆け付けたら、イリアは身体中に包帯を巻いてた」
「……暴行されたって事?」
「あぁ。夜道を一人で歩いてた時に後ろから抱きつかれて抵抗したら殴られたって。そのまま路地裏に連れて行かれて何度も何度も暴力を振るわれたらしい」
「……酷い……」


もう聞くに耐えない様子のレフィは泣きながら呟いた。


「……それから、暫くは俺も一緒に行動するようにしてたんだ。男がいれば相手も警戒するだろうし。でも、俺とイリアは学校が違ったから送迎だけしか出来なかった。まさか、学校にまで忍んでくるなんて思わないよ……」


その時の事を思い出したのか、太一は頭を押さえながら息を整えた。


「……その日、イリアは何気なく窓の外を見てたんだって。そしたら、見覚えのある男が校舎に入ってきたんだ。躊躇いもなく校内に侵入してきたそいつは、イリアを暴行した奴だった」
「えっ……」
「男はそのままイリアのクラスに向かっていった。授業中だったから咎める人もいなくて……。惨劇が起きたんだ……」


ガラッと開いた扉。教師も生徒も何事かと視線を向ける。突然現れたその男は、鉈を片手に持っていた。教師が名を問う前に男は鉈を振り上げ、教師の頭を刈った。紅い血潮が舞い、悲鳴が響き渡る。男はイリアの名を呼びながら近くにいた生徒達から容赦なく鉈の餌食にしていった。イリアは目の前で起きている事を理解出来ず、言葉を失う。男は殺す事に躊躇いなど微塵もない。阿鼻叫喚に包まれていた室内はあっという間に静かになり、血の海へと変貌した。


「イリアぁー。お前が振り向いてくれないから此処まで来ちゃったじゃないか。これでもう君を縛るものはなくなったね」


男は優しげな口調でイリアに近付いた。イリアは恐怖で動けず、身体を震わせる。


「さぁ、イリア。おれと一つになろう。ずっと一緒になりたいと思ってたんだよ。手紙の返事がないから直接聞きにいったら抵抗するし、力で支配した筈なのにケロッとしてるし。だから強行手段に出ちゃった。君の所為だからね。みんなが死んだのは。おれを見てくれないから」


男は自分勝手な言い分を放ち、イリアを追い込んだ。信頼していた先生も仲の良かったグラスメイト達も一瞬で散った。紅い滴だけが身体にまとわりつき、寒さに耐えられなかった。


「イリア。おれと一緒に死んで生まれ変わろう。今度は誰にも渡さない。あの男にも。だから、おれと一緒に……」
「イヤ……」
「さぁ、イリア」
「嫌……っ……!イヤぁあぁ――……!」



気付いた時には男は死んでいた。少女の持っていた剣によって。身体を貫かれ、苛立たしくも満足げな表情を浮かべていた――。



「イリア!!」


辺り一面、白い空間に包まれた部屋。彼女は精神錯乱状態で駆け付けた太一の事も解らなかった。ただずっと「ごめんなさい」と小さく呟いて……。



「それから一年くらい経って、イリアは回復してきた。笑えるようになってきた頃、女神様に勧誘されたって」


話を聞き終えた彼らは何も言えず、ただ俯いていた。レフィは泣きすぎて目が腫れている。


「……あんた達は、イリアの味方?ちゃんと、天界でやれてるのかな……」
「ぼくらはイリアを裏切らない。ずっと味方だし、支えになる覚悟は決めてる」


ランティスが太一の目を見ながら言った。その言葉に嘘がない事を太一は感じとり、安堵する。


「天界じゃあ、楽しそうにしてたのに……」
「あぁ……。いつも笑ってた……」
「……イリアの事……何も知らなかったんですね……」


3人は今までイリアの事を知ろうとしなかった事を悔いた。いつも明るく楽しそうに笑っていた少女。ランティス達にとっては想像も付かない様な出来事だった。


「あんた達も一緒に来たって事は、イリアはまた天界に戻るんだよね?そしたらさ、イリアの事、悲しませないで……。もう……あんな表情のイリアを見るのは嫌なんだ……」


太一は一緒には行けない。だからこそ、自分で守れないのが苦だった。彼の想いに3人は頷く。


「大丈夫だ。イリアには、気楽に過ごして欲しいから」
「そうだね。おれらも努力しなきゃ」
「――ありがとう。正直、虐められてたらどうしようって思ってたんだけど、心配なかったね」
「安心して下さい。皆、イリアの事を大事にしていますから」


彼らの言葉を聞いて、太一は安堵した――。


「……それで、何で一度戻ってきたの?  」


話題を変え、一番初めの疑問を投げ掛けた。


「女神からの御使いだよ」
「御使い?」
「リップクリームを無くしちゃったみたいでさ。イリアに買ってきて欲しいんだと」
「後は、イリアへの気遣いですね。此方なら、羽も伸ばせますから」
「……そう。良いけど、あんたら出掛ける時は覚悟しておきな。絡まれた時は、レイヤーだって言っとけばなんとかなるから」
「レイヤー……?」


太一の忠告に3人は首を傾げたが、取り敢えず頷いておいた。
それから暫く雑談していると、イリアとナギが帰ってきた。ナギは嬉しそうにイリアに買って貰ったぬいぐるみを抱いていた。


「何処まで行ったの?」
「んー?そこのスーパーまで。ナギが入りたそうにしてたから二人で探索してきたんだ」
「良かったですね、ナギ」
「はい!ありがとうございます、イリア様」
「いえいえ」
「ナギは可愛いから受けがいいかもな」
「あぁ、それね。結構女の子達から可愛いってトキメかれてたよね」
「ぼくはそんな……。イリア様の方が断然可愛らしいです」


照れながらそう言うナギにイリアもときめいてしまった。


「――じゃあ、夕飯にしよっか。お腹空いたよね」
「そうだね」
「あ、太一いいよ。あたしがやるから」
「イリアは休んでて」


優しく微笑まれ、イリアは少し赤くなりながら素直に従った。
カレーの匂いが漂い、十分に空腹感も出てきた頃、彼らは楽しく夕食を嗜んだ。太一の学校での話はレフィ達も興味があったらしく、沢山聞いていた。逆に天界の話に太一も興味を向け、色々と知っていった。イリアも懐かしさを感じて、お腹と一緒に満たされた。



「おい、ナギ。寝るなら布団で寝るぞ」
「ん……あぁ、はい……」


既に船を漕ぎ始めているナギにカサンドラが声を掛け、イリアに布団のありかを聞き、和室に敷いて準備した。


「ほら、ナギ。此処で寝な」
「……はぁい……」


欠伸をしながら間の抜けた返事をし、ナギは横になった。イリアから貰ったぬいぐるみを抱きながらスッと夢の中へと誘われた。


「天使って言っても、子どもと変わらないな」
「そうだね。太一、そろそろ帰る?」
「あぁ、明日も学校だし」
「じゃあ、その辺まで送るよ」


イリアはランティスに声を掛け、太一と一緒に外に出た。秋の匂いとともに肌寒さも感じ、イリアはぶるっと肩を震わす。
 

「風邪引きそうだな」
「うん。気温差にやられそう」
「体調管理しないと」
「そうだね」


二人は歩きながら話す。太一の家は知っていたが、夜道にイリアを一人にする訳にはいかないと、本当にすぐ其処までと言う場所で太一はイリアに言った。


「じゃあね」
「……太一」
「なに?」
「……みんなに……話してくれたんだね。あたしの事。ありがとね。なんか、切り出すタイミング解らなくて……」
「いいよ。自分から話せるような事でもないだろ?彼らも理解してくれた。イリアを支えてくれるって約束したから」
「そっか……。本当、ありがとう太一」
「帰ってきたら連絡してね」
「うん。じゃあ、またね」
「バイバイ」


太一は平然と帰っていった。イリアはふと夜空を見上げる。1つだけの満月。改めて新鮮さを感じ、また風が吹く前に早足で帰路に着いた。



「――あれ?カサンドラも寝ちゃったの?」


和室の電気が消えていたので様子を見てみると、気持ち良さそうに眠っていた。


「添い寝している内に静かになりました」
「カサンドラは面倒見いいから」
「そうだね。あたし達も寝よっか」
「はい」


カサンドラ達の横に繋げて布団を引き、寝る体勢になる。イリアはレフィとランティスの間になった。


「なんかいいね。皆とこうやって寝るの」
「そうですね」
「イリア。ぼく、見張りに立った方が良いんじゃ……」
「大丈夫だよ、ランティス。ちゃんと鍵閉めたし」
「……そう、ですか」
「ありがとね。明日はお買い物行くし、今日はもう寝ましょう」
「――はい」


イリアに促され、ランティスも眠りについた。
久々に自宅での休みを取り、イリアはいつもよりすぐに寝付く事が出来た。





夜も深まった頃、レフィは窓から射し込む月の光を浴びながら空を眺めていた。此処には1つしか月がない。大きくもなく小さくもない間を取った様な形。イラ達は何をしているのだろうかとふと思った。



「寝れないの?」


急に声を掛けられ、ビクッと肩を震わせたがその声がランティスだと気付き、ほっとする。


「貴方もですか?」
「あぁ……。目が冴えた」
「ボクもです」
「……此処の空気、どう思う?」
「……少し、喉にきます。料理は美味しかったですけど……」
「同感。どれだけ天界が楽園か思い知るよ」
「そうですね……」


二人は同じ空を見上げ、天界を想う。手を伸ばしても届かない場所。


「……ホームシックになりそうです……」
「もう?早いね。イラがいないと不安?」
「……はい。いつも一緒に寝ていましたから」
「えっ……。なに、やっぱりそういう関係だったの?」
「はい。あれ?言ってませんでしたっけ?」
「まぁ、薄々気付いてたけど」
「イラは、ボクの憧れなんです。強くて誇らしくて、少年天使の頃から親しくなりたいと思っていました」
「……昔の姿、知ってるの?」
「この間、話しました。正直、見放されると覚悟していたんですが、温かく受け入れてくれたんです」


レフィは頬を赤らめながら誇らしげに語った。イラとの関係はランティス含め、他の天使達も気付いている。二人の間には踏み込めない雰囲気があった。


「そっか……」
「欲を言えば、アルカディアとも和解して欲しいと思っているのですけど……」
「難しいだろうね。誰も不仲になった理由知らないんでしょ?」
「ランティスも?」
「うん。以前に聞いたら哀しげな表情された。イラは話さないの?」
「はい……。ボクも聞いてみたんですけど、誤魔化されてしまって……」
「話せない事でもあったのかな」
「……其でも、同じ『ミスタシア』なのですから、気まずいのは避けたいです」
「そうだね……」


その想いは他の『ミスタシア』達も同じだ。アルカディアと親友であるエチカでさえ、その理由を知らない。其でも今まで上手くやれてきたのは、女神の御加護とイリアのお陰だ。


「……レフィはさ、ぼくの事、避けたりしないね」
「どうしてですか?」
「裏切り者だし」
「気にしませんよ。貴方はボクの事、助けてくれたじゃないですか。その恩は忘れません」
「……其だけで?」
「……本当は、イリアが止めなかったらボクが止めようと思っていました。でも……貴方を庇ったら、ボクも同罪になってしまうと思って……」
「それが正しいよ。レフィは優しいね」


ランティスに誉められ、レフィはまた頬を赤らめた――。









女神に呼び出されたアルカディアとイラは彼女の部屋へ招かれた。赤ワインで晩酌をし、暫し女神の話に耳を傾けていた。


「――で?イラはどうなの?」
「……何がですか?」


いきなり話を振られ、イラは首を傾げた。


「レフィとは上手くいってるの?」


赤ワインを飲もうとしていたイラは予想外な質問にギクッと肩を震わせた。


「女神……そういうのはちょっと……」
「あら、どうして?レフィは可愛らしいじゃない。もう全て知っている仲なのでしょう?」
「……ですが……あまり自分からは……」
「あらぁ!言えない所まで踏み込んじゃったの?」
「女神!」


たじろぐイラを見て女神とアルカディアは楽しそうに笑う。酒が絡むと女神は惜しげもなくどんどん踏み込んでくる。その勢いには勝てなかった。


「良いじゃない。仲良き事は美しきかなって言うでしょう?」
「知りませんよ」
「そう?地上で覚えた言葉なの。私はこの言葉に惚れちゃった」
「雰囲気が良いですね。オレも好きです」


アルカディアが同意すると機嫌を良くした女神は彼にお酌した。


「……其で、女神。私達を呼んだのはただ話し相手に選んだだけですか?」


コホンと咳払いしながらイラは話の流れを変えた。


「あぁ……。そうね、本題に入らないとね」


女神は急に真剣な表情になり、持っていた赤ワインをテーブルに置いた。


「そろそろ……頃合いだと思うの」


その一言で二人は何の話かすぐに察知した。


「イリアちゃんも大分慣れてきたみたいだし、天使達の信頼も得ているでしょう。だから、改めてあの子に天界を任せたいの」
「……良いんですか?ゼウスは何て……」
「スーちゃんも受け入れてるわ。貴方達には辛い想いをさせてしまうかも知れないけど……。私はイリアちゃんを天界に必要な存在にしてあげたいの。その為には、貴方達の力が必要になるわ」
「……どんな結果になろうとも、ですか?」
「えぇ。私はその心算(つもり)でいるわ。また此処に帰ってきた時、今よりももっと良い空気になっていると信じています」


女神の決心は揺るがない。二人も彼女の考えに肯定だった。其は、少年天使の頃からの約束。


「――解りました。機会を見計らって動きます」
「イリアちゃん達が帰ってきて暫くはいつも通りにしてるけどね」
「えぇ。貴方達に任せるわ」


二人が受け入れてくれた事に女神は礼を言い、安堵の笑みを浮かべた――。

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