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帰る場所~home~ 後編
しおりを挟む早々と準備を済ませ、イリアは防犯チェックを済ませた。レフィ達もそわそわしながら楽しみにしている。
イリアは独り暮らしをするようになってから通い始めた銭湯へと皆を案内した。昔ながらの造りで決して広くはない小さな銭湯。だが、常連の客もついており、湯加減は最高だった。まだ入浴には早い時間なので客は少ない。
「太一、皆のこと頼んでいいかな?」
「オッケー」
「ありがと」
男湯と女湯で脱衣場が分かれていることにランティス達は首を傾げた。
「イリアは一緒に入らないのですか?」
「うん。一応、女の子だし」
「なら、ぼくもイリアと一緒に……」
「ダメだって!此方の倫理に従って」
イリアについていこうとするランティスを太一が止めた。
「あ。ナギ、一緒に入る?」
「はい!」
「ナギならまだ幼いし、大丈夫だよね」
「まぁ、問題ないんじゃない?」
太一もナギ位の年代なら女湯に同行しても違反ではないと察した。
「ちょっ……!何故、ナギだけ……」
「子どもだし、あれ位なら許されるから。でも、あんた達も許されそうだけど」
その見た目に文句をつける者はいない。だが、混浴でない限り、彼らであっても規定に違反する。太一は淡々と彼らを引き連れ、色々と教えた。幸い、お客さんは常連のおじいさん達だけでそんなに混んでおらず安心した。
「水浴びのようなものですか?」
「似たようなもんだと思うよ。温かいけどね」
「タオルは巻かないの?」
「置いてって。あと、レフィは髪結んで。お湯の中でゆらゆらされたら怖いから。カサンドラもお湯に浸からないように束ねて」
太一はイリアから預かった髪ゴムをレフィに渡し、促す。二人とも上手に髪を結わき、準備が整った所でいざ浴室へ。体を洗う場所と大きなお風呂があるだけの本当に小さな銭湯。壁には当たり前のように富士山が描かれている。
「あの絵、素敵ですね。色合いも美しいです」
「地上の人達が誇る山だよ」
「素晴らしいです」
「お湯に入る前に軽く体洗ってね」
絵に見とれるレフィを連れながら他の二人にも促し太一は洗い方も伝授した。温かいお湯に驚くのも束の間、すぐに癒されたランティス達はやっと湯の中へと浸かった。
女湯にもぽつぽつと常連のお客さんがいた。イリアは軽く挨拶しながらナギに服を脱ぐよう促した。
「ぼくは此方で良かったのですか?」
「うん。ナギは可愛いから大丈夫」
「……ありがとうございます」
イリアに誉められ、ナギは赤くなりながらお礼を言った。
「あら、可愛い子ね」
「弟さん?」
浴室にいたおばさん達に声を掛けられ、イリアはそういう事にしておいた。ナギは大人しくニコニコしている。
「ナギ、おいで」
洗い場でお湯を掛けるとその温かさにナギも驚いていたがすぐに慣れ、イリアも体を洗い流し、一緒にお風呂に入った。
「癒されます」
「本当にねー。来て良かった?」
「はい!色々と経験出来て嬉しいです」
「ナギは素直で良い子だねぇ。《ミスタシア》になってどう?心境は」
「……なった以上はその責任を実感してやり遂げます。イリア様のお力になれるならいつでも使って下さい」
「ありがとー、ナギ。帰ったら歓迎会やろっか」
「はい!」
ナギの素直さにイリアも自然と顔が綻ぶ。男湯から何の騒ぎも聞こえないということは太一が面倒見てくれているのだろう。イリアは久々のお風呂に体を癒したーー。
どれだけ浸かっていたのか、目を覚ました時には大分体が火照っていた。寝ていたのだろうか、隣を見るとナギはおばさん達から可愛がられていた。
「……あー……逆上せたかな……」
立ち上がろうとした時、ふらっと目眩がしたのでイリアはまた腰を下ろした。今出たら完全に倒れる。もう少し意識をはっきりさせながらイリアは出るタイミングを見計らった。
「今日、帰るんだろ?」
レフィとランティスが富士山の絵に見とれている中、太一はカサンドラに聞いた。
「そのつもりだよ」
「……イリアのこと、本当に頼んだよ。強い子じゃないんだ。見えない所で泣いてるかも知れない。ちゃんと気付いてあげて欲しい」
太一は真剣に、けれどどこか柔んだ表情でみんなに伝えた。
「解ってる。泣かせるような事はさせない」
「ボクらも同じです。イリアの事は任せて下さい」
ランティス も微笑む。太一は彼らの意思に安堵し、大丈夫だと悟った。
「ありがとう」
「イリアの事、大切に想ってるんだな」
「そりゃあね。一緒に育ってきたし……。だから、心配もする 」
「そっか」
「……そろそろ出よっか。イリア達も上がってる頃だろうし」
たっぷりと浸かった彼らは早々に浴室から出た。体を拭き、服に着替えるまで太一に促されながらぞろぞろと脱衣場から出てきた。
「あ、イリア様。みなさん出て来ましたよ」
先に上がっていたナギがソファーの上で横になっているイリアに声を掛けた。
「あー……みんなどうだった?」
「イリアこそどうしたの?逆上せた?」
「ちょっとねー……。ふらふらしちゃって」
「大丈夫ですか?」
レフィ達も心配しながら様子を窺う。イリアは額にタオルを乗せ、項垂れている。
「何か飲む?」
「んー……水ー」
「わかった」
太一は近くにある自動販売機で水と序でに彼らにも適当に飲み物を買った。
「……これは?」
見慣れない飲み物を貰った彼らは首を傾げながら聞いた。
「珈琲牛乳」
「コーヒー?」
「このキャップを開けて飲むんだよ」
「はぁ……」
太一に教わりながら恐る恐る口に含む。程よい甘味で包まれた珈琲の香りが漂い、ほっとするような味わいだった。
「とっても美味しいです!」
「なんか懐かしい味」
「良かった」
イリアも水を飲んで落ち着いたのか、馴染んでいるランティス達を見て微笑んだ。
「もう少ししたら、帰る?」
「イリア、歩けそう?」
「大丈夫大丈夫……」
立ち上がった瞬間また目眩がし、ふらついてしまった。
「無理はダメだよ」
イリアを支えながらランティスが優しく囁いた。
「ありがと、ランティス」
「目眩するなら、おぶっていきましょうか」
「えっ……」
「ね?」
そう微笑まれたらその美しさに呑まれてしまい、イリアは頷いていた。
「頼りになるな」
太一は流石だと感心しながら呟いた。イリアはランティスにおんぶしてもらい、銭湯を後にした。
「じゃあ、此処で」
分かれ道、太一は先を歩くイリア達に声を掛けた。
「あ、太一」
イリアはランティスに下ろすよう促し、太一に歩み寄った。
「どうした?」
「色々、ありがと。すごく助かった」
「何言ってんの。当たり前でしょ」
「うん……。本当に、ありがとう」
正面からお礼を言われ、太一も嬉しそうに笑った。
「また帰ってきたら話聞くからさ」
「楽しみにしててね」
「あぁ」
「あ、そうだ」
イリアは鞄の中を探り、銀行の手帳とカードを渡した。
「また、預かって貰ってていい?」
「いいよ。今日大変だったみたいだね」
「あぁ、まぁ。なんとか無事だったけど」
「守ってくれたんだね」
「うん。本当に感謝しきれない位だよ。あ、太一にも感謝してるからね!」
「解ってる。ランティス達とは約束したし」
「約束?」
「男同士の約束ってやつ。天界に戻ってもイリアが笑っていられますようにって」
「太一……」
「楽しんできな。滅多に経験出来ない事なんだから。いつ帰って来ても良いように、お前の居場所は守っておくからさ」
優しく頭を撫でながら太一は笑って言った。その想いにイリアは泣きそうになった。
「ありがとう……」
「イリアの為なら何でも聞くから。安心して満喫しておいで」
「うん……」
溢れそうになるイリアの涙を拭いながら太一はよしよしと宥めてくれた。その様子を見ながらランティス達も微笑ましく眺めていた。
「ーーまたね、イリア」
「太一も、元気で」
皆にも声を掛けながら太一は手を振りながら帰っていったーー。
その夜。
イリアが天界への荷物をまとめていると、直接女神の声が頭の中に響いてきた。
「女神様?!」
『はぁい。イリアちゃん、地上はどうだった?息抜きは出来たかしら』
「はい。十分に」
『そう。なら良かったわ。私もゆっくり出来たし。此方に戻る準備は大丈夫?』
「丁度今終わった所です。皆にも伝えて……」
『大丈夫よ。さっきランティス達とは話したから』
「あ、そうなんだ」
その時、ランティス達がイリアの元に集い、準備万端な様子で微笑んだ。
『みんな一緒にいるわね』
「はい」
『じゃあ、今から此方に戻すわよ』
イリアは皆を側まで近寄らせ、離れないようにした。
『えいっ!』
女神の掛け声とともにまた淡い光に包まれ、一瞬にしてイリア達の姿が消えたーー。
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