願わぬ天使の成れの果て。

あわつき

文字の大きさ
29 / 45

帰る場所~home~ 後編

しおりを挟む

早々と準備を済ませ、イリアは防犯チェックを済ませた。レフィ達もそわそわしながら楽しみにしている。
イリアは独り暮らしをするようになってから通い始めた銭湯へと皆を案内した。昔ながらの造りで決して広くはない小さな銭湯。だが、常連の客もついており、湯加減は最高だった。まだ入浴には早い時間なので客は少ない。


「太一、皆のこと頼んでいいかな?」
「オッケー」
「ありがと」


男湯と女湯で脱衣場が分かれていることにランティス達は首を傾げた。


「イリアは一緒に入らないのですか?」
「うん。一応、女の子だし」
「なら、ぼくもイリアと一緒に……」
「ダメだって!此方の倫理に従って」


イリアについていこうとするランティスを太一が止めた。


「あ。ナギ、一緒に入る?」
「はい!」
「ナギならまだ幼いし、大丈夫だよね」
「まぁ、問題ないんじゃない?」


太一もナギ位の年代なら女湯に同行しても違反ではないと察した。


「ちょっ……!何故、ナギだけ……」
「子どもだし、あれ位なら許されるから。でも、あんた達も許されそうだけど」


その見た目に文句をつける者はいない。だが、混浴でない限り、彼らであっても規定に違反する。太一は淡々と彼らを引き連れ、色々と教えた。幸い、お客さんは常連のおじいさん達だけでそんなに混んでおらず安心した。


「水浴びのようなものですか?」
「似たようなもんだと思うよ。温かいけどね」
「タオルは巻かないの?」
「置いてって。あと、レフィは髪結んで。お湯の中でゆらゆらされたら怖いから。カサンドラもお湯に浸からないように束ねて」


太一はイリアから預かった髪ゴムをレフィに渡し、促す。二人とも上手に髪を結わき、準備が整った所でいざ浴室へ。体を洗う場所と大きなお風呂があるだけの本当に小さな銭湯。壁には当たり前のように富士山が描かれている。


「あの絵、素敵ですね。色合いも美しいです」
「地上の人達が誇る山だよ」
「素晴らしいです」
「お湯に入る前に軽く体洗ってね」


絵に見とれるレフィを連れながら他の二人にも促し太一は洗い方も伝授した。温かいお湯に驚くのも束の間、すぐに癒されたランティス達はやっと湯の中へと浸かった。



女湯にもぽつぽつと常連のお客さんがいた。イリアは軽く挨拶しながらナギに服を脱ぐよう促した。


「ぼくは此方で良かったのですか?」
「うん。ナギは可愛いから大丈夫」
「……ありがとうございます」


イリアに誉められ、ナギは赤くなりながらお礼を言った。


「あら、可愛い子ね」 
「弟さん?」


浴室にいたおばさん達に声を掛けられ、イリアはそういう事にしておいた。ナギは大人しくニコニコしている。


「ナギ、おいで」


洗い場でお湯を掛けるとその温かさにナギも驚いていたがすぐに慣れ、イリアも体を洗い流し、一緒にお風呂に入った。


「癒されます」
「本当にねー。来て良かった?」
「はい!色々と経験出来て嬉しいです」
「ナギは素直で良い子だねぇ。《ミスタシア》になってどう?心境は」
「……なった以上はその責任を実感してやり遂げます。イリア様のお力になれるならいつでも使って下さい」
「ありがとー、ナギ。帰ったら歓迎会やろっか」
「はい!」


ナギの素直さにイリアも自然と顔が綻ぶ。男湯から何の騒ぎも聞こえないということは太一が面倒見てくれているのだろう。イリアは久々のお風呂に体を癒したーー。



どれだけ浸かっていたのか、目を覚ました時には大分体が火照っていた。寝ていたのだろうか、隣を見るとナギはおばさん達から可愛がられていた。


「……あー……逆上せたかな……」


立ち上がろうとした時、ふらっと目眩がしたのでイリアはまた腰を下ろした。今出たら完全に倒れる。もう少し意識をはっきりさせながらイリアは出るタイミングを見計らった。





「今日、帰るんだろ?」


レフィとランティスが富士山の絵に見とれている中、太一はカサンドラに聞いた。


「そのつもりだよ」 
「……イリアのこと、本当に頼んだよ。強い子じゃないんだ。見えない所で泣いてるかも知れない。ちゃんと気付いてあげて欲しい」


太一は真剣に、けれどどこか柔んだ表情でみんなに伝えた。


「解ってる。泣かせるような事はさせない」
「ボクらも同じです。イリアの事は任せて下さい」


ランティス も微笑む。太一は彼らの意思に安堵し、大丈夫だと悟った。


「ありがとう」
「イリアの事、大切に想ってるんだな」
「そりゃあね。一緒に育ってきたし……。だから、心配もする 」
「そっか」
「……そろそろ出よっか。イリア達も上がってる頃だろうし」


たっぷりと浸かった彼らは早々に浴室から出た。体を拭き、服に着替えるまで太一に促されながらぞろぞろと脱衣場から出てきた。


「あ、イリア様。みなさん出て来ましたよ」


先に上がっていたナギがソファーの上で横になっているイリアに声を掛けた。


「あー……みんなどうだった?」
「イリアこそどうしたの?逆上せた?」
「ちょっとねー……。ふらふらしちゃって」
「大丈夫ですか?」


レフィ達も心配しながら様子を窺う。イリアは額にタオルを乗せ、項垂れている。


「何か飲む?」
「んー……水ー」
「わかった」


太一は近くにある自動販売機で水と序でに彼らにも適当に飲み物を買った。


「……これは?」


見慣れない飲み物を貰った彼らは首を傾げながら聞いた。


「珈琲牛乳」
「コーヒー?」
「このキャップを開けて飲むんだよ」
「はぁ……」


太一に教わりながら恐る恐る口に含む。程よい甘味で包まれた珈琲の香りが漂い、ほっとするような味わいだった。


「とっても美味しいです!」
「なんか懐かしい味」
「良かった」


イリアも水を飲んで落ち着いたのか、馴染んでいるランティス達を見て微笑んだ。


「もう少ししたら、帰る?」
「イリア、歩けそう?」
「大丈夫大丈夫……」


立ち上がった瞬間また目眩がし、ふらついてしまった。


「無理はダメだよ」


イリアを支えながらランティスが優しく囁いた。


「ありがと、ランティス」
「目眩するなら、おぶっていきましょうか」
「えっ……」
「ね?」


そう微笑まれたらその美しさに呑まれてしまい、イリアは頷いていた。


「頼りになるな」


太一は流石だと感心しながら呟いた。イリアはランティスにおんぶしてもらい、銭湯を後にした。



「じゃあ、此処で」


分かれ道、太一は先を歩くイリア達に声を掛けた。


「あ、太一」


イリアはランティスに下ろすよう促し、太一に歩み寄った。


「どうした?」
「色々、ありがと。すごく助かった」
「何言ってんの。当たり前でしょ」
「うん……。本当に、ありがとう」


正面からお礼を言われ、太一も嬉しそうに笑った。


「また帰ってきたら話聞くからさ」
「楽しみにしててね」
「あぁ」
「あ、そうだ」


イリアは鞄の中を探り、銀行の手帳とカードを渡した。


「また、預かって貰ってていい?」
「いいよ。今日大変だったみたいだね」
「あぁ、まぁ。なんとか無事だったけど」
「守ってくれたんだね」
「うん。本当に感謝しきれない位だよ。あ、太一にも感謝してるからね!」
「解ってる。ランティス達とは約束したし」
「約束?」
「男同士の約束ってやつ。天界に戻ってもイリアが笑っていられますようにって」
「太一……」
「楽しんできな。滅多に経験出来ない事なんだから。いつ帰って来ても良いように、お前の居場所は守っておくからさ」


優しく頭を撫でながら太一は笑って言った。その想いにイリアは泣きそうになった。


「ありがとう……」
「イリアの為なら何でも聞くから。安心して満喫しておいで」
「うん……」


溢れそうになるイリアの涙を拭いながら太一はよしよしと宥めてくれた。その様子を見ながらランティス達も微笑ましく眺めていた。


「ーーまたね、イリア」
「太一も、元気で」


皆にも声を掛けながら太一は手を振りながら帰っていったーー。



その夜。
イリアが天界への荷物をまとめていると、直接女神の声が頭の中に響いてきた。


「女神様?!」
『はぁい。イリアちゃん、地上はどうだった?息抜きは出来たかしら』
「はい。十分に」
『そう。なら良かったわ。私もゆっくり出来たし。此方に戻る準備は大丈夫?』
「丁度今終わった所です。皆にも伝えて……」
『大丈夫よ。さっきランティス達とは話したから』
「あ、そうなんだ」


その時、ランティス達がイリアの元に集い、準備万端な様子で微笑んだ。


『みんな一緒にいるわね』
「はい」
『じゃあ、今から此方に戻すわよ』


イリアは皆を側まで近寄らせ、離れないようにした。


『えいっ!』


女神の掛け声とともにまた淡い光に包まれ、一瞬にしてイリア達の姿が消えたーー。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...