願わぬ天使の成れの果て。

あわつき

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「わぁ☆イリアちゃん、ジャージ姿だぁ」


日中、【癒しの丘】に集った『ミスタシア』とランティスの前にイリアが現れた。他の天使達は離れた場所で観客に回っている。いつもの制服姿や私服姿ではなく今日は上下エメラルドグリーンの長袖ジャージ。常春の空気だが、若干動くと暑かった。けれどこの姿ならいくら汚れても構わない。露出度が低いのは怪我防止。ナージャには手当を予め頼んではいたが、大怪我は避けたかった。


「お待たせしました。皆は準備OK?」
「うん。バッチリ」


アルカディアが代表して答える。ナージャは他の天使達に混ざりながら観戦に備えた。イラやカサンドラはやる気満々でストレッチをしている。


「アーちゃん、本当に良いの?」
「ん?」
「『ミスタシア』に対して1人なんて……」
「大丈夫だよ、ミレイ」


今から行うのは、イリアVS『ミスタシア』の手合わせ。強くなりたいと願う彼女からの申請を彼らは引き受けてくれた。気乗りする者しない者と分かれたが、イリアに懇願されてしまえば後者は断れなかった。7対1の本気のバトル。観戦する天使達もそれなりの構えで眺めている。未だイリアを認めていない天使達にもイリアの事を知って貰う良い機会だと彼女は笑って言った。


「……意外だった。アルカディアが賛成するなんて」


イリアが準備体操を済ませる中、ランティスが隣にいたアルカディアに言った。


「あの子の願いなら聴いてあげたいじゃない。ランティスは反対だった?」
「半分。でも、戦いたい気持ちの方が大きい」
「いい機会だと思うんだよ。これでオレら全員に勝ったら否が応でも彼女の強さを認めざるを得ない。まぁ、強さだけじゃなくてもイリアちゃんはもう充分果たしてると思うけどね」


用意の整ったイリアを見つめながらアルカディアは誇らしげに話した。彼は最初からイリアの存在を受け入れていた。そこはランティスも凄いなと感心していた。


「ーーよし!じゃあ、やろっか」


イリアは剣を構え、みんなに促す。


「いつでも良いよ」
「じゃあ、おれから行くよ」


一番先に動いたのはカサンドラ。氷結した剣を大きく振り上げ、そのままイリア目掛けて勢いよく振り下ろした。キィィンと剣が重なる音と歓声が響き渡る。グッと後方へ圧されたのはイリア。表情を歪める彼女にカサンドラは余裕の笑みで力を加える。また一段と強さが増していた。


「重っ……」


イリアも全身に力をいれながら何とかカサンドラの剣を振り払った。けれど息継ぎも束の間、すぐ横からイラの腕が伸びてきた。イリアは瞬時に避けたがその瞬間によろけてしまい、バランスを崩した。その隙をイラが見逃す筈もなく、更に攻撃の手を伸ばす。長い手足が物凄い早さで向かってくる。それをイリアは紙一重で交わしていった。避けることしか出来ず、反撃の瞬間を与えられない。


「珍しいね。イラが体術なんて」


まだ戦闘を見守っていたアルカディアが呟く。体術といってもミレイには劣るがそれでもあの攻撃は簡単には見きれない。それ程イリアの動体視力は凄かった。
真っ直ぐに首元狙って伸びてきた綺麗な彼の長い指をゆっくりと見つめた後、イリアは後ろに身体を逸らし、そのまま地面に手を付きながら持ち上げた足でイラの攻撃を弾いた。そしてそのまま2、3転バク転しながら距離を取った。だが、彼女に休息の余地はない。背後に気配を感じ剣を構えた瞬間、両脇を鋭い風が吹き抜けていった。


「……っ」


避けたつもりが、左の頬から一筋の紅い滴が垂れた。今の風は後方にあった木々をバッサリと切断していた。


「やば……」


その威力と破壊力に言葉が出ない。あんなのをまともに食らったら真っ二つだ。


「流石ですね」
「エチカ。義手の調子はどう?」
「大分慣れてきましたよ。イリアには感謝しています」
「良かった。なら、本気出せるね」
「えぇ」


今度はイリアから向かっていく。エチカが能力を放つ前に動きを封じたい。
けれど、そんな考えは甘かった。イリアの剣筋は既に見切られており、エチカは軽々と交していた。


ガンッと義手の方で剣を捕まれ、どう動かそうとしてもびくともしなかった。


「わっ……!」 


そのまま思いっきり振り回され、その拍子にイリアは剣から手を離し、後方へと投げ飛ばされてしまった。
ドンッと受け身も取れずに地面に叩きつけられ、身体に痛みが走る。


「痛ったぁ……」
「立てる?」


立ち上がろうとしたイリアにアルカディアが手を指し伸ばした。イリアはその手を掴み、ふらつきながら起こして貰った。


「怪我してない?」
「……うん。多分……」
「そっか。じゃあ、オレも本気でいくよ」
「いいよ」


イリアが笑んだ瞬間、殺気が靡いた。顔の横スレスレにアルカディアの剣が光を放っている。いつ構えたのか、それ以前に動きすら見えなかった。ずっとアルカディアを見ていたのに。


「剣も無いのにどうやって戦うの?」
「……」


いつもの笑顔でそう問われ、イリアは答えに迷う。けれど、自分を強くするのはみんなだ。


「……やっぱり敵わないかもね。アルカディア強いもん。それに皆も凄く強い。あたしも頑張らなきゃって思うよ」
「イリアちゃんだって充分強いよ。感心させられる事もあるし、女神が選ぶ訳だよ」
「ありがとう、アルカディア」


そう耳元で囁かれた瞬間、イリアの姿が消え、アルカディアは反応に遅れた。


「どこに……」
「アルカディア、後ろだ!」 


イラに叫ばれ、振り返るとイリアはカサンドラの方へと走っていた。


「イリア……」
「カサンドラ、最近髪型変えたよね。似合ってるよ」
「え、あ……ありがと」
「そっちの方が好きだな」
「えっ……」


イリアに褒められ、動揺してしまったカサンドラは剣を取られた事に気付くのが遅れた。


「うそ……」
「ちょっと借りるね」


そのまま彼の剣を携えたイリアの正面にミレイが現れた。今まで観戦に回っていた為、イリアはミレイの存在に驚いてしまった。


「冷たくない?その剣」
「大丈夫」
「そう。良かったわ、貴方が普通じゃなくて」


彼が微笑んだ瞬間、イリアはガクンと膝から崩れ落ちた。何が起きたのか分からない。


「今、何を…… 」


見ていたナギがレフィに聞く。


「……ミレイはイリアの肩に触れただけです。けれどそこに込められた力は強い。恐らく、肩はもう使えないかと……」
「えっ……」


イリアは膝をついたまま立てずにいた。力が抜けてしまったみたいに脚が震えている。


「なんで……」


剣を支えに立ち上がろうとした際、右肩に激痛が走った。そこはさっきミレイに触れられた箇所。痛みどころか腕が上がらない。


「これ位で倒れられちゃ面白くないわ」


今までそんな視線を向けられた事のないイリアはミレイの存在に畏怖した。それは本気の目だ。


「貴方がワタシ達と戦いたいってお願いしてきたのよね?それがこの有様?」


初めて聴く声みたいに冷たい響き。イリアはミレイから目を逸らせなかった。


「無様ね」


嘲るように見下され、胸が傷んだ。


「何してるの?早く立ちなさい」


急かされ、イリアは痛みに耐えながらゆっくりとたち上がった。右腕は完全に使えない。左手で剣を構えるが、全然力が入らない。


「いくわよ」


ミレイは容赦なく攻撃してきた。イラよりも速さがあり、動きに無駄もない。イリアはなんとか避けきってはいるが、バランスが取れず足取りは覚束無い。左手では剣も振るう事がままならないし、何より焦れったい。


「くそっ……」


ハンデを背負ったままだと動きづらい。


「いい加減返して」


惚けていたカサンドラも我に返り、イリアの元へと寄ってきた。


「……どうしよ……」


呟いた矢先、背後から気配を感じ振り返った。レフィとイラが戦闘態勢で構えている。


パチンーーと指を鳴らすとイリア達の周りを焔が包み込んだ。アルカディアとランティスもやる気満々でイリアを見据えている。


「げっ……」
「囲まれちゃったねぇ、イリアちゃん。片腕は使えないし、武器も使えない。加えてこの人数だ。どうするつもりかな?」


アルカディアに問われ、イリアは答えを見失った。この手合わせを申し込んだのは自分。最後までやらなければ彼らに申し訳ない。


「ーーやるよ。最後まで」
「意気込みは立派だね。強気な姿勢も好きだよ」
「ありがと」


使えるのは左手だけ。グッと力を込めても上手く振るえるか分からない。


「じゃあ、行くよ」


アルカディアが光る剣を携えて向かってきた。左手に精一杯の力を込めて受け止める。利き手じゃないから扱いづらいが、なんとか防御は出来ていた。


「うわっ…」


力で押され、焔に近付き過ぎてしまい素早く離れた。だが、その焔の使い手が丸い火の玉を投げてきた。イリアは避けきれず、剣で顔を守った。


パンと小さな音が響き、目の前で火の玉が弾けた。カサンドラの氷の剣が焔を鎮火してしまった。


「流石……」
「だからそれおれの」


耳元で囁かれた瞬間、後ろからカサンドラの腕が剣に伸びてきた。
ドスッと重たい痛みを腹部に感じたのはカサンドラ。いい感じにイリアの肘打ちが入り、そのまま膝を付いてしまった。


「あ、ごめん……。つい…」
「だらしないわねぇ」


溜息混じりに呟きながらミレイが体術を仕掛ける。イリアはもう見切ったかのように軽く交わし、剣を逆に持ち柄の部分をミレイの腹部に突き当てた。


「かはっ……」


鳩尾に入り、身体の力が抜けふらついた。
一息する間もなく黒い霧がイリアを包み込んだ。静かな視線を向けるイラを見る。彼の能力は厄介だ。


ーーどんなに頑張ったってお前の罪は消えない。


幻聴があの時の惨劇へと手招いている。


ーーこっちにおいで。楽になるよ。


「イヤだ!」


雑念を打ち払い、剣を振り回す。霧が晴れた瞬間目の前にイラが現れた。


「……そう来ると思ったよ」 


イリアは口元に笑みを含みながら呟き、イラを上目遣いで見つめた。その可愛らしさにイラは胸を打ち、一瞬の隙を見せてしまった。


グサッと容赦なくイラの肩を貫いた氷の剣。そのまま引き抜かれ、鮮血が飛び散った。刺された左肩は凍結していた。


「…イリア……」


負傷した箇所を押さえながらイラは目の前の少女に恐怖を感じた。白い歯を見せながら笑っている。まるで楽しいと云わんばかりに。


「イラ!」 


まさか彼が返り討ちに遭うなんて思いも寄らなかったレフィが動揺しながらもイリアの前に出た。


「怪我は?」
「大した事ない」
「なら、良かったです」


レフィの目が変わり、イリアはぴくっと反応する。敵と見なした相手にレフィは容赦などしない。


繰り出された水輪にイリアは捕まってしまった。動きを封じられ、どうもがいても外れない。戸惑うイリアに構わず更に攻撃を仕掛ける。レフィの周囲に現れた水滴が矢の形になり、イリア目掛けて飛んできた。


パシャンパシャンと身体に打ち付けられ、その打撃力に激痛が伴った。まるで殴られた感触みたいに水滴の当たった箇所が痛い。ズキズキと痛みが広がっていく。


「痛っ……」


パンっと突然イリアを捕らえていた水輪が弾け、そのままイリアを包み込むように球体になった。足元から水が溜まり、あっという間に腰まで水位が上がってきた。なんとか剣で球体を破ろうとつついてはみたものの変化はなく無駄な足掻きとなった。


「っ……!」 


水位はイリアの頭まで溜まった。息も出来ず、バタバタと足を動かすが軈て意識が遠くなり力が抜けてしまった。


「イリアちゃん……」
「気絶しただけです。身体に害はありません」 


流石に心配になったアルカディアは狼狽えてしまった。もし、普通の人間だったら死んでしまうかもしれない。
レフィは指を鳴らし、イリアから水を解き放った。いきなり解放され、呼吸の仕方が分からなくなりかけた。空気が身体に流れ込み、喉に詰まっていたものが咳となって漏れた。


「…すぐに意識を戻すとは、流石ですね」 


イリアは息を整えながら立ち上がった。全身から水滴が流れ落ちる。ジャージが水を含み過ぎて重たかった。右肩の負傷を上手くカバーしながらジャージの上着と下のズボンを脱ぎ、体操服姿になった。大分軽くなり、肌に空気が当たって気持ちよかった。


「お待たせ」


左手でカサンドラの剣を構え直し、レフィに向き直る。


「……どうしたの?」


顔を逸らしているレフィにイリアは首を傾げた。


「そんな…破廉恥な恰好は如何かと思います……」
「あぁ……ごめん。これしかなくて」


ブルマ姿のイリアは細い脚が強調され、セクシーに見えた。


「余所見してると危ないよ」


戸惑っているレフィを他所にイリアは向かっていった。


「退いて」


レフィを下がらせながらランティスがイリアの前に出た。突き付けられた剣を避けながらイリアの使えない手に触れた。


「痛っ……」
「骨折れてるよ。あまり動かない方が良いんじゃないですか?」
「平気……。後でナージャに治して貰うから」
「フェアじゃありませんね」
「えっ」


グッと力強く掴まれ、イリアは表情を歪める。けれど段々と痛みが引いてきた。


「……あれ?」
「片腕負傷であんたに勝っても嬉しくないよ」 
「…治してくれたの?」
「一応後でまたナージャに診て貰って下さい。応急処置なので」


右肩の痛みと重みがなくなり、腕も上がるようになった。剣を持ち替えても違和感はない。


「ありがとう、ランティス」


早速剣を構え、ランティスに向き直る。


「行きますよ」


焔が矢の形となって降り注いできた。カサンドラの剣で弾き、イリアもランティスへと向かっていった。


「あんたさ、剣でしか戦えないの?」
「ぅ……痛い所を……」
「体術とかは?」
「…からっきし」 
「さっきアクロバットしてたじゃん」
「運動神経だけは良いから……」
「へぇ?」


どんなに攻めてもランティスは軽々と避け、イリアの方が息が切れていた。


「自分の剣じゃないから戦い難(づら)いでしょ」 
「まぁね……」


ランティスは自在に焔を操り、イリアに向かって放ってくる。剣で受け止めるのも流石に疲れてしまい、イリアは1度彼から距離を取って離れた。


「周囲(こ)の焔が邪魔なんだ」 


さっきから熱いと思っていたのは周りを囲む焔。イリアは剣に力を込め、振るった。一カバチかの賭けだったがそれは上手くいき、ピシッと氷柱へと変貌した。  


パリンと氷が弾け、外にいたエチカは何事かと身構えた。


「エチカ避けて!!」 


カサンドラの剣が勢い良く飛んできたのをエチカはイリアの剣で弾き返した。しかし今度は氷柱の欠片が鋭い刃先を光らせながら粒となって降り注いできた。エチカは鎌鼬でなんとか打ち払ったが、今の状況を呑み込めないでいた。カサンドラとミレイは腹部を押さえながら屈みこんでおり、レフィは何故か赤面しながら顔を両手で覆いテンパっている。イラは片腕が氷漬けにされているし、ランティスとアルカディアも負傷していた。


「イリア……?」
「ごめん、エチカ。力が制御出来ない……」
「えっ……」


アルカディアとランティスも何が起きたのか状況判断に困っていた。周りを囲む焔を氷柱へと変化させた瞬間、いきなり剣先がアルカディアの腕を貫いた。目に見えぬ速さで攻撃され、 ランティスも巻き添えを喰らってしまった。イリアの意思で動いた訳じゃないらしい。当の本人は困惑しており、暴走する力に恐れていた。


カタンとカサンドラの剣をその場に落とし、イリアは膝をつく。両手で自分を抱くように力を鎮めようとしたが、どうしたら良いのか分からない。


「イリア……?」


心配になり、エチカは警戒もなく近づいた。その途端、いきなり腕が剣に伸びてきた。そのまま剣を奪われ、押し倒される形となってしまった。
ザンッと顔横スレスレにイリアの剣が突き刺さる。


「……イリア……っ……!」 


強い力で首を絞められ、エチカは抵抗したが何の意味も成さなかった。


「イリア様……!」


ーーナギ、変われ。


「ユキ……。でも……」


ーーいいから! 


「わかった」


ナギはユキと入れ替わり、その場を預けた。


抵抗しようとすると身体が痺れ、息が出来ない。流石に恐怖しかないこの状況にエチカは対応しきれずにいた。


「っ……?!」


突然イリアを黒い霧が包み込み、そのままエチカから引き離された。解放されたエチカは咳をしながら喉を押さえて起き上がる。


パンっ


黒い霧は一瞬で晴れ、呆然としているイリアをユキが引っぱたいた。


「仲間を殺す気?」


叩かれた頬が痛む。徐々に紅く腫れていき、違和感を覚えた。


「……今……何して……」
「エチカの首絞めてたんだよ。分かってないの?」
「……あたしが……?」
「勝負をなんだと思ってるの?」


ユキにきつく言われ、イリアは呆然とする。たった 今までの記憶がない。エチカの首を絞めていたとユキは言っていたが全く記憶にない。けれど、両手の痺れはちゃんと覚えている。仲間の首に手を伸ばした。


「……ごめん…」 


震えが止まらず、ただ謝る事しか出来なかった。


「イリア……」


エチカが近付き、様子を見やる。


「ごめんなさい……。エチカ……」
「いえ……。私は大丈夫です」
「ごめん……。本当に……ごめんなさい…… 」
「イリア……?」


ずっと謝り続けている彼女を不審がり、エチカは顔色を窺った。


「顔色が……」


そっと額に触れると熱かった。顔も紅く息も上がっている。


「すごい熱……。ナージャ!」


アルカディア達の怪我を治癒していた彼女を呼び、すぐに処置を施して貰った。イリアは眠りに付き、顔色も落ち着いた。


「さっきのは……」
「力の暴走?自分の剣じゃなかったから制御が出来なかったんじゃない?」
「それだけなら、エチカの首を絞めたりしないんじゃ……」 
「意識も無かったしね。ちゃんと自分の力加減解ってるのかな」


ユキが不安そうに呟き、みんなも考え込んでしまった。結局、手合わせは保留となりその場は解散となった。だが、観戦していた天使達の意識に変化が表れ、イリアを支持する者が増え始めていたーー。




その日の夜。
身体が楽になったのを感じ、イリアは目を覚ました。神殿の自室に運んで貰ったらしく、ケアも施してくれたらしい。身体を起こすとズキッと頭に痛みが走った。


「ーーお目覚めですか?」


声を掛けられ、そこにレフィとエチカがいたことに気付いた。


「……うん」
「水、飲みます?」
「ありがと……」


手を伸ばそうとした時、また頭痛が走ったが顔には出さずに差しだされたお水を受け取り口に含んだ。


「……身体は大丈夫ですか?」
「うん……。怪我もないと思うし……」
「ナージャが診ていましたし、熱も下がったかと…」
「熱?出てたんだ…  」
「倒れる前の事、覚えていますか?」
「…分かんない。なんか…真っ暗で…」
「まだ顔色がよくありませんね。今日はこのまま休んだ方が良いです」 
「でも……あたしから手合わせお願いしたのに…」
「予期せぬ事態は付き物ですよ」


優しくフォローしてくれるエチカにイリアは度々申し訳なく感じた。レフィも何も言わずに見守ってくれている。


「本当…ごめんね、エチカ…。記憶ないからとか訳分かんないよね…」
「もう気にしないで下さい。私なら大丈夫なので」
「……」
「イリア。過ぎてしまった事を悔いても意味はありません。これからどうするか、ですよ」
「…エチカ…」
「今日のことはまた明日に持ち越しましょう。疲れもありますし、また熱が出たらみんな心配します」
「…うん」
「私達は神殿にいますので、もし何かあったら呼んで下さい」
「分かった。ありがとう、2人とも 」


レフィとエチカは優しく微笑み、静かに部屋から出ていった。
イリアは痛む頭を抱えながら俯く。折角の好機だったのに、心配を掛けてしまった。力の制御が出来ない事に今更気付くなんて…。


「あー……もう…!」


苛立ちながら呟き、そのまま横になった。強くなりたいと思う気持ちが逸り過ぎてしまった。モヤモヤする感情を押し止めながらイリアは眠る事にした。





【神流の森】を歩きながらアルカディアとイラは今日のイリアについて話していた。夜なのでなるべく声を抑えながら。


「お前がアフターケアしなくて良かったのか?」
「オレだと、泣くかも知れないじゃない?感情を出してくれるのは良いんだけどさ、それで済まされちゃいそうだったから」
「…意外と厳しいな」
「優しさって言ってよ。レフィとエチカの前では泣かないだろうし、2人の方がイリアちゃんも安心するんじゃないかな」
「どうだかな」
「それにしてもさ、力の暴走ってあるのかな?」
「違うと言うのか?」
「んー……もし力の源があの剣なら、カサンドラの剣っていう違うものに自分の力を込めちゃったからその威力が抑えきれずにああなったってこと?」
「一理あるな。だが、それだけならエチカの首を絞めていた時は、イリアの意思があったということか?」
「んー……。よく分かんなくなってきた」
「私達が推測しても埒が明かないな」
「そうだね。やっぱりイリアちゃんと話してみるのが先決かな」
「同感だ」


ザッと現れた2人にビクッと肩を震わす中級天使達。彼らの中心には傷だらけの少年天使がいた。


「あーあ。可哀想な事しちゃって」
「ち、違う!こいつが弱いから……」
「弱ければ傷付けても良いの?」
「……それは……」


傷だらけの少年天使は既に意識を失っており、痛々しい傷跡が目に余る。


「いけない天使達にはお仕置きが必要だよね」
「覚悟があっての行為なのだろう?」


アルカディアに柔らかく微笑まれ、イラに鋭い視線を向けられた彼らは更に身体を震わせ、首を横に振るった。


「やめて下さい……」
「どうか…命だけは…」
「乞うならもっと上手にお願いしてご覧」
「もう手遅れだがな」


音もなく降り注いだ落雷に包まれ、彼らは叫び声すら上げられずに黒焦げとなった。その塵を黒い霧で包み込み、空へと還した。


「中級天使ってまだいる?大丈夫かな?」
「あぁ。問題ない」 
「なら、いっか」


何事も無かったかのように2人はその場から去っていった。


【嘆きの果て】でいつものように魔物達とじゃれていた夜魅は一部始終を眺めていた。笑みを浮かべながら粛清するアルカディアを目で追っていた。何も感じない。何も想わない。何も悪いと思っていない。その感情は彼が与えてしまったもの。同じもので違うもの。その真意に気付かれるまでにはまだ時間を要すると夜魅は感じた。


「ごめんね……イリアちゃん……」


夜空に呟いた声に魔物が呼応し、その鳴き声は小さく木霊したーー。
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