願わぬ天使の成れの果て。

あわつき

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6番目の天使 ~ArteNadja~

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天使達はバタバタと忙しなく式典の準備に取りかかっていた。式典まであと10日。準備の様子を見ながらイリアは祭のようだと思った。提灯を付けたり、舞台を作ったりと其々振り分けられた係りに取り組んでいた。


「リーちゃん 」


イラと一緒に全体の指揮を取っていたイリアにナージャが声をかけた。


「ナージャ」
「どう?順調?」
「うん。イラが指示してくれてるから」
「そう」
「ナージャは?」
「あたしは治療室の準備。式典でも、何かあった時の為にね」
「成程」
「あ、リーちゃん。ちょっと付き合って貰える?」
「ん?」





ナージャに連れられて来たのは【神流の森】。此処には沢山の薬草があるらしい。


「『ヴィーナ』って言う薬草がこの辺にある筈なんだ。リーちゃんも探して貰える?」
「うん。どんな葉っぱ?」
「先が薄緑で真ん中辺りに金粉がついてるやつ」
「へぇ。其はまた豪華だね」
「効力は抜群よ」


二人は話ながら手を動かし始めた。似たような葉が沢山あり、この中から探すには時間が掛かりそうだ。


「この間、レフィが大怪我したじゃない?あの時はルシファーに頼るしかなかったけど、今度はあたしが治したい。どんな怪我も病気も一発で治るような万能薬を作りたいなって思ったの」
「うん」
「あたしはね、皆みたいに攻撃系の能力は使えないから、心配ばかりしちゃう。だから、与えられた能力を活かせるようにしたいんだ」
「うん。いいと思うよ」


確りと目標を持っているナージャをイリアは肯定した。


「ありがと、リーちゃん。あまりこういう事皆に話せなくて」
「あたしならいつでも聞くよ」
「良かった」
「そういえば、カサンドラは一緒じゃないの?」
「えぇ。彼は声楽隊の指揮だから」
「声楽隊?」
「合奏する天使達の事よ。楽器を奏でる天使と歌う天使が曲を作るの」
「成程。カサンドラは歌上手いんだよね?」
「あら。リーちゃんはまだ聴いた事なかったかしら」
「うん。この間歌ってたみたいだけど、神殿でダンスの練習してたから」
「そうだったの。なら、楽しみにしていて」
「うん」


カサッと手を動かした瞬間、痛みが走った。指に痺れを感じる。


「どうかした?」
「ん・・・なんか痺れた・・・」
「見せて」


ナージャに手を見せると指先が紅く腫れていた。ちくちくと地味な痛みが触れられる度に訪れる。


「弥生の葉っぱに触ったのね。大丈夫よ、すぐ治るわ」


そう言ってナージャはイリアの手を握りながら目を閉じた。段々と痺れが引いていくのが解る。あんなにちくちくしていたのにもう感じない。


「どう?まだ痺れてる?」
「ううん。もうなんともない。ありがと、ナージャ」
「良かった。弥生の葉は先が尖ってて偶に雫を出してる事があるの。この辺には生えてないから、此方で探した方が良いわね」
「わかった」


言われた場所に移り、イリアはよく見ながら探した。少しずつ葉の区別もついてきた。


「――あった!これ?」


キラキラしている葉を見せながらナージャに聞く。


「えぇ。当たり」
「まだあったよ」


イリアは見つけた場所を指しながら教える。ナージャは嬉しそうにその葉を摘んでいった。
そんなに沢山ある訳ではなく、全部採れてもボールに少量しか入らなかった。


「少ないね」
「充分よ。ありがと、リーちゃん」
「いえいえ」
「リーちゃん、この後は?」
「えっと・・・イラの所戻んないとかな・・・?」
「式典も初めてでしょ?もっとイラに頼ってもいいのよ」
「うん。でも、一応女神様の代理だから。仕事は担わなきゃ」
「そう。あたしも手助けするから、何かあったら言って」
「頼りにしてます」


イリアは可愛らしい笑みで敬礼にも似た手振りをした。


「ナージャは家帰るの?」
「カサンドラの様子を見てからね」
「じゃ、【癒しの丘】まで一緒だね」
「えぇ」


会話は絶える事なく二人は【神流の森】から出た。


「ナージャはカサンドラと仲良いよね」
「昔から一緒にいるから」
「いいなぁ」
「リーちゃんは、もう天界には慣れた?」
「あー・・・うん。まぁまぁかな。アルカディアが支えてくれてるし」
「本当に、リーちゃんラブよね。アルカディアは」


半分呆れ気味に呟くナージャ。その隣でイリアはクスクスと笑う。


「ナージャにも、感謝してる」
「えっ・・・」
「天界に来たばっかりの時はさ、不安で押し潰されそうだったけど、ナージャが笑顔で迎えてくれた」
「・・・そうね。あたしね、リーちゃんみたいな友達が欲しかったの」
「友達?」
「えぇ。リーちゃんはあたしの大好きな友達よ」


そんな風に言って貰ったのは初めてだった。イリアはどう反応したら良いのか解らなかったが、笑みが溢れていた。



【癒しの丘】に来ると作業は順調らしく、どんどん飾りが増えていた。


「すごーい」
「あ!リーちゃん、カサンドラ居たわ」


感嘆するイリアを連れながらナージャは練習中の声楽隊の所へと向かった。


「カサンドラ!」


声楽隊よりも大きな声で呼ぶナージャに一瞬肩を震わせながらもカサンドラは振り向いた。


「ナージャ、今練習中・・・」
「リーちゃんがね、カサンドラの歌聴きたいって」
「えっ・・・」


カサンドラはそう言われてイリアに気づく。少しだけ頬を赤らめたのは気のせいだろうかとイリアは思った。


「まだ、歌った事なかったっけ?」
「うん。その時にはいなかったみたいで」
「そっか。いいよ、イリアの為なら」


カサンドラは一旦休憩する事を声楽隊に告げ、イリアの元に歩み寄った。


「歌って言っても、イリアの世界の歌とは違うと思うけど・・・」
「いいよ。この世界の歌が聴きたい」
「解った」


その様子を見ていた声楽隊の天使達もカサンドラに注目し始めた。カサンドラは深呼吸をし、声の調子を整える。



息を吸い込み、カサンドラは歌を奏で始めた。


透き通る声で謳われる綺麗な旋律。滑らかに流れる歌声は音に近い。高い音程はもうそのもの。初めて聴く彼の実力(うたごえ)にイリアは感動した。聴いた事のない幻想的なメロディだったが、どこか落ち着きを与えてくれる曲だと思った。


ナージャは彼の歌声を聴きながら昔を思い出していた。
まだ少年天使だった頃、二人はいつも一緒にいた。


『痛いよう・・・ナージャ・・・』
『泣いたら強くなれないよ』


泣き虫なカサンドラに姉御肌なナージャ。小さな怪我でもカサンドラは痛いと泣いてナージャに世話を焼かれていた。


『ほら!もう治った!元気元気』
『ナージャは強いね。ヒーローみたい』
『ヒーローじゃないよ。ナージャは』
『じゃあ、なに?』


ナージャはただ微笑んだだけでその答えは聞けなかった。カサンドラも歌いながらふとナージャに視線を向ける。今は気高く美しい天使がにこにこと手を振った。


ずっと聴いていたいと思い始めていたイリアは周りから聴こえる拍手に気付き、いつ終わったのかと辺りをきょろきょろしてしまった。


「えっ・・・。ナージャ、いつ終わったの?」
「さっきよ。リーちゃん、夢中になっちゃった?」
「うん。素敵な歌声だね、カサンドラ」
「あ、ありがとう」


急に誉められ、カサンドラは返事に遅れた。


「また聴きたいな」
「いつでも言って。イリアの為なら歌うから」
「ありがとう、カサンドラ。式典も歌うの?」
「まぁね。ソロもあるから」
「スゴいね!絶対聴かなきゃだね。楽しみー」


イリアはナージャと盛り上がりながら楽しんでいた。そんな彼女をカサンドラは優しく見守っていた。



「あ。じゃあ、イラの所戻んないと」
「またね、リーちゃん」
「うん。カサンドラも」
「またね」



二人と分かれ、イリアはイラを探した。いつもより大勢の天使達が行き交っている為、なかなか見当たらない。


どんっ


余所見をしながら歩いていると誰かとぶつかり、イリアは尻餅をついてしまった。


「悪い」
「あぁ、いやあたしこそ・・・」


目の前の天使を見てイリアはぎょっとした。


「・・・サラ・・・」
「ふらふらしてると危ないから」


意外にも手を差し出され、起こしてくれた彼にイリアはびっくりしていた。


「なに?」
「えっ・・・!?いや、変わったなぁーと思って・・・」
「そりゃあね。アルカディアのお気に入りだし、流石にもう悪い事は出来ないよ」
「そっか・・・」
「誰か探してるの?」
「あ、うん。イラ見なかった?」
「さっき神殿に行くの見たよ」
「神殿か。ありがとう」


イリアはバイバイと手を振ってサラと分かれた。


「あー!もう・・・!」


神殿へ行く途中、誰かの声がし振り向いた。飾り係の天使達が何やら揉めていた。イリアは気になりながら歩を進めていく。


「こんな面倒なのもうやだよ」
「大体振り分けがおかしいんだよな。4人でどれだけ作ればいいんだって」


聞こえる文句から察するに、要は飽き始めているらしい。細かい作業をたった4人で行うには時間が足りなさ過ぎた。


「手伝おうか?」


イリアは控えめに彼らに声を掛けた。けれど、その一言が余計彼らの苛立ちを増長させた。


「いえいえ。女神の代理様の手を借りるような事じゃないですよ」
「こんな所で油売ってていいの?全体の指揮はイラがしてるって聞いたけど?」
「これからイラの所に行こうとしてたんだけど・・・。貴方達の声が聞こえたから」
「何それ。俺らが足留めしたって言いたいの?」
「そういう訳じゃ・・・」
「其にさぁ、女神もゼウスもいないのに、式典なんてする意味あるの?」
「えっ・・・」


彼らの刺すような視線がイリアを捕らえて離さない。


「あるよ。『ミスタシア』の皆だって楽しみにしてるって」
「本当かなぁ?」
「えっ」
「あんたに取り入ろうとして肯定してるだけなんじゃないの?」
「・・・そんな事・・・」
「無いって言い切れる?」
「・・・・・・」


言葉に詰まってしまったイリアは俯く。アルカディア達の本心を聞いた訳じゃない。自分の思い込みかも知れない。そんな負の思いが思考を迷わせた。


「答えらんないならもうやめていい?手痛くなってきちゃったんだよね」
「――勝手にしろ」


そう答えた天使に彼らは気まずそうな表情を浮かべた。



「作業が嫌なら他の天使に頼むようにイラに言っておくから。――ほら、遊んで来れば?」
「・・・っ!やるよ!やればいいんでしょ!」


逆らえないもどかしさから彼らは作りかけの飾りを持ってその場から立ち去った。


「大丈夫?」
「うん・・・。ありがと、ランティス」


助けてくれた『ミスタシア』にイリアは安堵の笑みを見せた。


「まだあんな天使がいるんだね」
「なかなか認められないものだよ・・・。いきなり人間が自分達の長だって言われたって、受け入れる天使とそうじゃない天使がいてもおかしくない」
「――解ってるんだ。自分の立場」
「うん。痛感してる・・・。だから、頑張らなきゃ。皆に認められなくてもいいんだ。少しずつ、関わっていけたらなって・・・」
「其じゃダメだよ」
「えっ・・・」
「皆から慕われる位の存在にならないと。女神は誰からも好かれてた。君にもその素質はある。おれらも支えるから、大きな存在になって」


優しく微笑むランティスにイリアは見とれてしまった。まさか彼からそんな事を言われるとは思ってもみなかった。イリアは「うん」と頷き、お礼を言った。


「神殿に行くの?」
「イラの所行かなきゃだから」
「そっか。じゃ、また後で」
「うん」


ランティスと分かれたイリアは嬉しそうににこにこしながら神殿へと向かった。


「ランティス」


彼女を見送っていたランティスに声を掛ける天使。ランティスはその天使と一緒に【神流の森】へと歩いていった――。





「あ、イラ・・・」


神官に着くと、丁度中から出てきたイラと出会った。


「どうした?」
「あたしも、手伝うよ」
「大体の事は済んだからな。後は確認だけだ」
「そっか。ごめんね、任せっきりで・・・」
「いや。これも私の仕事だからな。イリアが謝る事じゃない」
「でも・・・代理なのに・・・」
「そんなに気負うな。これから学んで活かしていってくれればいいさ」
「うん・・・」


イラは優しく言ったが、仕事を押し付けているみたいで少し罪悪感が過った。


「準備に問題はない。後は式典まで待つだけだ」
「・・・うん」
「躍りは順調か?」
「えっ、あぁ・・・。今日も練習するから・・・」
「あまり無理するなよ」


ポンッと頭を撫でながらイラは行ってしまった。今日は『ミスタシア』達に優しくして貰ってばかりだとイリアは思った――。




「リーちゃん」


一人、【エデンのほとり】で夜空を見上げていたイリアを見つけ、ナージャが声を掛けた。


「疲れちゃった?」


ナージャはイリアの隣に座りながら聞いた。


「あたしはそんなに・・・。他の天使達(みんな)に比べたら全然だよ」
「何かあったの?」
「・・・少しね。また、嫌味言われちゃった」
「あらあら。其は災難だったわね」
「でも・・・ランティスが助けてくれたから」
「ランティスが?へぇ、珍しい」
「そうなの?」
「あの子が誰かを助けるなんて滅多にないわよ」
「そうなんだ」
「良かったわね」
「うん」


ナージャに話した事で少しだけ不安がなくなった。


「式典、楽しみだな」
「リーちゃんの躍りはバッチリ目に焼き付けるわ」
「そんな注目されると緊張しちゃう・・・かも」
「大丈夫よ。リーちゃんには度胸があるもの。その強さが背中を押してくれる」
「ナージャ・・・」
「『ミスタシア』との躍りも楽しみにしてるわ」
「うん。あたしも」


二人は笑い合いながら会話を続けた。ナージャとはどんな話でも夢中になれる。二人でいる空間が大好きだった。


「リーちゃん、夕飯は?もう食べた? 」
「まだ・・・」
「なら、カサンドラの家で一緒にどう?」
「行きたい」
「じゃ、帰りましょう。あたしがご飯作ったの」
「ナージャの手料理か。楽しみ」
「自信作よ」


ナージャは夕飯のメニューから作り方までイリアに説明しながら、カサンドラの家へと帰宅した。
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