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ミスタシア ~Mistashia~
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「ぅわ・・・」
バランスを崩し、イリアはドンッと思いきり尻餅をついてしまった。
「痛った・・・」
立ち上がろうとした時、足に痛みを感じ不安が過った。【王座の間】にいるのはイリアだけ。今日も式典の準備で天使達は忙しそうに動いていた。ミスタシア達も其々の係に付いて指揮を取っている。
イリアは一人で躍りの練習をしていた。ステップも覚え、後はミスタシア達に迷惑を掛けない様にするだけだった。
「ナージャ・・・は準備で忙しいか・・・」
歩くのは無理そうだ。神官のパンドラも式典準備に追われて外にいる。夕方になれば準備も落ち着き、皆戻ってくるだろうが、其まではまだ時間がたっぷりある。
「どーしよー・・・」
膝を抱えながら呟く。イリアが此処にいる事を知っているのはイラとパンドラだけ。こんな忙しい中で迷惑を掛ける訳にもいかず、イリアは溜息をついた。
静寂が彼女を縛る。何もしてないと嫌な事を思い出してしまいそうだ。此処に来る前の事。女神と出逢う前。クラスメイトが惨殺されたあの日の事を――。
不安を拭えない。あれは自分の所為ではない。既に地獄だった。目に焼き付いた事象は今も鮮明に覚えている。阿鼻叫喚に包まれた空間でただ一人隠れながら耳を塞いでいた事を。
――お前が殺した――
「・・・違う・・・。あたしが殺ったんじゃない・・・」
――見殺しにしたんだ――
「違う!」
イリアの声がその場に響いた。気付けば全身汗でびっしょりだった。此処に来てから忘れていたと思っていたのに。思い出すだけでこんなにも恐怖に苛まれるなんて。
「・・・えっ・・・」
ふと両手を見れば、手のひらには赤い液体がベッタリとくっついていた。あの時と同じ様に。
「うそ・・・何で・・・」
――お前も死ねば良かったのに――
「嫌ぁ――・・・!!」
「イリア!」
耳を塞いで叫んだ彼女を誰かが優しく抱き留めてくれた。その温かさにイリアは思わず泣き出してしまった。
「――落ち着いた?」
彼女の耳元で囁いたのはランティス。自分の仕事を終え、神殿に来た時イリアの叫び声を聞いて駆けつけたのだ。
「・・・ランティス・・・?」
「珍しいね。あんたが泣くなんて」
ランティスはハンカチを渡しながら微笑んだ。その優しさにイリアはほっとする。
「ありがと・・・」
「怖い夢でも視た?」
「・・・うん・・・。そんなとこ」
涙を拭きながらイリアも笑みを見せながら答えた。
「そっか」
「ごめんね・・・。恥ずかしい所見せて」
「いいよ。泣きたい時は我慢しないで」
深く聞いてこない彼にイリアは感謝した。問い詰められても誤魔化す気でいた事は内緒にして。
「ランティスは、仕事終わったの?」
「うん。イリアは?」
「えっ・・・と、躍りの練習・・・」
「その足で?」
ランティスに言われるまで足を捻った事を忘れていた。途端に痛みが盛り返してきた。
「さっき転んじゃって・・・」
「何やってんの」
そう呟きながらもランティスはイリアの足を見てすぐに治癒してくれた。
「ありがと」
「躍りはどう?」
「大丈夫。後は本番で躍れるようにするだけ」
「そう」
「どうして此処に来たの?」
「アルカディアが探してたから。でも、下級天使達に囲まれて動けなくなってたから代行したの」
「大変そうだね・・・」
「一緒に行く?」
「うん。あたしも確認とかしないといけないみたいだから」
「其はもうイラがやってくれてたよ」
「えっ・・・。もう?」
「あんたは見学してて良いんだからさ。イラも承知の上だし」
「でも、任せっきりでいいのかな・・・」
「良いんだよ」
ぽんっと頭を撫でられ、イリアはドキッとした。
二人は神殿から出て、アルカディアが担当の【癒しの丘】にあるステージへと向かった。式典での最大イベントであるステージでイリアも躍る。外はとても賑わっていた。
「あ!イリア様!」
少年天使に声を掛けられ、イリア達は足を止めた。
「こんにちは」
「イリア様!ちょっと来て下さい」
「えっ」
グイッと手を引かれながらイリアは少年天使に連れられてナージャの家へと案内された。
「どうしたの?」
「ナージャ様!イリア様をつれてきました」
「あ、リーちゃん」
薬品の整理をしていたナージャはイリアを見つけて明るい笑顔を振り撒きながら彼女に抱きついた。
「ナージャ、準備はどう?」
「順調よ。其でリーちゃんに聞きたい事があって」
「なに?」
「擦り傷とかに使う薬品て、これでいいのかしら」
ナージャは棚に並べてある沢山の瓶を指しながら聞いた。イリアは瓶を眺めながらよくこんなにも薬品があるなと感心した。
「大丈夫だよ。こんなにいっぱいあると怪我しても安心だね」
「まぁ、少年天使達以外は皆自分で治せちゃうけどね。少年天使達はまだ能力の扱いが未熟だから」
「そっか」
「ありがと、リーちゃん。急に呼んじゃってごめんなさいね」
「ううん。会えて良かった。何か手伝う事あったら言ってね」
「えぇ。その時はよろしくね」
イリアとランティスはナージャの家から出て、また【癒しの丘】へと戻ろうとした。
「あ!イラ」
その途中で青年天使達と話している彼を見つけ、イリアは側に寄った。
「イリア?」
「イラ、確認とかしてくれてありがと。あたしもやるはずだったのに任せっきりで・・・」
「言っただろう?そんなに気負う事じゃない。其に私の仕事でもあるからな」
「・・・頼りすぎてない?」
「そうだな。だが、こうして私の所に来てくれた。自分の仕事をしている証拠だよ」
「そう・・・かな」
「後は躍りに専念する事だな」
「――解った。ちゃんと成功させてみせるからね」
イリアは自信満々に言った。イラもその言葉を聞いて「楽しみにしている」と微笑んだ。
イラのそんな珍しい表情を見た青年天使達も思わずドキッとしてしまう。彼らにとっては冷静沈着であまり笑わない印象が強いイラ。レフィ以外にもそんな表情をするのかと感心していた。
「何処か行くのか?」
「アルカディアの所」
ランティスが答え、イリアを連れながら二人は行ってしまった。
「――あぁ、イリア。丁度良い所に」
彼女を見かけたエチカがイリアを呼び止めた。
「エチカ」
「ちょっとサイズを測っても宜しいですか?」
「うん」
エチカは持っていた服をイリアに当てながら長さを調節していた。
「ダンスの衣装?」
「はい。仕上がったら渡しますね」
「うん。手作りなんだね」
「えぇ。作るの得意なんですよ」
測り終えたエチカは微笑みながら顔を上げた。
「もうすぐで完成なので待っていて下さい」
「ありがと」
エチカは衣装の手直しをする為、一礼しながら戻っていった。
「なかなかアルカディアの所に行けないね」
「急ぐ事でもないよ」
二人が話ながら歩いていくと、美しい旋律が聴こえてきた。声楽隊がカサンドラの指揮に合わせて歌声を奏でている。
「綺麗ー」
「様になってるね」
指揮するカサンドラはイリアに気付き、一旦練習を止め休憩を取った。
「イリア!」
カサンドラはにこにこしながら二人の元に駆けてきた。
「練習、頑張ってるね」
「うん。式典では綺麗な音楽を届けたいからね」
「楽しみにしてるから」
「ありがと。イリアはランティスとデート?」
「うん。アルカディアの所行くんだ」
「え・・・あぁ、そっか」
「準備が終わったらまた話そうね」
「うん」
バイバイと手を降りながら二人は【癒しの丘】へと 歩を進めた。
「なんか・・・『ミスタシア』の皆って凄いね。天使達から頼りにされてる感じが・・・」
「だから『ミスタシア』に選ばれたんだよ。神に最も近い存在になる訳だからね」
「なるほど」
「式典とかでは特に先頭に立って指揮する事も多いから」
「ふぅん・・・」
「アルカディアとかイラなんか見てれば解るでしょ」
「あー、まぁ・・・。二人とも信頼性あるからなぁ」
「じゃなきゃ成り立たないよ」
「そっかぁ」
イリアは曖昧な相槌を打ちながら感心していた。いつも自分の為に何かしてくれる彼らの凄さを改めて知った気がする。
「あれ?なんか美味しい匂いするー」
「レフィの家からだね」
「何か作ってるのかなぁ。ね?」
「・・・はいはい」
行きたいという表情を向けられ、ランティスは付き合う事にした。レフィの家に近付くに連れて良い匂いが漂ってきた。
「あ!イリア様」
食料を調達していたナギが丁度二人に気付き、声を掛けた。
「ナギ。お料理の準備?」
「はい。レフィ様と試作をしてます」
「試作?」
中に入るとテーブルには沢山の料理が並べられていた。レフィは手際良く料理をしている。
「レフィ様。イリア様とランティス様がいらっしゃいました」
「――あぁ、イリア。いらっしゃい」
レフィは微笑みながら挨拶を交わす。その間も料理の手は止めない。
「いっぱい作ってるね。どれも美味しそう」
「えぇ。何せ式典ですので、美味しい料理をお出ししたくて」
「色合いも綺麗だし、本当レフィは上手だよね」
「ありがとうございます」
「結構な量、作るの?」
「そうですね。天使達(みなさん)に食べて頂きたいので」
「そっか」
「勿論、イリアにも美味しく召し上がって欲しいと思っています」
「うん。レフィの料理なら」
イリアは可愛らしく頷いた。
「式典、楽しみですね」
「良い式典になるように頑張るよ」
「はい」
レフィも笑顔で答える。まだ試作を作る様子だったのでイリア達はレフィの家を出てやっと【癒しの丘】へと辿り着いた。
ステージは飾り付けも済み、周りにも豪華な飾りが施されていた。その中心で天使達に囲まれているアルカディアの姿があった。
「あ、いた」
「良かったね」
「アル・・・」
「アルカディア様!」
呼ぼうとしたイリアの声を遮って青年天使達が彼の元に駆けてきた。イリアは機会を逃してしまい、一歩後ろに下がった。
青年天使達は羨望の眼差しを向けなからアルカディアに相談している。その様子を見ながらイリアは凄いなと感心してしまう。頼っているのは自分だけではない。
「どうしたの?」
「いや・・・お話終わったら行こっかな」
「遠慮?」
「まぁ・・・ね。忙しいみたいだし」
「そう。なら、もう少し待ってれば?」
「ランティス、どっか行くの?」
「ちょっとね」
「そっか。今日は一緒にいてくれてありがと」
「またね」
手を振りながらランティスは行ってしまった。イリアは邪魔にならない程度の場所に移動し、アルカディアの仕事が落ち着くまで待つ事にした。
仕事をしているアルカディアを見るのは初めてだ。いつも近くで優しく接してくれる彼とは違い、真剣な表情で天使達と話をしている姿は一段と格好良く見えた。頼られるのも解る気がする。
式典の準備も落ち着いてきた頃、外は既に夕刻だった。緋色の陽射しが木陰で眠っている少女を照らしていた。吹き抜ける風も心地好く、夢の中にいた少女の体が隣にいた天使に寄り掛かった。
「・・・ん・・・」
少女はその拍子で目を覚ました。すぐに隣にいる天使に気付き、目をパチクリさせた。
「アルカディア・・・?」
「おはよう、イリア」
「あたし・・・寝ちゃってた・・・?」
「うん。気持ち良さそうだったよ」
「・・・ごめん、アルカディア。あたしが起きるまで待ってた・・・?」
「オレも会いたかったからね。最近、話してなかったから」
アルカディアは優しく笑いながら言った。
「ステージの飾り、凄いね。周りの装飾も」
「久々に頑張っちゃったよー。イリアちゃんが踊る所だからね」
「華やかで素敵だね」
「ありがとう」
「そういえば、他の天使達は?」
「自分達の作業に戻ったよ」
「そっか」
「イリアちゃん、オレが終わるの待っててくれたんでしょう?」
「うん。邪魔しちゃ悪いと思って」
「イリアちゃんなら構わないよ。頼っていいって言ったしね」
「うん・・・」
アルカディアの優しさに触れる度に感じる気持ち。自分だけが特別扱いされているような感覚になる。だから、少しだけ間違えそうになってしまう。
「今日ね、『ミスタシア』の皆とも会ったんだ。皆、きっちり自分の役目をこなして頼りにされてて凄いなって思った。あたしなんかよりずっと・・・」
イリアはそう呟きながら膝に顔を埋める。彼らがいれば女神の代理など必要ないのではないかと感じてしまうこと。
「――そうだね。知らない仲じゃないし、誰に頼れば良いとか解っちゃうしね。でも、其が出来るのは君がいるからだよ」
「えっ・・・」
そう言われてイリアは顔を上げる。アルカディアは笑みを絶やさずに続けた。
「女神がいないなんて、天使達にとっては不安でもあったんだ。でも『ミスタシア』まで狼狽える訳にはいかない。イリアちゃんはこんな何も解らない世界にたった一人できても強かった。その姿にね、背中を押された気がしたんだ。オレも見習わなきゃって」
「あたしもまだまだだよ・・・」
「そうかも知れない。でも、君の存在が『ミスタシア』達の気を引き締めてくれるから。イリアちゃんが頑張ってるのに、オレらが下向いたらダメだって」
「・・・・・・」
「イリアちゃんは、そのままでいてね」
「?うん・・・」
その時のアルカディアの微笑をイリアはあまり気にしなかった。
そして、式典当日。
穏やかな空気に包まれながら、イリアはその日を迎える事となる――。
バランスを崩し、イリアはドンッと思いきり尻餅をついてしまった。
「痛った・・・」
立ち上がろうとした時、足に痛みを感じ不安が過った。【王座の間】にいるのはイリアだけ。今日も式典の準備で天使達は忙しそうに動いていた。ミスタシア達も其々の係に付いて指揮を取っている。
イリアは一人で躍りの練習をしていた。ステップも覚え、後はミスタシア達に迷惑を掛けない様にするだけだった。
「ナージャ・・・は準備で忙しいか・・・」
歩くのは無理そうだ。神官のパンドラも式典準備に追われて外にいる。夕方になれば準備も落ち着き、皆戻ってくるだろうが、其まではまだ時間がたっぷりある。
「どーしよー・・・」
膝を抱えながら呟く。イリアが此処にいる事を知っているのはイラとパンドラだけ。こんな忙しい中で迷惑を掛ける訳にもいかず、イリアは溜息をついた。
静寂が彼女を縛る。何もしてないと嫌な事を思い出してしまいそうだ。此処に来る前の事。女神と出逢う前。クラスメイトが惨殺されたあの日の事を――。
不安を拭えない。あれは自分の所為ではない。既に地獄だった。目に焼き付いた事象は今も鮮明に覚えている。阿鼻叫喚に包まれた空間でただ一人隠れながら耳を塞いでいた事を。
――お前が殺した――
「・・・違う・・・。あたしが殺ったんじゃない・・・」
――見殺しにしたんだ――
「違う!」
イリアの声がその場に響いた。気付けば全身汗でびっしょりだった。此処に来てから忘れていたと思っていたのに。思い出すだけでこんなにも恐怖に苛まれるなんて。
「・・・えっ・・・」
ふと両手を見れば、手のひらには赤い液体がベッタリとくっついていた。あの時と同じ様に。
「うそ・・・何で・・・」
――お前も死ねば良かったのに――
「嫌ぁ――・・・!!」
「イリア!」
耳を塞いで叫んだ彼女を誰かが優しく抱き留めてくれた。その温かさにイリアは思わず泣き出してしまった。
「――落ち着いた?」
彼女の耳元で囁いたのはランティス。自分の仕事を終え、神殿に来た時イリアの叫び声を聞いて駆けつけたのだ。
「・・・ランティス・・・?」
「珍しいね。あんたが泣くなんて」
ランティスはハンカチを渡しながら微笑んだ。その優しさにイリアはほっとする。
「ありがと・・・」
「怖い夢でも視た?」
「・・・うん・・・。そんなとこ」
涙を拭きながらイリアも笑みを見せながら答えた。
「そっか」
「ごめんね・・・。恥ずかしい所見せて」
「いいよ。泣きたい時は我慢しないで」
深く聞いてこない彼にイリアは感謝した。問い詰められても誤魔化す気でいた事は内緒にして。
「ランティスは、仕事終わったの?」
「うん。イリアは?」
「えっ・・・と、躍りの練習・・・」
「その足で?」
ランティスに言われるまで足を捻った事を忘れていた。途端に痛みが盛り返してきた。
「さっき転んじゃって・・・」
「何やってんの」
そう呟きながらもランティスはイリアの足を見てすぐに治癒してくれた。
「ありがと」
「躍りはどう?」
「大丈夫。後は本番で躍れるようにするだけ」
「そう」
「どうして此処に来たの?」
「アルカディアが探してたから。でも、下級天使達に囲まれて動けなくなってたから代行したの」
「大変そうだね・・・」
「一緒に行く?」
「うん。あたしも確認とかしないといけないみたいだから」
「其はもうイラがやってくれてたよ」
「えっ・・・。もう?」
「あんたは見学してて良いんだからさ。イラも承知の上だし」
「でも、任せっきりでいいのかな・・・」
「良いんだよ」
ぽんっと頭を撫でられ、イリアはドキッとした。
二人は神殿から出て、アルカディアが担当の【癒しの丘】にあるステージへと向かった。式典での最大イベントであるステージでイリアも躍る。外はとても賑わっていた。
「あ!イリア様!」
少年天使に声を掛けられ、イリア達は足を止めた。
「こんにちは」
「イリア様!ちょっと来て下さい」
「えっ」
グイッと手を引かれながらイリアは少年天使に連れられてナージャの家へと案内された。
「どうしたの?」
「ナージャ様!イリア様をつれてきました」
「あ、リーちゃん」
薬品の整理をしていたナージャはイリアを見つけて明るい笑顔を振り撒きながら彼女に抱きついた。
「ナージャ、準備はどう?」
「順調よ。其でリーちゃんに聞きたい事があって」
「なに?」
「擦り傷とかに使う薬品て、これでいいのかしら」
ナージャは棚に並べてある沢山の瓶を指しながら聞いた。イリアは瓶を眺めながらよくこんなにも薬品があるなと感心した。
「大丈夫だよ。こんなにいっぱいあると怪我しても安心だね」
「まぁ、少年天使達以外は皆自分で治せちゃうけどね。少年天使達はまだ能力の扱いが未熟だから」
「そっか」
「ありがと、リーちゃん。急に呼んじゃってごめんなさいね」
「ううん。会えて良かった。何か手伝う事あったら言ってね」
「えぇ。その時はよろしくね」
イリアとランティスはナージャの家から出て、また【癒しの丘】へと戻ろうとした。
「あ!イラ」
その途中で青年天使達と話している彼を見つけ、イリアは側に寄った。
「イリア?」
「イラ、確認とかしてくれてありがと。あたしもやるはずだったのに任せっきりで・・・」
「言っただろう?そんなに気負う事じゃない。其に私の仕事でもあるからな」
「・・・頼りすぎてない?」
「そうだな。だが、こうして私の所に来てくれた。自分の仕事をしている証拠だよ」
「そう・・・かな」
「後は躍りに専念する事だな」
「――解った。ちゃんと成功させてみせるからね」
イリアは自信満々に言った。イラもその言葉を聞いて「楽しみにしている」と微笑んだ。
イラのそんな珍しい表情を見た青年天使達も思わずドキッとしてしまう。彼らにとっては冷静沈着であまり笑わない印象が強いイラ。レフィ以外にもそんな表情をするのかと感心していた。
「何処か行くのか?」
「アルカディアの所」
ランティスが答え、イリアを連れながら二人は行ってしまった。
「――あぁ、イリア。丁度良い所に」
彼女を見かけたエチカがイリアを呼び止めた。
「エチカ」
「ちょっとサイズを測っても宜しいですか?」
「うん」
エチカは持っていた服をイリアに当てながら長さを調節していた。
「ダンスの衣装?」
「はい。仕上がったら渡しますね」
「うん。手作りなんだね」
「えぇ。作るの得意なんですよ」
測り終えたエチカは微笑みながら顔を上げた。
「もうすぐで完成なので待っていて下さい」
「ありがと」
エチカは衣装の手直しをする為、一礼しながら戻っていった。
「なかなかアルカディアの所に行けないね」
「急ぐ事でもないよ」
二人が話ながら歩いていくと、美しい旋律が聴こえてきた。声楽隊がカサンドラの指揮に合わせて歌声を奏でている。
「綺麗ー」
「様になってるね」
指揮するカサンドラはイリアに気付き、一旦練習を止め休憩を取った。
「イリア!」
カサンドラはにこにこしながら二人の元に駆けてきた。
「練習、頑張ってるね」
「うん。式典では綺麗な音楽を届けたいからね」
「楽しみにしてるから」
「ありがと。イリアはランティスとデート?」
「うん。アルカディアの所行くんだ」
「え・・・あぁ、そっか」
「準備が終わったらまた話そうね」
「うん」
バイバイと手を降りながら二人は【癒しの丘】へと 歩を進めた。
「なんか・・・『ミスタシア』の皆って凄いね。天使達から頼りにされてる感じが・・・」
「だから『ミスタシア』に選ばれたんだよ。神に最も近い存在になる訳だからね」
「なるほど」
「式典とかでは特に先頭に立って指揮する事も多いから」
「ふぅん・・・」
「アルカディアとかイラなんか見てれば解るでしょ」
「あー、まぁ・・・。二人とも信頼性あるからなぁ」
「じゃなきゃ成り立たないよ」
「そっかぁ」
イリアは曖昧な相槌を打ちながら感心していた。いつも自分の為に何かしてくれる彼らの凄さを改めて知った気がする。
「あれ?なんか美味しい匂いするー」
「レフィの家からだね」
「何か作ってるのかなぁ。ね?」
「・・・はいはい」
行きたいという表情を向けられ、ランティスは付き合う事にした。レフィの家に近付くに連れて良い匂いが漂ってきた。
「あ!イリア様」
食料を調達していたナギが丁度二人に気付き、声を掛けた。
「ナギ。お料理の準備?」
「はい。レフィ様と試作をしてます」
「試作?」
中に入るとテーブルには沢山の料理が並べられていた。レフィは手際良く料理をしている。
「レフィ様。イリア様とランティス様がいらっしゃいました」
「――あぁ、イリア。いらっしゃい」
レフィは微笑みながら挨拶を交わす。その間も料理の手は止めない。
「いっぱい作ってるね。どれも美味しそう」
「えぇ。何せ式典ですので、美味しい料理をお出ししたくて」
「色合いも綺麗だし、本当レフィは上手だよね」
「ありがとうございます」
「結構な量、作るの?」
「そうですね。天使達(みなさん)に食べて頂きたいので」
「そっか」
「勿論、イリアにも美味しく召し上がって欲しいと思っています」
「うん。レフィの料理なら」
イリアは可愛らしく頷いた。
「式典、楽しみですね」
「良い式典になるように頑張るよ」
「はい」
レフィも笑顔で答える。まだ試作を作る様子だったのでイリア達はレフィの家を出てやっと【癒しの丘】へと辿り着いた。
ステージは飾り付けも済み、周りにも豪華な飾りが施されていた。その中心で天使達に囲まれているアルカディアの姿があった。
「あ、いた」
「良かったね」
「アル・・・」
「アルカディア様!」
呼ぼうとしたイリアの声を遮って青年天使達が彼の元に駆けてきた。イリアは機会を逃してしまい、一歩後ろに下がった。
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「どうしたの?」
「いや・・・お話終わったら行こっかな」
「遠慮?」
「まぁ・・・ね。忙しいみたいだし」
「そう。なら、もう少し待ってれば?」
「ランティス、どっか行くの?」
「ちょっとね」
「そっか。今日は一緒にいてくれてありがと」
「またね」
手を振りながらランティスは行ってしまった。イリアは邪魔にならない程度の場所に移動し、アルカディアの仕事が落ち着くまで待つ事にした。
仕事をしているアルカディアを見るのは初めてだ。いつも近くで優しく接してくれる彼とは違い、真剣な表情で天使達と話をしている姿は一段と格好良く見えた。頼られるのも解る気がする。
式典の準備も落ち着いてきた頃、外は既に夕刻だった。緋色の陽射しが木陰で眠っている少女を照らしていた。吹き抜ける風も心地好く、夢の中にいた少女の体が隣にいた天使に寄り掛かった。
「・・・ん・・・」
少女はその拍子で目を覚ました。すぐに隣にいる天使に気付き、目をパチクリさせた。
「アルカディア・・・?」
「おはよう、イリア」
「あたし・・・寝ちゃってた・・・?」
「うん。気持ち良さそうだったよ」
「・・・ごめん、アルカディア。あたしが起きるまで待ってた・・・?」
「オレも会いたかったからね。最近、話してなかったから」
アルカディアは優しく笑いながら言った。
「ステージの飾り、凄いね。周りの装飾も」
「久々に頑張っちゃったよー。イリアちゃんが踊る所だからね」
「華やかで素敵だね」
「ありがとう」
「そういえば、他の天使達は?」
「自分達の作業に戻ったよ」
「そっか」
「イリアちゃん、オレが終わるの待っててくれたんでしょう?」
「うん。邪魔しちゃ悪いと思って」
「イリアちゃんなら構わないよ。頼っていいって言ったしね」
「うん・・・」
アルカディアの優しさに触れる度に感じる気持ち。自分だけが特別扱いされているような感覚になる。だから、少しだけ間違えそうになってしまう。
「今日ね、『ミスタシア』の皆とも会ったんだ。皆、きっちり自分の役目をこなして頼りにされてて凄いなって思った。あたしなんかよりずっと・・・」
イリアはそう呟きながら膝に顔を埋める。彼らがいれば女神の代理など必要ないのではないかと感じてしまうこと。
「――そうだね。知らない仲じゃないし、誰に頼れば良いとか解っちゃうしね。でも、其が出来るのは君がいるからだよ」
「えっ・・・」
そう言われてイリアは顔を上げる。アルカディアは笑みを絶やさずに続けた。
「女神がいないなんて、天使達にとっては不安でもあったんだ。でも『ミスタシア』まで狼狽える訳にはいかない。イリアちゃんはこんな何も解らない世界にたった一人できても強かった。その姿にね、背中を押された気がしたんだ。オレも見習わなきゃって」
「あたしもまだまだだよ・・・」
「そうかも知れない。でも、君の存在が『ミスタシア』達の気を引き締めてくれるから。イリアちゃんが頑張ってるのに、オレらが下向いたらダメだって」
「・・・・・・」
「イリアちゃんは、そのままでいてね」
「?うん・・・」
その時のアルカディアの微笑をイリアはあまり気にしなかった。
そして、式典当日。
穏やかな空気に包まれながら、イリアはその日を迎える事となる――。
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