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崩落 ~Enemy~
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神殿の地下には牢屋がある。イラとカサンドラは一番奥の牢屋へ向かった。其処にいたのは手錠を嵌められた天使。
「お待たせ、レフィ」
「・・・出してくれるんですか?」
「ごめん、其はまだ無理」
「なら、期待させる様な事しないで下さい」
「イリアがね、目を覚ましたんだ」
「えっ・・・?」
「でもまだ動ける体じゃないから此処には来れないけど。一応報告に」
「・・・そうですか」
「会えなくて残念だけど、また来るね 」
カサンドラはイラに視線を送り、先に出ていった。イラは静かに近付く。
「・・・・・・何してるんですか?」
「レフィ・・・」
「イリアに手を上げた事は事実です。此処に容れられるのも当然の報い。そうでしょう?」
「あぁ・・・。だが、本当にお前の意志でやったのか?」
「はい」
「・・・そうか」
イラはまだ何か言いたげだったが、レフィが顔を逸らしたのでそのまま地下から出ていった。レフィは静寂が訪れた空間で天を仰いだ――。
頭がぼーっとした。目が覚めたら神殿に戻っていた。怪我も手当てされている。喉に若干の違和感を感じたが息は出来た。
「具合はどうですか?」
「・・・エチカ・・・」
彼は穏やかな笑みで水を持ってきた。
「何とも・・・ない」
「其は良かったです」
エチカから水を貰い、一口飲んだ。喉が潤される。
「皆は・・・?」
「もうすぐ此方へ来ますよ」
「夜魅は・・・?」
「手当てが済んで今は寝ています。後で見に行きますか?」
「うん・・・」
あんな酷い怪我を負って無事でいられたのは天使だからだ。人間だったらとっくに死んでいる。
「イリアちゃん!」
バンッと思いっきりドアが開いたのと同時にアルカディアが駆け込んできた。
「怪我したって聞いて・・・」
「アルカディアこそ、身体は大丈夫なの?」
「ナージャの能力もあって治ったよ」
「そっか。なら、良いんだ・・・」
どこか影を落とすイリアの表情に気付き、アルカディアは隣に腰かけた。
「イリアちゃん?大丈夫?」
「・・・・・・うん」
覇気のない声にアルカディアとエチカは顔を見合わす。微かに震えているその手を見れば、大丈夫だなんて思える筈がない。
「イリアちゃん・・・」
「リーちゃん!」
またしても唐突にドアが開き、ナージャとカサンドラが現れた。
「ナージャ・・・」
「怪我の具合、どう?火傷は痕が残らない様にしたんだけど。痛い所とかない?」
「うん・・・。ありがと、ナージャ」
「役に立てて良かったわ」
「・・・ごめんね・・・」
不意に漏れた声。イリアは俯いたまま次の言葉を選んでいた。
「・・・助けられなくて・・・ごめんね・・・。あたし・・・何も出来なくて・・・」
ポタポタと彼女の膝に雫が落ちる。声も涙で震えていた。
「リーちゃん・・・」
「女神の代理なんて大層な役目請け負ったクセに・・・誰も守れなかった・・・。皆に辛い想いまでさせて・・・。最低だ・・・」
悔しい。もっと力があれば夜魅もアルカディアも痛みを味わう事なんてなかった。こんな想いは初めてだ。涙が止まらない。
「――そうだな。お前は無力だ」
イリアの嘆きを肯定したのは、遅れて現れたイラだった。キッパリと言い切られたイリアは顔を上げる。
「イラ・・・」
「泣いている暇など無い。悔しかったなら、その想いを叶えられるだけの強さを身に付けろ」
「・・・・・・うん」
「イリア。お前には私達が付いている。絶対的な味方だ。何も恐れなくて良い」
彼女の涙を拭いながらイラは微笑んだ。他のミスタシア達も優しく見守ってくれていた。こんなにも頼もしい仲間に恵まれて弱気に等なっている場合ではない。
「うん・・・。ごめんね、弱音吐いた。でも、スッキリした。もう、泣かないから」
いつもの笑顔になってアルカディア達はほっとした。イリアも息を整え、気持ちを切り替える。
「【古の狭間】に行ったの」
落ち着きを取り戻しながらイリアは話し始めた。
「其処って何処に存在するか解らないって・・・」
「気付いたら其処にいたんだ。それで、あたし・・・」
「・・・どうしたの?」
言葉に詰まるイリアをアルカディアが促した。
「あたし・・・」
「大変です!ミスタシア様!」
ナギとユゥが血相を変えて入ってきた。どうしたのかとイリアが呼吸を整える二人に聞いた。
「【神流の森】が焔に包まれて・・・」
「もう半分も焼けてんだ!お前らなら何とか出来んだろ!?」
ユゥが必死に訴える。イリアは彼女と初対面だったが今は自己紹介をしている場合ではない。
「レフィは?何処にいるの?」
「・・・地下だよ」
イラが静かに教えた。イリアは神殿に地下があるなんて知らず、アルカディアと共に向かった。
「牢屋があったんだ・・・」
「うん・・・。あまり使わないけどね。悪さをした天使が反省する場所として機能はしてるけど」
「そうなんだ」
「――着いたよ」
一番奥の牢屋に綺麗な天使が待っていた。少しだけ雰囲気が違うと感じたのは気のせいか。
「レフィ」
「・・・イリア?」
「此処から出て!して欲しい事があるの」
「ですが・・・」
「【神流の森】が燃えてるの!レフィの能力で焔を消して欲しいんだ」
「――解りました。イリアの頼みなら」
ガチャンと牢屋の鍵を開け、レフィは手錠も外して貰った。
「リーちゃん!」
地下から出るとナージャが緊迫した様子で待ち構えていた。
「どうしたの?」
「天界が・・・!」
ナージャに連れられて神殿の外へ出ると辺りは所々破壊された跡が残っていた。
「これ・・・」
「酷い有り様・・・」
「他の天使達は?!」
「今、イラとカサンドラが避難を呼び掛けてるわ」
「解った。レフィは【神流の森】へ行って」
「はい」
指示を受けたレフィは大羽根を広げ、すぐに向かった。
「早く此方へ!」
何が起きているのか解らない天使達は戸惑いながらイラ達の呼び掛けに応じていた。
「――さぁ。楽しい宴の始まりだ」
ドォンと大きな爆発音と共に影が現れた。砂埃が舞い、姿が確認出来ない。
避難していた天使達は足を止め、何が起きたのかと不安がる。
「やぁ。天使の諸君。元気かい?」
視界が晴れ、その姿を見た天使達は誰かと囁く。
「・・・あれは・・・」
「おや?あの子の姿が見えないね」
「この騒ぎを起こしたのはお前か?」
イラが前に出て、敵意のある目を向けた。
「天界とは良い所だね。だが、我ならもっと豊かな世界に出来る」
「何だと?」
「我は悪魔王・イヴリース!天界は我が制した!」
悪魔王は天界に響き渡るような大声で名乗った。悪魔王という不吉な存在を知り、天使達の顔が青ざめた。
「天界を制しただと?」
「あぁ、そうだよ。我の邪魔をする奴は許さない」
イヴリースは広げた両手に黒い珠を現した。一目で触れてはいけないものだと悟る。
「お前はミス・・・なんとかというやつか?」
「ミスタシアだ。この天界は渡さない」
「随分と強い天使の様だね。でも、我には勝てないよ」
放たれた黒い珠をイラは避けようとした。けれど、後方にいる天使達を捲き込んでしまう。
「イラ!」
カサンドラも行こうとした時、イラが手を出して止めた。その瞬間、黒い珠はイラに直撃し、そのままイラを包み込んでしまった。
「優しいねぇ。そんな子だったっけ?」
悪魔王はクスクス笑いながら何も出来ないイラを眺めている。
「イラ・・・」
パチンと指を鳴らすと黒い珠からイラは解放された。
「さぁ。お目覚めの時間だよ」
ゆっくりと目を開け、真っ直ぐにカサンドラを見つめるイラ。そして、徐に手を向けた。
「なに・・・」
ボコッと地面から現れた黒い蔓にカサンドラは巻かれそうになった。
「・・・イラ・・・」
すぐに氷の剣を現し、襲ってくる蔓を裁ち切った。そして躊躇わずイラに剣を向ける。
「判断が早いね。イラ、相手してあげな」
悪魔王の命令にイラは従う様に動いた。カサンドラも表情を歪めながら攻撃を放った。その剣を振るだけで地面が凍る。イラは避けながら黒い霧を放つ。その霧に当たったら記憶を囚われ、過去に縛られてしまう。
「イラ!何で・・・!」
「無駄だよ、カサンドラ」
彼の呼び掛けに答えたのは悪魔王。イラは無表情のまま冷酷にカサンドラを攻撃する。
「操られて・・・」
「イラ!」
隙を見せたカサンドラにイラはすかさず手を伸ばす。グッと掴まれた力に息が出来ない。
「そのまま握り潰してあげな」
更に力が強まり、カサンドラの手から剣が落ちた。目の前が眩む。意識が段々遠退いていく感じだ。
「・・・!」
イラは何かを感じてカサンドラから離れた。その直後、カサンドラの体は宙に浮き、エチカの腕に抱かれた。
「おや?皆、集合しちゃったか」
悪魔王はイラを呼び寄せながら呟いた。カサンドラはぐったりした様子でナージャがすぐに治癒を始めた。
「・・・あれが・・・?」
「悪魔王・・・」
イリアは今更になって後悔した。こんな事態を招く事くらい予想はしていたのに。其でも、何かと引き換えにしなければ得られるモノなど何もないと知っていたから。
「君には感謝してるよ。イリア」
悪魔王はわざとらしく言いながら微笑んだ。
「我の封印を解いてくれて」
「あんたが、悪魔王?」
震えるイリアを後ろに庇いながらアルカディアが聞いた。
「あぁ、そうだよ」
「ランティスは?」
「今は別の所にいる」
「イラに何をしたの?」
「我の仲間になって貰った」
「・・・勝手な事しないでくれる?」
ナージャの看護もあってカサンドラは咳き込みながら目を覚ました。
「カサンドラ・・・」
彼は心配してくれているナージャを静かに見つめ、起き上がった。
「まだ動かない方が・・・」
スッと伸ばされた手にナージャは油断していた。腕を掴まれた瞬間冷たさが全身を纏い、両腕が凍っていた。
「・・・カサンドラ・・・?何の冗談・・・」
「これで能力は使えない」
「や・・・やめてよ・・・。早く戻して!」
「うるさい」
カサンドラはバシッとナージャの頬を打った。
「お前は攻撃型じゃないからな。そこで見ていればいい」
冷たい目でナージャを見下し、カサンドラは悪魔王の元へ向かった。
「ナージャ!」
気付いたイリアが駆け寄り、どうにか氷を解こうとした。けれど、無駄な足掻き。
「リーちゃん、いいから・・・」
「でもこのままじゃ・・・」
「なんとかするわよ・・・。今は・・・カサンドラ達を止めて・・・」
「えっ・・・」
「天界を守って・・・」
段々と冷たくなっていくナージャの体。顔色も青ざめている。
「・・・解った」
イリアはナージャの言葉を受け止め、真っ直ぐに悪魔王を見つめた。イラとカサンドラを手中に納め、余裕の笑みを浮かべている。
「返して」
その手に剣を構え、跳躍しながら悪魔王目指して剣を突き付けた。
キィィン
剣と剣がぶつかる音が響き、イリアはふらついた。彼女の前に立ち塞がったのは表情のないカサンドラ。固い氷の剣をイリアに向けている。
「退いて、カサンドラ」
「イヴリース様の邪魔はさせない」
「・・・完全に操られてるの・・・?」
「お前は殺してはいけない。引け」
「嫌だ!」
「・・・痛い思いしないと解らない?」
強気な態度のイリアに苛立ちを見せながらカサンドラは剣を振り翳した。イリアはその動きを見ながら剣で防ぐ。だが、以前の様に加減は無い。重みに圧された。
「っ・・・」
「降参しないと剣がダメになるよ」
「嫌だって言った。絶対引かない」
イリアの揺るがない瞳にカサンドラは一瞬だけ迷いを見せた。その隙をイリアは見逃さず、彼の剣を押しやった。
「悪魔王の言いなりになんかならないで。こんな状(かたち)で貴方と戦いたくない!」
「それは無理だよ」
カサンドラは剣を握り直し、再びイリアに向かっていった。
「・・・!?」
動こうとしたイリアは足が動かない事に気付き、地面に視線を移した。黒い蔓がイリアの足に巻き付いている。それに気付いた瞬間、締め付けが強くなりイリアの細い足は悲鳴を上げた。
「イリアちゃん!」
アルカディアが助けに行こうとした時、イラが行く手を阻んだ。
「簡単に操られてんじゃないよ」
色のない瞳でイラはアルカディアを見据える。
「本当、厄介・・・」
有無を言わさず攻撃体勢になるイラにアルカディアも体勢を整えた。
イリアは剣で蔓を切っていたが切っても切っても再生してくる。足には巻き付いたまま動く度に締め付けが増していく。
「無駄だよ」
カサンドラは冷たく言い放つ。
「そこで大人しく見てなよ。世界の崩壊を」
「・・・嫌だ。崩壊なんかさせない!」
「動けないのに意気がんないでよ」
イリアは剣を突き刺す。どうやったってこの蔓は取れない。締め付けも酷くなるばかりだ。
「無様だね」
「悪魔王に操られてるあんたに言われたくない」
「まだそんな強気な事言うの?二度と戦えない身体にしてあげようか」
殺気を感じ、イリアは身構えた。カサンドラは剣を振り上げ、徐に振り下ろした。
ザンッ――
直前、目の前に現れた影。吹き飛ばされたのが腕だと気付く。目の前に吹き出る血飛沫。翡翠の密編みが無情に靡いた。
「・・・エチカ・・・」
彼はそのままもう一つの腕をカサンドラに向けた。その瞬間、カサンドラの地面から砂埃が舞い、竜巻の様な風が彼を纏った。
「うわぁああ――!」
風の中でその身体中に切り傷が付いていく。小さな傷だが痛みは神経にまで響く程。余りの激痛にカサンドラは気を失った。
バタンと倒れたのはエチカもだった。切り落とされた箇所からの出血が酷すぎる。イリアはドレスの裾を無造作に千切り、止血を行った。ぎゅっと固く結ぶ。其でも血は溢れるばかりだ。
「エチカ・・・」
「この程度では死にません・・・。私に構わず、行って下さい・・・」
「このままにしておけない・・・」
「・・・大丈夫・・・ですよ・・・。悪魔王を・・・止めて下さい・・・」
激痛に耐えながらエチカは促した。イリアは自分の無力さを噛み締めながら頷いた。
「――悲惨な光景だねぇ。イリア」
いつから背後にいたのか、耳元で囁かれイリアは背筋が凍った。
「怖がる事はない。我はお前を殺しはしない」
「・・・悪魔王・・・」
「イヴリースと呼んで構わないよ。其より見てごらん、イリア」
「えっ」
「イリアちゃん!」
アルカディアがイリアに視線を向けた瞬間、イラは彼の腕を後ろ手に掴み動きを封じた。
「っ・・・!イラ・・・」
「邪魔はさせないと言った筈だ」
「・・・偉そうに・・・」
壊れていく世界を目の前にしてイリアは言葉を失った。今まで保たれてきた平穏が崩れていく。女神とゼウスの望んだ世界が意図も容易く。天界を任された筈だったのに、何も出来ていない。無力な自分が許せない。
「君は今何を思った?天界を守れなくて絶望してる?其とも、仲間を犠牲にして責任感じてるのかなぁ?」
わざとらしい問い掛けにもイリアは答えられなかった。現実は戻らない。
「さぁ、イリア。君の能力を見せてごらん」
「お待たせ、レフィ」
「・・・出してくれるんですか?」
「ごめん、其はまだ無理」
「なら、期待させる様な事しないで下さい」
「イリアがね、目を覚ましたんだ」
「えっ・・・?」
「でもまだ動ける体じゃないから此処には来れないけど。一応報告に」
「・・・そうですか」
「会えなくて残念だけど、また来るね 」
カサンドラはイラに視線を送り、先に出ていった。イラは静かに近付く。
「・・・・・・何してるんですか?」
「レフィ・・・」
「イリアに手を上げた事は事実です。此処に容れられるのも当然の報い。そうでしょう?」
「あぁ・・・。だが、本当にお前の意志でやったのか?」
「はい」
「・・・そうか」
イラはまだ何か言いたげだったが、レフィが顔を逸らしたのでそのまま地下から出ていった。レフィは静寂が訪れた空間で天を仰いだ――。
頭がぼーっとした。目が覚めたら神殿に戻っていた。怪我も手当てされている。喉に若干の違和感を感じたが息は出来た。
「具合はどうですか?」
「・・・エチカ・・・」
彼は穏やかな笑みで水を持ってきた。
「何とも・・・ない」
「其は良かったです」
エチカから水を貰い、一口飲んだ。喉が潤される。
「皆は・・・?」
「もうすぐ此方へ来ますよ」
「夜魅は・・・?」
「手当てが済んで今は寝ています。後で見に行きますか?」
「うん・・・」
あんな酷い怪我を負って無事でいられたのは天使だからだ。人間だったらとっくに死んでいる。
「イリアちゃん!」
バンッと思いっきりドアが開いたのと同時にアルカディアが駆け込んできた。
「怪我したって聞いて・・・」
「アルカディアこそ、身体は大丈夫なの?」
「ナージャの能力もあって治ったよ」
「そっか。なら、良いんだ・・・」
どこか影を落とすイリアの表情に気付き、アルカディアは隣に腰かけた。
「イリアちゃん?大丈夫?」
「・・・・・・うん」
覇気のない声にアルカディアとエチカは顔を見合わす。微かに震えているその手を見れば、大丈夫だなんて思える筈がない。
「イリアちゃん・・・」
「リーちゃん!」
またしても唐突にドアが開き、ナージャとカサンドラが現れた。
「ナージャ・・・」
「怪我の具合、どう?火傷は痕が残らない様にしたんだけど。痛い所とかない?」
「うん・・・。ありがと、ナージャ」
「役に立てて良かったわ」
「・・・ごめんね・・・」
不意に漏れた声。イリアは俯いたまま次の言葉を選んでいた。
「・・・助けられなくて・・・ごめんね・・・。あたし・・・何も出来なくて・・・」
ポタポタと彼女の膝に雫が落ちる。声も涙で震えていた。
「リーちゃん・・・」
「女神の代理なんて大層な役目請け負ったクセに・・・誰も守れなかった・・・。皆に辛い想いまでさせて・・・。最低だ・・・」
悔しい。もっと力があれば夜魅もアルカディアも痛みを味わう事なんてなかった。こんな想いは初めてだ。涙が止まらない。
「――そうだな。お前は無力だ」
イリアの嘆きを肯定したのは、遅れて現れたイラだった。キッパリと言い切られたイリアは顔を上げる。
「イラ・・・」
「泣いている暇など無い。悔しかったなら、その想いを叶えられるだけの強さを身に付けろ」
「・・・・・・うん」
「イリア。お前には私達が付いている。絶対的な味方だ。何も恐れなくて良い」
彼女の涙を拭いながらイラは微笑んだ。他のミスタシア達も優しく見守ってくれていた。こんなにも頼もしい仲間に恵まれて弱気に等なっている場合ではない。
「うん・・・。ごめんね、弱音吐いた。でも、スッキリした。もう、泣かないから」
いつもの笑顔になってアルカディア達はほっとした。イリアも息を整え、気持ちを切り替える。
「【古の狭間】に行ったの」
落ち着きを取り戻しながらイリアは話し始めた。
「其処って何処に存在するか解らないって・・・」
「気付いたら其処にいたんだ。それで、あたし・・・」
「・・・どうしたの?」
言葉に詰まるイリアをアルカディアが促した。
「あたし・・・」
「大変です!ミスタシア様!」
ナギとユゥが血相を変えて入ってきた。どうしたのかとイリアが呼吸を整える二人に聞いた。
「【神流の森】が焔に包まれて・・・」
「もう半分も焼けてんだ!お前らなら何とか出来んだろ!?」
ユゥが必死に訴える。イリアは彼女と初対面だったが今は自己紹介をしている場合ではない。
「レフィは?何処にいるの?」
「・・・地下だよ」
イラが静かに教えた。イリアは神殿に地下があるなんて知らず、アルカディアと共に向かった。
「牢屋があったんだ・・・」
「うん・・・。あまり使わないけどね。悪さをした天使が反省する場所として機能はしてるけど」
「そうなんだ」
「――着いたよ」
一番奥の牢屋に綺麗な天使が待っていた。少しだけ雰囲気が違うと感じたのは気のせいか。
「レフィ」
「・・・イリア?」
「此処から出て!して欲しい事があるの」
「ですが・・・」
「【神流の森】が燃えてるの!レフィの能力で焔を消して欲しいんだ」
「――解りました。イリアの頼みなら」
ガチャンと牢屋の鍵を開け、レフィは手錠も外して貰った。
「リーちゃん!」
地下から出るとナージャが緊迫した様子で待ち構えていた。
「どうしたの?」
「天界が・・・!」
ナージャに連れられて神殿の外へ出ると辺りは所々破壊された跡が残っていた。
「これ・・・」
「酷い有り様・・・」
「他の天使達は?!」
「今、イラとカサンドラが避難を呼び掛けてるわ」
「解った。レフィは【神流の森】へ行って」
「はい」
指示を受けたレフィは大羽根を広げ、すぐに向かった。
「早く此方へ!」
何が起きているのか解らない天使達は戸惑いながらイラ達の呼び掛けに応じていた。
「――さぁ。楽しい宴の始まりだ」
ドォンと大きな爆発音と共に影が現れた。砂埃が舞い、姿が確認出来ない。
避難していた天使達は足を止め、何が起きたのかと不安がる。
「やぁ。天使の諸君。元気かい?」
視界が晴れ、その姿を見た天使達は誰かと囁く。
「・・・あれは・・・」
「おや?あの子の姿が見えないね」
「この騒ぎを起こしたのはお前か?」
イラが前に出て、敵意のある目を向けた。
「天界とは良い所だね。だが、我ならもっと豊かな世界に出来る」
「何だと?」
「我は悪魔王・イヴリース!天界は我が制した!」
悪魔王は天界に響き渡るような大声で名乗った。悪魔王という不吉な存在を知り、天使達の顔が青ざめた。
「天界を制しただと?」
「あぁ、そうだよ。我の邪魔をする奴は許さない」
イヴリースは広げた両手に黒い珠を現した。一目で触れてはいけないものだと悟る。
「お前はミス・・・なんとかというやつか?」
「ミスタシアだ。この天界は渡さない」
「随分と強い天使の様だね。でも、我には勝てないよ」
放たれた黒い珠をイラは避けようとした。けれど、後方にいる天使達を捲き込んでしまう。
「イラ!」
カサンドラも行こうとした時、イラが手を出して止めた。その瞬間、黒い珠はイラに直撃し、そのままイラを包み込んでしまった。
「優しいねぇ。そんな子だったっけ?」
悪魔王はクスクス笑いながら何も出来ないイラを眺めている。
「イラ・・・」
パチンと指を鳴らすと黒い珠からイラは解放された。
「さぁ。お目覚めの時間だよ」
ゆっくりと目を開け、真っ直ぐにカサンドラを見つめるイラ。そして、徐に手を向けた。
「なに・・・」
ボコッと地面から現れた黒い蔓にカサンドラは巻かれそうになった。
「・・・イラ・・・」
すぐに氷の剣を現し、襲ってくる蔓を裁ち切った。そして躊躇わずイラに剣を向ける。
「判断が早いね。イラ、相手してあげな」
悪魔王の命令にイラは従う様に動いた。カサンドラも表情を歪めながら攻撃を放った。その剣を振るだけで地面が凍る。イラは避けながら黒い霧を放つ。その霧に当たったら記憶を囚われ、過去に縛られてしまう。
「イラ!何で・・・!」
「無駄だよ、カサンドラ」
彼の呼び掛けに答えたのは悪魔王。イラは無表情のまま冷酷にカサンドラを攻撃する。
「操られて・・・」
「イラ!」
隙を見せたカサンドラにイラはすかさず手を伸ばす。グッと掴まれた力に息が出来ない。
「そのまま握り潰してあげな」
更に力が強まり、カサンドラの手から剣が落ちた。目の前が眩む。意識が段々遠退いていく感じだ。
「・・・!」
イラは何かを感じてカサンドラから離れた。その直後、カサンドラの体は宙に浮き、エチカの腕に抱かれた。
「おや?皆、集合しちゃったか」
悪魔王はイラを呼び寄せながら呟いた。カサンドラはぐったりした様子でナージャがすぐに治癒を始めた。
「・・・あれが・・・?」
「悪魔王・・・」
イリアは今更になって後悔した。こんな事態を招く事くらい予想はしていたのに。其でも、何かと引き換えにしなければ得られるモノなど何もないと知っていたから。
「君には感謝してるよ。イリア」
悪魔王はわざとらしく言いながら微笑んだ。
「我の封印を解いてくれて」
「あんたが、悪魔王?」
震えるイリアを後ろに庇いながらアルカディアが聞いた。
「あぁ、そうだよ」
「ランティスは?」
「今は別の所にいる」
「イラに何をしたの?」
「我の仲間になって貰った」
「・・・勝手な事しないでくれる?」
ナージャの看護もあってカサンドラは咳き込みながら目を覚ました。
「カサンドラ・・・」
彼は心配してくれているナージャを静かに見つめ、起き上がった。
「まだ動かない方が・・・」
スッと伸ばされた手にナージャは油断していた。腕を掴まれた瞬間冷たさが全身を纏い、両腕が凍っていた。
「・・・カサンドラ・・・?何の冗談・・・」
「これで能力は使えない」
「や・・・やめてよ・・・。早く戻して!」
「うるさい」
カサンドラはバシッとナージャの頬を打った。
「お前は攻撃型じゃないからな。そこで見ていればいい」
冷たい目でナージャを見下し、カサンドラは悪魔王の元へ向かった。
「ナージャ!」
気付いたイリアが駆け寄り、どうにか氷を解こうとした。けれど、無駄な足掻き。
「リーちゃん、いいから・・・」
「でもこのままじゃ・・・」
「なんとかするわよ・・・。今は・・・カサンドラ達を止めて・・・」
「えっ・・・」
「天界を守って・・・」
段々と冷たくなっていくナージャの体。顔色も青ざめている。
「・・・解った」
イリアはナージャの言葉を受け止め、真っ直ぐに悪魔王を見つめた。イラとカサンドラを手中に納め、余裕の笑みを浮かべている。
「返して」
その手に剣を構え、跳躍しながら悪魔王目指して剣を突き付けた。
キィィン
剣と剣がぶつかる音が響き、イリアはふらついた。彼女の前に立ち塞がったのは表情のないカサンドラ。固い氷の剣をイリアに向けている。
「退いて、カサンドラ」
「イヴリース様の邪魔はさせない」
「・・・完全に操られてるの・・・?」
「お前は殺してはいけない。引け」
「嫌だ!」
「・・・痛い思いしないと解らない?」
強気な態度のイリアに苛立ちを見せながらカサンドラは剣を振り翳した。イリアはその動きを見ながら剣で防ぐ。だが、以前の様に加減は無い。重みに圧された。
「っ・・・」
「降参しないと剣がダメになるよ」
「嫌だって言った。絶対引かない」
イリアの揺るがない瞳にカサンドラは一瞬だけ迷いを見せた。その隙をイリアは見逃さず、彼の剣を押しやった。
「悪魔王の言いなりになんかならないで。こんな状(かたち)で貴方と戦いたくない!」
「それは無理だよ」
カサンドラは剣を握り直し、再びイリアに向かっていった。
「・・・!?」
動こうとしたイリアは足が動かない事に気付き、地面に視線を移した。黒い蔓がイリアの足に巻き付いている。それに気付いた瞬間、締め付けが強くなりイリアの細い足は悲鳴を上げた。
「イリアちゃん!」
アルカディアが助けに行こうとした時、イラが行く手を阻んだ。
「簡単に操られてんじゃないよ」
色のない瞳でイラはアルカディアを見据える。
「本当、厄介・・・」
有無を言わさず攻撃体勢になるイラにアルカディアも体勢を整えた。
イリアは剣で蔓を切っていたが切っても切っても再生してくる。足には巻き付いたまま動く度に締め付けが増していく。
「無駄だよ」
カサンドラは冷たく言い放つ。
「そこで大人しく見てなよ。世界の崩壊を」
「・・・嫌だ。崩壊なんかさせない!」
「動けないのに意気がんないでよ」
イリアは剣を突き刺す。どうやったってこの蔓は取れない。締め付けも酷くなるばかりだ。
「無様だね」
「悪魔王に操られてるあんたに言われたくない」
「まだそんな強気な事言うの?二度と戦えない身体にしてあげようか」
殺気を感じ、イリアは身構えた。カサンドラは剣を振り上げ、徐に振り下ろした。
ザンッ――
直前、目の前に現れた影。吹き飛ばされたのが腕だと気付く。目の前に吹き出る血飛沫。翡翠の密編みが無情に靡いた。
「・・・エチカ・・・」
彼はそのままもう一つの腕をカサンドラに向けた。その瞬間、カサンドラの地面から砂埃が舞い、竜巻の様な風が彼を纏った。
「うわぁああ――!」
風の中でその身体中に切り傷が付いていく。小さな傷だが痛みは神経にまで響く程。余りの激痛にカサンドラは気を失った。
バタンと倒れたのはエチカもだった。切り落とされた箇所からの出血が酷すぎる。イリアはドレスの裾を無造作に千切り、止血を行った。ぎゅっと固く結ぶ。其でも血は溢れるばかりだ。
「エチカ・・・」
「この程度では死にません・・・。私に構わず、行って下さい・・・」
「このままにしておけない・・・」
「・・・大丈夫・・・ですよ・・・。悪魔王を・・・止めて下さい・・・」
激痛に耐えながらエチカは促した。イリアは自分の無力さを噛み締めながら頷いた。
「――悲惨な光景だねぇ。イリア」
いつから背後にいたのか、耳元で囁かれイリアは背筋が凍った。
「怖がる事はない。我はお前を殺しはしない」
「・・・悪魔王・・・」
「イヴリースと呼んで構わないよ。其より見てごらん、イリア」
「えっ」
「イリアちゃん!」
アルカディアがイリアに視線を向けた瞬間、イラは彼の腕を後ろ手に掴み動きを封じた。
「っ・・・!イラ・・・」
「邪魔はさせないと言った筈だ」
「・・・偉そうに・・・」
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