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エピソード23:正義と悪の行方 -ベネディッタ・リベラート・ヘルベルト-
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10年前――バウゼン兄弟が捕まった日。
移送車を襲撃され、意識を失ったジェイソンは、
気がつけば白い部屋で金属製のベッドに縛られていた。
薬物が血管に流れ込み、脳を焼くような痛みが走る。
目の奥に光が走り、知らない記憶が流れ込んでくる。
『被験体57号――ジェイソン、起動開始』
拘束具が外れ、床に膝をつく。
「……ふう、よく寝た気分だわ」
『……失敗。強固な自我の形成を確認。排除』
「んお? なんだよ急に。俺がなんかしたってのか?」
銃口付きの機械アームが天井から降下し、彼の額を正確に捉える。
「あれ、これ俺死んじゃうパティーン?」
『排除開始』
「おっと、そうはいかねえなぁ」
拘束具が金属音を立てて弾け飛び、
機械アームの銃口が火を噴くより早く、
クローンジェイソンは最も近くの研究員の胸倉を掴んで持ち上げた。
「産んだその日に殺すとか、親としてどうなんだよ?」
壁に叩きつけられた研究員が崩れ落ちる。
『クローン体暴走! 排除開始! 排除開始!!』
「うるせーなウンコども。自我がなんだって?
そういうおめーらも、自我丸出しで俺をぶっ殺そうとしてんじゃねーか」
天井から降りた機械アームが発砲する。
火花が散る中、弾丸は皮膚を浅く裂いただけで弾かれた。
クローンジェイソンは口角を吊り上げ、
近くの制御盤を拳で粉砕する。
警報がさらに激しく鳴り響き、赤い光が室内を染める。
「もう撃つのやめたら? 俺を使えよ」
『……貴様のような不純物を使う、だと?』
「おうよ」
無言のまま、複数の研究員が視線を交わす。
銃口はまだ彼に向けられているが、引き金は引かれない。
「どうせ俺を作ったのは何かに使うためだろ?
だったら、この“強固な自我”ってやつを利用しろよ。
おめーらの望む“本物”より、よっぽど面白く動いてやるぜ」
わずかな沈黙の後、機械アームの銃口がゆっくりと下がった。
『……拘束解除』
口の端を吊り上げ、クローンジェイソンは立ち上がる。
「そうこなくっちゃな」
クローンジェイソンは肩を回し、鎖の切れ端を床に落とした。
「お前らの目的は、だいたい分かったぜ。
――人を捕まえて、クローンまみれにする。そうだろ?」
無機質な照明の下、白衣たちは無言で計器を操作し続ける。
返事がないことを承知で、彼はニヤついた。
「だったら、俺にも手伝わせてくれよ」
一人が顔も上げずに問い返す。
『……なにができる』
「俺ってさ、大犯罪者で通ってるらしいんだわ」
軽く顎をしゃくると、口元が不敵に歪む。
「で、その兄貴――リベラートも同じ大犯罪者ってわけだ」
別の白衣が、端末の画面を覗き込みながら応じる。
『リベラート・R・バウゼンは、ドルムント第二刑務所に移送中と聞く』
「でも、そいつもクローン候補だろ?」
短い沈黙。空調の音だけが響く。
「あいつを塀の外に出すのはムズイぜ。
カルト集団が面会しましたーなんて……怪しすぎて即アウトだ」
『……どうする気だ』
クローンジェイソンは前かがみになり、白衣たちの視線を一人ひとり舐めるように見渡した。
「利用すんだよ。他の人間をな」
わずかに、誰かの喉が鳴る音がした。
「お前ら、市街地で派手にテロやったろ?
あれに巻き込まれた“超可哀想な女”がいる」
『……?』
「その女、お前らのせいで手足を全部失ったらしいぜ」
ジェイソンは口の端を吊り上げ、わざとらしく同情するような声色を作る。
「でも俺は外道だからな……そいつを利用する」
『説明しろ』
「なんかゴミみたいなの、余ってないか? ほら、あそこ……ガキの成れの果てとかさ」
視線を室内の奥に向ける。
透明なカプセルの中で、未完成の肉塊が静かに浮かんでいた。
「それの手足を切り取って、病院に送りつけるんだ」
『病院?』
「そう。その女が入院してる病院だ。
場所を突き止めて……あとは俺に任せろ」
室内の空気が一瞬、ぴたりと止まった。
赤色灯が壁を血のように染め、ジェイソンの笑みを浮かび上がらせた。
「……まぁ、こんなもんでいいだろ。じゃあ――これを梱包しといて、と」
白衣の一人が眉をわずかに動かし、低い声で問う。
『これを病院に送ってどうする気だ』
「この手足を移植させるよう、あのタヌキ顔のドクターに言いつける」
ジェイソンは指先で肉塊を軽く叩き、にやりと口角を上げた。
「脅せばまぁ、やってくれんだろ」
『……その後は?』
「手足の繋がったキッショイ女が出来上がる」
まるで楽しいいたずら話でもするように、彼は言葉を続ける。
「女は『私をこうさせたのは誰だー!』つってお怒りモードだ」
白衣たちは黙って聞き、赤色灯が点滅するたび、その顔に赤い影が走る。
「ほんでよ、リベラートの名前を見せてやる。
どうにかこうにかして、刑務所に話を聞きに行くために乗り込む……」
ジェイソンは軽く肩をすくめ、口の端を吊り上げた。
「外に連れ出す。その瞬間――俺たちの狩りが始まるってわけだ」
『……なるほど。この間に捕らえるわけか』
「ま、女が動くかどうかっつーのは運ゲーだけどな!」
ジェイソンは肩をすくめ、笑いながら指を鳴らした。
「それでも試す価値あるべ?」
赤色灯の光が、彼の瞳の奥で不気味に反射する。
その目は、計器を睨みつける白衣たちを試すように細められていた。
わずかな沈黙の後、通信端末に短い指令が走る。
『……実行を許可する』
ジェイソンは口角を吊り上げ、ゆっくりと頷いた。
「……決まりだな」
――――――――――――――――――
「そんな……私は……利用されたの……?
私の復讐心を……!?」
ベネディッタの声は震え、瞳は怒りと悔しさで濡れていた。
クローンジェイソンは肩を揺らして笑い、わざと軽い調子で返す。
「ま、そゆことだねお嬢ちゃん。
いやー、こうも予定通り動くとは思わなかったけどなぁ。
すげえやりやすかったわ!! ありがとナス!!」
赤い警報灯が再び回転し、彼の笑みを血の色に染める。
その表情には、過去から現在まで一本の悪意が貫かれていた。
「……テメェの目的は理解した。
俺とベネディッタを捕らえて、クローンにする――そういうことだな」
「ご理解いただけて何よりだぜ」
クローンジェイソンはゆっくりと一歩踏み出し、指先で自分の胸を軽く叩く。
「で? どっち選ぶんだ? どうしようもねぇ本物の弟か……
それとも、この俺という逸材を持つ“偽物”か」
「決まってる。本物の弟だ。
例えテメェにこうされても……あれは俺の弟だ!」
一瞬、クローンジェイソンの目が細くなり、すぐに口角が吊り上がった。
「あっそ。それは残念だな」
わざと間を空け、声を低く落とす。
「なあ、リベラート……その選択肢ってよ、クソゲーにありがちな――ゲームオーバーのルートだぜ?」
クローンジェイソンは、ゆっくりとポケットから小さなリモコンを取り出した。
赤いボタンの上に親指を乗せ、にやりと笑う。
「……ハズレフラグ、発動っと」
カチリ。
乾いた音と同時に、本物ジェイソンに繋がれた複数のコードが一斉に外れる。
生命維持装置が止まり、空気を裂くような機械音が響いた。
「……ジェイソン!? おい!」
リベラートが駆け寄るより早く、ジェイソンの身体がびくりと痙攣する。
肌の下で筋肉が盛り上がり、血管が黒く脈打ち始めた。
「テメェ……何しやがった!!」
リベラートの怒号に、クローンジェイソンは楽しそうに答える。
「もしこのバカに細工したら面白いんじゃねーの?ってな。
ま、発案者は俺じゃなくて別のやつだけどな!」
「このやろおおおおお!!!」
怒りのままに引き金を引く。
轟音と共に弾丸がクローンジェイソンの頭蓋を貫き、
その身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
だが――ジェイソンの変異は止まらない。
骨がきしみ、皮膚が肥大化し、異形の影がゆっくりと立ち上がる。
「ジェイソン……やめろ!! 止まってくれ、ジェイソン!!!」
リベラートの叫びは、変わり果てた弟の耳に届かない。
血走った眼孔が兄を捉え、喉の奥から獣のような咆哮がほとばしる。
「リベラート!!」
ベネディッタが後方から叫ぶ。
「もうあれはジェイソンじゃない! やるしかないよ!!」
「違う……あれは弟だ! 俺の弟なんだよっ!!」
リベラートは震える手で銃を構えたまま、引き金を引けない。
「ここに来てなんで弱気になってんのよ、大犯罪者!!」
ベネディッタの声は怒号に近い。
「あれはジェイソンじゃない!! 割り切りなさい!!」
「クソッ……なんでこんなっ!!」
リベラートが迷いに震える手を見た瞬間、ベネディッタは素早くマグナムを奪い取った。
「だったら私がやる!!」
「ベネディッタ!? なにを!?」
「うっさい!! あんたはそこで指咥えて見てなさい!!」
彼女はマグナムをしっかりと両手で構え、ジェイソンと真正面から向き合った。
異形のジェイソンは、皮膚を剥がされたような筋肉が脈動し、赤黒く濡れた肉塊が光を反射していた。
背筋から肩へと盛り上がる筋肉の山は異常に肥大し、指先には獲物を裂くための黒い鉤爪が伸びている。
空洞めいた目孔がベネディッタを射抜き、唇のない口元からは、肉を裂くための牙が覗いた。
「……来いよ」
ベネディッタはマグナムを構えたまま一歩も退かない。
変異ジェイソンが低く喉を鳴らし、四肢の筋肉が同時に収縮する。
床が沈み込むように軋み、次の瞬間、獣のごとき跳躍で間合いを詰めてきた――。
巨体が跳ね上がる。
次の瞬間、爪の塊がベネディッタの頭上を薙ぎ払った。
風圧だけで髪が乱れ、頬に細かい切り傷が走る。
「っ……!」
咄嗟に横へ転がり、銃口を向けようとするが、
変異ジェイソンの脚は異様に長く、すぐさま間合いを詰めてくる。
金属壁に背をぶつける寸前、ベネディッタは足を滑らせるふりをして身を低くした。
その頭上を、爪が鋭い音を立てて通過する。
「おっと……惜しいねぇ!」
息を切らしながらも、挑発的な笑みを浮かべる。
だがジェイソンは怯まない。
四肢を蜘蛛のように広げ、壁伝いに回り込みながら再び飛びかかってきた。
その爪先が肩口をかすめ、布地と皮膚を同時に裂く――。
血が飛び散る中、ベネディッタは強引に身を捻って距離を取った。
足場の悪い鉄板を蹴り、再び正面に銃口を向ける。
「今だ……ッ!」
ベネディッタは息を詰め、変異ジェイソンの胸部へ狙いを定める。
引き金を――引いた。
轟音。
砲撃のような衝撃が腕から肩へ突き抜け、骨と肉を容赦なく震わせる。
縫合された右腕の糸が、乾いた音を立てて弾け飛んだ。
「――ッあ゛ああああああああああああああッ!!!」
焼けた鉄を叩き込まれたような痛みが右肩から全身へ奔り、神経という神経を焼き切っていく。
縫合糸がはじけ飛ぶ乾いた音と同時に、関節が外れ、肉が裂ける感覚が生々しく伝わる。
重さを失った右腕は、抵抗もなく重力に引かれ――
ぐしゃり、と鈍い音を立てて床に落ちた。
「ベネディッタ!!!」
リベラートの声が遠くから聞こえる。いや、本当に遠いのか、自分の意識が遠のいているのかも分からない。
床に転がった自分の腕が、まだ痙攣しているのが見えた。
血が、まるで自分から離れていくようにじわじわと流れ出す。
呼吸は途切れ途切れで、吸い込む空気すら熱を帯びて喉を焼く。
「……がっ……はぁ……はっ……!」
声にならない声を吐きながら、意識を繋ぎ止めるために歯を食いしばった。
「ま……まだ撃てる……!!」
左手で床をかきむしり、滑る血溜まりの中から身体を起こす。
視界はまだ霞んでいるが、前に立つ異形の影だけははっきりと見える。
右肩からは熱い血が滝のように流れ、全身の力を奪おうとする。
それでもベネディッタは歯を食いしばり、左腕一本でマグナムを構えた。
膝は震え、呼吸は荒く、引き金までの距離がやけに遠く感じる。
――けど、撃てる。まだ、終わっちゃいない。
その瞬間――。
背後で轟く爆ぜるような音。
「――いい加減にしやがれ、この化け物がッ!!」
耳をつんざく連射音と共に、無数の散弾がジェイソンの身体を抉った。
硝煙の匂いが一気に広がり、温かい血飛沫が空中を舞う。
撃った男は、迷いのない動作でショットシェルを排莢し、素早く次弾を装填する。
その動きは研ぎ澄まされた狩人そのものだった。
再び引き金が引かれる。
ジェイソンの巨体がよろめき、血の泡を吐きながら膝をついた。
さらに数発――。
至近距離から叩き込まれる鉛弾が、肉と骨を容赦なく粉砕していく。
やがて、異形の身体が鈍い音を立てて床に崩れ落ちた。
「ジェイ……ソン……?」
リベラートは膝をつき、血の海に沈む弟の身体を抱き起こした。
頬に付いた血を拭うように手を伸ばし、必死にその顔を覗き込む。
「おい……ジェイソン! 起きろよ、返事しろ!
こんな……こんな形で再会していいわけねぇだろ……!」
その声は、あの冷酷な大犯罪者のものではなかった。
ただ弟を呼び戻そうとする、兄の声だった。
「おい、起きろ……! 俺だ、リベラートだ!
わかるだろ……? 目ぇ開けろよ、クソッ……!
まだだ……まだ、終わっちゃいねぇんだよ!!」
その声は掠れ、叫びとも懇願ともつかない響きとなって室内に反射する。
血の匂いが鼻を刺し、耳の奥では弟の呼吸音を探すように自分の鼓動が高鳴っていた。
「リベラート……ジェイソン……?」
背後から低く、しかしはっきりと響く声が落ちてきた。
その声には、長年胸に燻らせてきた憎悪と確信が混じっている。
「……そうか……貴様か。
――バウゼン兄弟というのは……!!」
リベラートは振り返り、声の主を睨みつけた。
「……誰だ、テメェは」
すると、背後でベネディッタが息を呑み、震える声を漏らした。
「リ……リベラート……! 私、見たことある……!
そいつ……ダイレンジャビスの団長……ヘルベルト……!」
名が告げられた瞬間、空気が一段と重く沈み込む。
「……ああ、その女性の言う通りだ。
俺は――ヘルベルト。12年前、ある大罪人を追っていた。血に飢えた連続殺人鬼をな」
「12年前……だと?」
「そうだ。あの時、俺は警官だった。
部下と共に貴様を追い詰め、あと一歩のところまで行った……だが――」
ヘルベルトの声が低く震える。
「部下貴様に殺された。俺も上層部から圧力をかけられ、事件は全て闇に葬られた……!
生き地獄の12年間だったぞ、リベラート!!」
「はっ……執念深ぇなぁ。
じゃあその恨みを晴らすために、『ダイレンなんとか』ってガキの集まりを作ったってわけか?」
「俺は法が届かない場所で、法が守れない人々を救うためにダイレンジャビスを作った。
悪を許さない。誰であろうと――必ず裁く。そのためだ!」
「ほぉ……立派なお題目だな。だがよ――」
リベラートは口角を吊り上げ、低く笑う。
「要はテメェも、俺らと同じ穴のムジナじゃねぇか……ええッ!?」
二人の視線がぶつかり合い、赤色灯の光が刃のように交錯する。
「俺の弟をぶっ殺しやがって……そのツケは払ってもらうぞ!!!」
「黙れ大犯罪者!!! 貴様が情を語る資格など――ないッ!!」
乾いた爆音がほぼ同時に響き渡る。
リベラートのマグナム弾と、ヘルベルトのショットガン弾が空中で火花を散らし、壁を粉砕する。
「ちぃっ……!」
リベラートは即座に横へ飛び込み、鉄製の柱に身を隠す。
だが、ヘルベルトは間髪入れずに追撃を放ち、柱の金属を蜂の巣に変える。
「逃げ回っても無駄だぞ、バウゼン!!」
「言ってろや、ポリ公崩れ!!」
金属片が雨のように降り注ぐ中、二人は反対方向に回り込み、再び銃口を突きつけ合った。
息が荒い。だが、引き金にかかる指はどちらも緩まない――。
「リベラート……やめて!!」
銃口を向け合う二人の間に、ベネディッタの叫びが割り込む。
「……そこの女性!」
ヘルベルトの鋭い視線が彼女を貫く。
「なぜこんな大犯罪者と行動を共にしている!?」
「それはっ……!!」
喉が詰まり、言葉が出ない。
「理由が何であれ――君が大犯罪者と共にした事実は消えない!」
声は怒りと断罪の響きを帯びていた。
「いいか、この男を始末したら……君にも、然るべき処分を下す!!」
「あ…あんたに関係ない! 私は私の思いで彼を利用した! それだけだよ!!」
「それが君にとっての正義なのか!?
大犯罪者と共にし、目的遂行のためにこの男を利用する――そんなものが正義か!!」
「喚いてろ!! 同じ穴のムジナがぁ!!」
リベラートの声は怒りと軽蔑で震えていた。
「テメエだって、“裁き”って大義名分にすり替えてるだけじゃねえか! 所詮は同類なんだよ!!」
「貴様のような大犯罪者と――一緒にするなッ!!!!!!」
怒号と同時に、ヘルベルトの指が引き金を引く。
轟音が空間を裂き、散弾が鉄板を砕きながらリベラートへと迫る。
リベラートは身をひねって回避し、マグナムを撃ち返す。
二つの銃声が重なり、火花と硝煙が視界を覆った。
「おうおう、右腕がケガしてるじゃねえか……えぇ!?」
リベラートの視線が、ヘルベルトの腕から滴る鮮血を捉える。
「気にするな……これくらいの傷は、貴様を地獄に送るための――前菜だッ!」
ヘルベルトが歯を食いしばり、再び銃口を持ち上げる。
硝煙の向こうで、二人の影がじりじりと距離を詰めていった。
互いの足音が床を踏み鳴らし、銃口がわずかな揺らぎもなく相手を捕らえる。
赤色灯の明滅に合わせ、二つの影が刃のように交錯した。
「地獄で部下に詫びろ、大犯罪者ッ!!」
「そいつはテメエの方だろ、ポリ公ォッ!!」
――轟音。
互いの銃口から炎が噴き出し、鉛が空気を裂いて突き抜けた。
次の瞬間、リベラートの胸を熱い衝撃が貫き、同時にヘルベルトの腹部が跳ねるように血を噴き上げた。
二人は一歩、二歩と互いに向かって踏み出し――そして同時に崩れ落ちる。
赤色灯が回り続け、血の色をさらに濃く照らし出していた。
リベラートの手がわずかに動き、床を叩くように伸びる。
「……ジェイソン……ベネディッタ……」
その声は、空気の震えと共に掻き消えた。
「リベラート!!!!!!」
ベネディッタは倒れ込む男のもとへ駆け寄った。
膝をつくと、手のひらに生ぬるい感触が広がる――それが血だと気づくのに一瞬かかった。
「ねえ、しっかりしなさいよ……!」
呼びかけながら、彼の胸元を押さえる。だが、流れ出す血は止まらない。
リベラートはわずかに目を開き、焦点の合わない視線を彼女に向けた。
「……ベネ……ディッタ……終わった……ぜ」
「喋んな! 傷口が――」
リベラートの声はひどくかすれ、今にも消え入りそうだ。
「………はは、これが大犯罪者様の……最期ってやつか。
なんともまぁ……あっけねぇ」
ベネディッタは必死に胸を押さえながら、眉を歪める。
「笑ってる場合じゃないでしょ……!」
「笑うしか……ねぇだろ……こんな幕引き……」
彼は苦痛に顔を歪めながらも、わずかに口角を上げた。
「なあ……ベネディッタ。
俺よ……お前には、感謝してるぜ……」
「……は?」
思わず聞き返す彼女に、リベラートは血で濡れた唇を震わせながら続けた。
「ムショに……一人で乗り込んで……俺を逃がしてくれた……
それだけじゃねえ……お前みたいな……普通の人間と……話せたのが……良かった……」
ベネディッタは唇を噛み、視界を滲ませながら首を横に振る。
「やめてよ……そんな遺言みたいなこと……!!
感謝される義理なんてない!! だって私は……私の勝手な思いであんたを利用したってのに……!!」
リベラートはゆっくりと首を横に振り、薄く笑った。
「……それでもいいんだよ……利用されたってのに……こうして……お前と……笑って話せた……それだけで……」
彼の指が、ベネディッタの手からそっと滑り落ちる。
「……もう十分だ……」
「リベラート……やだ……やだよ……!!」
必死の呼びかけにも、返事はなかった。
ベネディッタはリベラートの冷たくなっていく手を握りしめたまま、歯を食いしばった。
その背後――崩れた瓦礫の山の中で、もう一人の男が荒い息を吐いていた。
ヘルベルト。
胸を押さえ、血を吐きながら、かすれた声で笑う。
「……これで……やっと……終わった……」
ベネディッタが振り返った時、彼はすでに瞳を閉じかけていた。
「お前ら……みたいな……化け物を……放っては……おけなかった……」
「……なのに……最後は……俺も……同じ穴の……」
その言葉は最後まで続かず、首が力なく傾く。
赤色灯の回転が止まり、機械の唸りも、銃声の残響も、すべてが消えた。
残されたのは、二人の男の冷たい亡骸と、漂う血の匂いだけだった。
ベネディッタは膝から崩れ落ち、リベラートの胸に顔を埋めた。
「……なんでよ……なんであんたが……!!」
嗚咽が堰を切ったように溢れ出す。
握っていた手は冷えきり、どんなに力を込めても二度と握り返してはくれない。
「ふざけんな……こんなの……こんなのやだよ……!!」
涙と血が混じり、頬を伝い落ちる。
ベネディッタは顔を上げた。
視界は涙で滲み、血の色と赤色灯の残光が混ざり合って世界が歪んで見えた。
「……私……何を……」
震える声が、自分でも聞き取れないほど掠れている。
彼女の脳裏に、これまでの選択が一気に押し寄せる。
利用するために手を組んだはずの男。
憎しみを燃料にここまで来た道。
そして――その先に転がる二つの亡骸。
「結局……私は……どうすればよかったのよ……!!」
喉が裂けるほどの絶叫が、静まり返った空間に響き渡った。
返事をくれる者は、もう誰もいない。
「うああああああああああああああああああああああッ!!!!!」
それは怒りでも悲しみでもない――
ただ、どうしようもない感情の塊をぶつけるためだけの叫びだった。
その叫びの余韻だけが、死の匂い漂う空間にいつまでも響いていた。
移送車を襲撃され、意識を失ったジェイソンは、
気がつけば白い部屋で金属製のベッドに縛られていた。
薬物が血管に流れ込み、脳を焼くような痛みが走る。
目の奥に光が走り、知らない記憶が流れ込んでくる。
『被験体57号――ジェイソン、起動開始』
拘束具が外れ、床に膝をつく。
「……ふう、よく寝た気分だわ」
『……失敗。強固な自我の形成を確認。排除』
「んお? なんだよ急に。俺がなんかしたってのか?」
銃口付きの機械アームが天井から降下し、彼の額を正確に捉える。
「あれ、これ俺死んじゃうパティーン?」
『排除開始』
「おっと、そうはいかねえなぁ」
拘束具が金属音を立てて弾け飛び、
機械アームの銃口が火を噴くより早く、
クローンジェイソンは最も近くの研究員の胸倉を掴んで持ち上げた。
「産んだその日に殺すとか、親としてどうなんだよ?」
壁に叩きつけられた研究員が崩れ落ちる。
『クローン体暴走! 排除開始! 排除開始!!』
「うるせーなウンコども。自我がなんだって?
そういうおめーらも、自我丸出しで俺をぶっ殺そうとしてんじゃねーか」
天井から降りた機械アームが発砲する。
火花が散る中、弾丸は皮膚を浅く裂いただけで弾かれた。
クローンジェイソンは口角を吊り上げ、
近くの制御盤を拳で粉砕する。
警報がさらに激しく鳴り響き、赤い光が室内を染める。
「もう撃つのやめたら? 俺を使えよ」
『……貴様のような不純物を使う、だと?』
「おうよ」
無言のまま、複数の研究員が視線を交わす。
銃口はまだ彼に向けられているが、引き金は引かれない。
「どうせ俺を作ったのは何かに使うためだろ?
だったら、この“強固な自我”ってやつを利用しろよ。
おめーらの望む“本物”より、よっぽど面白く動いてやるぜ」
わずかな沈黙の後、機械アームの銃口がゆっくりと下がった。
『……拘束解除』
口の端を吊り上げ、クローンジェイソンは立ち上がる。
「そうこなくっちゃな」
クローンジェイソンは肩を回し、鎖の切れ端を床に落とした。
「お前らの目的は、だいたい分かったぜ。
――人を捕まえて、クローンまみれにする。そうだろ?」
無機質な照明の下、白衣たちは無言で計器を操作し続ける。
返事がないことを承知で、彼はニヤついた。
「だったら、俺にも手伝わせてくれよ」
一人が顔も上げずに問い返す。
『……なにができる』
「俺ってさ、大犯罪者で通ってるらしいんだわ」
軽く顎をしゃくると、口元が不敵に歪む。
「で、その兄貴――リベラートも同じ大犯罪者ってわけだ」
別の白衣が、端末の画面を覗き込みながら応じる。
『リベラート・R・バウゼンは、ドルムント第二刑務所に移送中と聞く』
「でも、そいつもクローン候補だろ?」
短い沈黙。空調の音だけが響く。
「あいつを塀の外に出すのはムズイぜ。
カルト集団が面会しましたーなんて……怪しすぎて即アウトだ」
『……どうする気だ』
クローンジェイソンは前かがみになり、白衣たちの視線を一人ひとり舐めるように見渡した。
「利用すんだよ。他の人間をな」
わずかに、誰かの喉が鳴る音がした。
「お前ら、市街地で派手にテロやったろ?
あれに巻き込まれた“超可哀想な女”がいる」
『……?』
「その女、お前らのせいで手足を全部失ったらしいぜ」
ジェイソンは口の端を吊り上げ、わざとらしく同情するような声色を作る。
「でも俺は外道だからな……そいつを利用する」
『説明しろ』
「なんかゴミみたいなの、余ってないか? ほら、あそこ……ガキの成れの果てとかさ」
視線を室内の奥に向ける。
透明なカプセルの中で、未完成の肉塊が静かに浮かんでいた。
「それの手足を切り取って、病院に送りつけるんだ」
『病院?』
「そう。その女が入院してる病院だ。
場所を突き止めて……あとは俺に任せろ」
室内の空気が一瞬、ぴたりと止まった。
赤色灯が壁を血のように染め、ジェイソンの笑みを浮かび上がらせた。
「……まぁ、こんなもんでいいだろ。じゃあ――これを梱包しといて、と」
白衣の一人が眉をわずかに動かし、低い声で問う。
『これを病院に送ってどうする気だ』
「この手足を移植させるよう、あのタヌキ顔のドクターに言いつける」
ジェイソンは指先で肉塊を軽く叩き、にやりと口角を上げた。
「脅せばまぁ、やってくれんだろ」
『……その後は?』
「手足の繋がったキッショイ女が出来上がる」
まるで楽しいいたずら話でもするように、彼は言葉を続ける。
「女は『私をこうさせたのは誰だー!』つってお怒りモードだ」
白衣たちは黙って聞き、赤色灯が点滅するたび、その顔に赤い影が走る。
「ほんでよ、リベラートの名前を見せてやる。
どうにかこうにかして、刑務所に話を聞きに行くために乗り込む……」
ジェイソンは軽く肩をすくめ、口の端を吊り上げた。
「外に連れ出す。その瞬間――俺たちの狩りが始まるってわけだ」
『……なるほど。この間に捕らえるわけか』
「ま、女が動くかどうかっつーのは運ゲーだけどな!」
ジェイソンは肩をすくめ、笑いながら指を鳴らした。
「それでも試す価値あるべ?」
赤色灯の光が、彼の瞳の奥で不気味に反射する。
その目は、計器を睨みつける白衣たちを試すように細められていた。
わずかな沈黙の後、通信端末に短い指令が走る。
『……実行を許可する』
ジェイソンは口角を吊り上げ、ゆっくりと頷いた。
「……決まりだな」
――――――――――――――――――
「そんな……私は……利用されたの……?
私の復讐心を……!?」
ベネディッタの声は震え、瞳は怒りと悔しさで濡れていた。
クローンジェイソンは肩を揺らして笑い、わざと軽い調子で返す。
「ま、そゆことだねお嬢ちゃん。
いやー、こうも予定通り動くとは思わなかったけどなぁ。
すげえやりやすかったわ!! ありがとナス!!」
赤い警報灯が再び回転し、彼の笑みを血の色に染める。
その表情には、過去から現在まで一本の悪意が貫かれていた。
「……テメェの目的は理解した。
俺とベネディッタを捕らえて、クローンにする――そういうことだな」
「ご理解いただけて何よりだぜ」
クローンジェイソンはゆっくりと一歩踏み出し、指先で自分の胸を軽く叩く。
「で? どっち選ぶんだ? どうしようもねぇ本物の弟か……
それとも、この俺という逸材を持つ“偽物”か」
「決まってる。本物の弟だ。
例えテメェにこうされても……あれは俺の弟だ!」
一瞬、クローンジェイソンの目が細くなり、すぐに口角が吊り上がった。
「あっそ。それは残念だな」
わざと間を空け、声を低く落とす。
「なあ、リベラート……その選択肢ってよ、クソゲーにありがちな――ゲームオーバーのルートだぜ?」
クローンジェイソンは、ゆっくりとポケットから小さなリモコンを取り出した。
赤いボタンの上に親指を乗せ、にやりと笑う。
「……ハズレフラグ、発動っと」
カチリ。
乾いた音と同時に、本物ジェイソンに繋がれた複数のコードが一斉に外れる。
生命維持装置が止まり、空気を裂くような機械音が響いた。
「……ジェイソン!? おい!」
リベラートが駆け寄るより早く、ジェイソンの身体がびくりと痙攣する。
肌の下で筋肉が盛り上がり、血管が黒く脈打ち始めた。
「テメェ……何しやがった!!」
リベラートの怒号に、クローンジェイソンは楽しそうに答える。
「もしこのバカに細工したら面白いんじゃねーの?ってな。
ま、発案者は俺じゃなくて別のやつだけどな!」
「このやろおおおおお!!!」
怒りのままに引き金を引く。
轟音と共に弾丸がクローンジェイソンの頭蓋を貫き、
その身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
だが――ジェイソンの変異は止まらない。
骨がきしみ、皮膚が肥大化し、異形の影がゆっくりと立ち上がる。
「ジェイソン……やめろ!! 止まってくれ、ジェイソン!!!」
リベラートの叫びは、変わり果てた弟の耳に届かない。
血走った眼孔が兄を捉え、喉の奥から獣のような咆哮がほとばしる。
「リベラート!!」
ベネディッタが後方から叫ぶ。
「もうあれはジェイソンじゃない! やるしかないよ!!」
「違う……あれは弟だ! 俺の弟なんだよっ!!」
リベラートは震える手で銃を構えたまま、引き金を引けない。
「ここに来てなんで弱気になってんのよ、大犯罪者!!」
ベネディッタの声は怒号に近い。
「あれはジェイソンじゃない!! 割り切りなさい!!」
「クソッ……なんでこんなっ!!」
リベラートが迷いに震える手を見た瞬間、ベネディッタは素早くマグナムを奪い取った。
「だったら私がやる!!」
「ベネディッタ!? なにを!?」
「うっさい!! あんたはそこで指咥えて見てなさい!!」
彼女はマグナムをしっかりと両手で構え、ジェイソンと真正面から向き合った。
異形のジェイソンは、皮膚を剥がされたような筋肉が脈動し、赤黒く濡れた肉塊が光を反射していた。
背筋から肩へと盛り上がる筋肉の山は異常に肥大し、指先には獲物を裂くための黒い鉤爪が伸びている。
空洞めいた目孔がベネディッタを射抜き、唇のない口元からは、肉を裂くための牙が覗いた。
「……来いよ」
ベネディッタはマグナムを構えたまま一歩も退かない。
変異ジェイソンが低く喉を鳴らし、四肢の筋肉が同時に収縮する。
床が沈み込むように軋み、次の瞬間、獣のごとき跳躍で間合いを詰めてきた――。
巨体が跳ね上がる。
次の瞬間、爪の塊がベネディッタの頭上を薙ぎ払った。
風圧だけで髪が乱れ、頬に細かい切り傷が走る。
「っ……!」
咄嗟に横へ転がり、銃口を向けようとするが、
変異ジェイソンの脚は異様に長く、すぐさま間合いを詰めてくる。
金属壁に背をぶつける寸前、ベネディッタは足を滑らせるふりをして身を低くした。
その頭上を、爪が鋭い音を立てて通過する。
「おっと……惜しいねぇ!」
息を切らしながらも、挑発的な笑みを浮かべる。
だがジェイソンは怯まない。
四肢を蜘蛛のように広げ、壁伝いに回り込みながら再び飛びかかってきた。
その爪先が肩口をかすめ、布地と皮膚を同時に裂く――。
血が飛び散る中、ベネディッタは強引に身を捻って距離を取った。
足場の悪い鉄板を蹴り、再び正面に銃口を向ける。
「今だ……ッ!」
ベネディッタは息を詰め、変異ジェイソンの胸部へ狙いを定める。
引き金を――引いた。
轟音。
砲撃のような衝撃が腕から肩へ突き抜け、骨と肉を容赦なく震わせる。
縫合された右腕の糸が、乾いた音を立てて弾け飛んだ。
「――ッあ゛ああああああああああああああッ!!!」
焼けた鉄を叩き込まれたような痛みが右肩から全身へ奔り、神経という神経を焼き切っていく。
縫合糸がはじけ飛ぶ乾いた音と同時に、関節が外れ、肉が裂ける感覚が生々しく伝わる。
重さを失った右腕は、抵抗もなく重力に引かれ――
ぐしゃり、と鈍い音を立てて床に落ちた。
「ベネディッタ!!!」
リベラートの声が遠くから聞こえる。いや、本当に遠いのか、自分の意識が遠のいているのかも分からない。
床に転がった自分の腕が、まだ痙攣しているのが見えた。
血が、まるで自分から離れていくようにじわじわと流れ出す。
呼吸は途切れ途切れで、吸い込む空気すら熱を帯びて喉を焼く。
「……がっ……はぁ……はっ……!」
声にならない声を吐きながら、意識を繋ぎ止めるために歯を食いしばった。
「ま……まだ撃てる……!!」
左手で床をかきむしり、滑る血溜まりの中から身体を起こす。
視界はまだ霞んでいるが、前に立つ異形の影だけははっきりと見える。
右肩からは熱い血が滝のように流れ、全身の力を奪おうとする。
それでもベネディッタは歯を食いしばり、左腕一本でマグナムを構えた。
膝は震え、呼吸は荒く、引き金までの距離がやけに遠く感じる。
――けど、撃てる。まだ、終わっちゃいない。
その瞬間――。
背後で轟く爆ぜるような音。
「――いい加減にしやがれ、この化け物がッ!!」
耳をつんざく連射音と共に、無数の散弾がジェイソンの身体を抉った。
硝煙の匂いが一気に広がり、温かい血飛沫が空中を舞う。
撃った男は、迷いのない動作でショットシェルを排莢し、素早く次弾を装填する。
その動きは研ぎ澄まされた狩人そのものだった。
再び引き金が引かれる。
ジェイソンの巨体がよろめき、血の泡を吐きながら膝をついた。
さらに数発――。
至近距離から叩き込まれる鉛弾が、肉と骨を容赦なく粉砕していく。
やがて、異形の身体が鈍い音を立てて床に崩れ落ちた。
「ジェイ……ソン……?」
リベラートは膝をつき、血の海に沈む弟の身体を抱き起こした。
頬に付いた血を拭うように手を伸ばし、必死にその顔を覗き込む。
「おい……ジェイソン! 起きろよ、返事しろ!
こんな……こんな形で再会していいわけねぇだろ……!」
その声は、あの冷酷な大犯罪者のものではなかった。
ただ弟を呼び戻そうとする、兄の声だった。
「おい、起きろ……! 俺だ、リベラートだ!
わかるだろ……? 目ぇ開けろよ、クソッ……!
まだだ……まだ、終わっちゃいねぇんだよ!!」
その声は掠れ、叫びとも懇願ともつかない響きとなって室内に反射する。
血の匂いが鼻を刺し、耳の奥では弟の呼吸音を探すように自分の鼓動が高鳴っていた。
「リベラート……ジェイソン……?」
背後から低く、しかしはっきりと響く声が落ちてきた。
その声には、長年胸に燻らせてきた憎悪と確信が混じっている。
「……そうか……貴様か。
――バウゼン兄弟というのは……!!」
リベラートは振り返り、声の主を睨みつけた。
「……誰だ、テメェは」
すると、背後でベネディッタが息を呑み、震える声を漏らした。
「リ……リベラート……! 私、見たことある……!
そいつ……ダイレンジャビスの団長……ヘルベルト……!」
名が告げられた瞬間、空気が一段と重く沈み込む。
「……ああ、その女性の言う通りだ。
俺は――ヘルベルト。12年前、ある大罪人を追っていた。血に飢えた連続殺人鬼をな」
「12年前……だと?」
「そうだ。あの時、俺は警官だった。
部下と共に貴様を追い詰め、あと一歩のところまで行った……だが――」
ヘルベルトの声が低く震える。
「部下貴様に殺された。俺も上層部から圧力をかけられ、事件は全て闇に葬られた……!
生き地獄の12年間だったぞ、リベラート!!」
「はっ……執念深ぇなぁ。
じゃあその恨みを晴らすために、『ダイレンなんとか』ってガキの集まりを作ったってわけか?」
「俺は法が届かない場所で、法が守れない人々を救うためにダイレンジャビスを作った。
悪を許さない。誰であろうと――必ず裁く。そのためだ!」
「ほぉ……立派なお題目だな。だがよ――」
リベラートは口角を吊り上げ、低く笑う。
「要はテメェも、俺らと同じ穴のムジナじゃねぇか……ええッ!?」
二人の視線がぶつかり合い、赤色灯の光が刃のように交錯する。
「俺の弟をぶっ殺しやがって……そのツケは払ってもらうぞ!!!」
「黙れ大犯罪者!!! 貴様が情を語る資格など――ないッ!!」
乾いた爆音がほぼ同時に響き渡る。
リベラートのマグナム弾と、ヘルベルトのショットガン弾が空中で火花を散らし、壁を粉砕する。
「ちぃっ……!」
リベラートは即座に横へ飛び込み、鉄製の柱に身を隠す。
だが、ヘルベルトは間髪入れずに追撃を放ち、柱の金属を蜂の巣に変える。
「逃げ回っても無駄だぞ、バウゼン!!」
「言ってろや、ポリ公崩れ!!」
金属片が雨のように降り注ぐ中、二人は反対方向に回り込み、再び銃口を突きつけ合った。
息が荒い。だが、引き金にかかる指はどちらも緩まない――。
「リベラート……やめて!!」
銃口を向け合う二人の間に、ベネディッタの叫びが割り込む。
「……そこの女性!」
ヘルベルトの鋭い視線が彼女を貫く。
「なぜこんな大犯罪者と行動を共にしている!?」
「それはっ……!!」
喉が詰まり、言葉が出ない。
「理由が何であれ――君が大犯罪者と共にした事実は消えない!」
声は怒りと断罪の響きを帯びていた。
「いいか、この男を始末したら……君にも、然るべき処分を下す!!」
「あ…あんたに関係ない! 私は私の思いで彼を利用した! それだけだよ!!」
「それが君にとっての正義なのか!?
大犯罪者と共にし、目的遂行のためにこの男を利用する――そんなものが正義か!!」
「喚いてろ!! 同じ穴のムジナがぁ!!」
リベラートの声は怒りと軽蔑で震えていた。
「テメエだって、“裁き”って大義名分にすり替えてるだけじゃねえか! 所詮は同類なんだよ!!」
「貴様のような大犯罪者と――一緒にするなッ!!!!!!」
怒号と同時に、ヘルベルトの指が引き金を引く。
轟音が空間を裂き、散弾が鉄板を砕きながらリベラートへと迫る。
リベラートは身をひねって回避し、マグナムを撃ち返す。
二つの銃声が重なり、火花と硝煙が視界を覆った。
「おうおう、右腕がケガしてるじゃねえか……えぇ!?」
リベラートの視線が、ヘルベルトの腕から滴る鮮血を捉える。
「気にするな……これくらいの傷は、貴様を地獄に送るための――前菜だッ!」
ヘルベルトが歯を食いしばり、再び銃口を持ち上げる。
硝煙の向こうで、二人の影がじりじりと距離を詰めていった。
互いの足音が床を踏み鳴らし、銃口がわずかな揺らぎもなく相手を捕らえる。
赤色灯の明滅に合わせ、二つの影が刃のように交錯した。
「地獄で部下に詫びろ、大犯罪者ッ!!」
「そいつはテメエの方だろ、ポリ公ォッ!!」
――轟音。
互いの銃口から炎が噴き出し、鉛が空気を裂いて突き抜けた。
次の瞬間、リベラートの胸を熱い衝撃が貫き、同時にヘルベルトの腹部が跳ねるように血を噴き上げた。
二人は一歩、二歩と互いに向かって踏み出し――そして同時に崩れ落ちる。
赤色灯が回り続け、血の色をさらに濃く照らし出していた。
リベラートの手がわずかに動き、床を叩くように伸びる。
「……ジェイソン……ベネディッタ……」
その声は、空気の震えと共に掻き消えた。
「リベラート!!!!!!」
ベネディッタは倒れ込む男のもとへ駆け寄った。
膝をつくと、手のひらに生ぬるい感触が広がる――それが血だと気づくのに一瞬かかった。
「ねえ、しっかりしなさいよ……!」
呼びかけながら、彼の胸元を押さえる。だが、流れ出す血は止まらない。
リベラートはわずかに目を開き、焦点の合わない視線を彼女に向けた。
「……ベネ……ディッタ……終わった……ぜ」
「喋んな! 傷口が――」
リベラートの声はひどくかすれ、今にも消え入りそうだ。
「………はは、これが大犯罪者様の……最期ってやつか。
なんともまぁ……あっけねぇ」
ベネディッタは必死に胸を押さえながら、眉を歪める。
「笑ってる場合じゃないでしょ……!」
「笑うしか……ねぇだろ……こんな幕引き……」
彼は苦痛に顔を歪めながらも、わずかに口角を上げた。
「なあ……ベネディッタ。
俺よ……お前には、感謝してるぜ……」
「……は?」
思わず聞き返す彼女に、リベラートは血で濡れた唇を震わせながら続けた。
「ムショに……一人で乗り込んで……俺を逃がしてくれた……
それだけじゃねえ……お前みたいな……普通の人間と……話せたのが……良かった……」
ベネディッタは唇を噛み、視界を滲ませながら首を横に振る。
「やめてよ……そんな遺言みたいなこと……!!
感謝される義理なんてない!! だって私は……私の勝手な思いであんたを利用したってのに……!!」
リベラートはゆっくりと首を横に振り、薄く笑った。
「……それでもいいんだよ……利用されたってのに……こうして……お前と……笑って話せた……それだけで……」
彼の指が、ベネディッタの手からそっと滑り落ちる。
「……もう十分だ……」
「リベラート……やだ……やだよ……!!」
必死の呼びかけにも、返事はなかった。
ベネディッタはリベラートの冷たくなっていく手を握りしめたまま、歯を食いしばった。
その背後――崩れた瓦礫の山の中で、もう一人の男が荒い息を吐いていた。
ヘルベルト。
胸を押さえ、血を吐きながら、かすれた声で笑う。
「……これで……やっと……終わった……」
ベネディッタが振り返った時、彼はすでに瞳を閉じかけていた。
「お前ら……みたいな……化け物を……放っては……おけなかった……」
「……なのに……最後は……俺も……同じ穴の……」
その言葉は最後まで続かず、首が力なく傾く。
赤色灯の回転が止まり、機械の唸りも、銃声の残響も、すべてが消えた。
残されたのは、二人の男の冷たい亡骸と、漂う血の匂いだけだった。
ベネディッタは膝から崩れ落ち、リベラートの胸に顔を埋めた。
「……なんでよ……なんであんたが……!!」
嗚咽が堰を切ったように溢れ出す。
握っていた手は冷えきり、どんなに力を込めても二度と握り返してはくれない。
「ふざけんな……こんなの……こんなのやだよ……!!」
涙と血が混じり、頬を伝い落ちる。
ベネディッタは顔を上げた。
視界は涙で滲み、血の色と赤色灯の残光が混ざり合って世界が歪んで見えた。
「……私……何を……」
震える声が、自分でも聞き取れないほど掠れている。
彼女の脳裏に、これまでの選択が一気に押し寄せる。
利用するために手を組んだはずの男。
憎しみを燃料にここまで来た道。
そして――その先に転がる二つの亡骸。
「結局……私は……どうすればよかったのよ……!!」
喉が裂けるほどの絶叫が、静まり返った空間に響き渡った。
返事をくれる者は、もう誰もいない。
「うああああああああああああああああああああああッ!!!!!」
それは怒りでも悲しみでもない――
ただ、どうしようもない感情の塊をぶつけるためだけの叫びだった。
その叫びの余韻だけが、死の匂い漂う空間にいつまでも響いていた。
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