DYING MEMORY

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エピソード06:異形の襲来 -ミーナ-

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「ねぇ、logって何の略? ログイン? てか、何に入るの?」

ルード高等学校の教室の片隅、窓際三列目。ミーナは頬杖をつきながら、ノートに無意味な落書きをし続けていた。

黒板には『対数関数とその性質』という文字。そして数式。

log₂8 = 3
log₁₀100 = 2

……意味がわからない。

「“ろぐ”とか“ていすう”とか言われても、知らないし」

ため息交じりにそう呟きながら、ミーナはこっそりとスマホのイヤホンを耳に突っ込んだ。



耳に流れ込んできたのは、ファイナルファンタジーXIVの「過重圧殺! ~蛮神タイタン討滅戦~」。

──ずん、ずん、ずんずんずんっ!

「は~……マジ最高……」

重低音が脳を揺らすたびに、教師の声はどんどんフェードアウトしていく。
もはや“log”も“対数”もこの世の概念ではなかった。
ミーナの脳内は今、突き出された巨大な拳で戦場を破壊するタイタンでいっぱいだ。

ちなみに前回の授業では、ファイナルファンタジーXの「Otherworld」──ジェクトを思わせるデスメタルばりの重厚なシャウトで現実を忘れ、
その前は、ファイナルファンタジーXVIの「Titan Lost」──理性を失ったフーゴ・クプカの地響きのようなベースラインで気分をブチ上げていた。
彼女は、そんなロックで暴力的な音が大好きだった。

(ほんと、こういうのだけが癒し……)

ノートには「log」とだけ殴り書きされていた。

気に入らない授業に真面目に付き合うほど、ミーナはお人好しじゃない。
机に肘をついて斜めに座り、化粧ポーチをちょいちょい開けてはリップを塗る。

(数Ⅱ、マジ苦痛)

時間が早く終わることだけを祈っていた。

そして、ようやく――

「……と、いうことで次回は対数関数の応用に入ります。……えー、では……」

──キーンコーンカーンコーン。

チャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気にゆるむ。
ミーナも大きく伸びをして、ペンを放り投げた。

「やっと終わったし……。てかlogって結局何なんだよ」

そのままホームルームが始まり、担任が前に立つ。
いかにも真面目そうなメガネ教師。口癖は「えー、では」「えー、それから」
どうでもいい連絡事項が並ぶたびに、ミーナの脳はまた別の世界へと旅立とうとした――そのとき。

「……えー、では、明日は通常通り――」

──「な、なんだ!?」

突然、外の校庭から叫び声が聞こえた。
教師が言葉を止め、皆の視線が校庭の見える窓に集まる。

(……ん?)

イヤホンを外したミーナの耳に、重なるように届いたのは。

──「ぎゃあああああああ!!」
──「やめてえええええッ!!助けて……ッ!」

一瞬で、教室が静まり返る。

「……え、何、今の……?」

「え、ドッキリ?」

「いやこれ……ドッキリじゃねぇよな……?」

どよめきと困惑のなかで、誰かが窓の外を指差した。

「──っ、あれ……!」

校庭に集まっていたはずの他のクラスの生徒たちが、逃げ惑い、倒れ、食い殺されていく。

そして、その中心にいたのは。
──異形の化け物だった。

「マジで……嘘でしょ……」
ミーナの口から、知らず漏れた言葉が、空気を震わせた。

校庭に立っていた“それ”は、人間のようで人間ではなかった。
中には狼のように頭部が変形している個体もいた。
倒れた生徒・警備員にのしかかり、ぐちゃり、と音を立てながら鋭い牙に喰らいつく。

目が離せなかった。
叫ぶことも、走ることもできない。
ただ息を殺し、教室の中から、その地獄を見つめていた。

そして──

──ウウウウウウウウッ!!

耳をつんざくような避難警報が、校内全体に鳴り響いた。
スピーカー越しに無機質な女性の声が割り込む。

「校内に緊急異常事態が発生しました。すべての生徒は教職員の指示に従い、速やかに避難してください──繰り返します──」

けれど、ミーナは思った。

(無理。絶対、これ……避難指示通りに動いたら……ぶっ殺される)

ミーナは息を詰めながら、心の中でそう断言した。

高校は、もう“高校”じゃなかった。
泣き叫ぶ声、机を押しのける音、扉に殺到する足音――カオスそのものだった。

「なんだよなんだよなんだよ!!!!」
「ねえ、本当に大丈夫なの!?」
「ちょっと待って、スマホが……!」

あちこちで名前を呼ぶ声と罵声が飛び交い、椅子が倒れ、窓に張りついて泣き出す生徒もいた。

「静かにしなさい!!! 避難誘導に従ってください!!」

担任が怒鳴った。
けれど、その声も全く届かない。
生徒たちはパニックに突き動かされるまま、命綱のように「避難指示」にすがっていた。

ミーナは、それをただ眺めていた。
目の前で次々と逃げ出すクラスメイトを見ながら、心のどこかで――冷めた声が囁く。

(……従ったら死んじまうぞ、お前ら)

このまま教師の言葉に従って避難しても、焼け石に水だ。
ミーナの直感が、警告のように脳内を駆け巡る。

次の瞬間、彼女は椅子を蹴って立ち上がり、教室の後ろのドアへと走り出していた。
逃げる生徒たちの流れに逆らい、迷いもなく、1人だけ違う方向へ――

「お、おいミーナ!!! どこへ行く!!!!」

誰かが叫ぶ。

「うっせ!!」

ミーナはそれだけ言い捨てて、走り出す。
制服のスカートが揺れて、上履きの音が廊下に響く。

行き先は音楽室。
普通、避難には向かないと思われるその場所を、彼女は迷わず選んだ。
理由は単純。窓が少なく、防音が強い。
外からの音も姿も、シャットアウトできる可能性がある。

廊下はすでに騒然としていた。
教室から飛び出してきた生徒たちが叫びながら走り、誰かが泣き叫び、担任が何人も怒鳴っている。

「避難経路を守れ!!」「勝手に動くな!!」

でも、ミーナは止まらない。
心臓が痛いくらいにバクバクしてるのに、顔だけは妙に冷静だった。

(死ぬなら、自分で選んだ道で死ぬ。従って死ぬなんて──ダサすぎんでしょ)

(それに…アリナの事もこいつらがなにかしたんなら、死ぬ前にぶっ叩いてやりたい…!!)

――――――――――――――――――

走り続けて、ようやく音楽室の前にたどり着いた。

(……誰もいない)

ドアをそっと開けて中を覗く。
本来なら放課後の部活で賑わっているはずの部屋は、まるで音が死んだように静まり返っていた。

譜面台が整然と並び、壁際には各種の楽器が置かれている。
グランドピアノの蓋は半開きで、その影が室内に長く伸びていた。

「……ふぅ」

ミーナは小さく息をつき、ドアを閉めて鍵をかける。
念のため照明は点けない。自然光だけで十分だった。

(……ここだったら、しばらく来ねえだろ)

化け物が校舎に入ってきたとして、真っ先に目指すのは生徒の密集地。
体育館、昇降口、廊下の先――だが音楽室なんて、目立ちもしなけりゃ、生き残ってる奴が入りそうにもない。

そのぶん、ミーナには都合がいい。
しばらく身を潜めるには、これ以上ない場所だ。

彼女は壁にもたれかかり、ゆっくりと腰を下ろした。
太ももに手を置き、ふぅ、と一息。

だが胸の奥には、ずっとざわついたものが渦巻いていた。

(アリナ……)

少しだけ、目を閉じる。

(無事でいてよ……)

しかし、その“静けさ”は、長くは続かなかった。

──ドンッ!
突如、壁の向こうから何かがぶつかるような音が響いた。
続いて、誰かの声。叫び。泣き叫ぶような――

「いやだぁあああああッ!! 先生!! 先生助けてええええ!!」

「こっち来るなッ!やめ──うわぁああああああッ!!」

耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴が、薄い壁越しに次々と響く。
ミーナは固く口を噤み、じっと身を縮めた。

(……やっぱ、私の判断、間違ってなかった)

あの場に残っていたら、今ごろ──あの叫びの中の1人になっていたかもしれない。
でも、そう思ったところで、胸の奥が冷えるように痛んだ。

知ってる声も混じっていた気がした。
同じクラスの男子。よく喋る女子。誰かの名前を叫ぶ担任の声。
ひとつ、またひとつと、音が遠のいていく。

(……やばい。マジで全滅してんじゃん……)

ミーナは立ち上がり、音を立てないようにゆっくりとピアノの裏へ移動した。
背を丸め、息を潜める。

目の前の部屋は静かなのに、壁の向こうの地獄が、確かにここまで染み込んでくる。

心臓の鼓動が、さっきより速い。
ひとつ息を吸うたびに、酸素が薄くなったように感じる。

(……どうする?)

(ここに来んのも、案外時間が無いか?)

(だとしたら──使えるもんは……!!)

ミーナは息を潜めたまま、周囲を見渡した。
楽器、譜面台、椅子、机。どれも戦えるようなものじゃない。

そのとき、教室の奥。壁際の掃除道具の脇に、何かが横たわっているのが目に入った。
──鉄パイプ。

照明のない室内で、微かに差し込む外光を反射して、鈍く光っていた。

(……ぶっちゃけ頼りにならねえけど、無いよりマシか)

そっと立ち上がり、足音を殺しながら近づく。
持ち上げると、予想よりも少しだけ重かった。でも、その重みが、逆に安心感をくれた。

(これで一撃で倒せるとは思ってねーけど……)

(……せめて、逃げるチャンスくらいは作れる)

ミーナは鉄パイプを右手に握りしめ、ゆっくりと息を吐いた。
深呼吸。肺に溜まった不安を押し出すように。

(……よし、来るなら来いよ。アリナのためにも、一発ぶちかましてやる……!)

背筋を伸ばし、防音扉の正面に立つ。
目線は真っ直ぐ、音の気配がする廊下の先を睨みつけた。
両脚を開き、鉄パイプを構える。いつでも、迎撃できる体勢だった。

──が。

「ッ!?」

空気が一瞬止まり、次の瞬間、背後で**ガシャァアアアアン!!**とガラスが砕け散った。

「なっ──!?」

振り向いたときにはもう、遅かった。
音楽室の窓ガラス。鍵がかかっていたはずのそこを、何かが全身で叩き割って突っ込んできた。

──獣だ。
しかし四肢は人間のもので、皮膚のようなものが剥がれ落ちている。
歯をむき出しにして、血走った目でこちらを睨んでいた。



ミーナはすぐさま反応し、鉄パイプを構え直す。
手は汗ばんでいる。肩に力が入り、呼吸が浅くなる。
だけど、目だけは獣を真正面から捉えていた。

化け物は唸り声を上げながら、ゆっくりとミーナに近づいてくる。
骨の軋むような音。長い腕が床を這い、獣のように姿勢を低くして、喉の奥から濁った咆哮を響かせる。

(来る……!)

直後だった。

──ドシュッ!

獣が地を蹴り、鉄パイプ一本分の距離を一瞬で詰めた。

「ッ──!」

その牙が、ミーナの首元をめがけて突き出される。
その口は異様に大きく、顎が外れたかのように開いていた。
涎が飛び、喉の奥からは腐敗した肉のような臭いがした。

「ッッッらああああああああああッッ!!!!!!」

ミーナは叫んだ。
恐怖も、痛みも、もう関係なかった。
ただ、殺られる前に殺る。
それだけを脳に叩き込んで、全身の力を鉄パイプに込めた。

──ゴッ!!!!

衝突音はまるで、人間の骨ではない何かが砕けるような嫌な響きだった。

そして。

飛びかかっていた化け物の頭部が──
砕け散った。

頭蓋が潰れ、目玉が飛び、顎が吹き飛ぶ。
そのまま勢いのまま、胴体だけがミーナの足元を転がり、ドスンと床に倒れ伏す。

ぬるり、と返り血のような体液が、ミーナの制服の袖を濡らした。

「はぁっ……はあっ……はああっ……!!!」

ミーナはその場に膝をついた。
息が乱れて、手が震える。
鉄パイプを支えにしないと、今にも崩れそうだった。

でも――

彼女は、生きていた。

(……ぶっ殺した……)

初めての殺意。初めての勝利。
そして、死ななかったという実感が、胸の奥をじんじんと焼いた。

(……クソ、ここにいたらダメだ!)

呼吸は荒く、脚は震えていた。
でも、脳だけは冷静だった。

音楽室を襲ったのがたった1匹なわけがない。
このままここにいても、次の獣が来る。
今度はあんなうまくはいかない。武器だって、もう血と肉でズタズタだ。

(校庭は終わってる……あそこは……地獄だった)

ミーナは思い出す。
グラウンドで悲鳴を上げながら走り、喰われていった生徒たちの姿。

逃げ道はない――そう思ったその時。

(……そうだ。体育館。あそこからなら、裏の通用門に出られる!!)

非常口の構造が頭に浮かぶ。
体育館の裏側には、いつも閉まってる搬入用のドアがある。
もし、あれが開いてたら……あるいは、壊せるなら……!

「……行くしかねぇってワケだよな……!」

ミーナはぐっと歯を食いしばり、血のついた鉄パイプを再び握り直した。

――――――――――――――――――

ミーナは鉄パイプを片手に、もう片方で音楽室の重い防音扉をそっと押した。
ギ……ギィ……
防音用の分厚いドアが、ゆっくりとわずかに開いていく。

(……っ)

隙間から覗く廊下。
静かだった。
叫び声も、物音も、今は一切聞こえない。

(……いるか?)

慎重に顔を出す。
左、右──視界に“奴ら”の姿はなかった。
廊下に横たわる複数の死体から出る血の混じった空気が、わずかに鼻をつく。



幸い、化け物の姿は今のところ見当たらない。
──それどころか。

(……なんだ、あれ)

視線の先、自分がいた教室――2年教室のドアの向こう。
薄く開いたドアの隙間から、何体もの異形の“背中”が見えた。

黒く濡れた皮膚、奇怪な手足、いびつな動き。
まるで何かに引き寄せられるように、数匹の化け物が教室の中へと集まっている。

「……なにしてんだよ、あいつら……」

その光景に、ミーナは思わず息を呑んだ。

教室の中には、もしかしたらまだ誰かがいるのかもしれない。
もしくは――もういないのに、何かを喰ってるのかもしれない。

(……ヤバ。私の教室もマジで全滅してるかも)

けれど、それはミーナにとって今がチャンスであることも意味していた。

(いい……あいつら、あそこに夢中になってんなら、今のうちに抜けられる!)

そう思ったミーナは、鉄パイプを抱え直し、音を立てないように足を踏み出す。
スニーカーの底を滑らせるようにして、廊下を移動。
呼吸は浅く、でも足取りは速い。

(静かに……でも急げ……!)

教室の方は見ない。
一瞬でも視線を向けたら、足がすくみそうだったからだ。

一歩、また一歩。
廊下の照明は何本か落ちていて、ところどころ薄暗い。
割れたガラスや倒れた机が通路を塞ぐが、それを避けるように身をかがめ、ミーナは滑るように進んでいった。

階段前にたどり着いたとき、再び耳を澄ます。

(……静か)

誰もいない。
けれど、それが余計に怖い。
いつ音が崩れるか分からない、この張り詰めた“静けさ”が。

(あと少し……あと少しで、体育館……!)

階段を一気に駆け下りる。
踊り場を抜けて階段を降りる途中、何かを踏みそうになってミーナは反射的に足を引いた。

(……リュック?)

床に転がる黒いリュック。
明らかに無造作に落ちていて、ファスナーが開いていた。

中身が散乱している。
ちらっと視線を向けると――

「……は?」

そこには、どう見ても如何わしいDVDの山。
タイトルもインパクトが強すぎた。

「『最強ヒロインAV初体験3本番』……?」
「『出張先で大嫌いな上司にセクハラ相部屋を仕組まれた私』……?」

表紙のジャケットには、申し訳程度に修正の入った女優たちの過激なポーズ。
そして近くに倒れているのは、学校でも女子生徒に不人気だった、あの教師――中年で、ネチっこくて、話が長いことで有名な男。

「……キッモ。こんなの見てたのかよこのクソ教師」

吐き捨てるように呟いて、ミーナはリュックを遠慮なく蹴飛ばした。
DVDが数枚、カランカランと廊下を滑っていく。

踊り場を回って、一階へ。
目の前に、体育館へと続く渡り廊下の扉が見えた。

(……行ける!!)

――――――――――――――――――

ミーナは廊下の先、体育館へと続く金属製の扉に手をかけた。
ドアノブを握る指が、汗で滑る。
一度深呼吸し、そして──

ガチャ。

ギィ……と鈍い音を立てて、ドアがゆっくりと開く。

目の前に広がったのは、また別の地獄だった。

「……うわ……」

床一面に広がる血の海。
転がる無数の死体。学生服。ジャージ。教師のスーツ。
見覚えのある顔があった。見たことのない顔もあった。
誰もが、何かに襲われ、引き裂かれたような無惨な姿で倒れていた。

それでも、ミーナは足を踏み入れる。

(……ここを通るしか、ない)

ゆっくりと歩を進める。
靴の裏が、濡れた床を踏みしめて、ぐちゅ、と嫌な音を立てる。

そして──

「……あれ、なに……?」

体育館の真ん中。
バスケットボールのサークル中央に、1人――いや、1匹。
ぽつんと、そこだけ空間を支配するように、何かが立っていた。

暗がりの中、その姿は輪郭がぼやけて見える。
ただ分かるのは、人ではない何か。

「……なんだあれ、胴着…か?」

ミーナが呟いたその瞬間。
静かに佇んでいた“それ”が、ピクリと反応した。

ゆっくりと、まるで首の骨が軋む音が聞こえそうな動きで、ミーナのほうへと振り向く。

(ッ……気づかれた!!)

それの姿が、明確に見えた。

オレンジの胴着。
髪型は、ハネた前髪とボリュームのある黒髪。
一瞬、ミーナは思った。

(もしやヤムチャ……?)

だが、すぐに否定した。
その目、その肌、その口。
すべてが“人間のもの”ではなかった。

(いや違う…それっぽいだけの、化け物だ…!)

胴着を着ていても、髪型が似ていても、そいつは完全に異形だった。
真似事。擬態。あるいは──なにかの“遊び”か。

そして、そいつは動いた。

「ッ……来る!!」

一瞬。
まるでスプリンターのように前傾姿勢をとったその化け物は、音もなく床を蹴り──

ビュッ!!!

信じられない速度でミーナに向かって迫ってきた。

「うおおっ!?」

思わず叫び、身を捻って横に飛ぶ。
その直後、化け物の手刀がミーナの肩を掠めて通り過ぎ、
後ろの壁にめり込んだ。

バシュッ!!!

壁が抉れ、木くずが飛び散る。

(ヤバい、早ッッ!!!)

一撃一撃が致命的。
さっきの獣とはまるで別格の機動力。

ミーナは着地の反動で転がりながら、すぐに立ち上がり鉄パイプを構え直す。



「ふざけんな……こちとらさっきから死にかけてんだよ!!」

ミーナは叫んだ。
鉄パイプを構え直し、腰を落とす。

だが――

目の前の化け物もまた、構えを取った。

腰を落とし、手をパーに開いて前方に構える。
その動きは、ミーナの脳裏に嫌でも焼きついていた“あの型”だった。

「……んだよそれ、もしかして――」

獣のような笑みを浮かべながら、化け物は腕を左右に大きく振る。
足を小刻みに踏み鳴らし、腰をぐるりと回して――

「おいおいおいおい……! もしかして狼牙風風拳か!?」

まさかの、“あの伝説のポーズ”。

「……ふざけんのも大概にしやがれ!!!!」

怒鳴りながら、ミーナは鉄パイプをぶんと振り上げる。
同時に、化け物が地を蹴った。

風を裂くような踏み込み――だがそれは、完全に読まれていた。

「そこだあああああッッ!!!!!」

ミーナの叫びと同時に、鉄パイプが横一閃。
化け物の片脚を――

メキィィィッ!!!!!

乾いた破裂音と共に、骨が砕けた。

脚が“へし折れた”のだ。
異形のバランスが一気に崩れ、化け物の身体が前方に崩れ落ちる。

「こちとらドラゴンボールをどんだけ読んでたと思ってんだ…!!」
叫ぶようにそう言い放ち、ミーナは地面を蹴った。

獣のようにのたうつ化け物へ向かって一直線。
這い寄ろうとするそれの頭部――白くひび割れた仮面のような顔面へ、全力で鉄パイプを振りかぶる。

(今度こそ、終わらせるッ!!)

「オラアアアアアアアアッッ!!!!!」

──ゴッ!!!

乾いた音とともに、鉄パイプが頭蓋を砕く。
仮面に走る無数の亀裂。
その奥から、黒い液体が飛び散った。

「らあああああッッッ!!!」

さらに追撃。
もう一度、もう一度。
全身の力を振り絞り、怒りも恐怖も全部ぶつけるように、パイプを振り下ろす。

パキッ、パキパキッ。

最後には、それの頭部は完全に潰れ、ぐしゃりと音を立てて崩れ落ちた。

しばらくの沈黙。
それは、ピクリとも動かなくなった。

ミーナは肩で息をしながら、鉄パイプを手から滑らせるように床に落とした。

「……ざまぁ、みろってんだよ……」

そして、体育館に再び静寂が訪れた。

――――――――――――――――――

校内は、完全に沈黙していた。

さっきまでの喧騒も悲鳴もない。
血に濡れた床、倒れた死体、天井の蛍光灯だけがかすかに唸っている。

体育館にはもう、ミーナ1人しかいなかった。
いや――正確には、“生きているのがミーナ1人だけ”だった。

でも、彼女は知っていた。

この静けさの向こうに、まだ“奴ら”がいる。

教室を探る無数の化け物たち。
異形の腕、にじむ皮膚、そして、笑う仮面。
それらが今も校内を彷徨い続けていることを。

(……やっぱり、こいつらがアリナを?)

脳裏に浮かぶ、友人の顔。
不器用だけど、優しくて、バカみたいにまっすぐで。
そんなアリナが、こんな奴らの餌食になったとしたら――

ミーナの胸が、きゅっと締め付けられた。

けれど次の瞬間、強く頭を振る。

(……いや、まだアリナが死んだと決まったわけじゃない)

あの子は、簡単に死ぬようなヤツじゃない。
泣き虫だけど、優しすぎるけど、
それでも何度だって立ち上がって、笑ってみせた子だった。

(こいつらの出所はどこだ? それを探れば……アリナは、見つかる?)

ミーナの視線が、校舎の奥へと向く。

今までは「どこに逃げるか」しか考えていなかった。
けれど今は違う。

どこに向かえば、“こいつらの巣”に辿り着けるのか。
なぜ、こいつらがここに現れたのか。
その先に――アリナが、いるのか。

(だったら、探す。どこにでも行ってやる)

ミーナは再び鉄パイプを拾い、血のついたそれを肩に担ぎ直した。
恐怖はまだある。
でもそれ以上に、今の彼女を動かしているのは――怒りと希望だった。
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