ガシャドクロの怪談

水雨杞憂

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誘い道

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外は雲一つない晴天であった。
 僕は気分よく通学路を歩く。この時間から帰宅するまでの間は普通の高校生に戻れた気がする貴重な時間である。帰ったらすべてが僕の妄想だったらどんなに良いかといつも考えている。 
 少し歩くと「トトト、トトト」と聞き慣れた足音が聞こえたので僕は振り返った。 
  
「キイ、おはよ」 
「おはよ、優希」 
  
 後ろから歩いてきて僕の隣に並んだちっこい少女は『株掛紀糸かぶかけきいと』だ。高校生の割に身長が僕の胸あたり位までしかないのでよく小学生か中学生と間違われている。ちょっとでも身長を上げるためか、いつも髪を団子に結っているのも特徴である。 
 彼女とは古くからの付き合いで、小学生の頃に僕の家の隣に引っ越して来てから今も住んでいる。俗に言う幼馴染と言うやつだ。 
  
「なんか元気ないな? なんかあったか?」 
「ああ、ちょっと寝不足で」 
「ゲームのやりすぎなんだよ」 
  
 紀糸は僕の顔を上目遣いというかは持ち前の三白眼で見上げながら言った。 
 まったくおっしゃる通りである。犯人は僕ではないが。 
  
「夜更かしすると体に良くないぞ」 
「キイじゃあるまいし、僕はそんなに風邪は引かないよ」 
「一体、いつの話をしてるんだよ。アタシは中学位からは体調を崩したことなんてないぞ」 
  
 紀糸はオーバーリアクションで溜息をついて見せた。彼女は今でこそ活発だが、引っ越してきたころは病弱で基本的に家の中にいて、小学校には全く行ってなかったのだ。 
 中学校の頃になってやっとちょっとずつ出れるようになったのだ。そして、今となっては見た目を馬鹿にして絡んできた不良を返り討ちにするほど乱ぼ……元気になっている。 
  
「そもそも、キイが早く寝すぎなんだよなぁ。寝る子は育つんじゃないのか?」 
「うっさいなぁ! 遺伝だよ、遺伝!」 
  
 紀糸は素早く僕の足を踏みつけた。体重はそこまでかかっていないが踵で踏んだのかとても痛い。 
  
「いったぁっ!」 
  
 僕は声を上げたがざまぁみろと言わんばかりに紀糸はツンとそっぽを向いた。 
 いつものことだがこういうところが小さいくせに可愛くない。暴力的というのもあって男子の間では『狂犬』と言われてる。下八重歯が目立つのと誰構わず食って掛かるからだ。まぁ、幼馴染のよしみとして弁護するが彼女は売られた喧嘩を買うぐらいしかしてしない。最初に、友達と自分に絡んできた不良をボコボコにしてから結構、目の敵にされているらしい。 
 僕は紀糸に悪態をつきつつ、あとはいつも通りの他愛無い会話をしながら通学路を歩いていた。 
  
 ミル……ミラレル…ミル…ミエ…ダレ…ミル……ミルミラレ…… 
  
 いつもの通学路なのになんだか悪寒がした。あたりの景色はいつもと変わらない。 
  
 ミル…ミル…ダレ…ミラレル…ミラレ……ダレ…ダレ…ダレ……イナイ… 
 ミエ…ナ…ミル……イナイ…イナイ……… 
  
 いつもの景色、日も出ているし明るい、でも、体の芯から冷える感覚。 
 なんだか、視界が狭まって感じる。
 そして、今まで聞こえていた街の生活音が耳に入ってこない。
 そう、まるで街という一つの生物の鼓動が止まってしまったように…… 
  
 ミル……ミル…ミラレ…ル 
  
 僕はあたりを見渡そうとする。
 いつもの速さで首を動かしたつもりでもその動きはナメクジが振り返るような速さだった。 
  
 やっとの思いで首を横を向けた僕はミタ…… 
  
 それは、ごつごつとした鼠色の表面。
 苔がしているブロック塀。
 どこでもあるブロック塀にぽつぽつぽつと黒いものが付いている。
 小く丸い黒いものがふたつ、その下に歪んだ楕円に揺らめく黒いもの。
 穴が開いているのか。その三つが鼓動を打つように揺らめく、そしてその塊が増える。
 ぽっ、ぽっ、ぽっとその黒い塊が一セットとなって増えている。増える。 
  
 ミル…ミル…ダレ…ミラレル…ミラレ……ダレ…ダレ…ダレ……イナイ…ミル……ミラレル…ミル…ミエ…ダレ…ミル……ミルミラレ…ミル…ミエ…ナ…ミル……イナイ…イナイ………ミラレ……ダレ…ダレ…ダレイナイ……ミエル…ミエ…ココ……ダレ……カ……イナ………イナイ…ミテ……ミルミラレ…ミラレ…ミル…ミル…ダレ…ミラレル…ミラレ……ダレ…ダレ…ダレ……イナイ…ミル……ミラレル…ミル…ミエ…ダレ…ミル……ミルミラレ……ミエ…ナ…ミル……イナイ…イナイ……ミ…ミラレ……ダレ…ダレ…ダレイナイ……ミエル…ミエ…ココ……ダレ……カ……イナ………イナイ…ミテ……ミルミラレ…ミラレ…ミル…ミル…ダレ…ミ…ミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミ ミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミ 
  
これは、顔だ。全員で僕を観察する顔だ。ぽっかりと開いた漆黒の穴が僕を観察している。いくつもの顔が僕を観察している。 
  
…キ 
  
ユ……ウキ 
  
  
「おい、優希!」 
「――っ!」 
  
  僕は紀糸の声で我に返った。 
  
「ちゃんと話聞いてたのか? だからアタシが思うのは――」 
  
 ブロック塀を見ても何もない。ただのブロック塀だった。 
 あの長く息苦しく感じられた時間は現実には一瞬にも満たなかったらしい。 
 それに紀糸は全く気付いて無いようだ。 
 いや、もしかしたら僕の考えすぎなのかもしれない。ガーシャに毒されすぎているのだろうか。 
 第一、ガーシャの存在だって現実だとは限らない。何せ僕は誰にも相談していないのだから。相談していない理由として信じてもらえないというのが最もだが、現実を突きつけられるのが怖いからだ。 
  
 そう、僕が狂っている。そんな現実が露呈するのが怖いのだ。 
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