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絶対言わない
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【7月B日】
20時のファミレスにて小さな席で向かい合う。
仕事終わりに数ヶ月ぶりに上野と会った。ハンバーグ定食を2人して注文した。
仕事の愚痴を言い合って、最近リピートしてるコンビニスイーツの話をして、高速道路が混んで大変だって話をして…、それから訪れた小さな沈黙のなかに、丁寧に呼吸を挟む。
「…ごめん、疲れちゃって頭まわんないや」
髪を左手でくしゃくしゃとかきながら上野は言う。くしゃくしゃっと乱しても、直毛だからすぐに戻ってしまう。綺麗な生まれ持った黒髪。「仕事大変だよね」とか「何かあったら愚痴ってよ」だとかよさそうな言葉はあるけど、うまく出てこない。そんな使い古した言葉で癒そうなんて、軽く扱ってるみたいで嫌だ。
「いいよ、別に。頭回ってる上野を期待してるわけじゃない」
僕だって仕事で疲れてるから。
人生に疲れちゃうことだってあるから。
そんな絶望に癒しが欲しかっただけ。
「疲れてるのに僕と会ってくれてありがとね」
「うん」
「…ご飯食べたら帰りなよ」
思いやりってやつ。自分が負担を負いたくないから保身してるやつ。
ひと呼吸遅れて、「うーん…」と淀んだ返事。やっぱ帰りたくないんだなぁ、という庇護欲が表情に出てしまわないように、引き締める。
上野はいっつもそうだ。
【5月A日】
「女の人と男の性欲って違うらしいね」
「どう違うのさ」
「ネットかじった知識だから、怒んないでね」
「保証はできないや」
おちょくってみると、「怖いからいいや」と手を横にブンブン振った。
「僕、そんなに友達いないから大丈夫だよ」
「え~~うー…うーーーん………」
あ、僕の友達に「上野はこんなやつです!」って言いふらされるのを嫌がってる訳じゃなかったんだ。失敗した。
「んー…」
「まぁ別にいいよ。あんたむっつりスケベだからね」
「そ!そんな訳じゃ…!!」
「僕、友達に性欲の話とかしたことないし。すけべじゃないとできないんじゃないの?」
そもそも母数が少ないからね、と突っ込まれたらおしまい。
成人した男が口をひん曲げて、眉間に皺寄せて、ぐしゃっと可愛げのない表情して。そんなんだから、可愛がられないんだよ。
「………」
「あっ黙っちゃった。…まぁ、話したいときに聞いてあげる。興味あるしね」
「しゃべんないかも」
「それでも別にいいよ」
「興味ないんじゃん…」
「ないっちゃない」
上野の挙動を見ていたいだけだからね。
【7月B日】
「………疲れた」
「うん」
「疲れたぁ」
「わかってるよ」
ぼんやりした瞳で口元を歪ませながら、つぶやく。疲れたんだろ。あんたは不器用だからな、自分の要求をちゃんと伝えられないからな、疲れちゃうんだろ。
「わかってないよ」
「…」
そう言うところが可愛くない。
「わかろうとしてる」
上野の目をまっすぐ見ると、眉間に皺寄せて、目も潤んで、歯を噛み締めて…。あぁ、目も当てられないや。
「かわいいね」
…、気持ちが漏れる。
「助けてって言えなくてかわいい、職場でもいつもそうしてるんでしょ」
「……どういうこと?」
「……わかんないなら別にわかんなくていいよ。」
「いつもそういうよね…」
潤ませた瞳から涙がぼろぼろと流れ始めた。わからなければわからないでいい。僕もわかる確証のないほうが、妄想して優越感に浸っていられるから。知りたくない訳じゃない、自分から確証を得たくない。
「俺もわかんないならいいやって、思っちゃってるんだけど」
ぼろぼろと涙こぼしちゃうから、僕が泣かしちゃったみたいで席にあるナプキンを2枚取って上野の顔に近づけた。その時。
伸ばした僕の腕を途中で静止して、上野が乗り出して、僕の唇にそっと触れた。
さっき飲んでたメロンソーダの味。
味わう前に素早く離してしまって。
あっけに取られてる間にナプキンで涙拭き始めてやがる。
「なに……」
「わかんないならいいよ」
「ふうん」
何、馬鹿な意地の張り合いしてるんだか。成人した男が。仕事をしている男が。
でも、僕から折れる訳には行かない。読みかけのオレンジジュースを飲み干し、
「……次はいつ会おうか?」
と上野に笑いかけてみた。
20時のファミレスにて小さな席で向かい合う。
仕事終わりに数ヶ月ぶりに上野と会った。ハンバーグ定食を2人して注文した。
仕事の愚痴を言い合って、最近リピートしてるコンビニスイーツの話をして、高速道路が混んで大変だって話をして…、それから訪れた小さな沈黙のなかに、丁寧に呼吸を挟む。
「…ごめん、疲れちゃって頭まわんないや」
髪を左手でくしゃくしゃとかきながら上野は言う。くしゃくしゃっと乱しても、直毛だからすぐに戻ってしまう。綺麗な生まれ持った黒髪。「仕事大変だよね」とか「何かあったら愚痴ってよ」だとかよさそうな言葉はあるけど、うまく出てこない。そんな使い古した言葉で癒そうなんて、軽く扱ってるみたいで嫌だ。
「いいよ、別に。頭回ってる上野を期待してるわけじゃない」
僕だって仕事で疲れてるから。
人生に疲れちゃうことだってあるから。
そんな絶望に癒しが欲しかっただけ。
「疲れてるのに僕と会ってくれてありがとね」
「うん」
「…ご飯食べたら帰りなよ」
思いやりってやつ。自分が負担を負いたくないから保身してるやつ。
ひと呼吸遅れて、「うーん…」と淀んだ返事。やっぱ帰りたくないんだなぁ、という庇護欲が表情に出てしまわないように、引き締める。
上野はいっつもそうだ。
【5月A日】
「女の人と男の性欲って違うらしいね」
「どう違うのさ」
「ネットかじった知識だから、怒んないでね」
「保証はできないや」
おちょくってみると、「怖いからいいや」と手を横にブンブン振った。
「僕、そんなに友達いないから大丈夫だよ」
「え~~うー…うーーーん………」
あ、僕の友達に「上野はこんなやつです!」って言いふらされるのを嫌がってる訳じゃなかったんだ。失敗した。
「んー…」
「まぁ別にいいよ。あんたむっつりスケベだからね」
「そ!そんな訳じゃ…!!」
「僕、友達に性欲の話とかしたことないし。すけべじゃないとできないんじゃないの?」
そもそも母数が少ないからね、と突っ込まれたらおしまい。
成人した男が口をひん曲げて、眉間に皺寄せて、ぐしゃっと可愛げのない表情して。そんなんだから、可愛がられないんだよ。
「………」
「あっ黙っちゃった。…まぁ、話したいときに聞いてあげる。興味あるしね」
「しゃべんないかも」
「それでも別にいいよ」
「興味ないんじゃん…」
「ないっちゃない」
上野の挙動を見ていたいだけだからね。
【7月B日】
「………疲れた」
「うん」
「疲れたぁ」
「わかってるよ」
ぼんやりした瞳で口元を歪ませながら、つぶやく。疲れたんだろ。あんたは不器用だからな、自分の要求をちゃんと伝えられないからな、疲れちゃうんだろ。
「わかってないよ」
「…」
そう言うところが可愛くない。
「わかろうとしてる」
上野の目をまっすぐ見ると、眉間に皺寄せて、目も潤んで、歯を噛み締めて…。あぁ、目も当てられないや。
「かわいいね」
…、気持ちが漏れる。
「助けてって言えなくてかわいい、職場でもいつもそうしてるんでしょ」
「……どういうこと?」
「……わかんないなら別にわかんなくていいよ。」
「いつもそういうよね…」
潤ませた瞳から涙がぼろぼろと流れ始めた。わからなければわからないでいい。僕もわかる確証のないほうが、妄想して優越感に浸っていられるから。知りたくない訳じゃない、自分から確証を得たくない。
「俺もわかんないならいいやって、思っちゃってるんだけど」
ぼろぼろと涙こぼしちゃうから、僕が泣かしちゃったみたいで席にあるナプキンを2枚取って上野の顔に近づけた。その時。
伸ばした僕の腕を途中で静止して、上野が乗り出して、僕の唇にそっと触れた。
さっき飲んでたメロンソーダの味。
味わう前に素早く離してしまって。
あっけに取られてる間にナプキンで涙拭き始めてやがる。
「なに……」
「わかんないならいいよ」
「ふうん」
何、馬鹿な意地の張り合いしてるんだか。成人した男が。仕事をしている男が。
でも、僕から折れる訳には行かない。読みかけのオレンジジュースを飲み干し、
「……次はいつ会おうか?」
と上野に笑いかけてみた。
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