儀式の夜

清田いい鳥

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2 神様

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 あいつがここに居るはずがない。今頃は病院のベッドで眠っているはず。抜け出したのだと仮定しても、着物に着替えているのはおかしすぎる。そんな趣味や習慣はなかったはずだ。

 この薄闇ではよく見えなかったが、ほとんど色らしきものがついていない銀鼠の着物を纏っているように見えた。それより一段と色の濃い、墨に近い色をしている羽織りまで。

 幻覚だろうか。菓子と一緒に飲んだお茶に、なにかそういう作用をするものが混入していたとか。しかし飲んでから随分と経っているし、味もただただ旨味が深くて甘みも強い、美味しいお茶だとしか思えなかった。

 食事も皆と同じものだ。好物ばかりではあれど、俺だけに出されたような料理は一つもない。元々あまり飲めないのと、寝入ってしまうと良くないので酒の類は一滴たりとも飲んでいない。

 それにしても、うっかり目を合わさずに済んで良かった。俺が起きていることに気づいていない。予期せぬことが起こった今、祖母の指示以外の行動を取るのは極力避けねば。避ければきっと問題ない。これで大丈夫。大丈夫だ。

 俺は眠ったふりを続けるため、冷静になろうなろうと必死だった。しかし視覚を全て遮断すると、奴のわずかな動作ですら察知してしまう。身体の上に跨がられたらしき気配や、着ている白装束の結び目に指をひっかけられ、解かれてゆく音に耳の中の産毛の群れと、心のヒダが総毛立つ。

 なぜか俺を妖しい意味で食う気だとしか思えないこの者は、友人の形を取っているだけの『何か』だ。警戒しろ。そして動揺するのを今すぐやめろ。お前の友人なんかじゃないのだから。

 お前が恋して好いて慕い続け、愛して求めて乞い続け、何度も何度も夢にまで見たあいつじゃない。絶対違う、あいつじゃない。あいつじゃない。

「っ…………!! ゆうせっ……いっ……!!」
「………………」

「やめ、やめろ……友星……!! やっ…………やめて……!!」

 自分から触れようなんて考えてすらいなかった。しかし恐怖が限界に達したところで『何か』の肩を強く掴んでしまった。明らかに男の肩を掴んだときの、分厚い感触が手に伝わる。胸の内が酷く騒いだ。『何か』じゃないのか。まさかそんな。

 耳の真横で忙しく太鼓を叩かれているような音がする。同時に強い耳鳴りと、布ずれの音が合間に挟まって、俺の鼓膜は限界を訴えていた。

 奴の上半身がグッと近づいてくる。まだどこにも触れられてはいないのに、のけぞりたくなるような威圧感が先に降ってきた。これ以上後ろに下がれるはずもなく、迷いに迷って顔だけ横へ背けると、捻れた首筋に湿ったものがひたりと当たった。それが何なのかは判然とせず、俺はそのまま無様に固まっていた。

 水気を含んだ分厚い舌で首筋をじっとりとなぞられて、耳朶を柔らかな二つの肉で挟まれ、吸われ、湿った息を吹きかけられて。近くで聞こえる唇の音は、まるで愛を伝えるかのようだった。相手が『何か』であると理解していても、それに心を震わせないでいられるほど俺は出来た人間なんかじゃない。

 現に、頬へと押し付けられた高い鼻筋や、左右均等に生えた眉の硬い毛を当て擦られる感触は、俺の稚拙な想像力などを遥かに上回る生々しさだった。

 あいつにもし、手を伸ばされたら。あいつがもし、俺にこうして触れたのなら。きっとこんな風に感じるのだろう。きっと気持ちが良いに決まっている、と。

 気持ち良い、なんて生やさしいものではなかった。ついに背けた顔の前に回られ、唇を噛まれてしまうと、そこから毒を注がれているかのように身体が痺れた。震えた長いため息が鼻から抜け、黒い空気の中へと溶けて消えた。

 昼間に食べた菓子に垂らされた糖蜜よりも、ずっと甘く滑らかな舌触りに感じた異物。それは喉から胃へと静かに落ちていった。腹の奥底が酷く熱い。下腹が疼いてたまらない。きっと毒が血液に相乗りして、全身を巡り始めたのだろう。

 神経毒であると思しきそれは脳まで速やかに到達し、夢と現実の境を曖昧にするため作用した。俺の認知はいともたやすく掻き回され、じっとしていろと命令していた理性の声も歪まされ、ぐちゃぐちゃになり、もう聞き取り自体が困難だった。何かを叫んでいるはずが、その意味すらもわからない。

 毒は指先まで満ち満ちてゆき、閉じた目蓋が緩み始め、ぽっかり開いた。口で息を吸って吐き、熱に魘されながら見た『何か』はやはり、友星そのものの姿をしていた。

 しかも今の友星よりもっと若い。大学時代によく横目で見ていたあの顔面が目の前に。それに気づいてしまったとき、俺は俺自身に愕然とした。当時、夜な夜な密かに妄想していた状況がそっくりそのまま再現されていたのだ。

 無体を働かせまいと掴んでいたはずの襟元はとうに開かれて、それを閉じていた紐は投げ出され。真新しい白布の上で横たわる、決して美しくない俺の身体を出会った当時の友星がじっと見つめている。

 その額は汗の粒が浮き、髪の束が張り付いていた。銀の襟はしどけなく崩れ、肘のあたりに掛かっているだけ。太い首筋と鎖骨の影が素肌に色濃く映えていて、動くたびに濃度を変えている。なんて妖艶な幻覚なのだろう。なんて恐ろしいものを俺に見せてくる。

 少しの圧をかけながら、広げた五指で下腹から上へ上へと撫でられる。ひとり寂しく自分で触っていた胸の粒を引っかけるように押されたときは、泣きすぎて喉をしゃくり上げる子供に似た、悲痛な声を漏らしてしまった。

「ひっ……、ひんっ……ゆーせい……なんでお前……ゆーせい……ひっ……」
「………………」

「なんっ……なんか喋っ……! あ……っ! いやだっ……!」
「………………」

「…………あ、え? え? だ……ダメって! できない、むり、友星! 無理! ダメ、友星!!」

 それぞれの指に意思があるかのように手を操り、俺の唇と中身までもを隈なく舐っていた友星は、俺の片脚を突然掴んで押し上げ、さらに素肌を密着させてきた。あらぬ所に硬いものが当たる。これが何かは嫌でもわかる。

 ハッとした。ついさっきまで疑っていたはずなのに、なぜこいつを友星本人だと思い込もうとしてしまうのか。俺は顔が同じなら誰でもいいのか。しかも若いときの。そんな眠れる理性をやっと起こすことに成功した矢先。

 じっとり濡れた硬い肉をひと擦りされたあと、一気に身体の中心へと穿たれてしまった。躊躇もなく、遠慮もなく。ここまですればこうして当然、と云わんばかりの手荒さで。こちらの反応などまるで見ていないような心の無さで。我ながら更に悲痛な声が出た。それも全て、無視された。

 合意じゃない。酷い。痛い。いや、なぜかどこも痛くはないのだが、心の中が引き攣れている。せっかく必死で閉じたところをこじ開けて、中から引きずり出すなんて。

 熱い肉が腹の中で、上下に暴れ回っている。隠していた弱いところを、印など何もついていないはずの急所を、恐ろしいほど的確に突いて叩いて潰されている。何度か目の前が突然白くなり、腰が前後に酷く痙攣した。それでも突くのを一向に止めてはもらえなかった。

 腹の上がやけに冷たい。勝手に出てきた体液で肌が冷えたのだ。それらが脇腹をひと筋ふた筋と、流れていく間も事は続いていた。何度も中身を吐き出させられ、芯をなくしかけていたものを時折雑に掴まれ強く扱かれるたび、ごっそりとなけなしの血を集めて再度硬くしてしまうのが恥ずかしかった。その羞恥さえも酷い快感だった。

 一方的に激しく組み敷かれ、何度も吐精させられながら、心の中ではあらゆる文句も一緒に吐き散らしていたと思う。なのに俺の身体は最初から、こいつのやることなすことを受け入れていた。

 あいつだと思えばいいだけだ。たった一晩のことなのだから。幸運だな。お前はずっとこうなることを望んでいた。さあ願いが叶ったぞ。愉しむが良い。この劣情をそそる淫らな時間を心ゆくまで味わい尽くせ。

 情けなかった。『神様』と呼ばれ崇め奉られる存在に、己の秘め事を暴かれたどころか玩具にされているような気がして。それに抗えないのが嫌だった。

 駄目だ、いけない、と口先で言うだけで、掴まれた脚を頭上で無力にふらつかせ、まるで見せつけるように股を開き、腰を打ちつけられるままにして、声を無様に裏返している事実を受け止められなかった。

 また身体が登り詰めてゆく。陰鬱であった薄暗闇が霧雨の景色へと変わる。白く光れば良いのに、などと考えていたことを思い出す。

 外の天気も雨模様らしかった。雷雲が唸りをあげて、雨どいが酷く軋んでいる。許容量を超えた雨水を、どうどうと吐かされる音が痛々しい。

 己の顔にも雨が降っている。なにが悲しいのやら、と他人事のように思っていた。気持ち良いくせに。気持ち良くてたまらないくせに。もっと奥の方を突いて、その硬いのが欲しい、と心の底では大声で叫んでいるくせに。一度だけでもこうしたかったくせに。

 決して友星ではない相手をゆうせい、ゆうせい、と執拗に呼びかける人の声がする。それが夢なのか現実かの区別もつかなくなってきた頃、突然意識が途切れて深く落ちた。

 快感の余韻を浅ましくも味わいながら、本当に光ってくれたのか、なんて思った。俺の願いを叶えてくれたらしい『神様』が。


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