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5 友星の退院
「……ごめんなさい。取り乱しました」
「落ち着いた?」
「泣いてちょっとスッキリです。断られるのは……わかってました。なんとなく、雰囲気で」
「…………本間さんのことを可愛くない、とか思ってるわけじゃなくて」
「いいえ、大丈夫です。あ、ひとりで帰れます。むしろ私がついていかなくて大丈夫ですか? ちょっと顔色悪い気がします」
「うん、大丈夫。……じゃあ」
却って心配されてしまったが、人の顔色や先の行動予測が出来るくらいには持ち直したようでホッとした。いまは晴れやかな表情を見せてくれている。俯き、半分髪で隠れた顔を濡らし、声を立てまいと耐えているあの姿を見続けるのは辛かった。
しかも泣いていることがわかっていながら、告白を断らねばならなかった。これも儀式失敗のせいかなあ、俺なんか悪いことでもしたかなあ、などと考えたのだが不明点は山のようにある。早く実家に帰って確認したいし、祖母と話して落ち着きたい。
就職したばかりの頃は、そう易々と帰るものかと思っていたのに。最近は友星のこともあって、入り浸っている状況だ。
「あ、友星。そうだ、あいつ退院したんだった。連絡入れとこ…………ん?」
スマホを見ると着信履歴が数件あった。引越し関係のことかなと思い通話アプリを開いてみると、全て友星からだった。
軽い鬼電じゃないか。何があった。緊急事態かと気になって、見つけたベンチに腰を降ろし、少し浅くなっていた息を整えてからリダイヤルをした。
「……あ、もしもーし。ゆうせ——」
「もしもーし、じゃねーよ蛍一郎! なんでさっさと連絡しない! お前もなんかの病気になったんだろ!? 帰ってくるって聞いたけどいつ!? 今週中!?」
「え? あー……えっとー……、病気っていうか、その辺はお医者さんもわかんないなー、とか言っ——」
「は!? じゃあ他の病院行った!? お前の婆さんに聞きまくったけどさ、それが運命だの何だの言い始めてさ、埒が明かなかったんだけど!」
——ん? 婆さん?
「待って待って。お前さ、その慌てると捲し立てる癖やめてって——」
「あ? なんだよ婆さん、いま蛍一郎と話し、あ、ちょっ——」
「蛍一郎。こいつが死にかけてたお友達か? さっきからずっとうるさくって。殺しても死にそうにないよ」
祖母と話して落ち着きたい、友星に報告しないと、と思ってはいた。それが同時に叶ったというよりも、なんと言うべきか。なんだこれは。どうすればいい。
しばらく祖母と友星の話し合い以上、口喧嘩未満の会話を聞かされ続け、とりあえず落ち着いてから話してくれと言い残して通話を切った。時折ドキッとする単語が聞こえ、これはうっかりすると余計なことを口走ってしまいそうだと心の中の安全装置が働いたのだ。
もう少しで儀式のことに辿り着きそうだった。それだけは相手が友星でも話せない。本家の長男と、その両親にだけ伝えられる機密事項だからだ。
しかし相手は普通の奴じゃない。友星だ。あの正義感の塊は興奮すると、自分が納得できるまで相手を理詰めにしてしまうところがある。頑張れるかなあ、俺弱ってるのに、などと思いつつも笑ってしまった。両目の縁に少しだけ、水滴が溜まるくらいには。
嬉しかったのだ。友星がどこかで聞いた噂を頼りに祖母の元へと突撃し、感情を大きく揺らすほど、俺を心配してくれたということが。
——————
「………………あ、寝てた……」
帰宅後、夕飯の支度が面倒だなあ、とラグの上で寝転びながら考えていたら、そのまま眠ってしまったようだ。やはりこれでは仕事にならない、と一度諦めをつけて眠らせたはずの仕事に対する未練もうっすら目蓋を開けている。
引越しの準備があまり進んでいないのもそのせいだ。心から離れようと思えていない。家族はそれで当然だ、という態度で迎えてくれているが、この先に待っているのは目標も何もない未来。
友星の台詞を思い出す。『オレが残したものって負債だけだったな、みたいなさ』。俺は確か、親は利率を上げるためにお前を産んだわけじゃない、と反論した。
『親にもさ、ここまで育ててもらって、しかも大学まで出してもらったのに、老後の面倒を見ることもなく。……負債だよ。オレの存在は』。この台詞に同感だ、と思える日が来てしまうとは。
なんとなくスマホの画面を眺めながら自己嫌悪に浸っていたら、また着信があった。表示を確認せずとも相手はわかる。友星だろう。ほら、やっぱり。
「……はいはい。なんだよ今日は」
「さっきの続きだけど。他の病院行ってみた? セカンドオピニオンは大事だぞ」
「行ったよ。結果はどこでも同じだった」
「…………こっち帰ってから手術とかすんの?」
「そっちの病院はまだ行ってない。通院できる体制整えてから」
「そっか。オレさ、平日になるけど手伝いに行くから。お前は寝てていいからさ、あらかた片付けてやるわ」
「いいよ、そん——」
「火曜日、空いてるから行くわ。じゃあさっさと寝ろよ。あ、どんな間取りになってるかは知らないけど、寝室の扉は半分くらい開けとけ。閉め切って寝ると部屋の酸素が薄くなる。じゃ!」
今度はあっちが一方的に通話を切る番だった。火曜日に来るという約束を勝手に取りつけて。強引な奴め、なんて思いながらも自分がニヤニヤと笑っている自覚はあった。鏡を見にいかなくても大体わかる。
しかし、傷つきたくない自分もそっと顔を出した。こんなのは今だけだ、と冷や水をかけるようなことを思う。地元に帰ったら帰ったで、ここに居たときと大して変わらぬ距離感へ戻るに決まっている。お互いもう大人なのだ、ニートにばかり関わっているような暇はない、と。
営業マンの仕事に復帰できたという友星は、違う職種の俺から見ても仕事が出来そうな印象だった。ごくたまに会ったときには互いの仕事の話なんかもしていたが、大きな売り上げを掴んだ話であっても自分を大きく見せたりせず、逆に謙遜しすぎることもなく。
身なりも一見昔と変わらずシンプルなものを身につけてはいたが、昔とは比べものにならないほどの質の良さが伺えた。成長している。行先が明るい。婚姻歴にバツはついてしまったが、まだ若い。この先、いくらでも。
ダメだ、俺は相当弱っている。素直に喜ぶだけにすればいいものを、浮かれて何かにつまづいて、転んだときのことばかり考えている。
病は気からとよく言うが、身体が先に弱ってしまった場合でもやはり心には悪い影響が出る。ひとまずは腹ごしらえだろうと、遅くはなったが夕食のことを考えた。
惰眠を貪るだけではいけない。食わねば死ぬ。風呂に入らねば臭くなる。せめて火曜日までは持ちこたえねば。大丈夫かこいつ、なんて余計な心配をかけたくない。積極的に関わっている途中で俺が倒れれば、奴ならもっとしてやれたことがあったはず、などと余計な罪悪感を抱いてしまう。
そんな自己憐憫だか思いやりだかが入り混じった、とにかく暗いことをジメジメ考えていたのだが、一方的な約束通りに来てくれた友星によってその陰気臭さは蹴散らされた。
それは闇をじっと見つめて動けなくなった俺の肩を引っ張って、無理やり視点を変えるかのような発言だった。
「落ち着いた?」
「泣いてちょっとスッキリです。断られるのは……わかってました。なんとなく、雰囲気で」
「…………本間さんのことを可愛くない、とか思ってるわけじゃなくて」
「いいえ、大丈夫です。あ、ひとりで帰れます。むしろ私がついていかなくて大丈夫ですか? ちょっと顔色悪い気がします」
「うん、大丈夫。……じゃあ」
却って心配されてしまったが、人の顔色や先の行動予測が出来るくらいには持ち直したようでホッとした。いまは晴れやかな表情を見せてくれている。俯き、半分髪で隠れた顔を濡らし、声を立てまいと耐えているあの姿を見続けるのは辛かった。
しかも泣いていることがわかっていながら、告白を断らねばならなかった。これも儀式失敗のせいかなあ、俺なんか悪いことでもしたかなあ、などと考えたのだが不明点は山のようにある。早く実家に帰って確認したいし、祖母と話して落ち着きたい。
就職したばかりの頃は、そう易々と帰るものかと思っていたのに。最近は友星のこともあって、入り浸っている状況だ。
「あ、友星。そうだ、あいつ退院したんだった。連絡入れとこ…………ん?」
スマホを見ると着信履歴が数件あった。引越し関係のことかなと思い通話アプリを開いてみると、全て友星からだった。
軽い鬼電じゃないか。何があった。緊急事態かと気になって、見つけたベンチに腰を降ろし、少し浅くなっていた息を整えてからリダイヤルをした。
「……あ、もしもーし。ゆうせ——」
「もしもーし、じゃねーよ蛍一郎! なんでさっさと連絡しない! お前もなんかの病気になったんだろ!? 帰ってくるって聞いたけどいつ!? 今週中!?」
「え? あー……えっとー……、病気っていうか、その辺はお医者さんもわかんないなー、とか言っ——」
「は!? じゃあ他の病院行った!? お前の婆さんに聞きまくったけどさ、それが運命だの何だの言い始めてさ、埒が明かなかったんだけど!」
——ん? 婆さん?
「待って待って。お前さ、その慌てると捲し立てる癖やめてって——」
「あ? なんだよ婆さん、いま蛍一郎と話し、あ、ちょっ——」
「蛍一郎。こいつが死にかけてたお友達か? さっきからずっとうるさくって。殺しても死にそうにないよ」
祖母と話して落ち着きたい、友星に報告しないと、と思ってはいた。それが同時に叶ったというよりも、なんと言うべきか。なんだこれは。どうすればいい。
しばらく祖母と友星の話し合い以上、口喧嘩未満の会話を聞かされ続け、とりあえず落ち着いてから話してくれと言い残して通話を切った。時折ドキッとする単語が聞こえ、これはうっかりすると余計なことを口走ってしまいそうだと心の中の安全装置が働いたのだ。
もう少しで儀式のことに辿り着きそうだった。それだけは相手が友星でも話せない。本家の長男と、その両親にだけ伝えられる機密事項だからだ。
しかし相手は普通の奴じゃない。友星だ。あの正義感の塊は興奮すると、自分が納得できるまで相手を理詰めにしてしまうところがある。頑張れるかなあ、俺弱ってるのに、などと思いつつも笑ってしまった。両目の縁に少しだけ、水滴が溜まるくらいには。
嬉しかったのだ。友星がどこかで聞いた噂を頼りに祖母の元へと突撃し、感情を大きく揺らすほど、俺を心配してくれたということが。
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「………………あ、寝てた……」
帰宅後、夕飯の支度が面倒だなあ、とラグの上で寝転びながら考えていたら、そのまま眠ってしまったようだ。やはりこれでは仕事にならない、と一度諦めをつけて眠らせたはずの仕事に対する未練もうっすら目蓋を開けている。
引越しの準備があまり進んでいないのもそのせいだ。心から離れようと思えていない。家族はそれで当然だ、という態度で迎えてくれているが、この先に待っているのは目標も何もない未来。
友星の台詞を思い出す。『オレが残したものって負債だけだったな、みたいなさ』。俺は確か、親は利率を上げるためにお前を産んだわけじゃない、と反論した。
『親にもさ、ここまで育ててもらって、しかも大学まで出してもらったのに、老後の面倒を見ることもなく。……負債だよ。オレの存在は』。この台詞に同感だ、と思える日が来てしまうとは。
なんとなくスマホの画面を眺めながら自己嫌悪に浸っていたら、また着信があった。表示を確認せずとも相手はわかる。友星だろう。ほら、やっぱり。
「……はいはい。なんだよ今日は」
「さっきの続きだけど。他の病院行ってみた? セカンドオピニオンは大事だぞ」
「行ったよ。結果はどこでも同じだった」
「…………こっち帰ってから手術とかすんの?」
「そっちの病院はまだ行ってない。通院できる体制整えてから」
「そっか。オレさ、平日になるけど手伝いに行くから。お前は寝てていいからさ、あらかた片付けてやるわ」
「いいよ、そん——」
「火曜日、空いてるから行くわ。じゃあさっさと寝ろよ。あ、どんな間取りになってるかは知らないけど、寝室の扉は半分くらい開けとけ。閉め切って寝ると部屋の酸素が薄くなる。じゃ!」
今度はあっちが一方的に通話を切る番だった。火曜日に来るという約束を勝手に取りつけて。強引な奴め、なんて思いながらも自分がニヤニヤと笑っている自覚はあった。鏡を見にいかなくても大体わかる。
しかし、傷つきたくない自分もそっと顔を出した。こんなのは今だけだ、と冷や水をかけるようなことを思う。地元に帰ったら帰ったで、ここに居たときと大して変わらぬ距離感へ戻るに決まっている。お互いもう大人なのだ、ニートにばかり関わっているような暇はない、と。
営業マンの仕事に復帰できたという友星は、違う職種の俺から見ても仕事が出来そうな印象だった。ごくたまに会ったときには互いの仕事の話なんかもしていたが、大きな売り上げを掴んだ話であっても自分を大きく見せたりせず、逆に謙遜しすぎることもなく。
身なりも一見昔と変わらずシンプルなものを身につけてはいたが、昔とは比べものにならないほどの質の良さが伺えた。成長している。行先が明るい。婚姻歴にバツはついてしまったが、まだ若い。この先、いくらでも。
ダメだ、俺は相当弱っている。素直に喜ぶだけにすればいいものを、浮かれて何かにつまづいて、転んだときのことばかり考えている。
病は気からとよく言うが、身体が先に弱ってしまった場合でもやはり心には悪い影響が出る。ひとまずは腹ごしらえだろうと、遅くはなったが夕食のことを考えた。
惰眠を貪るだけではいけない。食わねば死ぬ。風呂に入らねば臭くなる。せめて火曜日までは持ちこたえねば。大丈夫かこいつ、なんて余計な心配をかけたくない。積極的に関わっている途中で俺が倒れれば、奴ならもっとしてやれたことがあったはず、などと余計な罪悪感を抱いてしまう。
そんな自己憐憫だか思いやりだかが入り混じった、とにかく暗いことをジメジメ考えていたのだが、一方的な約束通りに来てくれた友星によってその陰気臭さは蹴散らされた。
それは闇をじっと見つめて動けなくなった俺の肩を引っ張って、無理やり視点を変えるかのような発言だった。
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