儀式の夜

清田いい鳥

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7 『夢』の話

「後ろでガラガラ、って引き戸が閉まる音がして。鍵も閉められたけど、そういうもんだと何故か思ってた。ていうかそもそもお前の実家だよ。でかいらしいとは聞いてたけど聞いてただけだろ? 写真で見たこと一度もないし。でもお前んちなのはわかってた」
「…………」

「そのままスタスタ奥の方に歩いていった。真っ暗で月明かりもろくにないはずなのに、何にもぶつからないで歩けた。奥の部屋だけ明かりが点いてるってのがわかるんだ。透視できたらこんな風だろうなって感覚で。そこに向かって進んでいった」
「…………」

「ああここだ、って障子を開けたら白い布団と、その両側に燭台が二つ立ってて。布団の中には人がいた。普通そういう感じの配置って、死んでる人にするやつだろ? でも絶対生きてるって確信があった。なんで隠れてるんだろうと思って、掛け布団めくってみた。どう考えても最初っから怖いシチュエーションの連続なのに、ひとつも怖いとか思わなかった」
「……友星」

「……お前、めちゃくちゃ汗かいてて。それが…………まあいいや、とにかくそのとき、脱がさなきゃって思ったわけ。それで、身体を見ちゃったら…………普通さあ、できないよな。急にはさ。なんか色々手順があるんだろ。知らないけど。だから絶対夢だと思うんだけど——」
「身体見て、どうしたんだよ……」

「いやっ……えーっと……絶対そういう目で見てないから。な? 見てたらとっくに一緒に住もうぜワーイ、ってホイホイお前のマンションに押しかけてたから!」
「ワーイって……ふふ」

「……気持ち悪くない?」
「大丈夫……」

 うつ伏せであり顔はそっぽを向いたままなので見てはいないが、友星の慌てっぷりは声の調子を聞いただけでわかってしまった。しかも、この謎の至近距離である。声の抑揚だけではなく、互いの心音が聞こえてきそうなくらいに近い。また良い思いができたぞ、と俺は少々浮かれていた。

 そんな余裕を持ちつつも、こいつはすぐに責任の所在を明確にしたがる、要注意だと気を引き締めた。あれは常識的に考えれば夢か、薬による幻覚作用だろうよ、と強引にでも結論付けられるため心配せずとも良いのだが、問題は健康状態のことである。

 タイミングが良すぎた。まるで、俺が友星の身代わりにでもなったような。

「……夢だよ。俺は夢の話をしてる。でも心から納得できなくて。だって、お前が帰ってくるらしいって母さんから聞い……あ、オレがお前と友達だって言ったときから、なぜか親がお前のことを妙に気にしてて。だからどっかで仕入れた噂を教えてもらえたわけ」
「ふーん……?」

「……で、お前の実家に行ってきた。お手伝いさんが居るとかオレ、知らなくて。ご家族だと思ってめちゃくちゃきちんと挨拶したら、ほほほってお上品に笑われて玄関まで通された」
「ああ……はは、佐々木さんね」

「そ、そう。佐々木さん。そんで、お前の婆さんが応対してくれて。ゾワッとした。あ、婆さんにじゃなくて。オレが夢で見た玄関と全く一緒なことに全身固まるくらい驚いて」
「不思議なこともあるもんだな……」

「不思議なんてもんじゃない。だって、迷わず仏間に行けたんだよ。あんなに広いのに。間違って反対方向にとか、そういうことは一度もなく」
「ちょ、お前……大胆だな。婆ちゃんに止められなかったわけ?」

「そりゃ止められたよ。友達だって言ったって、その時が初対面だったから。しかもオレ、手ぶら。手土産なし。でも俺が血相変えて捲し立てながら上がってスタスタ進んで行っちゃったから、婆さんも渋々相手してくれた感じ。今思えば相当失礼なことしてる」

 おかしいなとは思っていた。儀式のことは一族の、長男とその親だけに伝えられる秘伝であるからして、そのヒントを与えるようなことすら絶対に言わないはず。

 なのに祖母は『これも運命だ』と、何かを匂わすようなことを言ったらしい。しかもおそらく友星は、あの夜俺に何をしたか詳細に覚えている。……覚えているのだ。

 あれは『神様』ではなかったのか。いや、そうに違いない。だって友星の身は病院に。病を俺に移すという契約のために、中身だけ連れ去られていた? だから実際に見ていなくても、覚えている?

「お前んちの仏壇さ、凄いよな。仏壇が主役の部屋って感じ。……でもさ、オレの爺ちゃんちにあるやつとは違って、なんか神殿ぽかったっていうか。キンキラキンなのは一緒でも、なんか……だからさ、もしかして、お前んちって」
「友星。俺にも答えられないことはあるんだよ。今の当主は俺の父親で、俺は長男だけどまだ子供扱いで、実際は引き継ぎ途中なわけだけど」

「ここからはオレの考えだから。言えないなら答えなくていい。……何かを信仰してるだろ。仏教とかじゃない特殊なやつを。お前、それを使って病気を交換したんだろ? じゃあなんでそんなことをって話になるけど」
「……たまたまだろ。だって、病気の種類が全然違うし」

「……まあ、そうだけど。そんな非科学的なことがあるはずもない。証明もできない。でもさ、何かに働きかけたとしたらお前の方じゃないかと思って。だって、オレにはなんの力もないし、仏壇も神棚もない家だし」
「……なにもしてない。できないよ」

「……あのさ、あの進行具合で突然病巣が根こそぎ消え去るとかおかしいんだよ。……それに! お前の婆さんの反応もおかしかった。なんだこいつ早く帰れよ、って普通はなるだろ。図々しいし。なのにオレがおかしいだろ何でだよ、ああじゃないのかこうじゃないのかって言えば言うほど、ハッとした顔したり考え込んでたり——」
「……友星。俺、もう寝たいから……」

「蛍一郎! なにか隠してんならさっさと言えよ!」
「隠してないよ……眠いんだって……」

「………………ごめん!」

 諦めてくれたか、と最初は思った。しつこく追求したことに対する謝罪だと。そうじゃなかった。違っていた。

 友星は俺を布団から引っ剥がすようにして抱きすくめてきたのだ。何故か。どうしてそうしたのか理解する前に、弱った胸の内側が先に唸りを立てた。

 気圧されるようなこの空気を知っている。威圧感に似て非なるもの。逃げたくても逃げられないという思い込みと、焦燥感が掻き立てられる濃い気配。

 一度枯れたのが嘘であったかのように、みずみずしい張りと漲る筋力を取り戻した腕に絡め取られている。息が止まりそうなほどに密着し、顔を背けるための空間的余裕もなく。視線は固定されてしまい、眠るはずだった自分の布団を見つめること以外に何も出来ない。

 ふと髪の表面に何かが当たった。それは耳の輪郭と、耳たぶの裏、首筋の始まりへと移動した。キス以外に何があるだろう。それに気づいてしまった俺は友星の腕の中で、何もかもが初めてである若者のように固まっていた。

 水分を湛えた熱い舌を這わされ、耳の形を変えられる。首筋を肉の弾力でなぞられて、時折吸われ、欲の混じった息を吹きかけられ。それは愛を伝えるというよりも、暴力性を隠した態度のように思えた。

 相手が友星だとは理解している。『神様』という名の何かではない。祖母に儀式の日取りをずらせないかと掛け合ったとき、あの日あの時でないと成立せず、お呼び出来ないのだと教えられた。だから絶対に違う。本人だ。

 思考を止めた頭を無視して心が渦を巻き始めた。いいのか、いやこのままで、という期待の礫の集合体がぐるぐる回る。だが止めてやったほうが良いかもしれない。後で後悔しても遅いからだ。

 でも、俺は出来た人間なんかじゃない。それを証拠に、頭で考えているだけで無抵抗だ。

「…………ごめん。気持ち悪かったら、すぐ言って……」
「………………」

「大丈夫……?」
「……う、うん…………あっ、えっ」

 着古してヨレたTシャツの裾を、友星の手に掬い取られた。痩せた腹が外気に晒される。少し冷えた肌を温めるかのように手が置かれ、懸命に働く心臓めがけて移動した。

 豪雨の夜を思い出し、額や頬が熱を持つ。上がる息の制御をし切れず口を使い始めた矢先のこと。ふいに後ろへ倒された。後ろ頭をふわりと布団が支えてくれる。そして視界いっぱいに熱気のようなものを感じ取った。

 反射的に目を逸らしてしまった。あの夜とは全く様子の違った友星の表情を見て慄いたのだ。真っ直ぐ俺の目に照準を合わせ、今すぐお前をどうにかしてやりたい、という煮えたぎった感情をギリギリ何とか抑え込んでいることが一瞬、見ただけでわかってしまったのだ。


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