儀式の夜

清田いい鳥

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16 話したかっただけ

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 友星が住んでいたあの古いアパートの一室。保証人である親が子供に出来る精一杯があの部屋だったのに、そんな貧相な所よりもウチに来れば、と言ったも同然のことを口にしてしまった。その時の友星はニコリと笑い、俺に嫌な顔ひとつ見せなかった。

 帰省したら鯉のぼりと五月人形がしっかり飾られていて驚いた、という話をしたときも。友星や他の友人から、どんなものだと聞かれて何も考えず答えてしまった。

 兜と鎧と刀が出陣前のように配置されていて、でかでかと俺の名前が入った旗みたいなものも飾られていて。弟の分もきっちりと。鯉のぼりはさすがにひとつだけど、国旗を掲げるポールみたいなものをまず立てるだろ。男手が複数ないと無理だから、父さんと親戚の人たちの集まりついでに——等々。

 もう子供じゃないのにフルセット装備を見せつけられるのは恥ずかしかった、という笑い話であると思ったのだ。うちの飾りが華美で大きいことは事実であり、同級生にすごいすごいと賞賛されたことは一応ある。

 だが周り近所の子供たちだって充分大きな鯉のぼりを立ててもらっていたわけで、五月人形だって小ぶりであっても三段セットのものだったり、兜の形がかっこいいものを選んでいたりで、その十人十色っぷりが面白かった。

 だが所詮は男の子のことであるからして、ひとしきり我が家の飾りの自慢大会を終えたあとは、大して気にも留めず遊んでいた。眺めるだけ、触ってはいけないものなんかにさして興味は沸かないものだ。

 友星は俺の話を微笑みながら聞いたあと『オレんちは買ってもらえなくて。親と一緒に自作だった。アルミホイルとか使ってさー。可愛くないか? 今すぐ抱きしめたくなるに決まってんだろ』。

 成人式を終えてから、買ってもらえない子供が存在することをそこで知ったのだ。俺はどんな顔をしていたかわからない。語り尽くしてしまった後の祭りである。

 ただの友達ならここまでは思わない。嫌われたのではないかと頭が真っ白に染まる焦り、無意識下で俺は自慢したかったのではないかという、己に対する黒い疑惑。

 その時は別の友人が『そうか……おいで』と、両手を広げて友星が作ったノリを拾い、友星は『そんな平べったい胸イヤだ。胸囲100センチくらいで頼む』とノリで返し、そこからは何故か筋トレの話に流れていった。

 血がドッと一斉に足元へ落ちたような寒々しい感触を思い返しながら、己の失言を恨んでいた。そしてとにかく恥ずかしかった。想像力のなさと世間知らずさを、こうやって好きな人の前で披露してしまうことが。

 黙っていれば良いだけなのだ。でも話したい、あと少しだけ。その欲にいつも負けてしまう。有名なあの小説の一文を思い出す。『恥の多い人生でした』。主人公と俺の境遇は全く違うが。



「ただいまー」
「おかえりなさいませ。光次さん、結局お見えになりませんでしたよ」

「えっ、あれ? そうなんだ……」
「来ると言ったり来ないと言ったり。どっちなんだい、と大奥様が憤慨されてましたねえ」

 祖母がこぼした愚痴を面白おかしく伝えてくれた佐々木さんは、ガラガラと鳴る引き戸を動かし友星も共に出迎えようとしてくれた。少し手を掲げて断りの意思を示した友星は『じゃあな』と、短く言って踵を返した。

 なんとなくだが後ろ姿をじっと目だけで追っていたが、視界の端から引き戸の縦線が現れ、空間が分断されてしまった。



 ——————



 人生初の、何にもない日々が続いてゆく。叔父が作りかけた騒動は保留のままで、彼が今何をして何を考えているかはわからない。連絡が途絶えているからだ。しかし、自分から接触するような勇気はどこにもなかった。

 そういった嫌なことを思い出して過度に緊張すると、やはり呼吸は怪しくなる。大学病院へは一度行った。最初に罹った最寄の病院で会った医者と全く同じことを言われ、手術は充分できる歳だが意味がない可能性があると告げられた。

 俺はもう働けないのでしょうかと問うと、医者は『お屋敷の子は優秀だと聞いてたけどね、人間性も立派だねえ。立ちっぱなしで動き回ったり、重いものを持つような仕事じゃなく、短時間の在宅仕事なら大丈夫。お婆ちゃんによろしくね』。

 家でのんびりしている分には問題ないが、長時間労働や坂道が辛い。そう訴えると、悪化したときの対処法として酸素を吸入できる機器を紹介してくれた。

 家で使う電源固定タイプと、移動に適した携帯タイプ。この病院だと医者ではなく、技師さんが使い方を説明してくれるらしい。診察は無事に終わったが、次は廊下の待合で待機するよう指示された。

 今後、受け入れてくれる職場を探すために就職活動をしたとする。酸素ボンベをガラガラ引きずって、吸入しながら面接を受けたりするわけだ。……優しいことを言われた後に、バッサリ落とされるだろう。俺が面接官なら必ずそうする。何かあってからでは遅いから。会社はそこまで責任を取ってやれないから。

 まだ会ってもおらず顔も見えない面接官の、心の声が聞こえてくるようだ。大人しくお家の世話になっとけよ。てか、働かなくてもいいじゃんか。なんでウチに。他所行けよ。

「……やだなー」
「なにがよ。お母さんもちゃんと覚えるけどね、実際に使うのはあんたなんだから。面倒でも覚えなさいよ。どこかで何かを間違って酸素ぶち撒けて、部屋が爆発したら危ないでしょ? 高濃度の酸素はよ~く燃えるのよ~」

「知ってるよ。化学……じゃない、理科でやった。ロウソク燃やした」
「あっ、それ懐かしい。お母さんさ、顕微鏡覗くの好きだった。変な形の藻がこうやってさ、プルプル~って凄く動いてて。あれ可愛いかったなー」

 それミジンコじゃないの、ううん緑色だったもん絶対藻の一種、なんて他愛もない話を母としながら順番待ちをして、丁寧に使用方法を教えてもらったのが目の前に鎮座している大仰な箱である。
 
 常に細いチューブで繋がれるため、常時使用になると正直面倒だと思う。これが家に来てからというものの、携帯用を持ち歩かずに外出していることがバレてしまうと、咎められるようになってきた。

 まだ大丈夫だから。ううん心配だからちゃんと使って。無駄に使うともったいないよ。無駄だなんてそんなこと、あんたは気にしなくていいの。ほら、階段とか辛いんじゃない? そろそろ一階にお引越しした方が良さそうだねえ。

「ふーん。うちの母さんって心配性すぎるとこあるよなー。診察室まで付いてって、紹介されただけなのに今すぐくれって言ったんだろ?」
「まあな。行ったところがあの大学病院だったから、別に変な目では見られなかったけどさ。ひとりで良いとは言ったんだよ」

「いいからあー! って言ってたっしょ」
「はは、モノマネすんな。言ってたよ」

 俺はその心配性を発揮した母の言うことを素直に聞き入れ、祖母の隣の部屋へと荷物を運んでいる。実際に運んでくれているのは弟の榮二だが。元々は祖父の部屋兼、コレクション置き場だったところへ。

 二間を開け放して広々と使っていた祖母には申し訳ないが、祖母はいつも茶の間で寛いでいるため別段構わないということだった。居間に近く、大広間とは別角度になるが、庭がとても綺麗に見える部屋。

「失礼します。蛍一郎坊ちゃん、お客様ですよ。藤嶋さんと、その彼女さんがお見えです」
「友星と……え? ……彼女?」

「待て待て兄ちゃん、ゆっくり行きなって。息切れするから」
「え? ああ、うん…………あ、榮二。荷物ありがとう……」

 榮二は『んー』とそっけない返事を返し、ついでだからと佐々木さんにお茶と茶菓子をねだっていた。いつもなら佐々木さんばかりに甘えず自分で淹れろよくらいのことは言うが、そんな余裕は微塵もなかった。

 複雑な構造の心臓が単純な感情ごときに脅かされ、呼吸の邪魔になるほど揺らいでいる。いくら空気を吸って吐いても楽にならない。でもここでしゃがみ込んでしまえば二人を心配させてしまうし、玄関にいる二人の方も待たせてしまう。

 いやまさか、とも思いながら平静を装い長い廊下を歩いていった。逆光になった男女二人分の影が見える。元奥さんとよりが戻ったのではと考え、益々暗い気持ちの方へと引きずられていたが、それにしては背が低すぎる。うろ覚えだが、彼女は長身だったはず。


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