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3 ワクワク治療がウキウキスタート
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柔らかい唇を重ねられたそのキスは、随分と長いものだった。自分の心臓がバクバク鳴ってやかましい。ほんのりミルクのような香りがする。さっき感じた肌の匂いによく似ていた。
全く動けず固まっていたら、口の中に何か入ってきた。なんだこれ、舌? 舌を入れられている!?
うわ口の中を舐められてる、やばい背中と変なところがゾクゾクする、どうしよう変になってくる、嘘だろここまで、どうやって息すれば、うわ、うわ、うわああああ!!
正直、もの凄く気分が高揚していた。あらぬところに熱が集まっているのもとっくに自覚していた。どうか気づかれませんように。
でももうちょっと。もうちょっとだけお願いします。そんな焦りを感じたところで、ふと唇が離れた。ああ、終わっちゃったのか。
そっと目を開けてみると、紫の宝石が俺を見下ろしていた。両手を椅子の肘掛けに置き、膝を乗せた格好のまま。
天井に下がる簡素な灯り。その光を受けた彼の金髪は、輪郭が淡く溶けている。白い肌は灯りの反射光を集め、逆光のはずであるのに表情が翳ることなくよく見えた。
俺が下手すぎて呆れたのかなとヒヤリとしたが、彼はふっと笑って手を離し、自然と膝も下ろして言った。
「やっぱりな。これは欠線だ。結構あちこちにあるな。出産のときに何か問題があっただろう。母君から何か聞いてないか」
「あ、その、難産だったと聞いてます……何日も陣痛が続いてるのに俺が全然出てこなくって、疲れて眠くて辛かったってよくお母さ……母が文句を」
「そうか。まあ多分、そのときにブチブチと切れていったんだろうな。それで、そのまま成長した。自然に治ることもなく」
「あの……キャ、キャロルさん……? は、なんでこんなことが出来るんでしょう。魔術師さんか何かです……?」
「いや? 免許は取っていない。まだ入学前だ。準備を兼ねて家庭教師から先回りして学んできた。今はお父様と研究を進めている段階。人体の回路にまで手を伸ばしているのは私だけだが」
「えっ、すご……魔術師さん家系ですか」
「いいや。元は武器職人の家系だ。後から魔術師を輩出するようになった。今は討伐に行く者に持たせる魔道具なんかも開発中だ。魔術武器。魔術兵具。魔剣。そういうのも含めて武器全般を作ってる家だ」
「すごい……どっちみちすごい……」
すごい、と繰り返す俺を見やった彼は片頬を上げてニヤリと笑った。心臓の音が未だ収まらないから刺激を与えるのはやめてくれ。いやもっと見たい。どっちなんだ俺。いいかげんにしろ。
「でな。お前には試作品を試してもらいたかったわけだ。最初に通す魔力は多めがいいから。でも欠線してる。他の者を探してもいいが、このままだとお前……最悪暴発するかもしれないぞ」
暴発、と聞いてゾッとした。それは知っている。魔力量が多い人がなるやつ。年を取って量が減り、一生しないままだった人もいるが、運悪くしてしまった人もいる。もしそうなれば軽い災害になってしまう。周りを巻き込んだ大爆発。
それを未然に防ぐためと、貴重な人材を確保し管理するために、一定水準越えの魔力保持者は学園に強制入学させられるのだ。
小さいときにこの子は量が多いかも、と治療魔術師さんに相談したという両親が教えてくれた。検査結果がアレだったから、それ以来治療院へは行っていないが。金がかかったら両親が困るから。
「ちょうどいい。このまま治療が順調に進めばお前は助かる。金もかからない。私は被験者を得られる。いいこと尽くめだ」
「え、でも、良いんでしょうか。その、俺なんかにそんな…」
「言っただろ? 私は被験者が欲しい。極力、闇魔術が得意な奴がいい。私は真逆の光魔術の方が得意だから、そっちの被験者が欲しかった。運良く見つかって良かった」
「ヤミ? ヒカリ? えっと……お世話になります……?」
「ここに来るのは大変だろう。少々離れているからな。宿舎の夕食はいつだ」
宿舎。しまった、夕食までに間に合うか。俺は慌てて帰ります、と立ち上がった。下っ端だから完全な休みはないけど、明後日は空いているとだけ告げ、走って帰った。……ちょっと走りにくかったが、それに構っている暇はなかった。
──────
「……つーことで、めっちゃ親切な治療魔術師さんだった。少しずつ治療を試してくれるんだって。実験だから全部無償で」
「へー! すげえ良い人じゃん。鍛練はできるし治療もできる。いいこと尽くめだ」
キャロルさんが口にした単語を兄ちゃんにも言われてドキッとした。俺はなんとなく嘘をついてしまったから。だって治療魔術師さんだという設定にしなければ、どうやって治療をするのだと突っ込まれてしまうから。
個人のお付き合い云々については、身分差や年齢差は当然気にされる類のことだ。しかし男女の数が均等でない現代では、相手が男であろうが人間である以上、とやかくなんて言われない。
でも俺の場合、あの美貌のお方が対象である。あっという間にバレて、嫉妬や詮索の嵐になるのは火を見るよりも明らかだ。
いや、付き合ってないけど。でも付き合ってるようなことをするのだ。明後日も。そのまた一週間後も。この先ずっと、俺の欠線とやらが治るまで。
……治ったら終わっちゃうのかな。そりゃそうだろう、恋人同士じゃないんだし。
キャロルさんはそういうの平気なのかな。……平気そうだな、なんか研究と開発一筋って感じしたもん。そのためならできることは何でもやりそう。
もしかして、研究のためなら結婚とかもしちゃうのかな。魔術師さん家系の人とか。研究ってお金が必要らしいし、お金持ちの誰かとか。だから間違っても俺じゃない。
……だから、なんで期待しちゃってるんだ俺は。手に入るわけないじゃないか。高嶺の花だぞ。万が一手折ろうとしたら不敬罪で殺されるっての。知らないけど。なんか偉い人の誰かにバッサリいかれそう。
この後もずっと風呂に入って寝台に横になりながら、延々と考え込んでしまった。もしあの人が俺を好きになってくれたら。例えば愛人のひとりにしてもらうとか。
うーんそんなの耐えられるかな、なんて妄想の域を絶対に出ない不毛なことを考えながら眠りについた。夢の中でもうんうん悩んでいたような気がしている。
────────────────────
うーん不安になってきた。舌とか大丈夫ですかねお嬢さん。レモンの味してませんよね。どっちかっていうとお酒の味じゃない……?
もう諦めろよ全年齢は、と思われたお嬢さんはエールとお気に入り登録お願いしまーす!
© 2023 清田いい鳥
全く動けず固まっていたら、口の中に何か入ってきた。なんだこれ、舌? 舌を入れられている!?
うわ口の中を舐められてる、やばい背中と変なところがゾクゾクする、どうしよう変になってくる、嘘だろここまで、どうやって息すれば、うわ、うわ、うわああああ!!
正直、もの凄く気分が高揚していた。あらぬところに熱が集まっているのもとっくに自覚していた。どうか気づかれませんように。
でももうちょっと。もうちょっとだけお願いします。そんな焦りを感じたところで、ふと唇が離れた。ああ、終わっちゃったのか。
そっと目を開けてみると、紫の宝石が俺を見下ろしていた。両手を椅子の肘掛けに置き、膝を乗せた格好のまま。
天井に下がる簡素な灯り。その光を受けた彼の金髪は、輪郭が淡く溶けている。白い肌は灯りの反射光を集め、逆光のはずであるのに表情が翳ることなくよく見えた。
俺が下手すぎて呆れたのかなとヒヤリとしたが、彼はふっと笑って手を離し、自然と膝も下ろして言った。
「やっぱりな。これは欠線だ。結構あちこちにあるな。出産のときに何か問題があっただろう。母君から何か聞いてないか」
「あ、その、難産だったと聞いてます……何日も陣痛が続いてるのに俺が全然出てこなくって、疲れて眠くて辛かったってよくお母さ……母が文句を」
「そうか。まあ多分、そのときにブチブチと切れていったんだろうな。それで、そのまま成長した。自然に治ることもなく」
「あの……キャ、キャロルさん……? は、なんでこんなことが出来るんでしょう。魔術師さんか何かです……?」
「いや? 免許は取っていない。まだ入学前だ。準備を兼ねて家庭教師から先回りして学んできた。今はお父様と研究を進めている段階。人体の回路にまで手を伸ばしているのは私だけだが」
「えっ、すご……魔術師さん家系ですか」
「いいや。元は武器職人の家系だ。後から魔術師を輩出するようになった。今は討伐に行く者に持たせる魔道具なんかも開発中だ。魔術武器。魔術兵具。魔剣。そういうのも含めて武器全般を作ってる家だ」
「すごい……どっちみちすごい……」
すごい、と繰り返す俺を見やった彼は片頬を上げてニヤリと笑った。心臓の音が未だ収まらないから刺激を与えるのはやめてくれ。いやもっと見たい。どっちなんだ俺。いいかげんにしろ。
「でな。お前には試作品を試してもらいたかったわけだ。最初に通す魔力は多めがいいから。でも欠線してる。他の者を探してもいいが、このままだとお前……最悪暴発するかもしれないぞ」
暴発、と聞いてゾッとした。それは知っている。魔力量が多い人がなるやつ。年を取って量が減り、一生しないままだった人もいるが、運悪くしてしまった人もいる。もしそうなれば軽い災害になってしまう。周りを巻き込んだ大爆発。
それを未然に防ぐためと、貴重な人材を確保し管理するために、一定水準越えの魔力保持者は学園に強制入学させられるのだ。
小さいときにこの子は量が多いかも、と治療魔術師さんに相談したという両親が教えてくれた。検査結果がアレだったから、それ以来治療院へは行っていないが。金がかかったら両親が困るから。
「ちょうどいい。このまま治療が順調に進めばお前は助かる。金もかからない。私は被験者を得られる。いいこと尽くめだ」
「え、でも、良いんでしょうか。その、俺なんかにそんな…」
「言っただろ? 私は被験者が欲しい。極力、闇魔術が得意な奴がいい。私は真逆の光魔術の方が得意だから、そっちの被験者が欲しかった。運良く見つかって良かった」
「ヤミ? ヒカリ? えっと……お世話になります……?」
「ここに来るのは大変だろう。少々離れているからな。宿舎の夕食はいつだ」
宿舎。しまった、夕食までに間に合うか。俺は慌てて帰ります、と立ち上がった。下っ端だから完全な休みはないけど、明後日は空いているとだけ告げ、走って帰った。……ちょっと走りにくかったが、それに構っている暇はなかった。
──────
「……つーことで、めっちゃ親切な治療魔術師さんだった。少しずつ治療を試してくれるんだって。実験だから全部無償で」
「へー! すげえ良い人じゃん。鍛練はできるし治療もできる。いいこと尽くめだ」
キャロルさんが口にした単語を兄ちゃんにも言われてドキッとした。俺はなんとなく嘘をついてしまったから。だって治療魔術師さんだという設定にしなければ、どうやって治療をするのだと突っ込まれてしまうから。
個人のお付き合い云々については、身分差や年齢差は当然気にされる類のことだ。しかし男女の数が均等でない現代では、相手が男であろうが人間である以上、とやかくなんて言われない。
でも俺の場合、あの美貌のお方が対象である。あっという間にバレて、嫉妬や詮索の嵐になるのは火を見るよりも明らかだ。
いや、付き合ってないけど。でも付き合ってるようなことをするのだ。明後日も。そのまた一週間後も。この先ずっと、俺の欠線とやらが治るまで。
……治ったら終わっちゃうのかな。そりゃそうだろう、恋人同士じゃないんだし。
キャロルさんはそういうの平気なのかな。……平気そうだな、なんか研究と開発一筋って感じしたもん。そのためならできることは何でもやりそう。
もしかして、研究のためなら結婚とかもしちゃうのかな。魔術師さん家系の人とか。研究ってお金が必要らしいし、お金持ちの誰かとか。だから間違っても俺じゃない。
……だから、なんで期待しちゃってるんだ俺は。手に入るわけないじゃないか。高嶺の花だぞ。万が一手折ろうとしたら不敬罪で殺されるっての。知らないけど。なんか偉い人の誰かにバッサリいかれそう。
この後もずっと風呂に入って寝台に横になりながら、延々と考え込んでしまった。もしあの人が俺を好きになってくれたら。例えば愛人のひとりにしてもらうとか。
うーんそんなの耐えられるかな、なんて妄想の域を絶対に出ない不毛なことを考えながら眠りについた。夢の中でもうんうん悩んでいたような気がしている。
────────────────────
うーん不安になってきた。舌とか大丈夫ですかねお嬢さん。レモンの味してませんよね。どっちかっていうとお酒の味じゃない……?
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